●政府、新エネ戦略決定 福島県民、本気度に疑問
河北新報 2012年09月15日土曜日
脱原発の未来は玉虫色だった。政府の新たなエネルギー戦略は原発ゼロを掲げる一方、実現時期は2030年代とあいまいな表現にとどまった。福島第1原発事故の被害を受けた福島県の人々は政府の「本気度」を疑っている。
「次世代に負の遺産となる原発は不要だ」。政府が新戦略決定のプロセスとして8月に福島市で開いた意見聴取会で、30人の意見表明者のうち28人が早期の原発ゼロを求めた。その1人、同市の中野節夫さん(70)は新戦略を「原発ゼロのやる気と自信は本当にあるのか」といぶかる。
政府はもともと「30年」の原発依存度として0%、15%、20~25%の3選択肢を示していた。「『30年代』は39年までで後退した印象だ。衆院選が近いから『原発ゼロ』を入れたかったのだろう」と中野さんは見る。
3歳の時に長崎で被爆した体験を踏まえ、聴取会で「原爆被害は戦争だが、原発事故は電力事業が国民を苦しめる」と訴えた。今となっては「政府は聞く耳を持っていたのか」と思う。
新戦略の議論過程で高レベル放射性廃棄物の最終処分問題や原子力をめぐる米国、英仏との関係に国民の理解が深まった。原発事故がなければ新戦略を描くことはあり得ず、中野さんは「事故の唯一の効能」と語った。
政治色の強い「原発ゼロ」に事故被害者の思いは複雑だ。富岡町から大玉村の仮設住宅に避難する建設業山田久夫さん(64)は「政権交代したら原発推進に戻るのでないか」と不安を隠さない。
「家族が散り散りになり、故郷で老後を過ごす夢も奪われた。原発ゼロは当然だ。私たち以外に犠牲者を出してならない」と語った。
今も避難区域指定が解けず、住民が帰還できない原発立地町も「脱原発は当然」と受け止める。全町避難の続く大熊町の渡辺利綱町長は「使用済み燃料をどうするのか、廃炉ロードマップをどう作るのかの不安材料もある。政府は方向性を出してほしい」と要望した。
政府は原発に代わる電力の安定供給源を確保する責任を担う。県商工会議所連合会の瀬谷俊雄会長は「再生可能エネルギーの導入時期や実現可能性、電気料金の増大による産業への影響など現実的な課題への対応が必要だ」と注文を付けた。
◎東北電運転制限を懸念/燃料費の負担増必至
政府が新たなエネルギー戦略として「2030年代の原発ゼロ」を決めた14日、東北電力は「極めて大きな課題があり、大変憂慮すべきものと受け止めている」と強い懸念を示した。新戦略には「40年の運転制限の厳格適用」や「新設・増設を行わない」ことも盛り込まれた。代替電源となる火力発電の燃料費など経営面での負担増は必至で、東北電は戦略見直しを求めていく方針だ。
40年の運転制限による東北の原発の停止時期は図の通り。30年代の原発ゼロが実行されれば、東北電の女川3号機(宮城県女川町、石巻市)と東通1号機(青森県東通村)は稼働40年を待たずに廃炉となる。
東北電と東京電力が予定する計3カ所の新設計画も実現不可能となり、既に着工した東京電力の東通1号機も建設中止に追い込まれる可能性がある。
東北電の海輪誠社長は同日発表したコメントで、燃料費増大のほか電気料金上昇の可能性や原子力の人材確保などを「原発ゼロ」の課題に挙げた。政府には「燃料調達の安定性に優れ、発電で二酸化炭素を出さない原発は、安全確保を大前提に今後も活用することが必要」と戦略見直しを訴えた。
◎女川町長「混乱いつも地方に」/山形知事「卒原発の方向評価」
政府が14日決めた将来の「原発ゼロ」政策について、東北電力女川原発(宮城県女川町、石巻市)の地元首長らは実現性を疑問視するなど批判的な見方を示した。一方、同原発の再稼働に否定的な吉村美栄子山形県知事は決定を評価した。
女川町の須田善明町長は「実現までの具体的なプロセスが示されていない。選挙目当ての政策にも映る」と強調した。将来の地元経済や雇用への影響も懸念されることから「都市部に電気を供給してきたのに、混乱に巻き込まれるのはいつも地方の側だ」と苦言を呈した。
女川原発については「まだ再稼働を議論する段階にない」と説明。ただ化石燃料への依存が不可欠となるとして「エネルギー小国の日本が、本当にゼロにできるだろうか」と、原発の必要性にも言及した。
村井嘉浩宮城県知事も「安価で安定的、持続的な電力供給は重要」と指摘した。その上で政府には「原発をゼロにするのが本当に国民のためになるのか、しっかり検証を重ねながら慎重に進める必要がある」と求めた。
隣の山形県のトップとして「卒原発」を提唱する吉村知事は「原発依存から卒業し、安心して暮らせる持続可能な社会をつくり上げていくべきだという、卒原発と同じ方向性を目指すもの」と政府決定を評価した。その上で再生可能エネルギー導入拡大に向け「具体的な政策を着実に推進してほしい」と期待した。
【解説】政府が14日決定した新エネルギー戦略は、世論に後押しされる形で一応は「原発ゼロ」を盛り込んだものの、原発稼働が前提の核燃料サイクル政策は維持した。建設中の原発をどうするかなど解決の先送りも目立つ。説明し難い矛盾を内包したままでは単なる努力目標に終わりかねず、原発ゼロへの道は開けない。
政府が当初示した原発ゼロ案は、使用済み核燃料を再処理するサイクル政策をやめ、地中廃棄に転換するとしていた。
しかし、再処理を前提に各原発から使用済み燃料を受け入れている青森県や六ケ所村は猛反発。返送も辞さない構えで、そうなれば前倒しの原発停止は避けられない。サイクル維持は青森側が求めた「現実的な対応」に配慮した苦肉の策だが、本末転倒で無理がある。
再処理して取り出すプルトニウムを消費する原発や高速増殖炉「もんじゅ」がなくなるのに、使い道のない核兵器の原料を生産し続ければ国際的な批判を招く。原発ゼロによる電力料金高騰が懸念される中で、地中廃棄よりも割高な再処理費用をさらに上乗せするのも不可解だ。
「核のごみ」を青森だけに押しつけ、課題解決を先送りしてきたツケでもある。本気で原発ゼロを目指すなら、使用済み燃料や高レベル放射性廃棄物の処分問題は避けて通れず、全国各地で受け入れを促す覚悟が問われている。
青森の問題もそうだが、原子力事故で最大の被害を受ける立地地域が原子力施設の維持を望み、恩恵を受ける電力消費地が「NO」を声高に叫ぶ構図が浮き彫りになっている。こうした逆転現象はやるせなく、異様でもある。
原子力政策は、経済的利益と引き換えに迷惑施設を過疎地に押しやって成り立ってきた。その根幹にある地域格差に真剣に向き合う時だ。
原子力に依存せざるをえない地域の構造転換策を示すのは、エネルギー安定供給や環境対策などと等しく、原発ゼロへの不可欠な道筋と言える。国策として原子力を進めた以上、それは国の責務だ。(東京支社・石川威一郎)
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