TVクルーと別れて散策から帰って、ホテルの露天風呂につかり一日の疲れを癒す。そして和洋中バイキングの夕食。部屋での飲み会。部屋の真ん中のテーブルの上に、田中さんが持ってきた幻の焼酎やら、サントリーからの差し入れの缶ビールやカクテル、バーボンウィスキー、日本酒、ワインや、来る途中のコンビニで買ってきたのだろう大量のつまみが並んだ。最初は缶ビールで乾杯。至福の瞬間。
「生きててよかった」 と隣りに座った理津子がはちきれんばかりの笑顔で言う。暖房の効いた部屋の中で、3月の降雪のニュースをTVで見ながらスキー仲間と酌み交わすお酒は最高だった。今日の渋峠はめちゃくちゃ寒かった。ロックグラスにタップリの氷を入れて、持ってきた灘の1級酒を注ぐ。そして、そこにレモンをたっぷり絞ってよく混ぜる。これがぼくのマイブームだ。たっぷりの氷とレモンで飲みにくい日本酒が大変身する。日本酒版のアルティメート・アークティック・マティーニみたいな、しゃれた味になる。ルソーくんが、ぼくの飲む日本酒に興味しんしんだった。同じものを作ってあげると、結構ハイピッチで飲んでいた。また、この前みたいに二日酔いで苦しまなければいいのだが・・・。
この至福のときを迎え、ぼくはマリコさんを相手にチャン・イーモー監督の「至福のとき」を話題にしていた。真っ直ぐで純粋で人の温かさ、優しさが感じられる作品。たしか、映画のヒロインは5万人ものオーディションから選ばれたんじゃなかったかな。理津子、マリコさん、ユミちゃん、並んで座っている3人が、3人とも映画のヒロインよりも飛び切りの美人に見える。酔ったせいなのかな。
田中さんがマリコさんに、宮崎の麦焼酎「百年の孤独」のウンチクを垂れようとする。
「これ、なかなか手に入らない幻の焼酎なんですよ」
「私、焼酎はダメなんです。ゴメンなさい」
「あ、ぼくも嫌いなんだ。・・・だれだよ、ショウチュウなんか持って来たヤツは・・・」
田中さんがあわてている。田中さんは、どうやらマリコさんに夢中のようだ。だれだっけ、前回の志賀高原で焼酎のお湯割をガブガブ飲んでいたのは・・・。
・・・っていうか、「百年の孤独」って1万円以上する酒じゃなかったっけ。全国の愛飲家垂涎の的の、宮崎でしか飲めない幻の麦焼酎のはずだ。ぼくは、最初は遠慮がちにコップに少しだけついで味見をさせてもらう。オークの樽で3年~5年熟成されたその酒は、尖がったトップノートがすっかり抜け、非常にマイルドなさらさらした味だった。遠慮しているのだろう、だれも、この銘酒に手を出さないので、すっかり出来上がっていたルソーくんと二人でしだいに大胆にガバガバ飲んでしまっていた。
飲んでいる間、例によってコスギくん、ヒロコさんがノートパソコンを立ち上げて、なにやら書き込みをしていた。どうやら携帯電話を介して2ch掲示板の読み書きをしているらしい。彼らによって発表会の第一報は、すでに記事として書き込まれているに違いない。だけど、土曜日のこの時間だ。掲示板を覗きに来る人は少なく、あまり、反応はないのかもしれない。
ヒロコさんのパソコンで、さっきダウンロードした掲示板のログを見せてもらうことにした。他人のパソコンを使うのは、まさに個人の秘密に触れるようでドキドキしてしまう。はじめて使う2chブラウザなので勝手が分からずに、適当にクリックしていると、ヒロコさんの書き込みの履歴が出てきた。
投稿者:333・334
メール:sage
投稿日:2007/03/17 21:00:12
本 文:
>>333
>>334
今日、一緒にヘリに乗った(>ω<)。気持ちを打ち明けたいけど、できなかった...orz。どうすればいい?
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これって、いったい!?ヒロコさんと一緒にヘリに乗ったのはぼくだった。後のグループにイズミさん、田中さん、コスギくん、ルソーくんが乗っている。ぼくは、これはまずいことになっちまったと思った。<なんで俺なんだYo!!>
かれに気持ちを打ち明けられたらどうしよう・・・。悪いけど、ぼくにはそんな趣味はない。これがマリコさんのパソコンだったら、最高に幸せなんだろうけど・・・。ぼくは、すぐに書き込みログのウィンドウを閉じると、それを見なかったことにした。ブラウザをスクロールして、興味を引く書き込みを読む。今回の理津子の参加は、かなり話題になっていた。そして、理津子がこの掲示板を読んでいるとの書き込みを誰かがしたようだ。掲示板ではその住人達が上へ下への大騒ぎがあって、言葉遣いがあらたまって、理津子に関する書き込みが異常に増えていた。きっと、理津子は自宅に帰ってから2chを覗いて、そこに自分のことが書かれているのでびっくりするに違いない。ぼくも、今回の発表会について、簡単に記事にまとめて投稿させてもらうことにした。酔っ払っているため、いつもの乱文がさらにひどくなっているが速報だ。きっと、パソコン画面の向こう側で大勢の読者達が草津温泉に思いを馳せ、映画化の後押しをしてくれることだろう。そのためにも、もっともっと、盛り上がって電車男を超えるスレッドに育って欲しい。
いつの間にか、コスギくんとマリコさんが2人並んで仲良く2人だけでお話をしている。ルソーくんが、酔っ払って真っ赤な顔をしてユミちゃんに話しかけている。田中さんが、親父ギャグを連発して理津子を笑わせている。ヒロコさんが、ぼくの書き込みが終わるのを待っていたのか、嬉しげに焼酎のボトルを傾けてぼくのグラスについでくる。<なんで俺なんだYo!!>
そして夜も更けて。女性陣が部屋へ引き上げた後、布団を敷いて全員で就寝。洗面所へ歯を磨きに行くと、うしろからヒロコさんに呼び止められた。ヤバイ。キター!!。
おずおずと近づくヒロコさん。
「理津子さんて、カレシがいるんですか?」
なんだ、そうかYo。・・・そう言えば、今朝のヘリでは理津子も同じ便だった。やや男勝りところがある理津子だけど、優しいヒロコさんとはうまく行くかもしれない。
「実はよく知らないんだ。でも、頑張ってアタックしてみなYO」
ぼくは、ほっとした気持ちで、今度はヒロコさんをけしかけた。考えてみれば理津子のプライベートをほとんど知らない。
「アプローチされて嬉しくない女の子なんていないよ」
実はこのセリフ、映画「私をスキーに連れてって」で、主人公の同級生の女友達が彼女の電話番号を聞くように主人公をたきつけてるときのものだ。これは女性のホンネなんだろうか。だったら、もう少し違う青春を送るべきだった。
・・・と思い込んでいたのは、若いころだった。
必死の思いでアプローチすることが、それまでの友達関係を壊すことを知ったのは、かなりたってからだった。
結局、星の数ほど振られたなあ・・・。