土浦の山田富雄が9レースで負けて「お帰りだ」と利根輪太郎に告げて、肩を落として、特別観覧席を後にする。
交通費とタバコ代を確認して、9レースで勝負していたのだ。
「帰り車に乗って行けよ」と言ったのは、山田の近所に住む知人二人連れでだったが、車券を買う金がを失った失った山田にとって最終レースまで居ることの意味がない。
その気持ちは利根輪太郎にも分かっていた。
「金回そうか?」と守谷の海老原和洋が言うが、金を借りてまで車券を欠くことを山田は避けていた。
輪太郎は度々、競輪仲間から金を回してもらっていたが、ほとんで効果を得ることができない。
宮元武蔵が「土浦の山田君どうした」と輪太郎に尋ねる。
「帰りましたよ」
「帰ったか。よほど金がないんだな」10万円を持って競輪場へ姿を見せる人は今日ほとんどいない。
バブルの頃にいい思いをしてきた競輪ファンの大半が年金生活者であり、持っていても5000~1万円ほどであろう。
この日、さすがの武蔵も3レースで8万円を失っていた。
そして最後の11レースで確信を持って、3-9を軸に3連単勝負に出た。
前橋競輪の場外発売である。
1番人気は8番太田竜馬(109期 21歳 徳島)-3番金子貴志(75期 41歳 愛知)のライン。
金子選手は2日間を1着で勝ち切り、決勝戦に臨んでいた。
最近は111・94の持ち点であるが、前期116・03で格上。
一方、対抗するラインは7番根田空史(94期 28歳 千葉)-1番海老根恵太(86期 39歳 千葉)-4番東龍之介(96期 27歳神奈川)の南関東であり、
取手周辺に住んでいる競輪ファンの中には南関東ラインでの思いれもあった。
だが、前橋で1勝もしていない海老根選手を武蔵は車券の対象から外した。
選手にとって、競輪場との相性というのがあるのだ。
武蔵が注目したのが9番和田圭選手(92期 31歳 宮城)であった。前橋競輪場で4勝しているのを確認していた。
3番盛澤太心(96期 31歳 秋田)-9番和田圭選手をラインを重視した。
盛澤太心選手は前橋競輪場で1勝もしていない。
そこで2番選手を軽視したのだ。
軸の金子選手も前橋競輪場で4勝しているので、勝機を逃さないと確信が持てた。
レース巧者のベテラン金子選手は、武蔵が想定したとおりに、捲って(追い込み)きた7-1-4ラインをブロックして、その勢いを止めて失速っさせて後方に退けた。
走る格闘技である競輪競技ではブロック(押し上げ、競争妨害)は許されている。
これが競馬とは違う競争ルールである。
ただし、相手を落車させたり、車体を故障させれば失格となる。
1着番3金子 貴志
2着9番和田 圭1/2車身
3着2番守澤 太志1/4車輪
4着5番牛山 貴広1/2車身
5着8番太田 竜馬3/4車身
6着6番江連 和洋3/4車輪
7着4番東 龍之介 1車身
8着1番海老根 恵太 大差
9着7番根田 空史 大差
配当 3-9-2 8280円 武蔵は1万円買っていたので、82万2800円を払いもどしたが、不調続きですでに50万円を失っていた。
「競輪は相撲と同じ8勝7敗でいいんだ」と輪太郎に言う。
2車単と2車複車券買いの輪太郎は、武蔵の予想に乗り、3-9の腹勝500円。3-9の2車単300円。3-9 2210円X500円=1万1050円
3-9 2550円X300円=7650円
合計1万8700円
「2車複も結構、よい配当になるんだな」と武蔵は言う。