「母の家」

2015年10月21日 22時06分37秒 | 創作欄
カラスが朝からけたたましく鳴いていた。
仲間を呼び寄せているのか、縄張りを主張しているのか、執拗に鳴き続ける。
やがてその声に応えるように、3羽のカラスの声が重なる。
「カラスがあんな鳴き方をするのは嫌ね。きっと人が死んだのよ」
トーストにジャムとバターを塗りながら雪江は夫に言った。
夫の悟はちょっと目をあげたが、そのことに取り合う様子を示さない。
新聞から目を離さない悟は2枚目のパンにまだ手をつけない。
悟は新聞から目を離さぬままパンをつかんだ。
ジャブとバターの中に悟は指を突っ込んだが、平気でそのままパンを口へもっていった。
毎度のことで雪江は注意をせずそれを見守っていた。
「お母さんどうしているかしら。死んで発見されるなんてことにならければいいわ」
「嫌なこと言うんだな」心が優しい夫は怒っても、言葉に柔らかさがあった。
雪江は夫からうるさく言われることもないので安心しきっていられた。
どんなことを言っても、夫は怒ることはなかった。
「新聞に時々出ているでしょ。独りぼっちの老人が、死後1週間も経って発見されたって、お母さんのこと心配だわ」
夫は複雑な表情となった。
5年も一緒に来らした夫の母親であったが、雪江は実母と同様の情愛を抱いていた。
それなのに義母と別れなければならなくなった。
突然、義姉や義兄からを促されたのだった。
雪江は骨肉の争いを観念的には知っていたが、現実のものとなったのだ。
義姉、義兄たちは欲に囚われ切っていた。
悟は長男であったので、雪江と結婚してからも実家で暮らしていた。
結婚して7年目であったが、義母の絹は軽い脳梗塞で入院した。
そのことが契機となって、遺産の問題が浮上したのだ。
夫の実家の財産といっても、戦後間もなく建った家と70坪ほどの土地であった。
夫の父親は10年前に心筋梗塞で亡くなっていた。
「私たちがお母さんの面倒を見るから、あなたたち家を出て行ってよ」
まず長女の剛子が言い出した。
悟夫婦が家を出てから母の家は急に老朽化した。
母は父の仏壇がある部屋を寝室にし、他の部屋は閉め切っていた。
人が住まない家が自然と荒れてくるように、母の家の使われない部屋は痛みだした。
床が凹んだのだ。
「白蟻に食われたようだ」と一度、母の様子を見に実家へ行った悟が言う。
義理の姉たちは母を説得し、家を売りに出すことを決め、売却を不動産さんへ頼んだのである。
夫とは17歳も年上の長女剛子はほとんど弟の悟に相談を持ちかけず、母親を誘導していた。
また、義姉の中には夫に振り回せれている様子も感じられた。

numata727 さんが 2014年10月20日 に書かれた記事をお届けします

2015年10月21日 15時19分12秒 | 医科・歯科・介護
ツール・ド・フランス

ビノクロフ選手(ウクライナ)1000?独走1分2秒2最高上がりタイム11秒0ドミトリエフ選手(ロシア)1000?独走1分2秒5最高上がりタイム10秒7競輪における欧米人選手のスピードはケタ違い!
9月16日の取手競輪一番速い柴田洋輔選手1000?独走1分7秒5最高上がりタイム11秒0特にドミトリエフ選手(ロシア...
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子猫の死骸

午前5時、空は暗いがカラスが泣きながら飛んでいる。生ゴミが出る日はカラスが集まってくる。ネットを張っているがゴミの集積場に飛来するカラスは、嘴でネットを外して生ゴミが入った赤いゴミ袋を破ってしまう。ブルーのゴミ袋が出される日は燃えないゴミだからカラスは見向きもしない。銀司は散歩の途次、リウマチで手が不自由な8...
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下妻市歯科医師会と災害時救護協定

2014年10月19日 下妻市は、市歯科医師会と災害時の歯科医療救護について協定を結んだ。市歯科医師会は会員十六人。協定により、台風や地震などの災害時、歯科医療救護、口腔(こうくう)ケア、個人識別(身元確認)の三つのチームに分かれ、避難所などに派遣されることになった。稲葉本治市長=写真(左)=は「今回の協定で...
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東京湾岸署で“死者”身元確認の合同訓練

日本テレビ系(NNN) 10月18日(土)21時4分配信 警視庁・東京湾岸署では18日、大規模な災害で多数の死者が出たことを想定し、死因の特定や身元確認の合同訓練が行われた。 訓練には、警察の身元確認に協力する東京・港区の警察歯科医や警察官ら約70人が参加し、遺体の検視や歯の鑑定の作業手順などを確認した。歯の...
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┏━━━━━━━━━━━【PMDAメディナビ】━━━━━━━━━━━┓

「回収情報クラスI(医薬品)」発出のお知らせ (2015/10/20 配信)
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本日、「回収情報クラスI(医薬品)」が発出されましたので
お知らせいたします。

■回収対象
「新鮮凍結血漿-LR「日赤」240」
  http://www.info.pmda.go.jp/rgo/MainServlet?recallno=1-0930

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■過去の「回収情報(医薬品)」はこちらから
http://www.pmda.go.jp/safety/info-services/drugs/calling-attention/recall-info/0002.html
■2015年度「回収情報クラスI(医薬品)」掲載分はこちらから
http://www.info.pmda.go.jp/kaisyuu/rcidx15-1m.html
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PMDA(医薬品医療機器総合機構) 安全第一部 リスクコミュニケーション推進課

・医薬品医療機器総合機構ホームページ
http://www.pmda.go.jp
・本サービスの登録内容の変更、削除方法等に関する情報
http://www.pmda.go.jp/safety/info-services/medi-navi/0001.html
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「南京虐殺」登録 反論にも節度が必要だ

2015年10月21日 15時15分48秒 | 社会・文化・政治・経済
毎日新聞社説:


毎日新聞 2015年10月14日 東京朝刊

 中国が申請した旧日本軍による南京事件に関する資料が、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界記憶遺産に登録されることが決まった。
 過去の記憶の価値を見つめ直し、学ぶことは大切だが、国ごとに評価が異なる歴史の記録をどう扱うべきか、改めて考える必要がある。
 世界記憶遺産は、重要な文書や絵画などの保存を目的に1992年から事業が始まった。フランスの人権宣言やオランダの「アンネの日記」が登録されている。日本でも関心が高く、第二次大戦後のシベリア抑留者の引き揚げ記録「舞鶴への生還」と京都市の国宝「東寺百合文書(とうじひゃくごうもんじょ)」が今回登録されることになった。
 南京事件の登録資料は、生存者の日記や写真フィルム、南京軍事法廷の判決など。中国側は「虐殺、性的暴行、放火、略奪を含む犯罪行為を正確に記録している」と主張する。
 日本の外務省は「完全性や真正性に問題がある」と、中国とユネスコを批判する談話を発表した。
 南京事件は、長らく日中間などで論争の的になってきた。
 2010年に報告書を出した日中歴史共同研究でも、虐殺行為に及んだ日本側に責任があることでは一致したものの、犠牲者数について中国が三十余万人、日本は20万人を上限に4万人、2万人などの推計があると主張して、平行線をたどった。
 被害者の具体的な人数には諸説あり、正しい数を認定することは困難というのが日本政府の見解である。菅義偉官房長官は「中国はユネスコを政治的に利用している。過去の一時期における負の遺産をいたずらに強調し、遺憾だ」と批判していた。
 登録決定を受けて、さらに菅氏はユネスコ分担金の停止・削減を検討するとともに制度の透明性を求める意向を示した。14年の日本の分担金は約37億円(11%)で、米国が支払い停止中のため最大となっている。
 「心の中に平和のとりでを築かなければならない」。憲章でそう述べ、教育文化の振興を掲げるユネスコに感情的な対応をするのはまずい。
 分担金の見直しは行き過ぎだし、運営に注文をつけるといった反論のあり方にも節度が必要だ。
 南京事件の残虐性を軽んじるような主張をすれば、逆に日本の国際的な地位を傷つけかねない。専門家に議論を委ね、歴史の政治利用をやりにくい環境をつくる方法もあるのではないか。
 世界遺産登録を巡っては、この夏長崎県の軍艦島など「明治日本の産業革命遺産」の歴史的な位置づけで日本と韓国がもめたこともあった。
 グローバル化の中で過去を複眼的に捉えながら、日本なりの主張をどう展開するか。政府は先を見据えて知恵を絞ってもらいたい。

水説:従属を嫌った暗殺者
<sui−setsu>中村秀明

毎日新聞 2015年10月14日 東京朝刊

<sui−setsu>中村秀明
こんな人物が実在したことを初めて知った。ドイツ人の家具職人ゲオルク・エルザーだ。
 1939年秋、ナチス・ドイツのポーランド侵攻によって第二次世界大戦が始まる。その直後、36歳の彼はミュンヘンの演説会場に手づくりの時限爆弾を仕掛け、総統ヒトラーの殺害を計画した。
 その一部始終を描いた映画「ヒトラー暗殺、13分の誤算」が今週公開される。
 無差別殺人の爆弾テロは狙いがどうであれ、非難されるべきものだ。彼の爆弾は7人の命を奪った。映画の中では、秘密警察の局長が「お前は何の罪もない人間を殺したんだ」と厳しく責めたてる。その局長は後に、ユダヤ人絶滅計画で中心的な役割を果たすのだが……。
 エルザーは、なぜ独裁者を殺さなくてはならないと考えたのか、その過程が彼の目を通して描かれる。
 ドイツ南部の小さな町。美しい田園風景や酒場でのダンスと音楽に包まれた日常が、次第に変わっていく。自由にものが言えない息苦しさが漂い、ナチス支持者とそうではない者との「分断」が生まれる。影響されやすい子どもの言動も変わった。異論をはさむ者、障害を持った者、ユダヤ人と親しくする者への差別と排除が公然と始まる。エルザーが臨時で働く工場では戦車生産が進んだ。
 パンフレットに解説を書いた東海大学の鳥飼行博教授(環境平和学)は、労働者で高等教育も受けていないエルザーの鋭い感受性と強い覚悟を指摘する。「だれに言われたわけでもなく、自らの目と頭で大きな危険を察知し、だれにも相談せず1人で動いた。無力だからとあきらめたり、だれかがなんとかしてくれるだろうと任せたりはしなかった」と語っている。
 彼は収容所で5年以上すごした後、敗戦直前に銃殺された。東西分裂のせいで歴史から消されたが、再統一後にようやく日が当たる。メルケル首相は昨年、「戦争を防ぐために自らの意志に従って行動した」と賛辞を贈った。
 日本での公開を前に監督のヒルシュビーゲル氏は面白いことを言っている。「日本人にはしっかり考えてほしい。というのも、日本もドイツと同じように、言われたことに、流れに従属してしまう国民性だから。どんどん問いかけをし、何も考えずに受け入れることはやめよう」と。
 守りたいものは何か、大切にするものは何か。それを阻むものに、どう立ち向かうか。多くのことを問いかける映画である。(中村秀明:論説委員)













座談会(その1)マイナンバー:政権の狙い検証を

2015年10月21日 15時11分39秒 | 社会・文化・政治・経済
新聞週間:開かれた新聞委員会
毎日新聞 2015年10月15日 東京朝刊

 国民一人一人に番号を割り振るマイナンバー制度がいよいよ動き出しました。行政手続きが便利になる一方で、情報漏えいリスクや管理負担の増加などが懸念されます。消費税の負担軽減策として、マイナンバーを利用した還付案も浮上しました。9月には、国民の理解が進まないまま安全保障関連法が成立。安倍政権は早くも経済に軸足を移しました。国外に目を転じれば、難民問題が深刻化しています。こうした問題を、報道はどう伝えていったらよいのでしょうか。「開かれた新聞委員会」の4人の委員に話し合ってもらいました。【司会は尾崎敦「開かれた新聞委員会」事務局長】=委員会は10月2日開催。紙面は東京本社発行最終版を基にしました。
関連記事 新聞週間:開かれた新聞委員会・座談会(その2止) 参院選へ争点示せ 毎日新聞 10月17日 配信

◆マイナンバー◇漏えいリスク知りたい

■塚田健太経済部長 マイナンバーは10月から通知され、来年1月からカードが交付されます。国民に普及している状況ではありませんが、財務省は消費税の負担軽減策として、マイナンバーを利用した還付案を提案しました。消費税の軽減税率については、与党が2017年度の導入を目指して検討してきました。対象品目を(1)酒以外の飲食料品(2)生鮮食品(3)精米−−とする3案で議論しましたが、税収減や対象の線引きの難しさなど決め手に欠け、結論が出ませんでした。新たに財務省が提示した還付案は激しい批判が出ています。毎日新聞では、自公協議の動きや財務省案を伝えると共に、税や経済、社会福祉など専門家へのインタビューなどを通じ、読者に考える材料を提供するよう努めてきました。
■大坪信剛社会部長 マイナンバー制度は、国にとっては税収が確実に取れ、給付金の出しすぎも防げる非常に効率的なものですが、国民にとってはメリットは少ない気がしています。既に番号制度を始めている米国や韓国では大量の個人情報が漏れ、クレジットカードの成りすましやそれに伴う詐欺被害が出ました。また、中小企業などでは管理の負担も増えます。今後、トラブルや混乱がないか見つめていきます。
■吉永みち子委員 マイナンバー制度が何をもたらすかよく分からない中、突然、消費税還付案が出てきた。財務省の詰めの甘い案を説明することがマイナンバーを説明することになり、マイナンバー普及の手先のように使われてしまうという嫌な流れだ。マイナンバーは、番号が知らされるだけで、カードが欲しければ申請が必要だ。申請したくない人もたくさんいると思う。どれくらいの人が申請するか、しないとどうなるのか。解決策も併せて指摘してほしい。また、脱税もしていないのに通帳を見られて監視されるのは納得しがたい。どういう目的で使用されるのかも分からず、何とも言えない不気味さがある。今後は、コストをかけたからと活用対象も拡大してくるだろう。公平に課税ができるというが、それが富裕層の資産の海外逃避につながるかもしれない。全体のプラスマイナスをきちんと分析してほしい。
■池上彰委員 マイナンバーについては、既に指摘されているように、ドメスティックバイオレンス(DV)などで住民票と違う住所に住んでいた人の番号が、知られたくない人に知られてしまう懸念がある。事前の報道だけでなく、制度が始まってからも繰り返し伝えてほしい。個人情報流出リスクについては一般論で語られているが、この番号が流出したら、今までと違うどのような新たなリスクが生まれるのかも指摘してほしい。軽減税率の問題では、8%と10%という複数の税率が適用されると、販売する業者に混乱が起きてしまう。「インボイス制度」が導入されていないためだ。日本の「消費税」と欧州の「付加価値税」は違う。付加価値税は、業者が卸から買う時に、本体価格と税額を分けて、新たな付加価値の部分に税金を付けるものだ。日本では消費税導入時、反対する流通業界を納得させるために「一定額の売り上げがなければ税金を納めなくていいよ」という「益税」の仕組みを取り入れてしまった。あいまいにしてきたつけが今出ている。今後税率が上がり、将来的に軽減税率を導入せざるを得なくなった時には、改めてインボイス導入も含めた「付加価値税」として制度設計のし直しが必要になるのではないか。9月17日の朝刊で毎日新聞が「インボイスは日本でも可能」と日本と欧州の方式を比較し、問題提起した。こういう報道をやってほしい。
■荻上チキ委員 マイナンバーに関してはいろいろな論点が出ている。マイナンバーをどう使うかのプラットフォームとなる問題、あえて悪事に使おうとする際の問題、流通リスクや管理主義の増大の問題などだ。社会保障に関する手続きが簡単になるため、難病患者の一部は賛成している。先日、NHKの籾井勝人会長が受信料徴収にマイナンバー利用を検討すると発言した。今後も、活用の提案が出るだろう。単に、「おばけ」のように怖い怖いと言うのではなく、マイナンバーを何のために使うべきか、何のためには使うべきではないのか、将来のビジョンを含めて整理することが今求められている。また、消費税の負担軽減策の問題では、欧州で導入されている軽減税率はそもそも貧困対策ではない。日本でこれを導入しても、貧困問題、格差の是正にはならないはずだが、あたかも、貧困対策としてこれが逆進性を抑える一つの薬だという印象を与える記事が続いている。むしろ金持ち優遇のシステムだという議論もある中、より丁寧に説明すべきだ。
■鈴木秀美委員 私は活字文化のために軽減税率は維持すべきだという立場だが、そのうえで、あえて言いたい。(新聞が軽減税率の対象になるか議論になっているのに)新聞社が当事者になっていることの説明が不足している。負担軽減策について、マイナンバー利用の還付案か軽減税率かを対比する議論に終始している。財務省が以前から言っている給付金の仕組みがあり、その最新案が今回の還付案と考えられる。消費税が10%、あるいはもっと高くなったときに、貧困層対策をどうするかについて、二つの仕組みの違いを今回も説明すべきだ。軽減税率を導入するのは面倒だという話があったが、給付金制度も面倒なところがある。システムの効率性だけでなく、それぞれの仕組みの持つメリット、デメリットを繰り返しわかりやすく説明することも必要だ。池上さんの指摘した情報漏えいの新たなリスクについては、私も説明が足りないと思った。9月23日朝刊の日弁連情報問題対策委員長の坂本団(まどか)弁護士の指摘がポイントを突いている。一つの番号に、税や社会保障、健康などひもづける項目を増やせば、漏えいしたときの情報が増えて危険だという指摘だ。あれもこれも使えるというのは危ないことなんだ、という説明がほしい。
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 ◆総括
 ◇新聞の役割果たす 主筆・伊藤芳明

発言する(左から)吉永みち子委員、池上彰委員、荻上チキ委員、鈴木秀美委員
拡大写真
 最近、新聞の重要な役割の一つは「権力の監視」であるとよく考えます。安保法制については、われわれとしても議論を重ねました。「この部分は評価できる」「この部分はおかしい」と緻密な議論をして客観的に書いてきたつもりですが、読者からのお便りの束を読むと「なぜ安倍政権の足を引っ張るのか」というご意見をいただきます。他の新聞社の人から「なぜ毎日新聞は後ろ向きなのか」と言われることもあります。
 しかし、権力を監視することはわれわれの大事な役割だと思っています。安保関連法は成立しましたが、これからも、政府の運用のチェックを続けなければなりません。特定秘密保護法、集団的自衛権行使容認の閣議決定、安保法制、いずれも安倍政権の進め方に適切に対応できず、メディアは動きを追いかけるだけで精いっぱいで、もう一つの役割の「検証」が追いつかない場面がありました。立ち止まって、もう一度プロセスを検証するのもわれわれに課せられた役割だと考えています。
◇議論の材料を提供 編集編成局長・小泉敬太
 マイナンバーについては、特集面などでメリットや情報漏えいリスクを説明してきました。しかし、NHKの籾井勝人会長が受信料徴収に使いたいと発言したように、突然新たな話が出てきます。委員から指摘のあった政府の全体的な狙い、利用拡大を目指す方針について、メディアとしてまだ十分検証しきれていません。番号とつながる情報が増えることで、リスクが拡大することについても検証・追及が必要です。
 安保関連法は民意の選択は受けていないと思います。18歳からの若者たちも投票できる来年夏の参院選は重要です。新聞として、これでよかったのか争点化して読者に問いかけていきます。鈴木委員から政権監視の道具として「情報公開制度」の話が出ました。具体的にこういう情報隠しがあったと報道で明らかにしていくことが世論に訴え、政府を動かしていけると思います。
 難民問題では、日本社会はこれまでメディアも含めて、外国人に冷たかったり、関心が薄かったりして、距離を置いてきたのが実態です。今後、グローバル化が進む中で日本がどう対応していくかが問われます。移民や外国人就労などのテーマも含め、いろいろな議論の材料を提供していきたいと思います。
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◇座談会出席者
池上彰委員:ジャーナリスト・東京工業大教授
荻上チキ委員:評論家・ウェブサイト「シノドス」編集長
鈴木秀美委員:慶応大メディア・コミュニケーション研究所教授
吉永みち子委員:ノンフィクション作家
 ◇毎日新聞社側の主な出席者
 伊藤芳明・主筆▽小泉敬太・東京本社編集編成局長▽小松浩・論説委員長▽海保真人・東京本社編集編成局次長▽前田浩智・同次長▽末次省三・政治部長▽塚田健太・経済部長▽大坪信剛・社会部長▽小倉孝保・外信部長
















医療事故調査 病院の情報開示が重要

2015年10月21日 15時10分07秒 | 医科・歯科・介護
毎日新聞社説:


毎日新聞 2015年10月16日 東京朝刊

 医療事故で死亡した時の原因究明や再発防止を目指す医療事故調査制度が今月から始まった。
 遺族、医療機関双方の要望で実現した。遺族が不利にならないよう、制度が公正に運用されなければならない。
 1990年代末以降、大学病院などで死亡事故が相次いで発覚し、医療不信が深刻化した。遺族が裁判を起こしても、真相究明には長い時間と労力がかかる。医療機関も医師が裁判で責任を追及されることに抵抗があり、第三者機関が関与する調査を望む声が両者から出ていた。
 この制度は昨年6月の医療法改正でつくられた。全国約18万カ所の医療機関や助産所での「予期せぬ死亡、死産」が調査の対象だ。
 「予期せぬ死亡」なら、医療機関は第三者機関である「医療事故調査・支援センター」(日本医療安全調査機構)に報告する。併せて自ら院内での調査を行い、遺族に結果を説明しなければならない。遺族は説明に納得できなければ、センターに再調査を依頼できる。
 センターは年間1000〜2000件の死亡事故が医療機関から報告され、このうち遺族の依頼によって300件程度を独自に調査することを想定している。
 制度の課題は、まず「予期せぬ死亡」について、適正な認定が行われるかどうかだ。死亡するリスクを医療機関が患者側に事前に説明したり、カルテに記載していたりすれば、「予期せぬ死亡」とならない可能性が残る。
 患者側への説明が不十分だったとしても医療機関が「予期していた」と判断すれば、センターへの報告義務はない。
 その場合、遺族はセンターに直接事故を届け出て調査を依頼することはできない。
 また医療機関が院内で調査して結果を遺族に伝える際、報告書を手渡すことは努力義務にとどまり、「口頭、または書面、もしくは双方」とされた。報告書が医師への責任追及に使われるのではないかと一部の医療関係者が反対したからだ。
 医療機関が死亡事故の調査や報告に及び腰になればどうなるか。かえって遺族の不信感は強くなり、裁判を起こすしか方法がなくなる。そうなれば制度本来の目的から外れてしまう。
 医療機関が事故を公正にセンターへ報告すれば、センターは多くの事例を詳細に分析し、改善点を医療機関に広く伝えることができる。それは再発防止につながる。
 患者の立場は弱い。制度の成否は医療機関が死亡事故について情報開示を誠実に行うかどうかにかかっている。














日歯連前会長ら3人を起訴

2015年10月21日 15時09分13秒 | 医科・歯科・介護
「迂回」初の違法性審理へ

共同通信 2015年10月20日16:14 配信

 政治団体「日本歯科医師連盟」(日歯連)が年間の法定上限(5千万円)を超す寄付を隠すため、迂回献金をしたとされる事件で、東京地検特捜部は20日、政治資金規正法違反の罪で、前会長 高木幹正容疑者(70)、元会長 堤直文容疑者(73)、元副理事長 村田憙信容疑者(70)の3人を起訴した。団体としての日歯連も起訴した。
 2つの政治団体の間に別組織を介在させた資金移動を、実態は直接の移動だったと捉え、政治資金収支報告書の虚偽記入などで刑事責任を問うのは初めてとみられる。3人はいずれも否認しており、法廷で違法性が審理されることになった。














(論壇時評)2015年「安保」のことば 

2015年10月21日 15時07分10秒 | 社会・文化・政治・経済
 「わたし」が主語になった

 作家・高橋源一郎

朝日新聞 2015年9月24日 配信

 「安保関連法案」が参議院で採決された夜、わたしのいた国会南門のあたりも人が溢(あふ)れだしていた。スピーカーから、遠く離れた場所で行われているシュプレヒコールとスピーチが交互に流れ、人びとは、姿が見えない話し手たちのことばに、静かに耳をかたむけ、時折、コールに唱和していた。
 近くに、わたしと同じように、黙ってひとりで佇(たたず)んでいる、制服の女子高生がいた。彼女は、少しくびをかしげ、スピーチのことばに聴き入っているように見えた。ひとりで、なぜここに来て、なにを考えているのだろうか。わたしには、彼女の姿が好ましいものに見えた。
 1960年、そして70年を中心に、かつて二度、「安保」という名のついた大きな社会運動が起こった。その象徴的な運動の場所が国会前だった。それから半世紀ほどの時が過ぎて、やはり「安保」という名がついた法制への反対運動が、同じ場所で起こった。過去の二度の反「安保」運動との違いの一つは、徹底した非暴力性だろう。そして、もう一つは、「ことば」がなにより重視されたことだろう。そのことばには、古い政治のことばも、簡単には説明できない、新しいことばも交じっていたが。
     *
 この運動を大きく動かすことになった学生団体・SEALDs(シールズ)(自由と民主主義のための学生緊急行動)に参加した、ある女性は、こう述懐している〈1〉。
 「昨年の12月、私は布団のなかからSNSを通してSASPL(特定秘密保護法に反対する学生有志の会=SEALDsの前身)の存在を知った。眠れない夜更けにスクロールしたフェイスブックで、普段政治の話をしない友人が投稿した政治的な動画に興味を持った。しかし、私はその動画の中でSASPLのメンバーが言う、『日常の幸せ』がわからなかった。……『この当たり前の日常を守りたい』などと片時も思ったことはなかった。はやく、誰か、この日常をぶち壊してくれ、と願いながら、頭から布団をかぶり、ここではないどこかを夢想した」
 この社会から突き放され、苦しみ、もがく、同世代の女の子たちと知り合うようになった彼女は、やがて、SEALDsに参加し、こう考えるようになる。
 「彼らのなかに飛び込んで、はじめて気づいたのは、SEALDsは個人の集まりであるということだ。そこでは、沖縄出身の子も、東北から来た子も、在日の子も、『わたし』として法案に反対する理由を語っていた」
 政治の世界では珍しい、「わたし」を主語とする、新しいことばを持った運動。その運動に魅(ひ)かれてゆく、ひとりの人間の心の動きが正確に刻みこまれた文章が、そこにあった。
     *
 「安保法制」に反対する運動が巨大化したのは、その「法制」を制定しようとする人たちの言動に、民主主義とは相容(あいい)れぬものを感じ、不安になったからだ。
 55年前の第一次安保闘争時、無党派の組織「声なき声の会」に加わった鶴見俊輔は、こう書いている〈2〉。
 「私にとって、声なき声は、1960年5月に岸信介首相が日米安保条約を強行採決したことへの抗議としてはじまった。安保条約そのものへの反対というだけでは十分の動機ではない。十五年戦争の指導者だった人が、ふたたび戦争体制となりやすいものを、民衆の意見をゆっくりきくこともなしに、決定するということへの抗議だ」
 時の権力が、「民衆の意見をゆっくりきくこと」がなくなったとき、それに反対する運動は静かに始まるのである。
 同じ、第一次安保闘争の理論的指導者でもあった、偉大な政治学者・丸山真男は、「デモクラシーの政治ってのは、(ふだん政治に参加しない主権者の)パート参加で初めて成り立つ」とした〈3〉。「主権者」である民衆が、自分たちの意見が無視されていると感じたとき、一時的に預けていた「主権」を取り戻し、自ら直接「参加」しようとする、その「パート」参加の「理念」こそ、民主主義の根幹だとしたのである。
 2015年の反「安保」運動は、人びとの、「民主主義」を回復させようという願いを根拠にしていた。それは、鶴見や丸山が見た運動とよく似ている。しかし、同時に、そこには、過去にはなかった、なにか新しいものが含まれているようにわたしには思えた。
 今回の運動に触れながら、五野井郁夫は1968年「パリ五月革命」との共通性を示唆している〈4〉。その「体制転換なき革命」とも呼ばれる運動は「必ずしも政権を取らず、体制転換もせず、けれども決定的にその後の人々のものの考え方には影響を与え」た。
 それは、政治運動というより文化運動であった。そして、優れた劇を観終(みお)わったとき、観客が、観る前とでは世界がすっかり変わってしまったと感じるように、その参加者の「内面」も「価値観」も変えてしまうような運動だった。五野井は「選挙制度が必ずしも民意を反映」しない社会状況でこそ、そんな運動が真価を発揮するとした。
 実は、民主主義には、単なる政治システムではなく、「内面」も「価値観」も変えてしまう文化運動の側面もあるのだ。そのことに、人々は気づき始めているのではないだろうか。
 新しい運動の「ことば」に耳をかたむけていた女の子の姿を見ながら、わたしは、そんなことを考えていた。
     *
注〈1〉大澤茉実(まみ)「SEALDsの周辺から 保守性のなかの革新性」(現代思想10月臨時増刊号「総特集 安保法案を問う」)
〈2〉鶴見俊輔『随想 暮らしの流儀をつくる』(太郎次郎社エディタス刊)
〈3〉丸山真男『自由について 七つの問答』(SURE刊)
〈4〉五野井郁夫「議会主義と民主主義の政治」(現代思想10月臨時増刊号「総特集 安保法案を問う」)
     ◇
 高橋源一郎(たかはし・げんいちろう):1951年生まれ。明治学院大学教授。近刊にSEALDs(シールズ)との共著『高橋源一郎×SEALDs 民主主義ってなんだ?』。

耕論:安倍談話の歴史観 
インタビュー構成
成田龍一さん、李 元徳さん、久保 亨さん

朝日新聞 2015年10月10日 配信

安倍晋三首相がこの8月、戦後70年を機に出した「安倍談話」に流れる歴史観について、改めて考えてみる。それは歴史を、矛盾なく説明できるものなのか。




■司馬史観、一側面だけ利用 
成田龍一さん(日本女子大学教授)

 安倍談話の歴史観は、司馬遼太郎の歴史観と一見、近いものがあります。8月14日は韓国にいて、韓国の日本研究者たちと談話の発表を見ていたのですが、みんな「ああ、司馬だ!」と言いました。
 西洋諸国の植民地支配の中で、日本が近代化を進め、独立を守り抜いたという出発点や、日露戦争が近代化の達成点だということ。やがて日本が第1次世界大戦後につくられた新しい国際秩序に対する挑戦者になり、失敗したという見方もよく似ています。
 司馬史観の特徴は、国民国家という枠組みや価値観を肯定していることです。「竜馬がゆく」「坂の上の雲」などでは、日本が国民国家化をなしとげたプロセスを1960~70年代初めの経済的繁栄の追求と重ねて描くことで、戦後日本の指針を示そうとした。
 ただ、そこには弱点もありました。司馬は、日本の近代化と国民国家化は成功だったが、その先で間違えたという二段階で考える。だが、近代化の過程で欧米とそっくりな国にしたために、日本は軍事的にも領土的にも拡大路線をとらざるをえなかった。司馬が成功と見なしたことが、実は失敗に直結していた。安倍談話も同じく二段階で捉えているから、司馬史観の弱点を引き継いでいるといえます。
 もう一つの弱点は、植民地の問題に視線が及んでいないことです。「坂の上の雲」には台湾や朝鮮の植民地化がほとんど出てこない。安倍談話も「植民地支配からの訣別(けつべつ)」は強調しても、誰が植民地化したのかには触れない。日本が加害者だという視点が希薄な点でも共通しています。
 ただ、忘れるべきでないのは、司馬の考えが時代によって変化していたことです。60年代には、国民国家にもとづく経済的繁栄こそが日本の進むべき道だと考えていた。それが80年代には、「菜の花の沖」で、高田屋嘉兵衛という商人が日本を超えてロシアと接触する姿を描いた。「韃靼(だったん)疾風録」では、長崎・平戸の武士が単身で明に渡り、多くの民族の中で、日本人としてのアイデンティティーが薄れていく様を描いた。
 つまり、司馬は単純に国民国家を肯定していただけの人ではなく、グローバル化の波の中で、国民国家の枠組みを超えていくことも考えていました。しかし、安倍談話はそうしたものは一切、採り入れていない。「坂の上の雲」の司馬しか見ず、司馬史観の一つの側面だけを安易に利用しているように見えます。
 東日本大震災の後、経済的繁栄とは違う新たな目標を誰もが求めた。60年代の司馬的な理念はそこで終わったはずですが、安倍談話は国民国家を立て直し、経済的繁栄を取り戻すという、司馬自身も80年代に捨てた夢を追っている。そこが決定的な問題だと思います。
 (聞き手・尾沢智史)

*成田龍一(なりたりゅういち):51年生まれ。専攻は近現代日本史。著書に「近現代日本史と歴史学」「戦後思想家としての司馬遼太郎」「司馬遼太郎の幕末・明治」など。

     ◇
■日露戦争「悲劇の始まり」 
李 元徳さん(韓国・国民大学教授)

 安倍談話には「日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました」とあります。これは韓国の立場から見て、最も違和感を覚える部分です。
 日露戦争は朝鮮半島と満州の支配をめぐって争われ、日本がロシアを破った。日本は1905年に第2次日韓協約で韓国の外交権を握り、保護国にします。そして10年には韓国を併合し、植民地にしてしまう。日露戦争は、朝鮮半島からみれば勇気づけられたどころか、悲劇の始まりだったわけです。
 「独島(トクト)」(日本名・竹島)もそうです。日本は1905年2月、「竹島」を島根県に編入します。日本海でのロシアとの海戦を前に、独島が軍事的に価値があると判断したためで、韓国では日本による主権侵奪の最初の犠牲と受け止められている。日露戦争と独島、植民地化の問題はつながっているというのがいわば常識で、それに反しているから違和感が強いのです。
 韓国の歴史学者でも、当時の状況について、自己反省的な歴史認識を持っている人も多い。日本は近代国家づくりに成功したが、当時の朝鮮半島では近代的な文明を採り入れて改革すべきだという勢力と、守旧派による権力闘争が続いていました。それが外部勢力による侵略を招いたという側面は否定できない、という考え方です。ただ、だからといって、植民地化がやむを得なかったというわけではありません。
 95年の村山談話は「植民地支配と侵略」によって、「多大の損害と苦痛」を与えたことを認め、「痛切な反省」と「心からのお詫(わ)び」を表明しました。2010年の併合100年に合わせて出された菅談話では、それがさらに明確に示されています。
 ところが、安倍談話では1931年の満州事変から、進むべき針路を誤ったとなっています。村山談話以降の日本政府の歴史認識を否定し、後戻りしたかのようです。一方で安倍談話は「歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎない」としている。相矛盾する考え方で、どちらが安倍首相の本当の歴史認識なのか。
 朴槿恵(パククネ)大統領は「揺るぎない」という部分に注目して一定の評価をしましたが、それは日韓関係をこれ以上、悪くしないための戦略的な判断だったと思います。実際にはより、不信感は強くなったのではないでしょうか。
 私は安倍首相が韓国嫌いだとは思っていないし、韓国の重要性も理解していると思いますが、今回の談話には韓国に対する怒りも感じる。慰安婦問題などで極端に悪化した日韓関係の現状の反映かもしれません。「ポスト安倍」になれば、村山談話の歴史認識に戻れるのか。それが、大きな関心事です。
 (聞き手・東岡徹)

*李 元徳(イウォンドク):62年生まれ。2005年から韓国・国民大学日本学研究所長。韓国現代日本学会長、韓国外交省政策諮問委員も務める。

     ◇
■「内向き」脱し、広い視野を 
久保 亨さん(信州大学教授)

 日露戦争でアジアの小国がヨーロッパの大国に勝ったことは、インドやベトナムの民族運動指導者に確かに強い印象を与えました。しかし、日露戦争をその面だけから描くのは、あまりに日本中心の歴史観だといえます。
 例えば、勝敗の決め手の一つとなった1905年の奉天会戦は、日ロ合わせて60万人近い兵力がぶつかりました。戦場は中国の遼寧省。そこに住んでいた中国人たちは避難民になってしまった。
 戦争中に発生した避難民は計100万人以上とされ、当時の清朝政府の地方官は、誤射などの巻き添え被害で数百人以上が死亡したと記録しています。戦争で迷惑をかけたこのような歴史事実は、司馬遼太郎の「坂の上の雲」でも触れられてはいません。
 安倍談話はまた、日本が「戦争への道を進んでいった」きっかけとして29年の世界恐慌を挙げました。その後の満州事変、国際連盟の脱退を経て、日本は全面戦争に向かったという見方です。
 しかし、これも正確ではありません。軍事力にものをいわせ、日本が中国で利権を手に入れようとした動きは、もっと早くに起きているからです。それらが結局、「戦争への道」を踏み固めていったと私は考えています。
 典型例は第1次大戦中の15年に、中国につきつけた「対華21カ条要求」です。
 最大の要求のひとつはドイツが山東半島で進めていた鉄道、鉱山開発などの権益継承でした。大戦に参戦した日本は敵国ドイツの青島(チンタオ)基地を5万人の兵力で攻略し、後釜になろうとした。要求は認められ、日本軍は青島に230ヘクタールの工場用地を造成しました。
 安倍談話の歴史観を一面的と言いました。ただ、中国の20世紀の歴史を全体的、客観的に捉えることは、実はいまもなお難しい。革命によって政権が3回変わった結果、自分たちが打倒した前政権の悪いところ、遅れた点を新政権が強調したためです。
 日本が侵略した国民党時代の欠陥を共産党政権は批判し続けました。侵略した日本は悪かったけれど、当時の中国もひどい状態だったという歴史観が日本で根強いのは、その影響かもしれません。侵略を合理化する歴史観からまだ脱しきれていないのです。
 実際には国民党時代も、「21カ条要求」を受けた中華民国北京政府の時代も、近代国家形成への努力がありました。そうした中国となぜ対等な協力関係を築けず、日本は侵略や戦争を起こしたか。
 それらを客観的に振り返るためには、日本中心の内向き歴史観を克服して、アジアの隣人とも共有できる、広い視野を備えた歴史観を持つことが不可欠です。首相だけではなく日本社会全体の、「戦後70年」後の課題でしょう。
 (聞き手・永持裕紀)

*久保 亨(くぼとおる):53年生まれ。専門は中国近現代史で、主に20世紀前半の社会経済史を研究。2013年から歴史研究者の全国学会「歴史学研究会」委員長。
 














安全保障と民主主義

2015年10月21日 15時04分49秒 | 社会・文化・政治・経済
(インタビュー)国際政治学者・石田淳さん

 


朝日新聞 2015年10月16日 配信

 国民の間に広がる反対を押し切って集団的自衛権の行使を認める安全保障関連法制が成立した。来年3月までに施行される。抜け落ちていた議論は何だったのか。今後のかぎをにぎるのは「私たちの民主主義」だと指摘する国際政治の専門家、石田淳・東京大学教授に聞いた。


「歴史認識は、現在の価値観を映すとともに、将来のあり方も決定づける」=天田充佳撮影




 ――新しい安保法制をどう考えていますか。
  「まず、集団的自衛権の行使は内閣法制局による従来の憲法解釈を外れるので反対です。安全保障の根幹は国家として大切だと考えるものを守り抜くことです。その対象には、国民の生命、財産、領土だけではなく、憲法上の価値や理念も含まれる。安全保障のためとして、憲法をないがしろにしたのは皮肉なことでした」
 「安保法制を推進する立場の議論は、脅威の存在を所与のものと考える抑止論に偏っており、安全保障論を都合良くつまみぐいしたものです。欠けていた論点を考えることで、今後、どうすれば日本の安全を損なわずにすむかが、見えてくるはずです」
 ――つまみぐいとは?
 「安全保障は、『抑止』と『安心供与』の二つから成り立っています。前者は、現状を守るためには断固として武力を行使するぞ、と威嚇して現状の変更を思いとどまらせることです。後者は、こちらに不信の目を向ける勢力に対して、現状を守るため以外には武力を用いるつもりはないと約束し、不用意に挑発しないことです。相手国の不安をかきたてることなく、自国の不安を減らす。これが、本来の安全保障政策です」
 ――安保法制では、抑止力の強化しか議論していない、と。
 「戦後の日本の安全は、日米安保による抑止力のみで確保されてきたわけではありません。憲法9条の制約なしに戦後日本が再軍備していたら、アジアは緊張に満ちた地域になっていたでしょう」
 「(新しい法制は)専守防衛に徹してきた戦後日本の安全保障政策を大きく転換しました。周辺国に安心ではなく、むしろ、不安を与えることになりました。従来の首相談話を引き継ぐとする安倍談話も、誤解と不信を打ち消すシグナルとしては不十分でした」
 「安心供与は、お花畑の空論ではありません。軍備にせよ、同盟にせよ、それが防衛目的であることが相手国から見ても明らかかどうか。そこに知恵を絞るという非常に現実的な戦略です。タカに見える抑止論、ハトに見える安心供与論。安心供与なき抑止では安全は守れない。両方備えてこそ安全保障のリアリズムです」
     ■     ■
 ――タカもハトも飼う。では、安心供与の手段はなんですか。
 「多面的です。まず、自衛権の行使を必要最小限にとどめる法律の拘束力があること。そして、外交に民主的な統制がきく国だと周囲から理解されることが大切です。歴史修正主義も自制すること。敗戦国が歴史を書き換えようとしては、関係国はサンフランシスコ講和条約や東京裁判で固定したはずの戦後の現状への挑戦と受け止めますからね」
 ――自衛権行使へのしばりは安保法制で弱まった?
 「集団的自衛権による武力行使の範囲は、日本が支援する同盟国が自衛権をどう行使するかに左右されます。日本の場合、米国です。歴史を振り返ると、米国がベトナム戦争に本格的に介入するきっかけとなった1964年のトンキン湾事件から、2001年の同時多発テロ後のアフガニスタン攻撃などテロに対する武力行使まで、米国は自衛権を拡大解釈する傾向があります」
 「日本はどうかと言えば、安倍晋三首相は『日本は米国の武力行使に国際法上違法な武力行使として反対したことはありません』と国会で答弁しています。米国が自衛を掲げて乗り込む戦争に巻き込まれるリスクは高まりました」
 ――ただ、この法制の狙いはむしろ、米国を巻き込むことで、日本の安全を守りたいのでは。中国の軍拡こそ不安を与えるシグナルとなり、日本の安全保障環境の悪化が強調されました。
 「同盟の枠組みを日本に都合よく使えると考えるのは楽観的すぎます。日本は東アジアの危機への備えとして、米国は世界規模に展開する活動の補完として、それぞれ互いを期待しています。安保法制に対する双方の期待がそもそも食い違っていることは自覚しておく必要があります。同床異夢こそ、同盟の現実です」
 「また、日米が中国への不信から同盟を強化すれば、中国の側にも不安と不信が増す。相手の不安をかきたてずに自国の不安をぬぐいさることができない。安全保障のジレンマの典型です。中国の軍拡に根拠を与えるような行動をとっては緊張が高まるばかりです。日米同盟を強化するのであれば、非軍事では米国に同調せずとも何がやれるかを考えるべきです」
     ■     ■
 ――しかし、日本が安心感を与えようとしたら、日本は弱腰だぞ、御しやすい、と中国が受け止める恐れはありませんか。
 「中国との間では、維持したい状態が一致していないことが最大の問題です。中国はアヘン戦争から170年余、列強に半植民地化される前の原状を回復しているつもりでいます。領土紛争も彼らにとって、国権回収の文脈にあります。現状を不当と考える相手に、現状の変更を威嚇によって思いとどまらせる抑止政策は、容易には成功しません。互いの不信を増幅させないためには不断の努力が必要で、終わりはありません」
 ――それに、一党独裁の中国に、民主的統制は期待できないのではないですか。
 「中国の体制や内部の人々の意識を固定的に考えず、民主的な社会に変わるように促す努力も必要です。また、日本を見ているのは中国だけではない。例えば、韓国や北朝鮮が日本の『自制』をどう評価するかも重要です」
 「中国への不安は国連では対処できません。彼らが安全保障理事会の常任理事国として拒否権を持つからです。それだけに、東アジアでこそ多国間の協議の場が必要なのに、進まないのは残念です。特に韓国との協調が必須で、韓国との関係改善なしに中国や北朝鮮の脅威に備えようとするのは現実的ではない」
     ■     ■
 ――一方、日本は民主主義国家として、制度としての統制がきくのでは。
 「民主主義は政府と国会の中だけにあるものではありません。日々の人々の政治的な発言も含むものです。その意味で国会前の抗議デモも一部分といえる。国民が納得できる議論を必要とする国であることが、海外からみれば、日本は簡単に武力行使には踏み出さないという安心感につながります。情報公開や事後検証を厳しく求める国民を前にしては、軽々に戦争に踏み出したら政権すら失いかねず、そんなことはしないだろう、と思われるからです」
 「戦争は、非戦闘員も含む双方の国民の生命を奪い、人権を侵すものです。戦時のみならず平時においても、人間の権利を簡単に侵害できない国であることが、関係国の安心感につながります」
 「ただし、安全保障のコストを国民が感じなければ、政府の裁量の幅が膨張してしまう。たとえば、米軍基地が沖縄に集中し、負担と犠牲が局地化しています。原子力発電所の問題にも共通していますが、政策の負担が特定の地域の有権者に限られる場合には、監視や批判が広がりにくい」
 ――米国との関係で、自立した判断ができるかも心配です。
 「過去を振り返ると、日本が安全保障の分野で、米国を離れて独自に判断できたとは思えない。例えば、核兵器の日本への持ち込みについて、時の首相は『非核三原則』に基づき、米国との事前協議を通じて拒否権を確保しているので持ち込みはない、と断言していましたが、黙認する密約があった。イラク戦争についても、日本政府は仏独と異なり、米国に対して批判的な立場は取らなかった。イラク攻撃の根拠とされた大量破壊兵器が存在していなかったことが明らかになった後も、英国のような事後検証もしていません」
 「将来、国会が存立危機事態を認定して、集団的自衛権の行使を事前承認しようとするとき、政府は十分な情報を提供するでしょうか。仮に政府が情報を隠したり、うそをついたりして、国会の判断を誤らせた場合、政権与党は責任を問われ、野党に転落するのでしょうか。政府与党が権力を過信できない社会であることを示すことが、周辺国の不信を和らげる安心のメッセージとなるのです」
     *
 石田淳(いしだ あつし) 1962年生まれ。東大教授。リアリズムを踏まえた理想主義的な国際政治の論客として知られる故坂本義和東大名誉教授に学ぶ。
 
 ■取材を終えて:「タカ」を飼うだけでは安全は守れない。「ハト」の知恵と声は十全だろうか。安全保障環境の悪化にせよ、米国追従の外交にせよ、所与のものとせず、そうならない条件をどうつくるか。安保法制が成立したあとも、いや、成立したからこそ考えるべきことは多いと思った。「民主」の国のひとりとして。(編集委員・吉岡桂子)





△▼厚生労働省▼△

新着情報配信サービス

      10月19日 10時 以降掲載

○ 大臣会見等

・平成27年10月16日付大臣会見概要
http://wwwhaisin.mhlw.go.jp/mhlw/C/?c=215169



┏━━━━━━━━━━━【PMDAメディナビ】━━━━━━━━━━━━━┓

 「製薬企業からの医薬品の適正使用等に関するお知らせ」 ( 2015/10/20配信 )

┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛

本日、「製薬企業からの医薬品の適正使用等に関するお知らせ」のページに、
以下の情報を掲載いたしましたのでお知らせいたします。

酸化マグネシウムによる高マグネシウム血症について
(酸化マグネシウム製造販売会社各社)
http://www.pmda.go.jp/files/000207871.pdf

■本剤投与中に高マグネシウム血症を起こし、
重篤な転帰をたどった症例が多数報告されています。

■長期間投与している患者さん、腎障害を有する患者さんや高齢の患者さんでは
高マグネシウム血症を起こしやすくなっております。

■特に便秘症の患者さんでは、腎機能が正常な場合や通常用量以下の投与であっても、
高マグネシウム血症を起こし、重篤な転帰をたどる例が報告されています。

■本剤の投与に際しては、高マグネシウム血症の発症・重篤化防止、早期発見のため、
以下の事項にご留意ください。

・処方に際しては、必要最小限の使用にとどめてください。

・長期投与又は高齢者へ投与する場合には
定期的に血清マグネシウム濃度を測定するなど特に注意してください。

・嘔吐、徐脈、筋力低下、傾眠等の症状があらわれた場合には、
服用を中止し、直ちに受診するよう、患者さんにお伝えください。

※患者さん向けに自覚症状等を説明したリーフレットも掲載しておりますので、
ご活用ください。


(関連情報)「使用上の注意の改訂指示(医薬品)」発出のお知らせ
http://www.pmda.go.jp/safety/info-services/drugs/calling-attention/revision-of-precautions/0293.html














放送大学:政権批判の問題文削除 

2015年10月21日 15時00分46秒 | 社会・文化・政治・経済

「検閲」に無自覚
>

大石泰彦・青山学院大教授(メディア倫理)の話

毎日新聞 2015年10月20日 東京朝刊

「放送大学が放送法との関係で微妙な立ち位置にあるのは確かだが、大学である以上、学問の自由や自治はある。また、放送法が定める公平性は、一つの番組ではなく、放送局の番組全体を見て担保されていればいいというのが定着した政府見解で、個々の試験問題まで公平性は要求されていないはずだ。社会問題を扱う科目では、教員のスタンスを切り離して考えることはできない。異議を唱える人もいるだろう。だが、問題文の特定の部分が不適切かどうかは、大学ではなく教員自身が考えるのが原則だ。大学側は、検閲的な行為をすることの危険性に無自覚なのではないか」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

放送大学:政権批判の問題文削除 
単位認定「試験に不適切」――学生の苦情に反応

毎日新聞 2015年10月20日 東京朝刊
 今年7月に出された放送大学の単位認定試験問題を巡り、大学側が「現政権への批判が書かれていて不適切」として、試験後に学内サイトで問題を公開する際、該当部分を削除していたことが分かった。この部分は安全保障関連法案を念頭に置いたもので、当時は国会審議中だった。一般的に担当教員の裁量があるとされる単位認定試験に対し、今回の大学側の対応は論議を呼びそうだ。【日下部聡】
 この問題は、客員教授の佐藤康宏・東京大教授(60)=美術史=が、7月26日に670人が受けた「日本美術史」の1学期単位認定試験に出題した。画家が戦前・戦中に弾圧されたり、逆に戦争に協力したりした歴史を解説した文章から、画家名の誤りを見つける問題だった。
 問題視されたのは問題文の導入部5行。「現在の政権は、日本が再び戦争をするための体制を整えつつある。平和と自国民を守るのが目的というが、ほとんどの戦争はそういう口実で起きる。1931年の満州事変に始まる戦争もそうだった」「表現の自由を抑圧し情報をコントロールすることは、国民から批判する力を奪う有効な手段だった」などとあった。
 放送大は単位認定試験の過去問題と解答を学生ら関係者だけがアクセスできるサイトに公開している。佐藤氏によると、7月28日に大学の事務担当者から「学生から疑義があった」として、学内サイト公開前に問題の削除や修正を求められた。
 担当者から来たメールに添付された「学生からの疑義」には「現在審議が続いている事案に対して、このようなことをするのは問題」「思想誘導と取られかねない愚かな行為」などと書かれていた。
 大学側は、試験に対する質問を受け付ける学内のオンラインシステムに試験当日、1人の学生から苦情が寄せられたとしている。問題は事前に複数の専任教員による校正を受けたが、特に指摘はなかったという。
 佐藤氏が大学側の求めを拒むと、該当部分の削除を通告する文書が8月上旬、宮本みち子副学長名で届いた。削除理由として「現政権への批判が書かれているが、設問とは関係なく、試験問題として不適切」「現在審議が続いているテーマに自説を述べることは、単位認定試験のあり方として認められない」と記されていた。
 これに対し佐藤氏は納得せず、昨年度から2019年度まで6年間の契約だった客員教授を今年度限りで辞めると大学側に伝えた。佐藤氏は「学生に美術史を自分のこととしてリアルに考えてほしかったので、この文を入れた」と説明した。その上で「大学は面倒を恐れて先回りした。そういう自主規制が一番怖い」と話す。
 放送大の来生 新(きすぎ しん)副学長は「学問や表現の自由には十分配慮しなければいけないが、放送大学は一般の大学と違い、放送法を順守する義務がある。試験問題も放送授業と一体のものと考えており、今回は放送法に照らし公平さを欠くと判断して削除した」と話した。
 放送法4条は放送局に対し「政治的に公平である」「意見が対立している問題は、できるだけ多くの角度から論点を明らかにする」ことを求めている。

 ◇放送大学:文部科学、総務両省所管の特別な学校法人が運営する通信制大学で、1983年に設立された。授業は主にテレビ、ラジオ、インターネットの番組で行われるが、単位認定試験は全国各地の大学施設で行われる。今年度の学生数は大学・大学院合わせて約8万9000人。

今年は救済制度特設サイトのトップページをリニューアル

2015年10月21日 14時56分53秒 | 医科・歯科・介護
┏━━━━━━━━━━━【PMDAメディナビ】━━━━━━━━━━━━┓

メディナビにご登録いただいている医療関係者の皆様へ ( 2015/10/19 配信)
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛

日頃よりPMDA業務にご理解、ご協力いただき大変ありがとうございます。
今年も医薬品副作用被害救済制度集中広報の時期となりました。
今年は救済制度特設サイトのトップページをリニューアルし、CM放映内容の動画視聴が可能となっています。
特設サイトには救済制度について患者の皆様方にお伝えいただきたい内容のページも用意していますので、医療関係者の皆様からも是非患者の皆様に制度のご案内を頂ければ幸いです。

救済制度特設サイト
http://www.pmda.go.jp/kenkouhigai_camp/index.html

医療関係者の皆様へ
http://www.pmda.go.jp/kenkouhigai_camp/general04.html


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PMDA(医薬品医療機器総合機構)健康被害救済部企画管理課
・健康被害救済制度ホームページ
 http://www.pmda.go.jp/relief-services/index.html
・救済制度のご相談は
 kyufu@pmda.go.jp

怒りを魚釣りで紛らわせていた

2015年10月21日 06時42分08秒 | 日記・断片
写真:小掘地区と古利根の光景

昨日は、久しぶりに「小掘(おおほり)の渡し」で船に乗る。
高齢者は無料。
昔、取手付近で利根川は今よりも南側に大きく蛇行していた。
明治の末、国はこの地域を水害から守るために川の流れを直線に変えた。
そして新たに堤防を築く大改修工事を行った。
工事は大正9年に完成したが、利根の流れは様相を変え、それまで取手側に位置していた井野村小掘地区は新しい川道の南側へ分断された。
川で分断されたのだから交通・生活に不便をきたした。
そこで小掘地区の村民は、工事に先立つ大正3年、自分たちの手で渡し舟の運行を始めた。
渡しは100年の歴史となった。
渡し舟は昭和42年には取手町営となった。
そして、平成11年に取手市営の小掘循環バスが開始するまで、小学生、中学生の通学や地域住民の日常生活の足として活躍した。
以上の説明は船のスピーカーから流れてきた。
当時の川幅は約70㍍。
現在、川幅は240㍍に広げられた。
渡しは上、中、下の3箇所あった。
思えば渡し舟に乗ったのは釣りに行った時代。
55歳で日本歯科新聞社をリストラになって日々、怒りに燃えながら釣りをしていたのだ。
年齢がネックとなって再就職はままならない。
怒りを魚釣りで紛らわせていた。
当方は、株主の意向で次期社長の可能性があっただけに、立場的に自尊心も傷ついていた。
ところが、当時の社長は6年間も株主総会を開かなかった。
創業者で会長・主筆の当方の恩人の横田眞次郎さんが抗議したが、社長はそれを黙殺し続けた。
その創業者の横田さんは戦前、産経新聞社の満州総局長だった。
早稲田大学でロシア文学を学んだ知識人・エリート。
学生時代は共産党員でもあり官憲を逃れ1930年代にはドイツに滞在していた。
昨日、渡し舟に乗って、悶々とした日々を悪夢のように思い出した。