全く久しぶりに“びしょ鍋”(当て字で美酒鍋とも書く)を食べた。渋谷の居酒屋酒菜亭さんから、「美酒鍋をかこみ、広島を食べ尽くし飲み尽くしましょう」という案内を受けたので、何はさておきと出かけたのであった。
私が初めてびしょ鍋を食べたのは、もう30年近く前、当時広島に赴任していた頃であった。仕事の関係で、広島の酒どころ西条にある賀茂鶴酒造さんを訪ねていた頃、毎年一回“びしょ鍋の会”を催して頂いていたのであった。
実は、私の酒の勉強はこの賀茂鶴さんとの出会いによるのだが、それはさておき…
広島を発祥の地とすると聞くこのびしょ鍋なる料理は、男ばかりの蔵人たちを慰める酒蔵料理で、どこの蔵でも月に何回か作り、体力を養うと同時に蔵人たちの和をはかり、厳しい酒造りにそなえたものと言われている。
材料は、鶏肉(特にすなぎも、もつが主流)、こんにゃく、白菜、ねぎ(白ねぎ、たまねぎ)、ぴーまん、にんじん…などなど素朴なものであり、調味料は塩、コショウと酒である。場合によってはニンニクを使うが、これは新酒に匂いが移らないように、気を配りながらの使用である。
4~5人で囲んだ強火のコンロに鍋をかけ、これらの素材を塩、コショウで味つけしながら、煮詰まれば酒をどんどん入れる。水は一切使わない。甘味は酒の甘味だけであり、塩、コショウとともにさっぱりした味つけなので、いくらでも食べられ、いくらでも飲める。
酒飲みにはたまらない料理である。
名前の“びしょ”の由来は、蔵人たちが仕事で「汗びしょになる」…またこの鍋を囲んで「汗びしょになる」からきたという。しかもその言葉の発祥はこれまた酒造りに関係し、仕込みのときに歌う「仕込み二番櫂うた」にあると聞いた。
ヤレ 酒やヨー びしょすりゃ ドッコイサーノせ
もろみが かかる ヤレ
帰りゃヨー 妻子がヨー チョイと 泣きかかる
なかなか粋な唄である。
30年ぶりに食べたびしょ鍋は、同じ広島は西条でも賀茂泉さんのつくりであったが、基本的には同じ内容で、賀茂泉の純米酒や純米酒大吟醸とぴったり合って、懐かしい広島の味を存分に噛みしめることが出来た。