愛読書の一つ、池波正太郎の『味と映画の歳時記』に次のような話が載っていた。
子供のころからの友人井上留吉に再会し、酒杯を傾けながら「お前、いま一番好きな女優はだれだ」と聞くと、井上は「見せっこしよう」という。そこでお互いに紙に書いて同時に開くと、双方ともジュリエッタ・マシーナと書いてあった、という話…。
フェデリコ・フェリーニ監督の『路』が封切られた頃の話であるが、子供のころから映画キチであったという二人にして当然、と言えるような話だ。アンソニー・クィーンの好演もあいまって、ジュリエッタ・マシーナ演じるジェルソミーナの哀しい生き様は心に残っている。
池波正太郎でなくても、酒を飲みながらの話題と言えば映画の話は多かった。我々の若いころは、楽しみと言えば映画か野球であったからだ。
美味しい酒に巡り合うと、「高峰秀子の味がする」とか、「ヴィヴィアン・リーの香りだ」とか生意気なことを言い合ったものである。
高峰秀子はよく出てきたが、原節子とか吉永小百合とかあまり出てこなかったのは何故だろう。美しすぎて親近感がないのではないか? 外国女優でも、ヴィヴィアン・リーは出てきたがエリザベス・テイラーなどハリウッドの大スターはあまり出てこなかった。フランソワーズ・アルヌール(仏)や、ジーナ・ロロブリジータ(伊)、マレーネ・デートリッヒ(独)などはよく出た。
要するに酒の味を女優の魅力で表そうとしたのであるが、これほど失礼なことはなかったと反省している。それにまつわる楽しい話はたくさんあるが、実名を挙げるのは差し控える。それは女優の品格を傷つけるだけではなく、酒の名誉も傷つけるからだ。
ただ、これだけは言っておきたい。全国1200の蔵を有す日本酒の味はそれほど多様で、また、近時の日本酒はかつてなく美味しく花開き、それを世界で一番美しい(容貌だけではない)と信じる女優の姿で表現しようとすることは、美を愛(め)で追求する心の行き着くところであるということを。
愛知県田原市の「バラ王子」さんが贈ってくれました
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます