旅日記

旅の記録と紀行文を紹介する事でしょう。
写真は私が撮影したものを使用しています。

皇居東御苑

2024-12-09 09:00:00 | みる

皇居 乾門 (東京都千代田区千代田)

令和6年12月7日土曜日。秋季皇居乾通り一般公開で紅葉を見て乾門より退出した。


皇居乾通りの紅葉

さて丸の内へ戻るのだが、一般公開は坂下門より乾門への一方通行としているので来た道を戻る事は出来ない。皇居の周りをぐるりと回って戻るのかと言えばさにあらず。皇居東御苑を通り抜けるのが近道である。乾通り一般公開と東御苑を併せて見るのが推奨なのか、多くの人が東御苑に向かう。


皇居東御苑 北桔橋門 (東京都千代田区千代田)

手荷物検査があるが持っていないのでそのまま入園する。


天守台

皇居があるのは旧江戸城。明暦3年(1657)に発生した明暦の大火、いわゆる振袖火事で江戸城も被災。この時に天守は焼失した。再建すべく、翌年には天守台が完成。しかし江戸の市街の復興を優先すべく天守が再建される事はなかった。











ここに本丸御殿があった。本丸御殿は文久3年(1863)に焼失。西の丸が仮御殿となり再建される事はなかった。現存するのは富士見櫓と富士見多聞の二つのみだそう。






宮内庁 楽部庁舎





それでは本丸跡より大手門へと向かう。


大番所




百人番所












同心番所


済寧館






大手門 渡櫓門



桝形になっている。高麗門を通り城外へ出る。


大手門 高麗門




桔梗濠




午後3時47分

皇居乾通り一般公開の入場時間は午後3時まで。坂下門に向かう人の姿はない。

※12月8日で令和6年秋季皇居乾通り一般公開は終了しました。


東京都道404号皇居前東京停車場線 行幸通り

東京駅へと向かう。




皇居側を振り返る


和田倉濠




丸の内ビルディングと郵船ビルディング (東京都千代田区丸の内)

百閒先生がおられた郵船ビルは昭和51年に解体され、今のビルは昭和53年竣工だそう。隣の丸ビルも平成11年に丸の内ビルヂンクは解体され、平成14年に丸の内ビルディングが竣工した。




大正3年竣工の東京駅舎


JR東日本 東海道本線 東京駅《丸の内中央口》 (東京都千代田区丸の内)



では東京駅から列車に乗って…とはいかない。千代田線で日比谷で下車して三田線に乗り換える途中なのである。有楽町まで一駅を電車に乗る手もあるが、大した距離では無し、歩いて行こう。有楽町に着いたところで遅くなったが昼食にする。




ソーキそば(990円) オリオンビール(490円)

沖縄そばとソーキそばの違いも判ったので、迷わずにソーキそばを注文。前回訪れた時は販売時間ではなかった麦酒も注文する。オリオンビールは近所の複数のスーパーマーケットで購入出来るので普段から飲んでいる。ソーキそばにこーれーぐーすと紅しょうがを投入。


うめーしがいい


とろとろに煮込まれたソーキ♪


麵はこんな感じ♪

とろとろのソーキを食べ、麦酒を飲む。実に旨い。お肉は骨の周りが旨い。沖縄そばも旨い。


沖縄そば専門 やんばる 有楽町店 (東京都千代田区有楽町 東京交通会館 B1F)

ごちそうさまでした。




午後4時40分

外に出ると暗くなっている。写真ではまだ明るく見えるが実際はもっと暗い。


東京交通会館 (東京都千代田区有楽町)

有楽町駅のガードを抜け、有楽町で逢いましょう♪のそごうが入居していたビル、現在はビックカメラの前を通る。そういえば千葉そごうの別館にはヨドバシカメラが入ったそう。


丸の内仲通り

ルミナリエだかミレナリオだか知らないが、今はやっていないようだが、イルミネーションは行われている。師走に入ったが今日はまだそれほど寒くない。さて有楽町と言えばニッポン放送。30年以上前にナンノさんの番組の公開放送で銀河スタジオを訪れたが、当時の建物は建て替えられているのだそう。12月6日に中山美穂さんの訃報があり、その早すぎる死に大変ショックを受けている。いくつもの楽曲に馴染みがある。心よりお悔やみ申し上げます。


東京都交通局 三田線 日比谷駅 (東京都千代田区有楽町)

三田線日比谷駅に到着。地下鉄では駅の構造上、一旦改札口を出場して他の路線に乗り換える駅がある。千代田線と三田線の日比谷駅もそう。東京地下鉄の改札外乗換は60分以内だが、都営地下鉄との連絡乗車券では時間制限がないという記事を何かで目にした。千代田線日比谷駅の自動改札を出場して60分どころか2時間半以上経過している。三田線の自動改札に乗車券を投入する。


乗車券 都営地下鉄線連絡普通券 綾瀬 から 320円区間

問題なく入場出来た。後日調べると東京地下鉄のFAQに「連絡定期券、磁気券の連絡乗車券をご利用の場合で、他社線に乗り換える場合は、乗換えに時間制限はございません」とある。まるで途中下車のようである。実際は乗り換えに大変時間を要した体なのだが。三田線で三田へ行き、浅草線に乗り換えて押上に到着した。


metro チーバくんで押上に到着symbol6

北総鉄道の「北総線沿線活性化トレイン」だった。では押上の自動改札に乗車券を投入して出場。扉が閉まる事なく問題なし。運賃計算は東京地下鉄が綾瀬北千住上野浅草で210円、都営地下鉄が浅草押上で180円。合計額390円から連絡券は70円引きで320円になったと思われる。別々の運賃だと東京地下鉄綾瀬日比谷間が260円、都営地下鉄日比谷押上間が220円となる。


東京スカイツリー(634m)を望む

A3出口から地上に出たが、ここはどこだ。伊勢崎線の線路の北側に出てしまった。


「手持ち夜景」というモードを試してみる

くっきりしている気もするが画角が狭くなる。


東京地下鉄 半蔵門線 押上駅東武鉄道 伊勢崎線 押上駅京成電鉄 押上線 押上駅・東京都交通局 浅草線 押上駅〈スカイツリー前〉 A3 (東京都墨田区押上)

ここに出てきた他の人(観光客?)も戸惑っている。東京スカイツリーの最寄り出口ではない。


東京地下鉄 半蔵門線 押上駅・東武鉄道 伊勢崎線 押上駅・京成電鉄 押上線 押上駅
東京都交通局 浅草線 押上駅〈スカイツリー前〉 A1 (東京都墨田区押上)

こっちに出るつもりだった。


駅頭の様子

駐輪場の上に登る事が出来る。ここから東京スカイツリーを撮影。




いずれも令和6年12月7日撮影



それでは帰ろう。押上線・浅草線改札からSuicaで入場する。羽田空港第1・第2ターミナル京成高砂行普通列車に乗車する。車内では若い女性が携帯のカメラで扉付近を撮っている。中国人旅行者のようである。「ウェイシェンマ」と頭に浮かんだが、扉上に表示される駅名を撮って現在位置を確認しているようだ。隣の席に座る日本人女性に尋ねている。どうも成田空港に行きたいようだ。何故高砂行の普通列車に。文法があっているか判らないが「換車高砂」と言うべきか。「砂」の中国語の読みが判らない。そのくらいの事は隣の席の女性が日本語と英語で説明している。八広で快速の通過待ち。後で調べるとこれが成田空港行だ。押上停車中に車内放送で言っていた気がする。日本語のみだが。今日は京急線内での混雑で遅れが発生している。それで遅れてきた高砂行と成田空港行を乗り間違えたのかと想像する。終着京成高砂で下車する。中国人女性は日本人女性に成田空港行の列車を案内してもらいたいようだが、さっき八広で抜かれたばかりのせいか、プラットフォームの発車案内の電光表示に成田空港の文字はない。後は駅員さんの仕事かな。予定の飛行機に間に合う事を願い、金町線に乗り換えて帰った。 (おわり)

秋季皇居乾通り一般公開

2024-12-08 08:30:00 | みる

東京地下鉄 千代田線 綾瀬駅《東出口》 (東京都足立区綾瀬)

令和6年12月7日土曜日。東京都足立区の綾瀬駅に来ている。


乗車券 都営地下鉄線連絡普通券 綾瀬 から 320円区間

東京地下鉄(東京メトロ)から都営地下鉄に乗り換える切符を買ってみた。ここは交通系ICカードは使わずに乗車券を自動改札に投入して入場する。綾瀬から千代田線に乗り日比谷で下車する。都営三田線乗換駅である。自動改札機のうちオレンジ色の改札機が乗り換え用。切符を投入すると回収されずに手元に戻り出場する。直ちに三田線には乗り換えない。


東京地下鉄 千代田線 日比谷駅 A10 (東京都千代田区有楽町)




日比谷公園に隣接する

ちょっと公園内を歩いてみる。




旧日比谷公園事務所 (東京都千代田区日比谷公園)

 我が国最初の洋式公園であった日比谷公園の管理事務所として、明治43年(1910年)11月に竣工したドイツ・バンガロー風の瀟洒な建物です。昭和51年(1976年)より公園資料館として内部を改造して使われていました。明治期の数少ない近代洋風建築の一つとして、平成2年(1990年)3月22日に東京都指定有形文化財に指定されました。(説明板より抜粋)






水飲み

 この水飲みは、日比谷公園開設当時(明治36年/1903年)のものです。
 鋳鉄製で重厚ななかにも細かな装飾が施され、デザイン的にも見応えがあります。
 また、馬も水を飲めるような形に作られており、陸上交通の重要な部分を牛馬が担っていた当時がしのばれます。(説明版より)




皇居 正門石橋・鉄橋(二重橋)

日比谷公園から二重橋前にやって来た。令和6年11月30日より12月8日まで秋季皇居乾通り一般公開が実施されている。入場時間は午前9時から午後3時まで。急いで坂下門へと向かう。


皇居 坂下門 (東京都千代田区千代田)

手荷物検査があるので、お手を煩わせぬよう手荷物は持って来ない事にしている。検査の列で時間を取るのを避けたいという事もある。セキュリティーチェックを受けて坂下門より参入する。




宮殿を望む


宮内庁庁舎


それでは紅葉を見てゆこうよう


富士見櫓を望む


乾通りを望む

順路は坂下門から乾門への一方通行である。












うしろは富士見多聞






局門






門長屋






シキザクラ 四季桜


道灌濠



水面に映る紅葉が何ともいえない。








乾門が近づく


















皇居 乾門



最後にこちらの紅葉を見て退出する。




乾門外の紅葉もよき


北の丸公園の銀杏を望む




首都高速道路 都心環状線 代官町入口

乾門の側には高速の入口が。霞が関入口から流入するつもりが道を間違えて国会議事堂前を通り、結局代官町から流入した事がある。


これより令和6年12月7日撮影

今回も乾門に来て入場出来なかった人を見掛ける。坂下門が入口で乾門への一方通行となっている。さて帰りは皇居東御苑を見て戻ろう。 (つづく)



令和6年秋季皇居乾通り一般公開は、本日12月8日日曜日まで
入場時間は午前9時から午後3時まで。
入場口は坂下門

詳しくは宮内庁ウェブサイトでご確認下さい。

佐賀城

2024-11-13 23:55:00 | みる

JR九州 長崎本線 佐賀駅《佐賀城口・南口》 (佐賀市駅前中央)

令和6年10月16日水曜日。佐賀県佐賀市の佐賀駅に来ている。


名君・鍋島直正と直正を支えた賢人たち

中央の像が鍋島直正公。


駅から南へ伸びる道 これまで令和6年10月16日撮影

成田国際空港 NRT RJAA と佐賀空港 HSG RJFS との便があり、佐賀行を二度利用した事がある。空港からは駅へ市営バスで向かっただけで観光はしていない。広島線ではよくお世話になる春秋航空日本 IJ(現スプリング・ジャパン)が運航していたが、昨年6月の運航を最後に運休となっている。


春秋航空日本 IJ701便 [Boeing737-800] JA03GR (佐賀空港)
令和2年12月20日撮影


佐賀市交通局 佐賀空港接続バス (佐賀空港) 令和2年12月20日撮影


これより令和6年10月16日撮影

今日は佐賀城まで歩いてみる。


佐賀放送局 (佐賀県佐賀市松原)


お濠の向こうには県庁が




多布瀬川の柳


佐賀城本丸が見えてきた






佐賀城本丸歴史館 西門 (佐賀県佐賀市城内)










佐賀県立佐賀城本丸歴史館 (佐賀県佐賀市城内)

平成18年に復元された佐賀城本丸御殿。今日は見学しない。


佐賀城鯱の門及び続櫓




24ポンドカノン砲(複製) Replica of 24-Pounder Cannon


門外へ…




史跡 佐賀城址城門 昭和十三年六月…


これまで令和6年10月16日撮影

本丸歴史館周辺図を見れば佐賀放送局が城内にある。四年前に城内にあった放送局を見掛けている。その後に本丸の側からお濠の外へ移転したのだ。


城内にある頃の佐賀放送局 令和2年12月20日撮影


佐賀城天守台 これより令和6年10月16日撮影



佐賀城にも天守はあった。享保11年(1726)の火災で焼失。後に天守は再建される事はなかった。



それではお城を後にして駅へと向かう。




サガテレビ (佐賀県佐賀市城内)

こちらの放送局は城内にある。佐賀県唯一の民放テレビ局。


県庁を南側から望む


正面へ




佐賀県庁 旧館 (佐賀県佐賀市城内)

昭和25年築の旧館。隣接して新館が建つ。第一期が平成3年、第二期が平成6年に竣工している。


お濠の向こうには佐賀放送局と佐賀中央郵便局


入口には…


ムツゴロウを被ったご当地〇〇〇くんが…


イルミネーションが点灯している

西国の佐賀で午後5時ではまだ明るすぎて写真に上手く写らない。


佐賀県道29号 佐賀停車場線





もう少し暗くならないと写らないか。


駅に戻ってきた…

思ったよりもお城までの距離があった。



出札口(みどりの窓口)でB自由席特急券を購入。駅構内のファミリーマートではアイスコーヒーを購入。自動改札に特急券と途中下車している乗車券を重ねて二枚投入。入場する。


JR九州 特急〔リレーかもめ46号〕 2046H列車 [787系] (佐賀)

武雄温泉博多行特急〔リレーかもめ46号〕(8両編成)が遅れて入ってきた。プラットフォームに上がった時には自由席乗車待ちの列は長く伸びており、車内の乗車率もいいように見える。これは座れないかもしれない。特急券に千円払って座れないのは勘弁。特急〔リレーかもめ〕は見送る。次は16分後、と思っていたら臨時列車で今日は運転日ではなかった。33分後の特急を待つ。


JR九州 特急〔みどり(リレーかもめ)48号〕 2048H列車 [783系CM13編成] (佐賀)

今度は自由席待ちの列の先頭の方なので座れる。ところで列車名が判りづらい。武雄温泉で西九州新幹線と接続する〔みどり〕という事なのだろうが。佐世保博多行特急〔みどり(リレーかもめ)48号〕(8両編成)に乗車する。


metro 特急〔みどり〕で佐賀を出発symbol6


乗車券 糸島高校前 ➡ 博多(2,530円)


B自由席特急券 佐賀 ➡ 博多(1,000円)

小倉博多間の営業キロ67.2で在来線特急自由席を利用すると特定特急料金が600円。佐賀博多間の営業キロ53.6でB自由席特急料金が1,000円は割高に感じる。なお小倉博多間は新幹線自由席を利用すると新幹線特定特急料金が990円となる。博多筑後船小屋間の営業キロ51.5で新幹線自由席特急料金が1,260円となっており、仮に佐賀に新幹線が開業したとすると博多からは筑後船小屋と同額になるのではと考え、特急料金が260円増しなら新幹線を通した方がいいように思える。在来線特急はやはり揺れが大きい。車端部に近い席に座っている事もあり、アイスコーヒーのカップをテーブルに置いておくのが不安で常に手で押さえている。新幹線なら速いし揺れは少ないし座席数も多い。とは言え割安な企画券が使える今の在来線特急の方が好まれるのかなとも思う。九州新幹線接続駅の新鳥栖に停車し、続いて鳥栖に停車して長崎本線から鹿児島本線に入ってゆく。佐賀県より福岡県、肥前国より筑前国に入る。列車は二日市にも停車する。


JR九州 特急〔みどり(リレーかもめ)48号〕 2048H列車 [783系CM13編成] (博多)

終着の博多に到着。下車する。


metro 特急〔みどり〕で博多に到着symbol6

特急〔みどり(リレーかもめ)48号〕 2048H 佐賀(18:08)→博多(18:49) クモハ783-9
◆B自由席特急料金1,000円 糸島高校前-博多間の運賃2,530円

東京行最終の新幹線〔のぞみ〕に接続するダイヤ。西九州新幹線の乗りつぶしの時に武雄温泉から利用した特急〔みどり(リレーかもめ)〕と同じ頃合いだ。


クモハ783 9

自動改札に乗車券・特急券の二枚を投入して出場。急いで地下鉄の改札に向かう。Suicaで入場してプラットフォームへ。


18時59分発の列車に乗車


福岡市交通局 1号線(空港線)普通列車[1000N系](博多)

姪浜福岡空港行普通列車(6両編成)に乗車する。


metro 1号線(空港線)で博多を出発symbol6


福岡市交通局 1号線(空港線) 普通列車 [1000N系] (福岡空港)

1号線 普通 博多(18:59)→福岡空港(19:04) 1508 運賃260円

自動改札をSuicaで出場する。急いで航空会社の自動チェックイン機で搭乗手続きをしようとするが出来ない。午後7時から出来るはずだが。航空会社のスタッフに確認したいが、カウンターの前には遅れている前の便の乗客が大勢いて話し掛けづらい。先にご飯を食べてくる。


麦酒はセットに含まれます♪

前に利用したラーメン店に入店。場所が変わっていたが、昨年9月に1年間の期間満了で閉店。11月に場所を移して開店したそう。ラーメンとアルコールがセットになったメニューの食券を券売機で購入。席に案内され、麵の硬さを聞かれて普通でお願いする。アルコールは生ビールを選択する。テーブルの高菜をアテに冷えた麦酒を飲む。実に旨い。


博多豚骨ラーメン

山笠Aセット(1,500円)でラーメンと麦酒。ラーメン旨そう。


チャーシュー♪


麵はこんな感じ♪


紅生姜、高菜、胡椒を投入♪

いただきます。久しぶりの豚骨ラーメン。やっぱり旨い。好みの味。


替玉 200円

よし。替玉だ。これも硬さは普通で注文。


替玉(200円)が到着


替玉を投入♪


高菜と紅生姜と辛みの素を投入♪

もうチャーシューはないが旨い。するするいける。


スープまで飲み干してしまう

美味しかった。ごちそうさまでした。


幸ちゃんラーメン 福岡空港店 (福岡県福岡市博多区下臼井 福岡空港 国内線ターミナル 3F)



ラーメンを食べて航空会社のカウンターに戻る。遅れていた前の便の方は片付いたのか、人は少なくなっている。ところが自分の予約した便が欠航となったとの案内が出ている。LCCなので他社便に振替とかない。自社便への振替か払い戻しとなる。それは承知している。今日の最終便を予約していたので明日以降の便にしてもらうしかない。スタッフに尋ねると航空会社のサイトから手続きをするよう案内されるが、アクセスする手段がない旨伝えると、明日この電話番号に連絡するよう案内の用紙を貰う。システム障害があってダイヤが乱れて最終便が欠航となったようだ。飛ばないものは仕方がない。取り合えず一泊しなければならない。空港を後にする。板付ではラーメン食べただけか。


19時50分発の列車に乗車


福岡市交通局 1号線(空港線)普通列車 [JR九州305系W4編成] (福岡空港)

1号線 普通 福岡空港(19:50)→博多(19:55) JR九州クハ305-4 運賃260円

さて今日の宿を確保しなければならない。駅前のホテルにあたってみるが満室だったり、空室があっても料金は12,000~18,000円だったりする。一万円を超える宿は温泉宿を除けばバブル期の国内(東京・北海道)で一泊ずつ、返還前の香港で二泊しただけである。ツアー参加の時の値段は知らん。それにしても予約なしで飛び込みだと非常に高い。インバウンドの影響もあるのだろうか。博多駅周辺は諦める。昨夜泊まった糸島市のホテルは満室で、グループの近隣のホテルの電話番号を聞いて掛けてみるがやはり満室。もう面倒になった。福岡市から遠く離れよう。一昨日泊まったホテルに電話すると空室ありで料金は七千円台。即予約した。


JR西日本 博多南線 特急 2831A列車 [500系V編成] (博多)

今回の旅行でまたJR西日本を利用するとは。乗るのはこの列車ではない。


JR西日本 新幹線〔こだま876号〕 876A列車 [700系E2編成] (博多)

博多福山行新幹線〔こだま876号〕(8両編成)に乗車する。 (つづく)


Rail Star WEST JAPAN RAILWAY


metro 新幹線〔こだま〕で博多を出発symbol5

スタジアム散策

2024-10-25 09:00:00 | みる

エディオンピースウイング広島 (広島県広島市中区基町)

令和6年10月10日木曜日。広島市に来ている。今年開業したサッカースタジアムを見に来た。試合とか見る訳ではなく外観だけ見てみようという次第である。


駐車場から出る時にピッチがちょっと見える

駐車場は30分毎に料金が上がる。本当に外観を見るだけである。



サンフレッチェ広島の本拠地である。


芝生広場

広島市中央公園にサッカースタジアムは建設された。近くにお城が見える。


広島城 (広島県広島市中区基町)

広島藩浅野家の居城。廃藩置県後には陸軍の施設となり、明治27年には日清戦争に伴い広島大本営が置かれる。昭和になり天守の管理が軍から県に移り一般公開が始まり、昭和6年には国宝に指定された。しかし昭和20年8月6日午前8時15分、米軍による原子爆弾投下で天守は崩れ落ちた。現在の天守は昭和33年竣工の再建天守。鯉城の別称がありカープの名前はここから名付けられている。


フィールドビューテラス

試合・イベントのない日は一般無料開放されていて観客席の一部に着席も出来るそうだが、今日は何かイベントをやっていて入る事が出来なかった。


城南通り

スタジアムから出てきた。通りを挟んで広島県立総合体育館(広島グリーンアリーナ)が見える。



ちょっと離れた位置からスタジアムを見てみよう。30分以内に。


旧太田川(本川)


対岸よりスタジアムを望む





写真を撮ったら急ぎ足でスタジアムに戻る。


クラブマスコットがお出迎え


サンチェ


フレッチェ



Jリーグ発足時に観音の広島県総合グラウンド(広島スタジアム)に行ってみた。大人気で切符は取れず、スタジアムの外でチアホーンの音を聞いていた。その後、試合は時折テレビ観戦するだけで実際に観戦した事はない。本拠地はアジア大会の主会場だった広島広域公園陸上競技場(広島ビックアーチ)に移っていたが、今年から新しいスタジアムに移って来たのなら実際に観戦してみたい。無事30分以内に精算機でSuicaで支払い210円だった。試合の日は駐車場は一般の利用は出来ないから電車で来るか。スタジアムを後にして宇品方面に向かう。




ゆめタウンみゆき (広島県広島市南区宇品西)

こちらの商業施設に到着。


バーガーキング ゆめタウンみゆき店 (広島県広島市南区宇品西)

岩国にもBURGER KINGはあるがベースの中なので利用出来ない。広島市内に2店舗あり、サッカースタジアムからは広島本通店の方が近いが、駐車場を考えるとゆめタウンまで来た方がよい。


ワッパーセット(890円) ドリンクをLサイズに変更(50円)

ドクターペッパーをLサイズに変更しているが、ドリンクをハイネケンにする事が出来る。170円の追加だったか。ここの店舗は置いてあるか知らん。そもそも車なので麦酒は飲まん。


いただきます♪

野菜も多くて健康的な気がする。直火のバティも旨い。ごちそうさまでした。イズミでドクターペッパーのペットボトルなどを買ってゆめタウンを後にする。




Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島 (広島県広島市南区南蟹屋)

宇品から段原を抜けマツダスタジアムにやって来た。広島東洋カープの本拠地である。球場近くの駐車場に車を停めた。料金はは60分毎に料金が上がるので今度は忙しくない。試合のある日は料金体系が変わる。そもそも観戦する時は麦酒を飲むので車で来ない。


正面ゲート左右の階段を上がった中階層からの眺め

コンコース開放日が設けられているが今日ではない。




カープギャラリー

ちょっと見てゆく。昔のユニフォームとか懐かしいのう。


いずれも令和6年10月10日撮影

10月5日土曜日の最終戦。野村祐輔投手の引退試合。13年間お疲れさまでした。広島局と山口局では当日は総合で試合開始から引退セレモニーまでサブチャンネルも駆使して放送していた。さて最後にグッズショップで少し買い物をしてゆく。60分以内に駐車場に戻ると料金は220円だった。


山形縣郷土館 文翔館

2024-09-04 21:00:00 | みる

山形県郷土館 文翔館 旧山形県庁舎 (山形県山形市旅篭町)

令和6年8月8日木曜日。山形県山形市に来ている。山形県の旧県庁舎と旧県会議事堂から成る文翔館。外観だけのつもりが中にも入ってみる事にした。入館は無料。旧県庁舎は大正5年の竣工。


中央階段室






バルコニーに出てみた


正面に七日町大通りを望む


振り向けば時計塔


正庁


貴賓室




知事官房


知事室







暖炉は各部屋で見掛けた。やはり寒冷地なのだろう。


警察部長室


中庭を望む




廊下の床には雷文が…

ラーメン鉢じゃないよ。


内務部長室




中央階段を降りる






会計課・銀行出納係

 大正から昭和初期の事務室風景を再現しました。人形は、昭和14年ころの職員を想定して製作しています。
 また、家具は現存していた机、椅子(大正~昭和20年代製作)を修理し、不足分は大正時代によくみられた意匠に基づき復元製作しました。
(説明文より)


窓口が並ぶ

歴史ある建物だが普通にお役所なんだなと思う。


山形県郷土館 模型(縮尺 1:100)


中庭に出る事が出来る



つづいて渡り廊下を渡って旧県会議事堂へ。


山形縣 縣會議事堂(旧県会議事堂)

外観は先に撮っておいたもの。議事堂は昭和5年竣工。二階に上がる。


来賓室


正副議長室



二階の廊下の窓より議場ホールを見下ろす。硝子越しですが。では一階に降りる。


議場ホール






氏名標があるのは国会と同じか


旧県会議事堂と旧県庁舎とを結ぶ渡り廊下


旧県会議事堂と渡り廊下

外観は先に撮っておいたもの。旧県庁舎に戻ってきた。募金箱があったので見学のお礼に少し入れたが、よくよく見ると先月の水害の募金だった。被害に遭われました方々にお見舞い申し上げます。冷水器があったのでお水を頂戴して旧県庁舎から外に出た。




車寄せの上にあるバルコニーに出られる





国指定重要文化財「旧県庁舎および県会議事堂」をすっかり堪能した。車を駐車している山形城へと向かう。




途中にも古そうな建物を見掛ける


上空を行く航空機

垂直尾翼に鶴丸が見えるので、大阪国際空港(伊丹)ITM RJOO より山形空港 GAJ RJSC へ向かう日本航空JL)2235便と思われる。ダイヤを見ると大阪13時30分発山形14時40着と1時間10分の空の旅である。新幹線だと新幹線〔のぞみ380号〕新大阪13時21分発東京15時51分着(運転日注意)、新幹線〔つばさ145号〕東京16時00分発山形18時43分着となかなかの長旅。


JR東日本 新幹線〔つばさ137号〕 137M列車 [E8系G編成] (山形-北山形)
※東京-山形間は新幹線〔やまびこ137号〕137B列車に併結。

お城のお濠まで帰って来ると、東京新庄行(この日は災害の為大石田止)新幹線〔つばさ137号〕137M列車(7両編成)がやって来た。E8系は今年3月のダイヤ改正で登場した新型車両だ。



E8系にはまだ乗った事がない。E6系、H5系にも乗った事がない。E1系には乗る事なく引退してしまった。東海道・山陽・九州・西九州新幹線は大丈夫かな。


東大手門櫓公開中

東大手門より城内に入る。櫓門の中を公開しているそうなので見てゆく。


櫓門より外を望む


櫓門内の様子







櫓門より外に出てきた。


史跡 山形城跡 二ノ丸東大手門 (山形県山形市霞城町)

二ノ丸東大手門は平成3年に復原された。山形城は羽州探題として山形に入った斯波兼頼が延文2年・正平12年(1357)に築城。斯波氏の子孫は最上氏を名乗り、山形藩主となった最上義光が城郭を整備。元和8年(1622)に最上氏は改易。後に入った鳥居忠政が改修して東北最大、全国でも五番目の規模の城となる。以後も城主は変わってゆき、最上氏の頃の57万石から幕末には5万石となり巨大な城の維持は困難となる。日露戦争後に陸軍歩兵第三十二聯隊が山形城に入り、第二次大戦後は運動公園として整備。霞城公園と言う。今は発掘や復元が進む。




最上義光之像




本丸の濠かな




お城の発掘や復元に伴い、野球場などの施設が撤去されたのだそう


レンタカーに戻ってきた

この辺は野球場の側だった所かな。山形の街も暑かったが、関東の猛暑よりはまだ容認出来るような夏らしい暑さだった。昭和55年8月に初めて仙台に行った時に少しも暑くなくて東北は違うなと思ったが、その時は冷夏だったそう。山形城跡、霞城公園を後にする。奥羽本線を跨線橋で越え、旧県庁舎を車窓に見て国道13号へ。山形自動車道山形北ICを過ぎる。跨線橋で仙山線を越える。山形市より天童市に入る。鶏中華も食べたいが今日は山形で冷たい肉そばを食べた。仙台へ向かう国道48号が分岐する。沿道には栗原選手(現コーチ)の実家の焼肉屋さんがある。奥羽本線を跨線橋で越えて天童市より東根市に入る。国道を離れて空港へ。



山形空港 GAJ RJSC(山形県東根市大字羽入字柏原新林)



また道の駅の感覚で空港に来てしまった。駐車場は無料。但し夜間は閉鎖。さっそく展望デッキへ。


フジドリームエアラインズ JH386便 [E170/175] JA12FJ (山形空港)
※JL4326便との共同運航便。

新千歳CTS RJCC)より飛来した機体。これから名古屋小牧)(NKM RJNA)へ向かう。


送迎・見学者展望デッキ


おいしい山形空港


RWY 01/19(2,000m)の1本の滑走路を有する

昭和17年、北村山郡東根町(現在の東根市)に海軍が神山飛行場の開設に着手。戦後は米軍が接収。昭和31年に日本に返還され陸上自衛隊が使用していたが、昭和39年に神町空港として開港。翌年に山形空港と改称している。今日は航空機が見られてよかった。ターミナルの下の階へ。


二階の待合室より屋外を望む

搭乗口付近のようだが、ここは保安検査前である。小牧に向かう人は保安検査場に入ってゆく。


一階のカウンター

国際線は就航していないが、冬季国際定期チャーター便として今年1月から3月まで臺灣桃園TPE RCTP)から中華航空機(CI)が飛来した。国内線は日本航空(JL)とフジドリームエアラインズ(JH)が就航。JHと言っても日本道路公団でもハイウェイラジオ♪でもない。東京羽田)が2便、大阪伊丹)が3便、名古屋小牧)が2便、新千歳が1便出発する。到着の便数も同様。山形新幹線があっても東京線は残っている。新幹線とは言っても福島からは奥羽本線(在来線)だし。お手洗いを借り、売店で午後の紅茶を買って空港を後にした。



国道287号を西へ。東北中央自動車道東根IC入口を通過。山形県内の有料区間は米沢北IC-東根IC間で、新庄IC方面は無料区間となる。東根市より西村山郡河北町に入り最上川を渡る。市町境が最上川ではない。寒河江市に入る。最上川の支流の寒河江川を渡る。国道112号に入る。左沢線羽前高松駅付近。西川町に入る。山形道と立体交差し西川ICもあるが流入しない。有料区間だから。ラジオをつけると九州・四国の方で津波警報が出ている。山間に入りダム湖の近くを通る。山形道月山ICからの道と合流。高速道路に入ったのではなく、高速がないので国道112号に接続しているのだ。月山道路で自動車専用道路。国道25号名阪国道を思わせる。長大な月山第一トンネル(2,620m)を抜けて西川町より鶴岡市に入る。またいくつものトンネルを抜ける。自動車専用道路の区間が終わる。山形道湯殿山ICがあり高速道路が復活するが流入しない。有料区間だから。山間から庄内平野に出てきた。鳥海山が見える。どこかで国道7号に入りたいと思うが、鶴岡市街地の手前で国道345号などを経て入る事が出来た。日本海東北自動車道鶴岡西ICがあり流入する。山形県内の鶴岡JCT以南は無料区間である。途中で給油所がない旨の案内がある。そこへ燃料残量警告灯が点灯。凡そ50kmくらいは走れるようだが不安である。高速道路なので燃料が減るのも早いだろう。鶴岡市街地で給油しておくべきだった。これから県境へ向かうので大きな街はなさそうである。日本海東北道(日東道)はあつみ温泉ICまでの開通で流出する。国道7号へは来た方向へ引き返すような県道へ案内される。燃料がないのに遠回りとは。羽越本線あつみ温泉駅付近で国道に出る。給油所は見当たらない。右側は日本海の絶景だが街を離れてしまった。県境の街、鼠ヶ関に給油所かあり事なきを得る。新潟県のガソリン価格は安いだろうから二千円だけ給油する。セルフではなく久しぶりに給油してもらった。1Lが184円で、二千円で10.87L入った。



給油所を出発。程なく県境を通過する。旧道には古くからの集落の中に県境の石碑が建っているそうだが、国道はあっさりしたものだ。山形県鶴岡市より新潟県村上市、出羽国羽前国)より越後国に入る。平成の大合併の前の市町村で言うと、山形県西田川郡温海町と新潟県岩船郡山北町である。羽越本線府屋駅付近を過ぎると、もしもしピットがあり入る。お手洗いも設置されている。日本海に日が沈むところなので海の方を見てくる。






国道7号府屋交差点、新潟県新潟市方を望む


青森県青森市方を望む






道路の山側にあるのがもしもしピット


府屋漁港を望む




沖合に見えるのが粟島

一島で岩船郡粟島浦村となっている。






国道7号府屋第二トンネル(間の内トンネル)の内側に使われていないトンネルが見える
これまで令和6年8月8日撮影

左が国道7号現道、真ん中が旧道(通行不可)、右が羽越本線の廃線となった旧線のトンネルと思われる。現行の新線のトンネルは国道より山側を通っている。府屋駅には10年前に訪れている。


JR東日本 特急〔いなほ7号〕 2007M列車 [E653系U-103編成]
(府屋) これより平成26年3月1日撮影(切符の画像を除く)


B自由席特急券 坂町 ➡ 府屋(500円)

特別企画乗車券「青春18きっぷ」の旅の途中、短区間で特急を利用。別途乗車券が必要です。

特急〔いなほ7号〕 2007M 坂町(16:15)→府屋(16:52) モハE652-1005


新津方を望む


秋田方を望む


JR東日本 羽越本線 府屋駅 (新潟県村上市府屋)

当時は有人駅。出札口(みどりの窓口)もあったが、現在は無人駅だそう。




日本海と国道7号を望む


JR東日本 羽越本線 普通 829D列車 [キハ47形] (府屋)

特急を利用する事でこの普通列車に乗り継げた。




キハ47形車両車内の様子

国鉄の車両で鶴岡に向かった。10年後の現在の話に戻る。日本海の眺めを堪能したところで、もしもしピットを出発。暗くなる前に先を急ぐ。羽越本線は日本海沿いに笹川流れを行くが、国道7号は勝木より内陸へ入ってゆく。今は村上市内だが、かつての山北町より朝日村へ入る。もうすっかり暗くなった。県境を挟んで未開通区間のある日東道だが朝日まほろばICより新潟中央JCT方面へは繋がっている。流入する。無料区間である。山形県内同様暫定2車線だが無料なのがありがたい。荒川胎内ICで流出。この先は有料区間となるからである。荒川とは旧荒川町。羽越本線坂町駅のあるところである。国道113号を経て国道7号へ。村上市より胎内市に入る。平成17年に北蒲原郡中条町、黒川村が合併して発足。市名は市内を流れる胎内川から。新発田市に入り羽越本線が並走する。115系でもキハ47形でもない。新発田市街の新発田バイパスを通り高架道路に入ってゆく。



新発田ICからは新新バイパス。聖篭町に入り日東道聖篭新発田ICに接続する。日東道は有料だが新発田BP、新新BPなどの国道バイパスの通行料金は無料。新潟市に入る。競馬場のある豊栄市だったが新潟市に合併している。阿賀野川を渡る。海老ヶ瀬ICからは新潟バイパスとなる。羽越新幹線 新幹線車両基地への回送線を潜り、信越本線・白新線を跨ぐ。新潟駅の南にある紫竹山ICで国道7号から国道8号へ変わるようである。国道49号亀田バイパス、栗ノ木バイパスに接続する。延長40kmを超える連続立体交差で新潟市を東西に貫くバイパス群。最高速度が60km/hから70km/h、自動車専用道路となる区間では80km/hに引き上げられている区間もある。無料の高規格道路があってうらやましい。明るい日中に走ってみたかったが午後8時頃となった。まだ交通量は多い。信濃川を渡り、黒埼ICより新潟西バイパスとなる。国道8号はここで流出だったのだが新潟西BPに入ってしまった。新潟西ICまではかつて北陸自動車道だった区間で、後に国道116号新潟西BPとなり無料で通行出来る。このまま北陸道に入ってしまうのかと思ったが新潟西BPのまま西へ向かう。同バイパスは自動車専用道路である。曽和ICで地上に降りて自動車専用道路、そして新発田市からの連続立体交差が終わる。久しぶりの信号機である。



どこかで国道8号に入らねばと思うが、国道116号も並行して南に向かっている。二つの国道が大きく離れてしまう前に移るとして、暫く国道116号を走る事にする。燕市に入る。越後線・弥彦線の吉田駅付近。春日町交差点で左折。国道116号と重用区間だったようだが国道289号単独となり三条市へ向かう。燕ラーメンが気になるが先を急ぐ。市街地で国道がカクカク曲がるので正確に辿れなかった。北陸道三条燕ICと上越新幹線燕三条駅付近を通る。この付近で燕市より三条市に入る。市境付近に新幹線駅、高速のインターチェンジがあり、名前の順序を入れ替えそれぞれに配慮している。国道8号に出て、京都方面へ向かう。給油所が多数あり価格は安いようである。なるべく空にしてから満タンにしたいのでまだ給油しない。見附市を経て長岡市に入る。長岡東バイパス川崎ICで国道8号が分岐して行く。実は新潟からここまで国道17号との重用区間だったのだが、ここから国道17号の単独区間となる。これより魚沼方面へ向かうが、ガソリン価格の相場が判らないので長岡市内で満タンにした。1Lが162円で、20.61Lで3,339円となった。



ラジオによると津波警報がまだ出されているようだ。地震があったのは日向灘で宮崎県日南市では震度6弱だったそう。日南と言えばカープのキャンプ地で、キャンプしてない時に訪れた事がある。宿泊したホテルが電話取材に応じていた。地震で被害に遭われました方々にお見舞い申し上げます。長岡市より小千谷市を経てまた長岡市に入る。北魚沼郡川口町が長岡市に合併して飛び地となっているためである。上越線、そして飯山線の終点である越後川口駅がある。魚沼市に入る。北魚沼郡堀之内町、小出町などが合併して発足。上越線、そして只見線の終点である小出駅がある。南魚沼市に入る。南魚沼郡大和町、六日町、塩沢町が合併して発足。上越線と上越新幹線の浦佐駅、上越線、そしてほくほく線の起点である六日町駅がある。新潟県最南端の南魚沼郡湯沢町に入る。上越線、上越新幹線の越後湯沢駅がある。新潟県を出る前にファミリーマートで夜食を買って小休止。SPAMむすびが沖縄のポーク玉子おむすびの形(おにぎらず?)からハワイの俵型に変わっている。沖縄の方が食べやすいのだが。鮭のおむすびも買うが新潟の鮭ではあるまい。



いよいよ上越国境越えに挑む。魚野川に沿って走りやすかった国道だが、この先は上り坂や曲線の道路となる。日付が変わる前に関東に入りたかったが、湯沢町の市街地から県境まで随分ある。途中には苗場スキー場もある。新潟県内で日付が変わり、令和6年8月9日金曜日となる。零時5分頃、新三国トンネル(1,284m)に入る。老朽化していた昭和34年開通の三国トンネル(1,218m)に変わり令和4年に開通した新トンネルである。トンネル内で新潟県南魚沼郡湯沢町より群馬県利根郡みなかみ町、越後国より上野国に入る。国境の長いトンネルを抜けると雷雨だった。新潟県側でも山の方で稲光がしているのが判ったが、雨は降っていなかった。山を越えて群馬県に入ると天気も変わる。ちょっと霧も出ている。下り坂で曲線も多く慎重に運転する。交通量は少ないが時折対向車も現れる。ここと比べると国道18号碓氷バイパスで県境を越えるのはちっとも苦ではない。時間があるので国道でも構わないが、ETC深夜割引の時間帯まで待って関越自動車道湯沢ICから関越トンネルを利用してもよかった。湯沢IC-水上IC間が深夜割引で軽自動車510円となる。山道を上越新幹線上毛高原駅付近まで下ってきた。上越国境越えでは数えるほどしか他の車両は見なかったが、何台もトラックを見掛けるようになる。やはり水上ICまで関越トンネルを利用しているのだろうか。沼田市を経て渋川市に入る。道の駅こもちに入り小休止。雨は止んでいる。



道の駅を出発。渋川からは素晴らしいバイパス群が続く。北群馬郡吉岡町、前橋市、伊勢崎市を経て太田市へ。また激しい雨が降っている。利根川に架かる新上武大橋を渡り群馬県より埼玉県深谷市、上野国より武蔵国へ。熊谷市に入り国道17号より国道125号に入る。激しい雨も止んでいる。ラジオは津波警報ではなく通常放送に戻っており、オリンピックや音楽を流している。この時間は第一放送とFM放送の同時放送をしており、懐かしいMadonnaの曲や歌謡曲を楽しむ。第一に戻しオリンピック放送を聞いていたらレスリング女子の藤波選手が金メダル獲得。おめでとうございます。ラジオなのでよく判らないのだが解説の浜口さんの熱量は伝わった。後日、TVerやテレビで見たが、連日のようにレスリングの選手が金メダルを獲得してよかった。しかし開会式はCéline Dionの歌くらいしかいい印象はない。Londonは面白かったのに。行田市を経て羽生市へ。国道122号との重用区間がある。加須市を経て久喜市へ。国道4号(現道)に入るつもりが道を間違えて県道に入ってしまう。国道125号、曲がる所が多すぎ。幸手市に入る。もう国道4号には入らない。埼玉県内で武蔵国より下総国に入る。そして江戸川に架かる関宿橋を渡り、埼玉県より千葉県野田市(旧東葛飾郡関宿町)を経て、利根川に架かる境大橋を渡り茨城県猿島郡境町に入る。道の駅さかいで休憩。



道の駅を出発。夜も明けてきた。深夜・早朝にレンタカーを返却すると、そこから交通手段がないので、またどこかの道の駅に立ち寄り時間を潰そうと思う。茨城県より千葉県を経て埼玉県に入り、下総国から武蔵国に戻り新4号国道に入る。北葛飾郡旧庄和町以北の新4号国道は下総国を通っていると思っていたが、幸手市では一部のみが下総国だった。杉戸町に入り、武蔵国より下総国また入る。春日部市(旧庄和町)の道の駅庄和の駐車場を見るが混雑している。もうレンタカー返却場所近くまで行ってしまう。早朝なのに新4号国道が混雑して来ている。県道に逃げる。往復2車線の決して広くはない道路を行くが、大型車の通行が多く流れもよい。松伏町を経て吉川市へ。下総国から武蔵国に戻る。今の県境は江戸川だが、総武国境は太日川(庄内川)であり、旧河道は畑になっていたりして判りづらい。三郷市を経て江戸川に架かる流山橋を渡って埼玉県より千葉県流山市、武蔵国より下総国入る。ここは県境と国境が一致している。



流山市から松戸市に入り、荷物を家に置いてから市川市に入り、道の駅いちかわで時間調整。ここも早朝から車が多い。エンジンを止めているので日の当たるマスだと暑く感じる。日陰のマスに移動する。もうそろそろいいでしょう。道の駅を出発。市川市より松戸市に入る。給油所で満タンにする。1Lが169円で、13.54L入り2,288円だった。やっぱり新潟県の価格は安かった。無事にレンタカーを返却。夏季料金で高くなっており48時間で13,067円だった。走行距離は1,063km。また1,000kmを超えてしまった。 (おわり)