tetujin's blog

映画の「ネタバレの場合があります。健康のため、読み過ぎにご注意ください。」

忘れ雪(あっけない幕切れw)

2007-04-12 19:43:01 | プチ放浪 山道編

ブースまで、あと30m。そろそろ止まれ。前を滑るユミちゃんに声を掛けようとしたが、ぼくらがあまりにも完璧に息がぴったり合っていたので止めるに止められず、結局、声を掛けそびれてしまった。ゲレンデの端っこでビデオを構えている田中さんのすぐ脇を通り抜け、ぼくらを狙っているオーストラリアのTVカメラが目前に迫る。ゲレンデのど真ん中に立ちカメラを構えているプロのTVカメラマン。これが遠慮してゲレンデの端に立つアマチュアカメラマンの田中さんとの違いだろう。事前に下から斜面を見た時の記憶に寄れば、TVカメラとぼくらの間に、ゲレンデを横切るあまり高くはないウェーブ状のギャップがあったはずだ。
<・・・ウェーブの手前で止まって、フォーメーションを完了>
斜面の変則的なコブへの対応は、スキーヤーの個性が出る。スキーヤーの個性は、フォーメーションの乱れにつながる。だから、ウェーブを避けられるものであれば避けるに越したことはない。しかし、ユミちゃんはそのままウェーブにまっすぐ突っ込んでいった。一般のゲレンデスキーヤーなら、ウェーブに対して斜めに入り、ウェーブの頂上でターンをすることにより、コブの衝撃をかわすのが普通である。ユミちゃんは、直角にウェーブに突っ込んでいった。ぼくはユミちゃんのシュプールをトレースするので懸命で、前を見る余裕がなかったためウェーブまでの残りの距離をとり間違えていた。気がついた時は、ユミちゃんはウェーブをキッカーにしてスプレッドイーグルをしていた。それも、そんなに大きくないコブにもかかわらず、万有引力の法則を無視したようにクレージーな大ジャンプだった。
<ウソー!! よりによってエアかよ!!>
ユミちゃんに続くぼくらは、瞬間にスキーのソールがウェーブに乗り上げるのを感じて、ぼくも気がついたらジャンプしていた。エアは、空中技を前もって決めて飛ぶ。普通なら・・・。なにをやるか決めずにジャンプしても、もう時は既に遅くどうにもならない。昔の癖で、体を前に、ひざを無意識に抱え込んでのぼくのジャンプ。できるだけ空中姿勢を小さくする滑降用のジャンプだ。あとで、VTRを見ると、ぼくの両となりでイズミさん、コスギくんがエアの大技であるツイスター、バックススラッチャーをそれぞれ決めていた。そして、うしろのヒロコさんは、なんと難易度がさらに高いストレートローテーション、俗に言うヘリコプターを決めていた。それぞれに着地は成功。TVカメラのすぐ前で急ブレーキ。ぼくは、目の前で急に止まったユミちゃんを避けるため、あわてて止まろうとしたがすでに遅し。彼女との間隔は1mもない。このままスキーのテールをずらしてフルブレーキをかけると、ぼくのスキーのエッジが彼女にぶつかり彼女に怪我をさせてしまうかもしれない。ぼくは、その瞬間に両方のスキーの板を開き、彼女に強い衝撃がかからないように彼女を手でやさしく抱きとめてストップした。抱きとめたぼくの背中を、やはりあわてて止まろうとして止まれずに転んだヒロコさんの巨体が襲う。しかし、ぶつかる最後の瞬間まで最大限の衝突を回避する努力をしたであろうヒロコさんは、スキーの板を後ろにしてそんなに激しくはぶちあたってこなかった。ぼくのスキーがユミチャンのスキー板の上を滑ってひょっとしたら彼女の板を傷つけてしまったが、たぶん、これが一番安全な止まり方であっただろうと思う。
(ぶつかって)ゴメンね。ひたすら謝るぼくを、彼女は笑って許すどころか、<ごめんなさい。急に止まってしまって>彼女は逆にぼくらに謝って来た。どうやら彼女にケガはないようだ。いつまでも、彼女を抱きしめているぼくを、イズミさんが咳払いで注意した。ぼくは彼女からあわてて離れた。
あとで、オーストラリアのTVクルーの撮ったVTRを再生して見せてもらうと、フォーメーションは思い通りにきれいにシンクロしたぼくらのすべりが撮れていた。そして、最後のエア。次々に大技を決めていく4人に混ざって、ほとんど飛び上がっていないぼくの控えめのジャンプが写っていた。でも、いいか。オーストラリアで放映されることになっても、顔が映っていないから個人が特定されることはない・・・。

さきほどレストハウスの入り口のところで、ゲレンデにいたぼくらに手を振っていた2人の女性が駆け寄ってくる。若い方の女性は、ぼくに抱きつかんばかりの勢いで近づいてきた。
「パパ!!すごく素敵だった!!」
彼女を抱きとめようと身構えていたぼくの脇をすり抜け、その若い女性はぼくの後ろに突っ立っていたイズミさんに抱きついた。イズミさんはこれ以上ないような幸せな笑みを浮かべている。そして、ぼくの脇を通り過ぎるもう一人の女性。きっと、年齢からするとイズミさんの奥さんだろう。足早に歩きながら、しかも上品な微笑を浮かべて。幸せそうな一家だ。ふと、イズミさんを見ると、目に涙を浮かべている。よっぽど、娘さんの言葉が嬉しかったのだろう。だれに褒められるよりも、やはり家族に褒めてもらうのが一番感動するのかもしれない。将来、娘さんがだれか知らない男のもとへ嫁入りする時も、イズミさんはこうして涙ぐむんだろうな・・・。ぼくはちょっぴり、もらい泣きをしそうになった。
イズミさんたちの家族の傍らで、ユミちゃんも目をウルウルさせている。・・・彼女も感動したのだろうか?

ぼくの視線に気づいて、ぼくの視線を避けるように背中を向けたユミちゃんが気になった。どうしたんだろう。
「どうした!?」
ぼくはユミちゃんにそっと近づいて声を掛けた。
「なんでもない」
関西弁のイントネーションがちょっぴりかかった彼女の返事に、冗談のつもりで彼女のゴーグルの奥を覗き込んで
「あれ!ひょっとして、泣いてンの?」
ぼくの間抜けな言葉に、彼女はゴーグルを額にずり上げて落ちる大粒の涙をグローブでぬぐった。
彼女は・・・泣いていた。なにか彼女に気の聞いた言葉をかけようとして、ぼくは何も言い出せずにいた。多感な年齢の彼女だ。彼女が話したくなった時に聞いてあげればいい。涙のわけを今聞くことはないだろう。