途中休憩を入れて、草津国際スキー場天狗山レストハウスそばの駐車場に到着したのは深夜の1時過ぎだった。駐車場のすみには、車の窓の内側にアルミを蒸着した断熱マットを貼り付けた車が数台止まっていた。ぼくらと同様にここで仮眠して、明朝から滑る連中なのだろう。レストハウスのトイレはずっと使えるらしいし、きれいだった。ぼくらも、できるだけトイレに近い場所で先の車から離れてステップワゴンを泊めると、寝支度にとりかかった。前列と2列目のシートを倒してフラットにする。シートの上にエアマットを敷くためポンプを使って膨らましていると、大きなボリュームでカーオーディオをガンガン鳴らす黒のマツダプレマシーがぼくらのすぐ横に止めて来た。恐らく乗っているのはスノーボーダーなのだろう。車内灯をつけた向こうの車の助手席のガラス越しに、運転していた20代の男と目が合った。向こうは男2人組だ。
<ガラガラの駐車場なのに、なぜすぐ隣に止めるんだろう?>
エアマットを膨らましていたぼくは、エアポンプを押す手を止めて隣の車をチラッと見た。エンジンをアイドリングにしたまま、車内灯をつけっぱなしの隣の男達もこちらをチラチラ見ている。発表会に来てくれた香具師たちなのだろうか。ほとんど無人の駐車場だし、夜中のことなので不気味だ。ぼくは、理津子に倒したシートにしっかり捕まるように言うと、イグニッションのキーを廻してエンジンを始動した。ATセレクトレバーをドライブに入れ、その場所から静かに離れて駐車場の真ん中辺に向かった。ここなら、となりにくっつけて停めるヤツはおらずアイドリングの音に悩まされることもないだろう。
シュレーディンガーによると、「生命は、ネゲントロピー(負のエントロピー)を取り入れエントロピーを排出することで定常状態を保持する開放定常系である。」としている。エントロピーは、『無秩序な状態の度合い』を表す数値である。無秩序な状態ほどエントロピーは高く(数値が大きく)、整然として秩序の保たれている状態ほどエントロピーは低い(数値が小さい)。自然の法則に従えば、すべての事物は、時間とともにそのエントロピーは常に増大し続け、外から故意に仕事を加えてやらない限りそのエントロピーを減らことはできない。しかし、しばしば生命活動はエントロピー増大の法則に逆らう。これは生命が未知のエネルギーによって活動しているためで、このエネルギーがシュレーディンガーの言うネゲントロピーと名づけれるエネルギーとされる。しかしこれでは、生命活動の結果、時間の経過とともにエントロピーが減少してあたかも時間が逆転しているように見えることになる。そこで今は生命は解放系であるとされており、エネルギーを取り込みいらなくなったエントロピーを外部に排出し構造を維持していると説明されている。つまり、「我々の生命や生活、経済的な営みは、根源的に、”エントロピー増大の法則”という法則に支配されながらも、『開いた系』を構成し、エントロピーを減ずることによって成長を遂げている特異な存在である」と理解すべきであろう。さらにわかりやすく言えば、わざわざ広い駐車場でぴったりくっつけて車を停めたがるのは生命の不思議がなせる業で、それを嫌って別の場所に移動してエントロピーを増加させることは宇宙の真理に合致していることなのだ。
ぼくらはエアマットを2つ膨らませてから、次に車の窓にホームセンターで購入しておいた片面にアルミを蒸着した保温シートを貼り付けた。ポリエチレンの薄いシートなので断熱性はさほど期待できないが、少なくとも窓の結露を防いで窓の内側が凍りつくのを防いでくれるだろう。おまけに、シートを窓に貼り付けることで、車の外からの視線をさえぎることもできる。理津子も手伝ってくれてシートをマスキングテープですべての窓に貼り付け終わると、ぼくはバッグからダウンシュラフを取り出して広げた。ぼくの持っているダウンシュラフは数年前にキャンプ用に買ったモンベルのスーパーストレッチバロウバッグ#3である。この#3は快適睡眠温度域0℃~なので、3シーズン使える。ひと頃、キャンプに行くつもりでアウトドアグッズをいろいろ揃えたのだが、実は一度も出かけてはいない。キャンプ用のクッキング用品などは実生活で結構重宝しているものの、シュラフは一度も使用せずに押入れのすみに押し込んだままになっていた。一方、理津子が持参したダウンシュラフは彼女がいつもスキー場で前泊する車の中での仮眠用で、同じメーカーのモンベル製ながら型番は#0だった。国内の冬期登攀や海外の高所登山・遠征などに耐える高い保温性を備えたもので、快適睡眠温度域-16℃~らしい。彼女が言うには、真冬でもどんなに気温が氷点下に下がろうが、そのダウンシュラフにくるまればこれまでに寒さを感じたことはないとのことだ。ぼくの比較的薄いシュラフを見て夜中にぼくが凍えることを心配した理津子は、二つのシュラフをジッパーで連結させて一緒にくるまって寝ましょうかと言ってくれた。一つのシュラフに入って寝たら、年少の頃から知っている親戚の女の娘とはいえ相手はうら若き女性だ。平常心を保ったまま寝られるほど、紳士でいられる自信はない。もっとも、翌朝、二つのシュラフが本当に連結できるかどうか試して見て、シュラフのジッパーが同じ位置の組み合わせだったので、ぼくらのシュラフは連結できないことをあとで知ったのだが・・・。
ぼくは、セーターを着込むと、フリース製のライナーにもぐりこみ、さらにゴアテックス製のシュラフカバーで2重にしてその中にくるまった。数分もするとシュラフの内部は体温で温められ快適な温度になった。どうにか寒さを感じることはなさそうだった。それでも、理津子は心配して、寒かったらいつでも起こしてくださいと言いつつ、車の前列シートの隙間をエアマットごと乗り越えて体を寄せてくれていた。ぼくの左腕に理津子の柔らかな体と体温を感じる。そして、理津子の髪のシャンプーのやわらかな香りが鼻腔をくすぐった。ぼくは心臓がバクバクして、なかなか眠れそうもなくなってしまった。
<ガラガラの駐車場なのに、なぜすぐ隣に止めるんだろう?>
エアマットを膨らましていたぼくは、エアポンプを押す手を止めて隣の車をチラッと見た。エンジンをアイドリングにしたまま、車内灯をつけっぱなしの隣の男達もこちらをチラチラ見ている。発表会に来てくれた香具師たちなのだろうか。ほとんど無人の駐車場だし、夜中のことなので不気味だ。ぼくは、理津子に倒したシートにしっかり捕まるように言うと、イグニッションのキーを廻してエンジンを始動した。ATセレクトレバーをドライブに入れ、その場所から静かに離れて駐車場の真ん中辺に向かった。ここなら、となりにくっつけて停めるヤツはおらずアイドリングの音に悩まされることもないだろう。
シュレーディンガーによると、「生命は、ネゲントロピー(負のエントロピー)を取り入れエントロピーを排出することで定常状態を保持する開放定常系である。」としている。エントロピーは、『無秩序な状態の度合い』を表す数値である。無秩序な状態ほどエントロピーは高く(数値が大きく)、整然として秩序の保たれている状態ほどエントロピーは低い(数値が小さい)。自然の法則に従えば、すべての事物は、時間とともにそのエントロピーは常に増大し続け、外から故意に仕事を加えてやらない限りそのエントロピーを減らことはできない。しかし、しばしば生命活動はエントロピー増大の法則に逆らう。これは生命が未知のエネルギーによって活動しているためで、このエネルギーがシュレーディンガーの言うネゲントロピーと名づけれるエネルギーとされる。しかしこれでは、生命活動の結果、時間の経過とともにエントロピーが減少してあたかも時間が逆転しているように見えることになる。そこで今は生命は解放系であるとされており、エネルギーを取り込みいらなくなったエントロピーを外部に排出し構造を維持していると説明されている。つまり、「我々の生命や生活、経済的な営みは、根源的に、”エントロピー増大の法則”という法則に支配されながらも、『開いた系』を構成し、エントロピーを減ずることによって成長を遂げている特異な存在である」と理解すべきであろう。さらにわかりやすく言えば、わざわざ広い駐車場でぴったりくっつけて車を停めたがるのは生命の不思議がなせる業で、それを嫌って別の場所に移動してエントロピーを増加させることは宇宙の真理に合致していることなのだ。
ぼくらはエアマットを2つ膨らませてから、次に車の窓にホームセンターで購入しておいた片面にアルミを蒸着した保温シートを貼り付けた。ポリエチレンの薄いシートなので断熱性はさほど期待できないが、少なくとも窓の結露を防いで窓の内側が凍りつくのを防いでくれるだろう。おまけに、シートを窓に貼り付けることで、車の外からの視線をさえぎることもできる。理津子も手伝ってくれてシートをマスキングテープですべての窓に貼り付け終わると、ぼくはバッグからダウンシュラフを取り出して広げた。ぼくの持っているダウンシュラフは数年前にキャンプ用に買ったモンベルのスーパーストレッチバロウバッグ#3である。この#3は快適睡眠温度域0℃~なので、3シーズン使える。ひと頃、キャンプに行くつもりでアウトドアグッズをいろいろ揃えたのだが、実は一度も出かけてはいない。キャンプ用のクッキング用品などは実生活で結構重宝しているものの、シュラフは一度も使用せずに押入れのすみに押し込んだままになっていた。一方、理津子が持参したダウンシュラフは彼女がいつもスキー場で前泊する車の中での仮眠用で、同じメーカーのモンベル製ながら型番は#0だった。国内の冬期登攀や海外の高所登山・遠征などに耐える高い保温性を備えたもので、快適睡眠温度域-16℃~らしい。彼女が言うには、真冬でもどんなに気温が氷点下に下がろうが、そのダウンシュラフにくるまればこれまでに寒さを感じたことはないとのことだ。ぼくの比較的薄いシュラフを見て夜中にぼくが凍えることを心配した理津子は、二つのシュラフをジッパーで連結させて一緒にくるまって寝ましょうかと言ってくれた。一つのシュラフに入って寝たら、年少の頃から知っている親戚の女の娘とはいえ相手はうら若き女性だ。平常心を保ったまま寝られるほど、紳士でいられる自信はない。もっとも、翌朝、二つのシュラフが本当に連結できるかどうか試して見て、シュラフのジッパーが同じ位置の組み合わせだったので、ぼくらのシュラフは連結できないことをあとで知ったのだが・・・。
ぼくは、セーターを着込むと、フリース製のライナーにもぐりこみ、さらにゴアテックス製のシュラフカバーで2重にしてその中にくるまった。数分もするとシュラフの内部は体温で温められ快適な温度になった。どうにか寒さを感じることはなさそうだった。それでも、理津子は心配して、寒かったらいつでも起こしてくださいと言いつつ、車の前列シートの隙間をエアマットごと乗り越えて体を寄せてくれていた。ぼくの左腕に理津子の柔らかな体と体温を感じる。そして、理津子の髪のシャンプーのやわらかな香りが鼻腔をくすぐった。ぼくは心臓がバクバクして、なかなか眠れそうもなくなってしまった。