tetujin's blog

映画の「ネタバレの場合があります。健康のため、読み過ぎにご注意ください。」

白米の千枚田

2009-09-23 21:38:41 | プチ放浪 海沿い編

 
 
 
 

北陸の空は、とても低い。・・・天使が降りてきそうなほど。。
その分、晴れ渡るとどこまでも澄んでいる。
懐かしい空だ。

横断寒冷前線の南下に伴い、天気は昨日から一転。この朝の海は、雲を映し出した薄にび色の海だった。
海にはうねりが入り、舳倉島への連絡線は欠航。島でのんびりとスキンダイビングをするつもりだったが、またチャンスを待つしかない。

この時期。空を見上げると、このような鉛色に見える日が、多くなってくる。
日本海側特有の天気だ。
9月は低気圧や寒冷前線が通過するたびに大陸から寒気が流れ込み、急速に季節.が夏から秋へと移り変わっていく。

時々バシャバシャと雨が強く降ってきたと思うと、すぐにやんで日が差したり、また降ったりをくり返す。
気まぐれな9月の雨。汗をかいたフロントガラスの向こうは、薄にび色の海に霞む黄金色の段斜面。
今年の夏は天候不順で雨が多く、観測史上最少の日照時間だったらしい。それでも、8月中旬頃より好天に恵まれ水田の作柄も少し回復しているようだ。


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風になりたい。早朝の中村のお堂。

2009-09-22 20:11:28 | 遠野(岩手)

 
 
 
 

・・・風になりたい。早朝の中村のお堂。ふと見ると、黒ブチネコがお堂の中をチェックするように伺い、そして脇に回って見えなくなった。とっさに望遠系のレンズに交換したのだが、写真は間に合わなかった。
ここ中村のお堂では、こうした出来事が良く起こる。去年の大晦日の夕暮れには、近所の農家から逃げ出した小牛が、三脚を立てて写真をとっていたぼくのすぐ後ろまで覗きに来たし、正月には集団のすずめたちがお堂で遊ぶ姿が見られた。
・・・だが、いずれも写真に撮れてはいない。あっけにとられて、気がついてカメラを構えたときには、先ほどの黒ブチネコのように視界から忽然と消えてしまうのだ。そして、その後、悠久とも思える静かな時がやってくる。

この日は遠野まつり。秋にお堂で奉納された鹿踊りが披露されるのだろう。荒神様も忙しいのかもしれない。もっとも、神様だから、写真に撮られるようなへぼなマネはしないに違いない。

神様は人間の思惑とは無関係なのだろう。いくら祈ったところで、願いを聞いてはもらえない。
なにしろ天変地異を治めることで忙しいのだから。。


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風になりたい。 2009 遠野まつり

2009-09-21 19:29:46 | 遠野(岩手)
 
 
 
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遠野。広大な面積に、歴史的なもの、いわくありげな場所、美しい風景などが無数に散らばっている。
遠野の原風景がそのまま残ってはいるものの、広大すぎるがゆえに、なかなか、人と絡めた風景の描写が難しい。そこで、かねてから人々のやさしさをテーマにした写真を撮りたいと思っていた。

全国に約9000以上伝承されている獅子舞は地域によってさまざまな特徴がある。遠野で見られる鹿踊りは、獅子舞の一種。遠野の鹿踊りは、踊り手の鹿が太鼓を持たない幕踊系の舞いと言われ、鹿の頭をかぶり顔から胸にかけて幕垂れを下げ、数頭が一組となった舞い方をする。また地域によっては、鹿踊りの他に虎舞も残っているらしいのだが、最近は演じられる機会がないようだ。
鹿踊りのいわれは、田畑を荒らす鹿を服従させる舞であり、激しく地面を踏みしめて神々に祈りをささげる。
また、鹿踊りには、東日本に分布する三匹獅子による「女鹿隠し」もある。2匹の雌獅子と雄獅子による、悪霊払いと豊穣祈願の舞だ。
動きの切れ味とパワー、そしてそれを繰り返してゆく持久力。これは技術と言うより、体力が必要のようだ。


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9月の雨 in 美瑛

2009-09-17 23:01:34 | プチ放浪 山道編

 
 
 
 

9月はじめの美瑛。夏の終わりを告げるオオハンゴンソウ。
道路沿いにススキの穂もたくさん見られ、ひと雨ごとに秋の気配が強まってくる。
収穫した豆類を積み上げて乾燥させ、さらに雨がかからないようにブルーシートをかぶせた”豆ニオ”が見られだしたら、畑は来年への準備に入る。

旬の味覚トウキビ畑も収穫が間近だ。畑では秋まき小麦の植え付けに備えて耕運機が入っているのだろうか。
哲学の木のまわりには一面のキガラシの花に包まれていた。キガラシは菜の花の仲間。「緑肥」と呼ばれ、花の咲いているままトラクターで大地に戻される。
 9月も終わりになれば丘の紅葉がはじまるだろう。今年も、西日に照らされて雪虫の群が飛び交う時期がやってくる。
爽やかな空気、青空高く、色とりどりに染まる山の紅葉。もうすぐそこだ。


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チョーク・ソムブーン19 (7)

2009-09-16 23:02:02 | bad news


ダイバー客にツアーに参加するときにサインさせる、1~2ページの細かい字で印刷された契約書には、「店側の過失の場合を除き、いかなる事故にも責任を負わないこと」、また、「明らかに店側の過失に基づくことが明らかと判断される場合でも、店側の責任の限度は加入している保険で給付を受けられる範囲にとどまる事」という条項が書いてある。

現時点で、 米保険大手のアメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)は、ダイブアジアに対して、すべての乗客、あるいは、亡くなった人の家族それぞれにつき、200,000バーツ(約60万円)の保険金を支払ったようだ。また、船の保険を引き受けたAXA Insuranceは、ダイブアジアに対して185,000,000バーツ(約5,200万円)の保険金を支払った。


ダイブアジアの当時の日本代理店の代表は、事故でなくなった方の実家へ謝罪に行って帰る新幹線の中で、一本の電話を受けた。
電話は、亡くなった男性の父親からのもので、代表が遺族に謝罪する中で「今後、ダイビングに関する業務は一切しない」と申し出たことに対するものだった。

・・・そちらの誠意は十分に伝わりました。どうぞ、営業を続けてください。

あまりにも衝撃的な事故に憔悴しきっていた代理店の代表は、この時ほど嬉しかったものはないと言う。
代表は、銀行に借金をして数千万のお見舞いを用意して、日本人遺族の元へ謝罪にいった。船の事故は自然災害に起因するものだった。法的に事故の責任は代理店のダイブアジアジャパンにはない。だが、代表は遺族の気持ちを思い、人としてできることはすべてやりたいと考えていた。

お見舞金を見たとき、亡くなった男性の父親は何事かをつぶやいた。子を失った親として、自然に出た言葉だった。この言葉を聞いて代表は、両手をついて謝罪していたその席で号泣した。
父親の悲しみが痛いほどわかったのだという。
・・・ここでは、父親が何を言ったのかは、記述しないでおく。ここまで、事故のことを克明に書いているにもかかわらず、肝心なところをぼかしていると読者からお叱りを受けそうなのだが、ご遺族の気持ちを考えると書くことはできない。
また、代表が常駐するダイビングショップのホームページには、200件ものコメントやメールが寄せられた。ただし、苦情や誹謗中傷するものは4件だけ、その他は彼に対する励ましのメールだったらしい。現在、代表は多くの要望があるにもかかわらず、ダイビングガイド業務に就くことを未だにためらっている。

最後に。
ダイバーとして、チョーク・ソムブーン19の事故を風化させ、過去の話の中に埋没させたくはなかった。九死に一生を得た日本人のダイビングインストラクターとは、先日も一緒に伊豆の海を潜った。事故に対する彼の口は重く、肝心なことは何一つ聞き出せていない。だが、彼なりに事故を吹っ切るための努力をしているようだった。彼の口からこの事故の際の奇跡の生還の状況を聞きだし、もう一度文章にまとめたいと思っている。だが、彼が重い口を開くのはまだ先のことになりそうだ。
もちろんのことではあるが、我々は彼を海の男として常々誇りに思っている。

海を愛するものとして、忘れてはならない事柄を書き残しておきたくていろいろ書き綴ったが、なによりもまして、亡くなった方々のご冥福をお祈りします。そして、まだ見ぬ海シミランへいつか必ず行き、亡くなった方々の供養をさせていただくつもりで居ます。合掌。