つつじ畑待避所に着く前から雨になっていました。そのため何はさておいても待避所に避難しました。
待避所の中は混雑していました。ここで遠慮していては何もできません。人をかき分けるようにして奥にはいると狭いスペースがあり、そこで昼食を採り、雨の中を歩く準備をしました。頭の中ではこれからどうするか、これから先のことをシュミレーションしていました。
このまま登山を続けるか?それともここから下山するか?
混雑した待避所の中で昼食を採り登山準備をして出発すれば12時前になります。そこからコースタイムどおりに歩いても山頂到着は13時30分になります。しかし、いまのメンバーの状態ではコースタイム通りに歩くことは不可能と言えます。問題は何分オーバーするかですが、これから森林限界をぬけて風が強くなるとますます条件が悪くなります。
冷静に考えると、このまま頑張って登っても山頂の手前で時間切れになる可能性が非常に高いのです。その日の長は寝不足で体調不良、と言うことはありませんでした。タカ長独りだけなら山頂に立つことは可能だったでしょうが、もとより登山の原則はパーティを分けないで全員で行動することです。ましてここは「外国の山」なのです。
無理して登って疲れをためてもいけません。まだ旅は始まったばかりなのです。まして、、、、頑張った末に山頂を踏めないとなるとダメージが大きくなります。
そのようなことを考えて、山頂まで2.3km地点のつつじ畑待避所から下りることにしました。
待避所の外のガスはなくなっていましたが、雨は本降りになってきました。その前で証拠写真を撮って下山をはじめました。
この待避所は多くの人が利用するのでしょう。まわりにはたくさんのトイレが設置されていました。登らないとすれば時間はあるのでトイレを見てまわり、待避所から一番遠いトイレで用を済ませ出発しました。
待避所のまわりにはその名前のようにつつじがたくさんありましたが、花はやっと咲き始めた状態でした。
帰心矢のごとし、と言う言葉もありますが、下山を決めるとメンバーの足取りも軽くなり、速くなったような気がしました。と言ってもそのあたりの登山道は火山岩がゴロゴロしている道です。私たちの年代では登り以上に気を使う必要があるのは当然のことです。
とにかく登山口まで下りてきました。濡れ鼠状態です。
登山口には店もあるので中に入ってみましたが、、、、、、
雨具を取って町に帰る支度をするスペースはありません。外にはタクシーもいません。
さてどうするか?
登山口のすぐそばには済州島を南北に走る幹線道路が走っています。南の西帰浦(ソギポ)市と北の済州(チェジュ)市を結ぶその道路は、言ってみれば済州島の「東名」だと言えます。済州島には高速道路はないのですが、、、、、。
画像はネットより借用
その幹線道路にあるこのようなバス停で雨を避けながら、バスかタクシーかとにかく早く来たほうに乗るつもりで幹線道路に行くと、、、
バス停に着くと同時にバスがやってきました。
バスに乗ると中は暖かくてカメラのレンズは曇ってしまいました。一度拭いてもまた曇り、、、、そのようなことを何度か繰り返して撮影できるようになりました。
そこまではあまりあれこれ考えないでの行動でしたが、、、、考えてみればわれながら優れた判断だったと内心にんまりしたものです。
濡れ鼠の状態でもバスなら遠慮なく乗ることができます。バスの終点のバスターミナルまで行けば、当たり前のことですがそこには屋根があります。その下でゆっくり着替えができます。
ホテルまでの最短距離を考えると途中下車したほうが良いことは分かっていましたが、とにかく終点のバスターミナルまで乗っていました。
そこでゆっくろと身支度を整えタクシーでホテルに帰りました。
何と言っても初めての町、タカ長には西も東も分からないのでタクシーで帰る以外に選択肢はないのです。
「旅レコ」の記録です。歩いたのは画像下側の東西の線の部分、そのほかはバスが走った軌跡です。
上のほうで軌跡が乱れていますが、あそこがバスターミナルです。こうしてみると一日の軌跡が手に取るようにわかります。
ホテルに帰って仲間たちと合流、すぐそばの食堂で夕食をとりました。前菜とマッコリー、、、、、、。
このマッコリー、下戸のタカ長にもゆけました。調子に乗って飲むと後が怖いので少しだけしか飲みませんでしたが、上戸の人には美味しいものだと思われます。
チェジュの黒豚とさばの塩焼きがメイン。
あのさばは美味かったなぁ、、、、、、。
待避所の中は混雑していました。ここで遠慮していては何もできません。人をかき分けるようにして奥にはいると狭いスペースがあり、そこで昼食を採り、雨の中を歩く準備をしました。頭の中ではこれからどうするか、これから先のことをシュミレーションしていました。
このまま登山を続けるか?それともここから下山するか?
混雑した待避所の中で昼食を採り登山準備をして出発すれば12時前になります。そこからコースタイムどおりに歩いても山頂到着は13時30分になります。しかし、いまのメンバーの状態ではコースタイム通りに歩くことは不可能と言えます。問題は何分オーバーするかですが、これから森林限界をぬけて風が強くなるとますます条件が悪くなります。
冷静に考えると、このまま頑張って登っても山頂の手前で時間切れになる可能性が非常に高いのです。その日の長は寝不足で体調不良、と言うことはありませんでした。タカ長独りだけなら山頂に立つことは可能だったでしょうが、もとより登山の原則はパーティを分けないで全員で行動することです。ましてここは「外国の山」なのです。
無理して登って疲れをためてもいけません。まだ旅は始まったばかりなのです。まして、、、、頑張った末に山頂を踏めないとなるとダメージが大きくなります。
そのようなことを考えて、山頂まで2.3km地点のつつじ畑待避所から下りることにしました。
待避所の外のガスはなくなっていましたが、雨は本降りになってきました。その前で証拠写真を撮って下山をはじめました。
この待避所は多くの人が利用するのでしょう。まわりにはたくさんのトイレが設置されていました。登らないとすれば時間はあるのでトイレを見てまわり、待避所から一番遠いトイレで用を済ませ出発しました。
待避所のまわりにはその名前のようにつつじがたくさんありましたが、花はやっと咲き始めた状態でした。
帰心矢のごとし、と言う言葉もありますが、下山を決めるとメンバーの足取りも軽くなり、速くなったような気がしました。と言ってもそのあたりの登山道は火山岩がゴロゴロしている道です。私たちの年代では登り以上に気を使う必要があるのは当然のことです。
とにかく登山口まで下りてきました。濡れ鼠状態です。
登山口には店もあるので中に入ってみましたが、、、、、、
雨具を取って町に帰る支度をするスペースはありません。外にはタクシーもいません。
さてどうするか?
登山口のすぐそばには済州島を南北に走る幹線道路が走っています。南の西帰浦(ソギポ)市と北の済州(チェジュ)市を結ぶその道路は、言ってみれば済州島の「東名」だと言えます。済州島には高速道路はないのですが、、、、、。
画像はネットより借用
その幹線道路にあるこのようなバス停で雨を避けながら、バスかタクシーかとにかく早く来たほうに乗るつもりで幹線道路に行くと、、、
バス停に着くと同時にバスがやってきました。
バスに乗ると中は暖かくてカメラのレンズは曇ってしまいました。一度拭いてもまた曇り、、、、そのようなことを何度か繰り返して撮影できるようになりました。
そこまではあまりあれこれ考えないでの行動でしたが、、、、考えてみればわれながら優れた判断だったと内心にんまりしたものです。
濡れ鼠の状態でもバスなら遠慮なく乗ることができます。バスの終点のバスターミナルまで行けば、当たり前のことですがそこには屋根があります。その下でゆっくり着替えができます。
ホテルまでの最短距離を考えると途中下車したほうが良いことは分かっていましたが、とにかく終点のバスターミナルまで乗っていました。
そこでゆっくろと身支度を整えタクシーでホテルに帰りました。
何と言っても初めての町、タカ長には西も東も分からないのでタクシーで帰る以外に選択肢はないのです。
「旅レコ」の記録です。歩いたのは画像下側の東西の線の部分、そのほかはバスが走った軌跡です。
上のほうで軌跡が乱れていますが、あそこがバスターミナルです。こうしてみると一日の軌跡が手に取るようにわかります。
ホテルに帰って仲間たちと合流、すぐそばの食堂で夕食をとりました。前菜とマッコリー、、、、、、。
このマッコリー、下戸のタカ長にもゆけました。調子に乗って飲むと後が怖いので少しだけしか飲みませんでしたが、上戸の人には美味しいものだと思われます。
チェジュの黒豚とさばの塩焼きがメイン。
あのさばは美味かったなぁ、、、、、、。