🌸戦後の日本、司馬遼太郎を必要とした
☆戦後日本は、軍国主義国家から、民主主義国家に変身した
*明治維新から敗戦までの77年間をどう評価し
*戦後史に繋げるかは苦渋ののテーマであった
☆戦後民主教育を受けてきた世代
*教壇から近代史を教えられないまま社会人として生きてきた
☆近代史を誇りをもって振り返らせたのが司馬遼太郎
☆近代史を誇りをもって振り返らせたのが司馬遼太郎
*「経済主義」を生きた日本人にとり
*『坂の上の雲』に象徴される「栄光の明治」論
*心に光を灯すものであった
⛳司馬遼太郎の役割(日本近代史への光の照射)
☆戦前の軍部は、「現人神たる天皇直轄の軍隊」という建前
☆戦前の軍部は、「現人神たる天皇直轄の軍隊」という建前
*軍部は、政府や議会を超越した存在であるという錯誤を招く
*それが昭和の戦争の悲劇をもたらした
*それが昭和の戦争の悲劇をもたらした
☆司馬史観は「明治日本の再評価」
*『坂の上の雲』(日露戦争の日本海海戦勝利をもたらした)
(参謀・秋山真之を描いた)
☆司馬は『世に棲む日日』も書いた
*吉田松陰と高杉晋作が主人公にした
☆全共闘運動が吹き荒れ、キャンパスは左翼全盛時代
*司馬遼太郎は「明治」という時代を描き続けていた
☆「経済の時代」を生き始めた日本人にとり
*日本近代史を再考し、自尊心を取り戻す上で
*「栄光の明治」と「悲惨な昭和」を語る司馬遼太郎が必要であった
*司馬作品により、明治時代が輝いて見えた
*司馬作品により、明治時代が輝いて見えた
☆国家と帰属組織と個人の目標が一直線につながる中で
*必死に生きた青年たちが躍動していた時代がうらやましく見えた
⛳宗教について司馬遼太郎の見解
☆司馬の仏教に関する造詣は深い
*国家鎮護の仏教から民衆の仏教へと
*仏教思想の転換をもたらした法然や親鸞に心を寄せ
*明治期の仏教思想家・清沢満之の思想と生き方に共鳴している
☆司馬は神道については深追いしていない
☆司馬は神道については深追いしていない
*神話と結びつけて天皇を神聖視し
*国体の基軸とする「政治化された神道」には冷淡だった
*徳川将軍の代わりの権威として、明治天皇制を据える見方をしている
⛳司馬遼太郎と三島由紀夫
☆司馬遼太郎と三島由紀夫は、同世代であった
⛳司馬遼太郎と三島由紀夫
☆司馬遼太郎と三島由紀夫は、同世代であった
☆三島が市ヶ谷の陸上自衛隊駐屯地で自刃した
☆司馬は三島の死
*「政治論的死」ではなく「文学論的死」であると言い切る
☆司馬は三島氏に関して述べている
*三島は、ここ数年美という天上のものと政治という地上のを
*一つのものにする衝動を問断なくつづけていたと
⛳司馬遼太郎は、松下幸之助と表裏一体の存在だった
☆松下幸之助
*産業資本主義の隆盛と「PHP」に強い自負を抱いていた
*戦後日本人の宗教ともいえる
☆PHP思想に共鳴するサラリーマン層
*日本近代史を振り返る基点としての司馬遼太郎は重い存在
☆松下幸之助と司馬遼太郎
*戦後なる時代を象徴する表裏一体の存在だった
(敬称略)
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⛳出典、『人間と宗教』
戦後の日本、司馬遼太郎を必要とした
(ネットより画像引用)
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