タカ長のタカの渡り観察

タカが好き、山が好き、花が好き、心はいつも旅もよう。日々移ろいゆく心もようを綴るナチュラリストのつぶやきです。

佐木島の山旅から~1

2018年03月31日 | 山歩きから
3月30日の佐木島、最高の山旅ができました。

天気は最高、サクラも最高、本当にいい山旅でした。

自宅を出て、鈍行列車で三原へ行き、のんびり過ぎる待ち時間をふくめても3時間半で佐木島に着きます。

その意味では近い島です。しかし、列車に乗り、船で海を渡ると、文字通り旅に出た気分がしました。そのうえ、、、

この佐木島はタカ長にとっては初めての島です。そしておそらくこの先行くことはないはずですから、一期一会の島だと言えそうです。

そのような島の山を歩いたのが昨日の山旅なので、何回かに分けてその様子をアップすることにします。

    

三原からのフェリーは佐木島の鷺港に着きます。

港の目の前の「港の丘公園」はサクラが満開、そのサクラを目指して着岸する感じになります。

    

タカ長たちは「さぎしまアルペンルート」を歩く予定なので、この公園のサクラを見ていると時間の無駄、ということなのですが、、、、

佐木島から三原に帰る船便は少ないので、、、時間は十分すぎるほどあるのです。

そのため「バカと煙は高いところに上がる」のたとえに従って、、、、

    

このサクラを目指して公園に登りました。

そこは低い丘ですから誰でも上がることが出来ます。

    

少し上がると眼下に海が見えます。

ご覧のような好天、瀬戸の海は文字通りの「春の海」です。

その公園に上がってのんびりと散策しました。その写真を貼りつけます。

眼下に海が見えていることにも注目して下さいね。

    

    

    

    

この公園で満開のサクラを見ただけで佐木島に来た価値があると思いました。

サクラに酔ったような気がしました。そのような酔っぱらいが撮ったチョイ撮り写真ですが、、、   

くどくどと明日も紹介するつもりです。ご覚悟あれ、、、、、です。

もうひとつくどいようですが、佐木島のサクラは今日明日が見ごろですよ。


さぎしま塔の峰千本桜

2018年03月30日 | 山歩きから
    

広島県の東部、三原市の佐木島の山旅から帰宅しました。

アルペンルートと言われるルートを歩いたあと「さぎしま塔の峰千本桜」を見に行きました。

昨夜チェックしたときは7分咲きになっていましたが、現地に行ってみるとどう見ても満開でした。

地元の準備は4月1日からの花見を想定しているようですが、そしてアクセスの船便は4月4日から臨時便を出すことになっているようですが、、、

何もかもが狂ってしまったようです。

地元の人に聞きましたが、、、、たくさんの花見弁当の予約を受けているけど、その時まで花が咲いているかどうか???

地元の人たちの花見は4月8日だそうですが、その時はサクラが散っているはずです。

「あの人たちは花より団子、サクラを見る人などいないので散ってしまっても良いけど、、、、」

と言うのは地元婦人のコメントです。

    

それにしても良い天気でした。そして、、、いい山旅でした。

このようにいいプランに参加申し込みが少なかったのが信じられないくらいです。

その山旅のこと、そしてサクラのことは明日以降に紹介します。

上の写真のように塔の峰千本桜は今が満開、、、、というか、、、少し散り始めていました。

行くのなら今週末ですよ。

紀元2600年、、、、

2018年03月30日 | 日々雑感
3月30日は佐木島に行き山歩きを楽しみ、塔の峰1000本サクラの下で花見をする予定です。早朝出発して帰宅は遅くなるので予約投稿します。

    

私たちの団地のサクラも咲きました。4月3日に予定している花見は満開のサクラのもとでできそうです。

その前に、、、、3月30日は広島県の東部、三原市の沖にある佐木島に行きます。

佐木島のアルペンルート、3.5時間コースを歩いたあと塔の峰1000本サクラの下で花見をする予定です。

こちらのサクラも見ごろを迎えているはずです。

    

タカ長団地のサクラは撮影したのですが、、、、

午後になって仲間から、団地の法面に「紀元2600年」とか書かれた石碑があることを知らされました。

その石碑のことはタカ長は初耳です。そこでさっそく出かけてみました。

    

その石碑には「溜池新設記念」と書かれています。裏を見ると子ども心にも記憶のある村長さんの名前もありました。

溜池というのは農業用の貯水池のことで、タカ長が子どものころその溜池に泳ぎに行った記憶があります。

当時は山の中の溜池で、水泳禁止期間に大人の目を盗んで泳ぐには最適なところでした。

しかし、その時は泳ぐことだけが目的だったので、そのまわりに何があったかというようなことは見た記憶がありません。

この歳になって初めて知った石碑です。

そもそもタカ長にとっては「紀元2600年」とか「皇紀2600年」とか言われても何のことやら、その実感はありません。

皇紀でいえばタカ長は2601年生まれですが、もちろんその実感は何もありません。

    

このあたりの実感、感覚はわずかの年齢差でまったく違うようです。

戦争のころ通学していた人と、戦争が終わってから入学した人の間には、このような歴史認識には大きなギャップがあるようです。

同じ山仲間で、、、先年鬼籍にはいられた先輩と話していて、その違いを何度も感じたものです。

わが裏山の中にも「皇紀2600年」とか彫られた自然石があります。

ということは、全国各地に同じような石碑が数多くあるはずですが、タカ長にとっては単なる数字でしかありません。

そのようなことを考えると学校で教えられることの重さをあらためて痛感するのです。

古い写真

2018年03月29日 | 山歩きから
    

いきなり写真を貼りつけますが、、、、

20歳を過ぎたばかりのタカ長(右端)です。場所は先日も登った可部冠山の山頂です。

注目してほしいのはイケメンタカ長ではありません。その背後の風景です。

背後の山は笹山であることは何とか分かりますね。

向うの稜線を左に登ったところに大掛山があります。

    

その可部冠山山頂から見下ろした風景です。

古い写真ですがその雰囲気だけはご理解いただけるはずです。

    

このような写真を紹介するつもりなら、古い写真と同じ方向にカメラを向ければ良かったですね。

でも、カメラの向きは多少違っても、そこに写された風景の違いだけはお分かり頂けますね。

    

可部峠の近くから撮った可部冠山です。

細かいカメラ位置は特定できませんが、要するに、このように可部冠山がかつては笹山であったことだけご理解いただければ良いのです。

撮影は昭和35年の2月です。市街地に近い低山なので2月でも積雪は多くありません。

しかし、昭和38年は別でした。サンパチ豪雪の年です。

その年は全山深い雪にとざされ、笹はすべて雪の下にかくれ一面の雪山が出現しました。

日帰りで白い山、文字通りの雪山を楽しむことが出来ました。

その時も写真は撮っているのですが、、、、、その写真を探しても見つからなかったので、今日のところはタカ長20歳のころの可部冠山を紹介しているわけです。

    

可部冠山から西冠山への縦走です。

この山がかつては笹山であったことを知る人は少なくなったようです。相棒はタカ長よりひとまわり若いウサギ年ですが、、、、そして彼も若いころから登山をしていますが、可部冠山が笹山であったことは知らないようでした。

タカ長の登山は同じ山に何度でも行く登り方です。この尾根も何度も歩きました。手前から向うへ、向うから手前へ、、、、、。

冬の季節風が強い日に縦走すると風上側の頬は寒くてしびれそうで、、、、反対に風下側は暑さにほてっていて、、、

これだと左頬と右頬の温度差を利用して顔面発電ができそう、、、などとバカなことを考えたことも記憶しています。

    

いまの縦走路はこのような木立の中の縦走路です。

このようなところを歩いている人に、上の写真のような、、、、明るい縦走路だったことを想像してもらうのは不可能ですね。

でもまぁ、上の写真を見れば、誰もが納得せざるを得ないでしょう。

    

堂床山から可部冠山方面を撮った写真、とアルバムには書いていますが、この写真のことはまったく記憶がありません。

先月、相棒と堂床山から可部冠山に行きましたが、その時も自分がかつて堂床山に登ったことがあるのかどうか???

登ったことがあるような、、、、ないような、、、、そのような思いでした。

しかし、動かぬ証拠が出てきましたから、その時登っていたことは間違いありません。

いま登れば結構きつい山で、そのような山に登れば記憶にも残るはずですが、、、、

そのような記憶がまったくないということは、そのころのタカ長には堂床山も楽勝の山だったのでしょうか?

古い写真を見るのは楽しいことですね。他にも話題がありますが、それは後日のお楽しみ、、、、です。

この写真に白トビしたところがありますが、あそこだけ陽が当たり、その風景を上手に写せなかっただけです。

これらの写真をパソコンでセピア色にしたのは古いイメージを出すためです。元の写真は色はうすめですが変色はしていませんでした。


直登の山

2018年03月28日 | 山歩きから
今日も晴れました。この晴れはしばらく続くようです。

晴耕雨読、、、、ではなくて、、、、晴山雨電だとしたら、今日も明日も山登り、ということになります。

そのような生活をしていたら心臓がパンクしそうなので、今日は休養日ということにします。

    

3月26日の登った石見冠山の軌跡です。

野原谷に車を置いて、ほとんど平坦な道をしばらく歩いた後は、ご覧のようにほとんど直登、と言ってもほぼ間違いない登山です。

標高差は約600メートル、いまのタカ長たちは無理な数字ではありません。

しかし、チョッと骨のある登山になったのはそこが直登の山だったからでしょうか?

    

先ずは「たいのすけ鈩跡地」に向けての直登です。

雪のためか、それとも何かほかの原因かも知りませんが、何本かの倒木が邪魔をしていました。

その倒木を越え、小さな沢を二つ渡り、鈩跡地につきます。

    

ここで誰言うとなく休憩。

相棒もクロ兵衛の親父も、タカ長と登るときは「休憩、休憩」とは言わないのですが、、、、

あの登りを終わったあとはやはり休憩です。

    

そこで左に90度曲がり、またまた直登です。

傾斜はビックリするほどの急ではありませんが、まっすぐ登れば足にきます。

    

ゆっくりゆっくり登ります。

この山に登るのは初めてではないのですが、来るたびにその道が長くなっているように感じます。

途中に小さな岩場があり、そこからは山頂も見えて、とても印象に残るところですが、、、、

その岩場になかなか着かなくて、岩場が無くなったのでは、、、、と思ったくらいです。

やっとの思ひでその岩場に着くと、先を歩いていた連中がまたまた休憩していました。

平素はあまり休まないタカ長も休憩、、、、

そのような登り方になるのはやはりこの山はきついのでしょう。

と言っても、分県登山ガイドによると、この山は体力度も危険度も星一つになっています。

わが裏山は星二つですから、ガイドブック通りなら裏山よりは楽に登れるはずですが、そんなことはありません。

この山は数字以上に足にこたえます。

稜線近くまで登るとトラバース道になり、、、、

    

このような木の橋を渡って、しばらく登るとやっと稜線に出ます。

ここで右折、、、、またまた直登、、、その直登も最後は急になり、やっとの思ひで石見冠山の山頂につきます。

しかし、その日の最終目的地はそこから5分先の西峰です。

    

西峰はご覧のように展望が良くて昼食には最高のところです。しかし、、、、、

前回は断魚渓から登ったので今回より体力を消耗し、相棒もタカ長もその西峰まで行こうとしませんでした。

だから西峰が初めての相棒にとってはリベンジの山だったわけです。

    

そのリベンジを果たし、ゆっくり休んで、、、、

帰りはその5分の道を楽しみました。900メートルに満たない山ですが、その数字以上の高度感があり、、、

この風景を見ていると直登の苦しさも忘れてしまいます。

    

しかし、この日は空気がもやっていて、、、

この石見冠山からほど近い大江高山の特徴ある稜線も認めることが出来ませんでした。

標高250mの野原谷の登山口まで車で行けば、そこからは山頂まで3㎞しかありません。

3㎞なら楽勝、、、、とはならなかったのは、、、、やはり年々脚力が落ちているのでしょうか?

それなら、、、これからは距離は伸びても足にやさしいコースを探さないといけません。

何しろタカ長はとりあえず90歳まで山登りを続けるつもりなのですから、、、、、、。






鳥から花へ

2018年03月27日 | 山歩きから
仲間たちとの裏山歩き、今日もきれいに晴れました。

山歩きには最高の天気、と言いたいのですが、汗かきのタカ長には一気に夏が来たような気分です。

    

いつもの駐車場に行くと、目の前の木に鳥の群れがやって来て、、、、

双眼鏡で見たタカカノが「レンジャクだ」と声をあげました。

レンジャクなら撮るか、、、、ということですが、今日のカメラは例のキャノンではありません。

ズーム倍率もそれほど高くないのですが、それでも何枚も撮ってみました。

    

このような写真を撮って、、、帰宅してパソコンで拡大して見ると、、、、

キレンジャクもヒレンジャクもいました。タカ長は真面目に見ていないので断定はできませんが、、、、、

人の話を聞くとキレンジャクのほうが多かったような印象です。

    

    

レンジャクとの距離があることを不満に思っていたら、近くのヒノキの木に飛んでくる群れもいました。タカの観察をしている人の話では一週間くらい前から姿とみせているようです。

今日の裏山はそのレンジャクに見送られて出発というわけです。

    

行き先は立戸岩です。

天気は良くても空気はもやっていて、遠くの山をはっきり見ることが出来る天気ではありません。

そのことは分かっているのですが、それでもあえて立戸岩に行ったのは、その近くでワラビが採れるからです。

しかし、いくら何でも早すぎました。今日のところは小さなワラビを1本見つけただけだったようです。

タカ長は岩の上で空を注目していましたが、カラスが1羽飛んだだけです。

ワラビもタカも不作でした。

    

下山したその足で仲間の家に行きました。

昨日ミズバショウが咲いたという連絡があったからです。

そのミズバショウはご覧の通りです。

鉢では大きく育てられないのでどこか屋外に植えたいのですが、、、、屋外に植えると花ドロボーの餌食になりそうで、仲間ともども頭を悩ませています。

というのが今日の裏山歩き、鳥に始まり花で終わった裏山歩きでした。


チョッとミーハーを

2018年03月26日 | 山歩きから
    

島根県の名峰、石見冠山(859m)に登りました。

天気も最高、いい登山が出来ましたが、その話題は後日ということにして、これをご覧ください。

    

本日の軌跡です。上の旗印のところが石見冠山、左下が私たちの団地です。

今日も最短距離を帰らないで、軌跡が大きく右にふれています。

その理由はこれです。

    

今月末で廃線になるJR三江線宇都井駅に行ったのです。

登山を終えて15時ころ宇都井駅に行けば上り下り2本の列車を撮ることが出来ることは事前に勉強していました。

    

この列車は江津発三次行きです。左から右に行きます。

この駅は地上20メートルにある「天上の駅」と言われており、今はとても人気があります。

三次行きの列車を下から見送ったあと階段を登って駅舎にあがります。そして、、、、、

    

三次発江津行きの列車を待ちました。三江線は一日に数往復しか走らない、とても便数が少ない路線なのです。

しかし、15時ころ現地に行けば30分足らずの滞在で上下2本の列車を撮ることが出来るのです。

三次行きの列車は満員の状態でしたが、江津行きは満席のようですが、立っている人はいなかったようです。

    

その江津行き見送り、今日の予定は終了です。

JRの廃線が近づくと多くの鉄道ファンがつめかけてにぎわいます。

昨日はこの小さなプラットフォームに100名くらいの人がつめかけ、下車する人が難儀したとガードマン氏が話していました。

    

平素はほとんど人のいないローカルの駅ですが、廃線前は何名かのガードマン氏を配置しなければならないほどの人が集まるのです。

タカ長たちは鉄道ファンではありませんが、いまは廃線さわぎの最中なので、人なみにミーハーをするために大きく迂回したわけです。

駅の下の道路に置かれた車のナンバーを見ると、、、中国地方はもちろんですが、神戸とか福岡とか、、、、

遠隔地の車が何台も止まっていました。

そのようなところに行って、、、、30分程度のミーハーをして、、、今日も幸せな一日でした。


開花宣言は、、、、

2018年03月25日 | 日々雑感
私たちの団地はサクラの名所です。隠れた名所です。

そのサクラの様子を見るために団地を散歩しましたが、、、、、

    

つぼみはふくらんできましたが、開花しているのは一輪か二輪といった状態、それもおしべがシッカリと見える花ばかりではないので、気象庁に認めてもらえる開花とは言い難いようでした。

ほとんどの木がこの程度か、、、、これよりつぼみがかたい状態です。

団地のサクラには標準木は決められていないようですが、全体的に見ればこの程度、これでは今日の開花宣言は難しいようです。

    

団地に一本ある河津桜はまだまだ見ることが出来ます。

    

こうしてみればアップにも耐えられるような、、、、、。

河津桜がこの程度ですからサクラの開花宣言はもう少し先???

これから20℃超えの予報も出ているので開花は一気に進むはずですが、タカ長たちが花見登山を計画している30日までに咲いてくれるのかなぁ???

    

団地居住者第1号宅のしだれ梅です。

梅の花がこの程度ですから、今年は寒かったということですね。

それならいっそ梅と桜の花見を一緒にしましょうか?


これも紅一点?

2018年03月25日 | 今日の一枚
いまの山グループを立ち上げて間もないころだったと思います。

先日登った可部冠山に仲間たちを案内したことがあります。早春のことです。

南原峡のどこかでマンサクの花を見た記憶があります。しかし、、、、

先日歩いた時はマンサクの花を見つけることが出来ませんでした。

タカ長の思い違いだったのか、、、、マンサクの木が枯れてしまったのか、、、、とにかく見つけることが出来ませんでした。



その代わりに目立ったのがトサミズキ(だと思うのですが、、、、)の花でした。

渓流沿いのあちらこちらに咲いていました。そして、ほんの少しの藪椿の赤。

これも「紅一点」というのでしょうか?

ご存知のように紅一点というのは「万緑叢中紅一点」から、、、、

このように、、、ミズキの花色の中の椿を見て「紅一点」と言っていいのでしょうか?

ネタに困ったタカ長のつぶやきです。