先日書いた、山本山のある宇治田原の晩秋の風物詩、「古呂柿」のことが京都新聞 に載っていた。記事によると「古老柿」と書くらしい。でも確か、地元のIさんは「古呂柿」と書くと仰っていたが。また、柿を干してある小屋(というには大きいが)も私が勝手に名づけた「柿棚」ではなく「柿屋」と呼ぶらしい。
「古呂柿」と「古老柿」、どちらの表記が正しいのかはあらためて調べるとして、むかし京都市周辺の山で採れた白くコロンとした雅なマツタケが「みやこまつたけ」として珍重されていたという。
報道では「都まつたけ」と記載されていることが多い。しかし、ほんとうは「京まつたけ」と表記するのが正しい。取材される記者さんはじめ若い人たちにとっては「みやこ=都」で、「京」を「みやこ」と読む用法は思い浮かばないのだろう。
酒の席やテレビなどでよく県民性が話題になったりするが、京都人にとって京都はいつの時代にも日本の「みやこ」だった。ただしその「みやこ」は単に「首都」というだけの意味合いではない。地勢的にも文化的にも長い歴史と伝統の重みをもった「みやこ」なのだ。「京都」には「みやこ」と読ませる字がダブルで並ぶ。良くも悪くも、このあたりに京都人の県民性の源がよく現れているようにも思う。