ダイバー客にツアーに参加するときにサインさせる、1~2ページの細かい字で印刷された契約書には、「店側の過失の場合を除き、いかなる事故にも責任を負わないこと」、また、「明らかに店側の過失に基づくことが明らかと判断される場合でも、店側の責任の限度は加入している保険で給付を受けられる範囲にとどまる事」という条項が書いてある。
現時点で、 米保険大手のアメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)は、ダイブアジアに対して、すべての乗客、あるいは、亡くなった人の家族それぞれにつき、200,000バーツ(約60万円)の保険金を支払ったようだ。また、船の保険を引き受けたAXA Insuranceは、ダイブアジアに対して185,000,000バーツ(約5,200万円)の保険金を支払った。
ダイブアジアの当時の日本代理店の代表は、事故でなくなった方の実家へ謝罪に行って帰る新幹線の中で、一本の電話を受けた。
電話は、亡くなった男性の父親からのもので、代表が遺族に謝罪する中で「今後、ダイビングに関する業務は一切しない」と申し出たことに対するものだった。
・・・そちらの誠意は十分に伝わりました。どうぞ、営業を続けてください。
あまりにも衝撃的な事故に憔悴しきっていた代理店の代表は、この時ほど嬉しかったものはないと言う。
代表は、銀行に借金をして数千万のお見舞いを用意して、日本人遺族の元へ謝罪にいった。船の事故は自然災害に起因するものだった。法的に事故の責任は代理店のダイブアジアジャパンにはない。だが、代表は遺族の気持ちを思い、人としてできることはすべてやりたいと考えていた。
お見舞金を見たとき、亡くなった男性の父親は何事かをつぶやいた。子を失った親として、自然に出た言葉だった。この言葉を聞いて代表は、両手をついて謝罪していたその席で号泣した。
父親の悲しみが痛いほどわかったのだという。
・・・ここでは、父親が何を言ったのかは、記述しないでおく。ここまで、事故のことを克明に書いているにもかかわらず、肝心なところをぼかしていると読者からお叱りを受けそうなのだが、ご遺族の気持ちを考えると書くことはできない。
また、代表が常駐するダイビングショップのホームページには、200件ものコメントやメールが寄せられた。ただし、苦情や誹謗中傷するものは4件だけ、その他は彼に対する励ましのメールだったらしい。現在、代表は多くの要望があるにもかかわらず、ダイビングガイド業務に就くことを未だにためらっている。
最後に。
ダイバーとして、チョーク・ソムブーン19の事故を風化させ、過去の話の中に埋没させたくはなかった。九死に一生を得た日本人のダイビングインストラクターとは、先日も一緒に伊豆の海を潜った。事故に対する彼の口は重く、肝心なことは何一つ聞き出せていない。だが、彼なりに事故を吹っ切るための努力をしているようだった。彼の口からこの事故の際の奇跡の生還の状況を聞きだし、もう一度文章にまとめたいと思っている。だが、彼が重い口を開くのはまだ先のことになりそうだ。
もちろんのことではあるが、我々は彼を海の男として常々誇りに思っている。
海を愛するものとして、忘れてはならない事柄を書き残しておきたくていろいろ書き綴ったが、なによりもまして、亡くなった方々のご冥福をお祈りします。そして、まだ見ぬ海シミランへいつか必ず行き、亡くなった方々の供養をさせていただくつもりで居ます。合掌。