「愛の終焉」2)
「雪子さんが、頻りに逢いたがっています」美貴の電話の声が嘲りのように茂の耳に蘇った。
芝居じみた雪子の言動が美貴を突き動かせたようにも思われ、茂は水を突然浴びせられたような冷やかな気持ちとなった。
トイレから戻ってきた雪子は、アイシャドーを落としていた。
眼鼻立ちがはっきりしていて、クッキリとした二重瞼の雪子はアイシャドーなど必要ではなかった。
いわゆる濃い目もとに映じるのだ。
「先ほどまで、美貴と一緒だったの。しげちゃんによろしくって言ったわ。あの子、心はとてもきれいなの。しげちゃんこれからどうする?どうしたいの?今夜はしげちゃにつき合うわね」
「僕、今夜、危ないかもしれませんよ」茂は半分投げ遣りの気分で言い放った。
「どうしたのしげちゃん。私のよいお友だちでいなくなるってこと?そんなしげちゃんに会うため呼び出したわけではないのよ。分かる?」
雪子は、茂の心をはかりかねている様子で、小首を傾けると、哀しげな表情を浮かべた。
「しげちゃんまで、私の居場所をなくすの? 今、私は一番しげちゃんを必要としているのよ。」
「僕は・・・」茂は行方不明の雪子を必死で探し回ったことを言おうとした。
当時は感情が暴走しそうであった。
その時の気持ちを吐き出したら、もう引き返せなくなると、感情にブレーキがかかった。
感情を爆発させたら彼女の人格をも傷つけてしまい、茂自身の品格をも下げてしまうと思ったのだ。
茂は狂おしい気持ちで雪子を探し回ったことを言いだせなかった。
茂は自身の気持ちに正直に成り切れぬ不甲斐なさに腹を立てていた。
「恋情」は独り歩きし、膨れるばかりであったのだ。
許容範囲を超えるまで想いが募ると見える物も見えなくなった。
実際それは、駄駄っ子のような厄介な感情であった。
「しげちゃん、今夜、アパートに連れて帰れないの。美貴と一緒に住んでいることは、先日言ったでしょ。どこかのホテルに部屋を取って、今夜語り明かしましょうね」
雪子は席を立った。
その姿に人の視線が注がれた。
雪子は背筋をすっきり伸ばし、ファッションモデルのような身のこなしで、出口へ向かった。
この日はミニスカートではなく、ロングドレスであった。
雪子は拘りを持って黒地を基調とする服装を好んだ。
それは誰かの死に対して喪に服しているようであった。
そうでなければ、濃紺と赤の取り合わせの衣服を選択していた。
2人は「アマンド」の窓から見えていた青山通りの向かい側の「ホテルニュージャパン」へ向かって歩いて行く。
欧米人と思われるコールガールがロビーにたむろしていた。
評判の良くないホテルであったが、茂はタクシーでどこかへ行く気持ちになれなかった。
その日、茂が雪子とホテルへ行った最初で最後であった。
部屋はほぼ満室であり、最上階のツインルームとなる。
雪子はホテルに慣れ切っている素振りで、先に立って歩いて行く。
行方不明になる前に、雪子に嘘が多くなっていた。
茂は見えない雪子の影の部分に何とか光を当てようとした。
「しげちゃん、良いお友だちの関係でも、心は全て開けないのよ。分かる?そんな権利、しげちゃんにはないでしょ!」
1年前も雪子はお金を必要としていた。
雪子は何故、お金を必要としていたのか?
肝心な部分については、答えをはぐらかしていた。
「僕の眼にハッキリ見えるようにしてください」茂は苛立ちまぎれに懇願した。
悪夢のような1年前を反芻していた時、エレベーターが最上階に到着した。
赤坂の土地柄にしては、ビジネスホテルのような安普請のホテルの印象であった。
雪子は部屋のキーを振り回しながら先に立っと速足になった。
茂は雪子のハイヒールに眼をとめた。
それは2年前、雪子が実家の大阪へ帰る日、茂がプレゼントしたイタリア製のものであった。
雪子が銀座の靴店で自ら選んだもので、意匠として雪子が好んだプラチナ色の縁取りがあるハイヒールであった。
「僕はいったい、貴方の何なのですか?」部屋のドアにキーを差し込んでいる雪子の背中に問いかけた。
「しげちゃんどうしたの?そんな怖い顔して、おバカさんね。2人は離れようと思っても離れられないのよ」茂に微笑みかけながら、雪子がドアーを開けた。
「この微笑みに心が囚われたのだ」と茂は認めざるをえなかったのだ。
茂は部屋に入るのをためらった。
「どうしたの?しげちゃん、入って、廊下でなんか、お話できないでしょ」
雪子は優しく微笑みかけた。
まるで姉が弟に接するように茂の頭に手を置いて「おバカかさんね」と茂の眼を覗き込んだ。
茂が部屋に入ると雪子は後手でドアーをロックし「テレビでも見ようか」と無邪気な感じで言った。
茂はテレビなど見る気持ちにはなれなかった。
「雪子さんが、頻りに逢いたがっています」美貴の電話の声が嘲りのように茂の耳に蘇った。
芝居じみた雪子の言動が美貴を突き動かせたようにも思われ、茂は水を突然浴びせられたような冷やかな気持ちとなった。
トイレから戻ってきた雪子は、アイシャドーを落としていた。
眼鼻立ちがはっきりしていて、クッキリとした二重瞼の雪子はアイシャドーなど必要ではなかった。
いわゆる濃い目もとに映じるのだ。
「先ほどまで、美貴と一緒だったの。しげちゃんによろしくって言ったわ。あの子、心はとてもきれいなの。しげちゃんこれからどうする?どうしたいの?今夜はしげちゃにつき合うわね」
「僕、今夜、危ないかもしれませんよ」茂は半分投げ遣りの気分で言い放った。
「どうしたのしげちゃん。私のよいお友だちでいなくなるってこと?そんなしげちゃんに会うため呼び出したわけではないのよ。分かる?」
雪子は、茂の心をはかりかねている様子で、小首を傾けると、哀しげな表情を浮かべた。
「しげちゃんまで、私の居場所をなくすの? 今、私は一番しげちゃんを必要としているのよ。」
「僕は・・・」茂は行方不明の雪子を必死で探し回ったことを言おうとした。
当時は感情が暴走しそうであった。
その時の気持ちを吐き出したら、もう引き返せなくなると、感情にブレーキがかかった。
感情を爆発させたら彼女の人格をも傷つけてしまい、茂自身の品格をも下げてしまうと思ったのだ。
茂は狂おしい気持ちで雪子を探し回ったことを言いだせなかった。
茂は自身の気持ちに正直に成り切れぬ不甲斐なさに腹を立てていた。
「恋情」は独り歩きし、膨れるばかりであったのだ。
許容範囲を超えるまで想いが募ると見える物も見えなくなった。
実際それは、駄駄っ子のような厄介な感情であった。
「しげちゃん、今夜、アパートに連れて帰れないの。美貴と一緒に住んでいることは、先日言ったでしょ。どこかのホテルに部屋を取って、今夜語り明かしましょうね」
雪子は席を立った。
その姿に人の視線が注がれた。
雪子は背筋をすっきり伸ばし、ファッションモデルのような身のこなしで、出口へ向かった。
この日はミニスカートではなく、ロングドレスであった。
雪子は拘りを持って黒地を基調とする服装を好んだ。
それは誰かの死に対して喪に服しているようであった。
そうでなければ、濃紺と赤の取り合わせの衣服を選択していた。
2人は「アマンド」の窓から見えていた青山通りの向かい側の「ホテルニュージャパン」へ向かって歩いて行く。
欧米人と思われるコールガールがロビーにたむろしていた。
評判の良くないホテルであったが、茂はタクシーでどこかへ行く気持ちになれなかった。
その日、茂が雪子とホテルへ行った最初で最後であった。
部屋はほぼ満室であり、最上階のツインルームとなる。
雪子はホテルに慣れ切っている素振りで、先に立って歩いて行く。
行方不明になる前に、雪子に嘘が多くなっていた。
茂は見えない雪子の影の部分に何とか光を当てようとした。
「しげちゃん、良いお友だちの関係でも、心は全て開けないのよ。分かる?そんな権利、しげちゃんにはないでしょ!」
1年前も雪子はお金を必要としていた。
雪子は何故、お金を必要としていたのか?
肝心な部分については、答えをはぐらかしていた。
「僕の眼にハッキリ見えるようにしてください」茂は苛立ちまぎれに懇願した。
悪夢のような1年前を反芻していた時、エレベーターが最上階に到着した。
赤坂の土地柄にしては、ビジネスホテルのような安普請のホテルの印象であった。
雪子は部屋のキーを振り回しながら先に立っと速足になった。
茂は雪子のハイヒールに眼をとめた。
それは2年前、雪子が実家の大阪へ帰る日、茂がプレゼントしたイタリア製のものであった。
雪子が銀座の靴店で自ら選んだもので、意匠として雪子が好んだプラチナ色の縁取りがあるハイヒールであった。
「僕はいったい、貴方の何なのですか?」部屋のドアにキーを差し込んでいる雪子の背中に問いかけた。
「しげちゃんどうしたの?そんな怖い顔して、おバカさんね。2人は離れようと思っても離れられないのよ」茂に微笑みかけながら、雪子がドアーを開けた。
「この微笑みに心が囚われたのだ」と茂は認めざるをえなかったのだ。
茂は部屋に入るのをためらった。
「どうしたの?しげちゃん、入って、廊下でなんか、お話できないでしょ」
雪子は優しく微笑みかけた。
まるで姉が弟に接するように茂の頭に手を置いて「おバカかさんね」と茂の眼を覗き込んだ。
茂が部屋に入ると雪子は後手でドアーをロックし「テレビでも見ようか」と無邪気な感じで言った。
茂はテレビなど見る気持ちにはなれなかった。