信仰と組織の関係

2016年08月05日 13時35分47秒 | 社会・文化・政治・経済
信仰が個人の内面の自由に基づいているのに対して、組織はともすれば人間を外側から拘束するものになりかねない。
各人の信仰を深化するための手段として、組織は必要である。
一人ひとりの向上に焦点を合わせて、個人指導を一切の活動の機軸にする。

多くの宗教教団は、所期の目的を達成してしまうと、内部的矛盾が露呈してくるものである。
その弊害に陥らないためには、常に目的意識の高揚と、誠意と真心で結ばれた人間関係が不可欠になる。
つまり、組織は人間のためにあるという原点を常に見失うことなく、誠意と真心という人間性の絆が強靭であることが、組織主義の弊害を克服する力となる。
オックスフォード大学のウィルソン社会学教授

継続的な、経済的・人的な統合にこそ、未来への希望

2016年08月05日 08時39分20秒 | 社会・文化・政治・経済
米中、日中の国交が回復した1970年代は、希望と楽観的見通しに満ちていました。
1972年の日中共同声明、1978年の日中平和友好条約には、友情と平和的な協力を結ぼうという強い意志が表明されています。
日本と中国はそれ以来、経済的・人的レベルでの広範はネットワークを築いてきました。
これは、米国およびその他の国々と中国の関係についても同様です。
私は、継続的な、経済的・人的な統合にこそ、未来への希望があると信じています。
今日の日中両国に見られるような武力の誇示や威嚇では、未来の安定は成し遂げられないのです。
ジョン・W・ダワー・マサチューセッツ工科大学名誉教授

同名誉教授は、サンフランシスコ講和条約に、日韓との緊張の淵源があると指摘する。
連合軍48か国と結んだが、ソ連は会議に参加したものの署名しなかった。
中国と台湾は代表として招くことが忌避された。
韓国は朝鮮戦争(1950~53年)で加われなかった。
それこそが、「尖閣」「竹島」の領土問題が今日までくすぶり続ける背景である。
条約の発効後、日本は平和国家を歩み、経済発展を優先させることができた。

労苦の中で創造的人間ができる

2016年08月05日 07時47分23秒 | 社会・文化・政治・経済
「人なぜは勉強するのか?」
この問いをさらに突き詰めると、「人はなぜ生きるのか」との問いに行き着くことになる。
これは哲学の問題だ。
「鋼鉄はいかに鍛えられたか」
「人間にあって最も貴重なもの―それは生命である。それは人間に一度だけあたえられる」
どのように生き抜くのか―これは教育の目的でもある。
「労苦と使命の中にのみ、人生の価値が生まれる」
労苦の中で創造的人間ができる。
人間の内包的なものを重視し、人間主義の哲学と掲げる。
「悩みがあるから境涯が高められる」
「目の前の人を励ます」

人間を手段化する思想との戦い

2016年08月05日 06時46分14秒 | 社会・文化・政治・経済
権力は腐敗する。
また、人は一時期、心が燃え立つように思い奮い立つが、堕落が始まり、腐敗していく。
結果として「誓い」さえ、その場だけのものとなる。
人間をモノとして利用する権威・権力の魔性。
その根底には「元本の無明」がある。
生命に本来具わる「元本の法性」
「悪を戦うからこそ、自身の胸中の悪を滅ぼすことができる」
釈尊は、徹底して悪を責めた。
実は、悪を責めることで悪人を目覚めさせることができる。
正義の声を聞くことで、悪人の心に眠っていた仏性(法性)が動きだすからだ。
悪を知り、責め続けることが、悪の拡大を防ぐ最善の慈悲の行動。

今週の日曜日はファミリー大会

2016年08月05日 06時10分53秒 | 日記・断片
八坂神社の祭りが終わった早朝、道路に黒いもものが見えた。
猫でも死んでいるのかと思ったらカラスであった。
カラスは、道路に落ちていたものを食べていた。
歩行者天国となった新道は、カラスを引き寄せていて、3羽のカラスが道路に落ちているものをついばんでいたのだ。
「祭りが終わり、次は花火だ」と出会った新川さん(仮名)が言う。
道路規制の看板が、入れ替わっていた。
そこには8月13日、午後6時から新道の交通が閉鎖さることが記されていた。
今週の日曜日は、白山の金毘羅神社の祭り。
カラオケは6時。レイモンド松屋の「夜明けのブルース」を歌う予定。
午後3時から地元会館でのファミリー大会。
今週は忘れて合唱の練習を休んでしまった.
何時も歌っている曲なので、ぶっつけ本番でも大丈夫だろう。
ファミリー大会では、昨年も合唱で参加したが、苦手な英語の歌詞であったが、紙を手に何とか誤魔化した。
子どもと共に向上する、躍進する夏である。
どの子も皆、無限の可能性を秘めている。
その可能性を信じ、引き出していく、希望とロマンの子どもの育成だ。
「私も皆のように輝きたい」と子どもたちが思ってくれることを期待したい。
子どもと交流する活動に参加している友人が運営に関わっている[ファミリー大会]協力したい。