そして、その後のTVスタッフによるインタビュー。オーストラリアのTVクルー達は、カメラマンとインタビュアの2人だけの簡単なチームだった。ぼくの英語のボキャブラリー不足はマリコさんが適切に英訳してくれて、ルソーくんのフォーローもあってなんとか相手と会話が成立する。説明に一番苦労したのが、なんのためのイベントなのかだった。ぼくらは、それぞれの思い入れがあって、このイベントに参画していた。だれにも言っていないが、正直に言えばぼくが望んでいたのは、シナリオが映画化されてその映画がヒットすれば、ぼくは一流作家の仲間入りができるかもしれないこと。自分の才能の有無は、自分ではなかなか分からないものだ。だから、分不相応な望みを抱いてしまいがちだ。だけども、最初はそんな不純な動機が発端だったが、こうして仲間ができるうちに仲間との時間を共有することがぼくにとって一番大切なこととなった。この先、このメンバーで滑ることができるかどうかわからないけど、少なくても、こうして顔を揃えた今日のこの日を大切にしようと思っていた。なんて考えていたら、変だな涙が止まらない。
マリコさんが、そっとティッシュをぼくに手渡してくれる。・・・恥ずかしいから、涙を拭けってことだろう。
<I am happy...I have so many good friends. They brought me to the next stage where I could not reach by myself. I'd appriciate them...>
「I am sorry... The sweat is trickling down my eyes ...」
と言い訳をしつつ涙をごまかしていると、ルソーくんとマリコさんがぼくに代わってインタビューの応対をしてくれた。向こうのインタビュアも、取材相手として興味があるのはぼくじゃなくて、ルックスに勝るユミちゃんとヒロコさんだった。
ぼくは、イズミさんとユミちゃんの涙が伝染したみたいだった。ここにきた理由についていろいろ考えている内に、急に鼻の奥がツーンとなって涙がこみ上げて来てしまったけど、一体ナンなんだ?思いもかけずにフォーメーションがうまく行ったせい?たぶんいろんな想いが重なって不覚にも涙してしまったのだが、涙するような場面じゃない。ぼくよりも、もっと泣きたいやつがいるだろう。
<せっかくだから、みんなで写真を撮ろうよ>
イズミさんの呼びかけで、みんなで写真を撮ることにした。ぼくがデジカメで構えていると、ゲレンデをバックに並んだみんなにイズミさんが声をかけた。 <いいか、みんな。人差し指を出して構えて!>
「せーの。バアーン!!」
<ナンなんだ?こいつら。>
デジカメでシャッターを切ろうとしているぼくに向かって、みんなが指鉄砲でぼくを撃ってきた。いっしょに並んだオーストラリアのTVクルーの2人も真似てバーンしている。思わずリアクションに困ってしまって、・・・苦笑するしかない。イズミさんに交代してシャッターを押す時も、みんなで<バアーン>。オーストラリアのTVクルー達はわけも分からずに真似しているけど、平和ボケしている馬鹿な日本人が銃社会の外国を真似てっていうか、・・・変な宗教団体と思われなければいいのだが・・・。
ぼくは車座になったみんなに言った。(こうして、カメラを背負ったTVスタッフが混ざっていると、まるで映画を撮ってでもいるような気がしてくる。)
「みんな、聞いて。もっともっと、シナリオを練っていいものにするよ。例えば、ツェルマットのスキー場で時間との追いかけっこのシーンなんか入れて・・・」
そう。今のシナリオでは何かが不足していて、今ひとつ盛り上がりに欠けるとずっと思っていたのだが、今日、バックカントリースキーをやって、なにが足らないのかはっきりわかった。厳寒の日の落ちた雪山をたった2人で滑っていくような、あるいは、道なき原野をスポーツカーでかっとんで行くようなワクワクのアドベンチャー要素が抜けていたのだ。
「ツェルマットで追いかけっこって、昔の007の映画みたいにか?」 田中さんがまぜっかえす。
「ツェルマットかア!いいわねエ。」 普通なら<いいなあ↓>とアクセントが下がるところが、マリコさんのこの<いいわねエ↑>の上あがりのアクセントが、彼女の魅力をすべて表している。他人に自信を与えて、その気にさせる話し方だ。
「ツェルマット。いいね。いいよ。サイコー!!」 田中さんがあわてて前言を撤回。
「いっそのこと映画のタイトルは、東京ウェーデルンはどう?」 コスギくんが口を挟んだ。
「ウェーデルンってもう死語かもしれないけど、へたな題をつけて著作権を侵害したらダイなしだし・・・。」
「いーね。それ!!」
コスギくんの親父ギャグに受けたのか、あるいは本気で同意したのか、ともあれイズミさんが頷いたので、たぶん題は決定。
「The title of our movie is...」
マリコさんがオーストラリアのチームにぼくらの会話を通訳している。そんなことまで通訳しなくても・・・。
「なにかやることがあったら、いつでもメールをくれよ。お金以外のことなら、なんでも協力するから」
イズミさんの言葉に、イズミさんの家族も含めてその場にいたみんなが頷いた。
そばにいた笑顔のユミちゃんを見渡した時、ひょっとして彼女が似てるのはタレントの原田知世?とふと思った。しかし、ユミちゃんの顔つきはどちらかというとたぬき顔で、きつね顔に分類されるであろう原田知世とはぜんぜん違う。・・・いったい、誰に似てるんだろう。思いはぐるぐる駆け巡る。
結局、この後に温泉饅頭を求めながら、オーストラリアのTVクルー達を草津の町を案内することになって、ぼくらはテーブルなどの撤収を始めた。草津には、温泉饅頭を売っている店が何軒もあり、店によりそれぞれ味が異なる。この味の違いをレポートすれば、それも一つの立派な番組になるだろう。ぼくらは、別のホテルに家族と泊まるイズミさんと別れて、一旦宿に帰って荷物を置いて着替えてから、そぞろ歩きで温泉街に繰り出すことにした。まあ、浴衣の上にどてらを着て下駄を履いての散策としゃれ込みたいところだが、なんせ、3月とは言え寒気団に支配されていて真冬の寒さだ。しっかり防寒しなければテキメンに凍えてしまうだろう。ぼくらはTVクルーを従えて、道すがら無料で出してもらえる温泉饅頭をほおばりながら、日がとっぷりと落ちた草津の町をぞろぞろぶらついた。