🌸西欧がイスラムを嫌う理由2
『要旨』
☆イスラムが生まれたときから続く「イスラモフォビア(嫌悪)」
☆過激派テロが多発したのは、西欧がシリア内戦を放置したから
☆世俗国家をうたいながらEU加盟が認められないトルコ
⛳イスラムが生まれたときから続く「イスラモフォビア」
☆現在の世界ほど、西欧側からのイスラムへの嫌悪感が強い時代はない
*「イスラモフオビア」とはイスラム嫌悪の意味
☆西欧のイスラム嫌悪は、イスラムが生まれて間もないころからある
*キリスト教が誕生して600年もたってから
*別の頂言者によって新しい一神教が生まれたと言われても
*キリスト教徒は、それはインチキに違いないと思った
*すべてはそこから始まった
*すべてはそこから始まった
☆以前から、キリスト教会の頂点の教皇の言葉で
*イスラムをいかに敵視しているかの出来事が多数あった
*それが、現在まで続くヨーロッパのトルコ嫌いの原点となっている
☆ヨーロッパ列強諸国は、イスラム圏の多くを植民地にしていく
*19世紀から20世紀の前半まで
*イスラム世界は西欧の圧倒的な力によって支配された
☆第二次世界大戦後、疲弊したヨーロッパは植民地を手放なす
*イスラム圏のほとんどは独立し、西欧を模倣した国づくりをした
*そのころ、西欧はイスラム世界に対して圧倒的優位に立っており
*イスラム嫌悪は表面化しなかった
☆1980年代
☆1980年代
*イスラム世界で急速に「イスラム復興運動」が広がる
*イスラムを政治から切う離して世俗的な国にすることが
*近代化だと言われてきたことに対して、激しい反発が起きた
☆イランで親欧米の国王が追放され、イスラム体制に変わった
*エジプトのサダト大統領がイスラム過激派に暗殺された
*アルジェリアでイスラム過激派が大暴れし内戦に陥った
☆アメリカがことの重大さに気づいたのは
*イランでイスラム革命が起き、テヘランのアメリカ大使館
*暴徒によって占拠されたときです
*彼らは、イスラムの教えに凝り固まった『原理主義者』だ
☆冷戦が終わり、ボスニアで紛争が起きた
*ボスニアの人びとはムスリムでした
☆イスラム嫌悪感とイスラム脅威論高まったきっかけは
☆イスラム嫌悪感とイスラム脅威論高まったきっかけは
*9・11同時多発テロ、西欧とイスラム世界の関係は悪化していく
☆イスラム嫌悪によるヘイトクライムも大変な勢いで増えた
⛳過激派テロが多発したのは、西欧がシリア内戦を放置したから
☆2015年からヨーロッパが「イスラム過激派のテロ」に見舞われた
*端的に言ってシリア内戦を放置した結果だった
☆2015年からヨーロッパが「イスラム過激派のテロ」に見舞われた
*端的に言ってシリア内戦を放置した結果だった
☆シリア内戦で家を失い生活ができなくなった人たち600万人
*国境を越えて、隣国のトルコ、 レバノン、ヨルダンなどに逃れた
*トルコは最大で400万人ものシリア難民を抱えた
*100万人以上が、ギリシャに渡り、陸路でドイツを目指した
☆EU諸国は、マイノリティの人権を重視すると言いながら
*100万人以上が、ギリシャに渡り、陸路でドイツを目指した
☆EU諸国は、マイノリティの人権を重視すると言いながら
*どの国でも、難民を規制しろ、ヨーロッパにムスリムの居場所はない
*入れてもいいがキリスト教徒だけにしろ……と、非難の大合唱
*シリア難民の多くはムスリムでした
*シリア難民の多くはムスリムでした
☆アフガニスタンやイラクから逃れた人も地続きのトルコで合流
*結局、多数のムスリムが難民としてEUに殺到した
☆ヨーロッパの多くの国で、反イスラム、反移民、反難民を掲げる
☆ヨーロッパの多くの国で、反イスラム、反移民、反難民を掲げる
*政党や市民団体が結成された
*反イスラムを掲げても、誰もそれを差別として批判しななった
☆ヨーロッパには、新たに流人した難民よりも
*はるかに多くの移民出自のムスリムが暮らしている
☆イスラモフォビアは隣人のムスリムに向けられる
*外国人への憎悪に他ならない
*外国人への憎悪に他ならない
*イスラモフォビアはヨーロッパで最高潮に達した
☆そんなヨーロッパ社会に絶望した難民申請者のなかから
*自暴自棄に陥ってテロを起こす人が出てきた
*惨劇の続いた数年は、 コロナ禍の始まうとともに、終わりました
*惨劇の続いた数年は、 コロナ禍の始まうとともに、終わりました
*停止したのか、本当に終わったのか、そこはまだわかりません
⛳世俗国家をうたいながらEU加盟が認められないトルコ
☆国単位で見ると
⛳世俗国家をうたいながらEU加盟が認められないトルコ
☆国単位で見ると
*今、ヨーロッパとアメリカの双方から、敵視されがちな国トルコ
*トルコに対する嫌悪は、非常に根の深いもの
☆トルコは、オスマン帝国時代に
*バルカン半島から中部ヨーロッパまで支配した
*帝国末期のアルメニア人の大規模な追放と殺致
*クルド人武装勢力との長年の戦闘
☆ヨーロッパ各国に定住トルコ系移民のなかに
*同化に背を向けイスラムに回帰する人が増えている
☆トルコは半世紀以上前から
☆トルコは半世紀以上前から
*ヨーロッパの一員になろうとしてきたムスリムの国
*しばしば軍の政治介入を招きかねない危機があった
* エルドアン政権は、それを抑え込んできた
☆トルコは、人口の大半をムスリムが占めている
☆トルコは、人口の大半をムスリムが占めている
*憲法で明確に「世俗国家」であることをうたっている国
*EUは、このあたりのことをもっと評価してもよいと思うが認めない
*EUへの正式加盟交渉交渉は遅々として進んでいない
*EUへの正式加盟交渉交渉は遅々として進んでいない
☆ヨーロッパ各国の市民のあいだでは
*トルコ国民の大半がムスリムだからEUにはふさわしくないという
*ムスリムの大国トルコはEUにふさわしくないという結論
☆実際には、 エルドアン政権のイスラム主義的な性格への嫌悪
*これ以上、ヨーロッパにトルコ系移民が添れるのは嫌だ
☆ヨーロッパは、キリスト教の社会であるべきだという世論に押され
*各国の首脳が一斉にトルコのEU加盟後ろ向きになってしまった
(敬称略)
⛳知識の向上目指し、記事を参考に自分のノートとしてブログに記載
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☆記事内容ご指摘あれば、訂正・削除します
⛳私の知識不足の為、記述に誤り不明点あると思います
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⛳出典、『分断を乗り越えるためのイスラム教入門』
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「イスラモフォビア」「シリア難民」「過激テロ」「トルコ」
(ネットより画像引用)