「生命尊厳」の哲学を時代精神にして、世界精神として定着させる。
弱々しく、もの悲しい哀歌では、人々を覚醒することはできない。
汝自身の中に眠る、尊極なる生命に皆を目覚めさせるていく、鮮烈な「哲学の鐘」が必要なのである。
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「鐘は愛すべき人達を集めて
和合させ、親密に団結させるのだ。
そしてこれが鐘の今後の使命だ」
「平和こそこの鐘の第一の響きであれ」
「鐘の歌」ドイツの詩人シラー
音楽(歌)は心の栄養だと思う。
心地よいメロディーを聴くと、落ち込んでいても気持ちが軽く、前向きになる。
音楽には、人生を後押しする力がある。
東日本大震災、津波被害地での<希望コンサート>。
コンサートによる励ましは、会場の児童・生徒だけにとどまらない。
心豊かに地域の人々を結ぶ。
発足から計18回の議論を重ねる
周辺自治体、千葉県の21市町村から45人を招き会議も。
平成29年12月15日(金曜日)、平成29年第4回定例会最終日に、7人の女性市議によって「女性議員による議会改革特別委員会」設置が提案され、議会はこれを賛成多数で決定しました。
12月18日(月曜日)には、今後、委員会として審査していく課題やその運営方法を討議しました。
委員会の構成
- 名称
女性議員による議会改革特別委員会
- 委員長
池田 慈(めぐみ) - 副委員長
小池 悦子 - 委員
石井 めぐみ・阿部 洋子・齋藤 久代・遠山 智恵子・加増(かぞう) 充子 - 審査目的
「妊娠、出産、育児等と議会活動に関すること」「議会運営及び議事堂における女性の視点からの改革に関すること」 -
- 審査期間
平成30年第2回定例会が閉会するまで。(第2回定例会とは、例年6月に開催している定例会です。)
左から阿部委員、石井委員、齋藤委員、池田委員長、小池副委員長、加増(かぞう)委員、遠山委員
- 審査期間
法華経方便品には「如我等無異」という言葉が出てきます。
「我が如く等しくして異なること無からしめん」と読みます。
釈尊(仏)の根本の願いを「如我等無異」と説いています。
我とは釈尊のことです。
全ての人を釈尊(仏)と同じ境涯に高めることが悲願なのです。
仏の目的は、衆生を仏にすることです。
どんな人も仏の生命を具え、無限の可能性を持った存在であるであるゆえに、一人も残らず幸福にしたい―それが釈尊(仏)の根本の願いなのです。
民衆一人一人に内在する仏性を信じ、敬うことを釈尊は、法華経で説いたのです。
その意味で、<生命の尊厳を説いた法華経>は優れています。
「王の画家にして、画家の王」と讃えられた。
ヨーロッパ王侯貴族がこぞって彼の絵を欲しがった。
必然的に「幸福な画家」と呼ばれた。
時代と注文主を考慮した絵ともなった。
[企画展示室]
ルーベンス展―バロックの誕生
- 会期:
- 2018年10月16日(火)~2019年1月20日(日)
- 開館時間:
- 9:30~17:30
毎週金・土曜日:9:30~20:00
(ただし11月17日は9:30~17:30まで)
※入館は閉館の30分前まで - 休館日:
- 月曜日(ただし12月24日、1月14日は開館)、2018年12月28日(金)~2019年1月1日(火)、1月15日(火)
- 主催:
- 国立西洋美術館、TBS、朝日新聞社
- 後援:
- ベルギー大使館
イタリア大使館
ベルギー・フランダース政府観光局
BS-TBS
TBSラジオ - 特別協賛:
- 大和証券グループ
- 協賛:
- NISSHA株式会社
あいおいニッセイ同和損保
三井物産
東日本旅客鉄道株式会社
シュガーレディグループ - 協力:
- アリタリア
日本貨物航空
日本航空
日本通運
ルフトハンザカーゴ AG
ルフトハンザ ドイツ航空
西洋美術振興財団 - 観覧料金:
- 当日:一般1,600円、大学生1,200円、高校生800円
前売/団体:一般1,400円、大学生1,000円、高校生600円
※上記前売券は2018年7月2日(月)~2018年10月15日(月)まで販売。ただし、国立西洋美術館では開館日のみ、2018年7月3日(火)~2018年10月14日(日)まで販売。
前売券の販売場所はこちらでご確認ください。
※2018年10月16日(火)からは当日券販売。
※団体料金は20名以上。
※中学生以下は無料。
※心身に障害のある方および付添者1名は無料(入館の際に障害者手帳をご提示ください)。 - 関連書籍:
- ルーベンス展―バロックの誕生
展覧会カタログ
2018年発行、291頁、高さ29.6cm
ISBN:978-4-906908-24-3
マントヴァ公からの金銭的援助を受けたルーベンスは、モンタルト枢機卿への推薦状を手に1601年にフィレンツェを経由してローマを訪れた。
ローマでは古代ギリシア、古代ローマの芸術作品に触れ、イタリア人芸術家たちの作品の模写に務めている。
とくにヘレニズム様式の彫刻『ラオコーン像』や、イタリア・ルネサンスの巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロの作品がルーベンスに大きな影響を与えた。
また、当時のローマ画壇で最先端だった画家カラヴァッジョの作品が持つ高度な自然主義表現にも影響を受けた。
後にカラヴァッジョの『キリストの埋葬』の複製画を制作したほか、マントヴァ公からの依頼を受けて、現在はパリのルーヴル美術館が所蔵するカラヴァッジョの『聖母の死』の買い付けも手配した。
また、アントウェルペンのドミニコ会修道院による、現在はウィーンの美術史美術館が所蔵するカラヴァッジョの『ロザリオの聖母』の購入にも協力している。
ルーベンスはこのローマ滞在時にサンタ・クローチェ・イン・ジェルサレンメ聖堂からの依頼で、最初の祭壇画『聖へレナと聖十字架』を完成させている。
ルーベンスは1603年に、マントヴァ公からスペイン王フェリペ3世への贈答品を携えた外交官としてスペインを訪れた。
ルーベンスはこのスペイン滞在中に、先代のスペイン王フェリペ2世が収集したラファエロとティツィアーノの膨大な作品群を目にしている。
このスペイン滞在中にフェリペ3世の重臣レルマ公フランシスコ・ゴメス・デ・サンドバル・イ・ロハス (Duke of Lerma) を描いた『レルマ公騎馬像』には、ティツィアーノの傑作『カール5世騎馬像』などの作品からの影響が見られる。
このスペイン訪問が、その後ルーベンスが果たしていく外交官としての最初の役目となった。
ルーベンスは1604年にイタリアへと帰還し、その後の4年間でマントヴァ、ジェノヴァ、ローマを転々とした。
ルーベンスはこの時期に『ブリジーダ・スピノラ=ドリア侯爵夫人』などの肖像画を多数制作しており、マリア・ディ・アントーニオ・セッラ・パッラヴィチーニを描いた肖像画は、後世の画家アンソニー・ヴァン・ダイク、ジョシュア・レイノルズ、トマス・ゲインズバラらの作品にも影響を与えた。
1606年から1608年にかけてはほとんどの時期をローマで過ごした。
このときに、ルーベンスが肖像画を描いたマリア・パッラヴィチーニの兄にあたる枢機卿ヤコポ・セッラの尽力もあって、当時ローマで新築された教会キエーザ・ヌオーヴァ(サンタ・マリア・イン・ヴァリチェッラ聖堂)の主祭壇画制作という重要な依頼を受けている。
この祭壇画には、古のローマ教皇グレゴリウス1世とローマにちなむ聖人たちが、天使が掲げる聖母子の肖像を見つめている場面が描かれている。
祭壇画の最初のヴァージョンは、現在グルノーブルの美術館が所蔵する、一枚のキャンバスに描かれたものだったが、間もなく3枚の石板に描き直したものに置き換えられた。
現在もキエーザ・ヌオーヴァに安置されている、サンタ・マリア・イン・ヴァリチェッラで起こったといわれる奇跡を描いたこの祭壇画は、重要な祝祭日にのみ銅製のカバーが外されて一般に公開されている。
古神田川の流れは
神田川は自然河川です。流れ出した時期に関しては、不明な部分も多いのですが、考古学上貴重な遺跡がいくつか川沿いから発見されています。そのため、流路の変遷はあるものの古代より現在に近い流れ方をしていたと考えられています。
ただ、河口から中流までは江戸~東京の発展に伴って、大きく変化しています。
現在の飯田橋から隅田川まで、その流れはほぼ一直線です。自然河川がこのような流れ方をするわけがありません
現在の東京を形作ったのは、荒川と多摩川の東西に分かれたふたつの河川。
そして、当時東京湾に流れ込んでいた利根川でした。これらの川が作った平野の末端が江戸=東京です。
この平野部に流れるいくつかの中小河川も標高が低い台地に谷を刻み、地形を形作ってきました。ただ、当時は低湿地帯も多く、そこここに大きな池が点在していたことがわかっています。こうした湿地を縫うように、何本もの河川が流れていたわけです
かつての神田川は、現在の分流日本橋川が本流でした。現在の水道橋付近から、南へと流れ直接東京湾に流れ込んでいました。
この流れに関しても、いくつかの説がありますが、もっとも有力とされているのは、東京湾から内陸へと広がっていた日比谷入り江に現在の皇居前広場あたりで注ぎ込んでいたというものです。
当時は平川という名前で呼ばれていましたが、最初の人為的な流路変更は太田道灌の手で行われます
平川から神田川へ
近代明治時代の始まりまで、物資の大量輸送の花形は船でした。当時関東地方の中心であった鎌倉から、船で様々なものを運ぶために江戸湊が作られます。
江戸城から江戸湊への交通の便を考えて、平川の流路を変えたのが江戸発展の礎となります。
徳川時代になると、江戸城を囲む軍事目的と江戸市中へ水を運ぶ神田上水として、平川は利用されます。
まず、江戸城外堀として機能させるため、仙台藩に神田台地を切り崩し浅草で隅田川に合流する工事を命じます。
切り崩した台地のあたりが神田であったことから、神田川の名前が生まれます。
台地を切り崩した底を流れる神田川は渓谷の様であり、外堀としての機能のほか、江戸町民の遊び場、今で言えば絶好のプレイスポットになりました
神田川の上流、目白下関口には取水場が設けられ、ここから取水された水は江戸市中へと導かれます。
日本最初の上水道、神田上水です。
さて、元の平川の流れは現在の三崎町付近に土手を築き、神田川の流れとは一時分断されましたが、江戸湊から船便が行き来する重要な水路として機能します。
五街道の出発点、日本橋もこの流れの上に架けられました。
神田川と再び出会うのは明治時代のこと。
合流点の三崎橋近くに飯田町駅が作られ、鉄道輸送が始まります。
この駅までの船便での行き来をよりフレキシブルに行うため、土手が切り崩され再び神田川と出会うようになりました。
明治36年のことでした。
みんなの広場
投稿が掲載された教え子2000人=農業手伝い・平川克徳・74
毎日新聞2018年11月27日 東京朝刊
声・投書
紙面掲載記事(熊本県玉東町)
高校で国語の教師をしていた頃、クラスや顧問を務める部活動の生徒たちに毎日、日記を書かせ、添削し評価していた。
ちょっといい作品にはシングルヒット、さらにいい作品には二塁打、三塁打、満塁ホームランと書き添え、書くことに生徒たちを引き込んだ。
こうして文章力が向上した生徒たちに、新聞への投稿を勧めた。第1号の掲載は1977年1月。
20年を経て1000人に達した。
これがきっかけとなり、2006年6月、本紙夕刊1面(西部本社発行)に「書くことは生きる力」の見出しで、この取り組みを紹介していただいた。
その後も教え子たちの投稿は続き、全国版の「みんなの広場」でも数い多く掲載された。
掲載第1号から41年が流れ、ついに先月20日、2000人目の掲載にたどりついた。
バイトを終えて毎晩のように音楽ライブを聴きに出かける息子(フレディ)を、厳格父親は「善い行いをしなさい」とたしなめる。
成功した息子を父親なかなか評価しない。
息子は決して親を否定したわけではない、別の形で親の願いをかなえていた。
『ボヘミアン・ラプソディ』(Bohemian Rhapsody)は、2018年のイギリス・アメリカ合衆国の伝記映画。
監督
ブライアン・シンガー
脚本 アンソニー・マクカーテン(英語版)
原案
アンソニー・マクカーテン
ピーター・モーガン
ストーリー
1970年代初頭のロンドン、インド系移民出身の青年ファルーク・バルサラは音楽に傾倒し、厳格な父とは折り合いが悪く、自分のルーツを嫌って「フレディ」と名乗っていた。
ある日フレディはファンだったバンド「スマイル」のメンバーでギタリストのブライアン・メイ、ドラマーのロジャー・テイラーに声をかけ、ヴォーカリストが脱退したばかりの同バンドに見事な歌声を披露して新しいヴォーカル兼ソングライターとなり、同じく新メンバーのベーシスト・ジョン・ディーコンとともに新生バンドをスタートさせる。
同じ時期、フレディは洋服店の店員メアリー・オースティンと知り合い恋に落ちる。
「クイーン」と改名したバンドはアルバムを自主制作し、その様子を目に留めたEMIのジョン・リードは彼らをスカウト、ポール・プレンターが担当マネージャーとなる。フレディはさらに名字を「マーキュリー」に改名、デビュー・世界各国でのツアーとクイーンが躍進する中、フレディはメアリーにプロポーズする。
やがてクイーンはEMIの重役レイ・フォスターからヒット曲「キラー・クイーン」の路線を踏襲する曲を制作するよう命じられるが、同じことの繰り返しを嫌う彼らは反発する。
フレディはオペラをテーマとしたロック・アルバムを作ると提案し、郊外での曲制作とレコーディングが始まる。
メンバーの喧嘩を交えつつも、熱意を注いで完成されたアルバム『オペラ座の夜』の出来に彼らはおおいに満足する。
しかし6分という長さと斬新な構成の曲「ボヘミアン・ラプソディ」のシングルカットを、フォスターは「ラジオでかけてもらえない」と認めずクイーンと徹底的に対立。
しかしフレディ自らラジオに出演し、「本来ならラジオで聴けない曲」と同曲を独占放送、マスコミには酷評されるが大ヒットする。
キャスト
親はみんな「親の願い」を持っています。
「わが子にこうなってほしい」という願いです。
我が子をプロ野球選手に
我が子を芸能人に
我が子を自分の後継ぎに
願いはそれぞれです。
卓球の愛ちゃんは、母親の願いをかなえましたね。
願いが一致し、幸運なのは、才能を伸ばせたことです。
挫折した多くの子どももいるわけですが・・・
17時間前毎日新聞
- 袋田の滝をはじめとする自然が豊かな大子町で、中心部の活性化など町おこしに取り組むのが、NPO法人「まちの研究室」(まち研)だ。
地元の若者らが祭りや雑貨市などの多彩なイベントを仕掛けている。町のファンを増やそうと奮闘する彼ら ..
大子町の
まちおこし・まちづくりで
地域活性化を目指しています
「嫁入り」という晴れの舞台で花大子町を元気にするプロジェクト

- ①まちづくりに関する事務委託事業
- ②まちづくりに関する事業の企画・運営と人材育成に関する事業
- ③まちづくりに関するデータベースの作成に関する事業
- ④移住希望者への相談・助言・支援に関する事業
- ⑤地場産品の宣伝・開発・支援に関する事業
- ⑥FM放送局の開設,管理及び運営に関する事業
- ⑦FM放送の番組企画及び制作等に関する事業
- ⑧その他この法人の目的を達成するために必要な事業
大子・まちの研究室 イベント仕掛け町おこし /茨城
-
袋田の滝をはじめとする自然が豊かな大子町で、中心部の活性化など町おこしに取り組むのが、NPO法人「まちの研究室」(まち研)だ。地元の若者らが祭りや雑貨市などの…
(2018年11月27日 毎日新聞11:42)
- 常陸大宮・山方淡水魚館 久慈川の生態系表現 /茨城
「日本一小さな規模」をうたい文句にしている水族館に興味をひかれ、常陸大宮市山方の久慈川河畔にある「山方淡水魚館」を訪ねてみた。 久慈川水系に生息する魚の観察施…
(2018年11月20日 11:13)
- 鹿嶋・エールビール 自然栽培の材料で醸造 /茨城
鹿島神宮(鹿嶋市宮中)の門前通りに、独自に製造した香り豊かで味わい深いエールビールを提供する農家カフェ「パラダイス・ビア・ファクトリー」がある。自家栽培した麦…
(2018年11月6日 10:42)
- 城里・イノシシ革製品 駆除増加、皮を有効利用 /茨城
山で捕獲されたイノシシの皮を材料に、おしゃれな革製の小物入れや名刺入れを作っている若い女性が城里町にいる。過疎化などを背景に、イノシシによる獣害が増える中、捨…
(2018年10月30日 10:53)
- 土浦・ニコニコ珈琲 ネルドリップ、味に奥行き /茨城
おいしいコーヒーを飲むと、心も体もホッとする。そう実感させてくれる店が、土浦市下高津1にある「ニコニコ珈琲」だ。看板は、起毛した布をフィルターに使う「ネルドリ…
(2018年10月23日 12:46)
- 取手の坂道 散策の足がかりに道標12カ所 /茨城
長かった酷暑が去り、街の散策に良い季節になった。取手市は南北を流れる利根川と小貝川から中心市街地のある台地に向かって坂道が並ぶ。地元の高齢者らでつくる「取手の…
(2018年10月16日 11:07)
- 筑西・板谷波山記念館 地元に尽くした陶芸の巨匠 /茨城
下館町(現筑西市)出身で、陶芸家として初めて文化勲章を受章した板谷波山(1872~1963年)。近代陶芸界の巨匠と呼ばれる波山はどんな人だったのか。同市甲にあ…
(2018年10月2日 11:19)
- 古河・岩井眼鏡店 個性光る独自ブランド /茨城
男性向けファッション雑誌で見た、お笑い芸人が掛けていた眼鏡が、古河市にあるお店の独自ブランドと知った。すてきなデザインにひかれて訪ねてみると、そこには長い歴史…
(2018年9月25日 12:02)
- 笠間・納豆鉢 思う存分かき混ぜられる /茨城
県民のソウルフードとも言える納豆。パック容器のままかき混ぜると、箸で穴を開けてしまったり、こぼれてしまうこともしばしば。思う存分かき混ぜられる「納豆鉢」がある…
(2018年9月20日 12:14)
- 日立・ウミウ捕獲場 国内唯一、伝統漁「鵜飼」に供給 /茨城
岐阜県の長良川や京都府の宇治川、愛媛県の肱川などで継承される伝統漁「鵜飼(うかい)」に使うウミウを供給している国内唯一の捕獲場が日立市十王町伊師にある。オフシ…
(2018年9月11日 12:37)
「日産は安い労働力で利益をあげていた。労働者を犠牲にして得たお金を、ゴーン氏は自分の都合のいいように使っていた」。日産自動車テクニカルセンター(神奈川県厚木市)で働いていた阿部恭さんは、憤ります。
阿部さんは、技術派遣として日産で働いていました。2009年2月、会長だったゴーン容疑者は、同年度中に約2万人の人員削減を発表しました。阿部さんも同年3月に雇い止めに。日産に直接雇用・正社員化などを求めて裁判を起こしました。
「日産は20年ぐらいの間に様変わりした。ここ数年間で労働者だけでなく幹部もかなり辞めている」と阿部さん。日産では昨年9月に、無資格者が新車の完成検査をしていたことが発覚。今年になっても排ガス測定で不正が発表されました。
阿部さんは批判します。「労働環境が悪くなり、働いている人がいい商品をつくろうと思わなくなる。それが内部告発に連鎖している。根底にある安い労働者を使って利益を上げていく体質は変わっていない」
東京地検特捜部によると、ゴーン容疑者は10~14年度の5年度分の有価証券報告書に、実際には約99億9800万円あった報酬を約49億8700万円と過少に記載。約50億円もの報酬を“隠して”いました。
日産派遣・期間工切り裁判弁護団の田井勝弁護士は、「50億円が本当にあるなら、派遣切りの必要はなかったのではないか。改めて怒りしかない」といいます。
「大企業が50億円もの報酬隠しを逮捕されたゴーン氏とグレッグ・ケリー代表取締役だけでやったとは思えない。組織的なものではないのか」
日産派遣・期間工切り裁判で、ゴーン容疑者を法廷に呼ぼうとしましたが、出てきませんでした。
「この間のさまざまな不正の問題でも、ゴーン氏は表に出て説明してこなかった。やりたいようにやって、弁明すべきところには出てこない。早く日産の体質を改善して解決してほしい」と田井氏は指摘します。
“コストカッター”の異名をとったゴーン容疑者は、1999年に最高執行責任者に就任し、「日産リバイバルプラン」を実行。2万1千人の人員削減と工場閉鎖を強行しました。
しかしゴーン容疑者は02年に総理大臣表彰をうけました。「企業改革に手腕を発揮した経営者」(官邸のホームページ)という評価です。
『ウィと言えない「ゴーン改革」』(05年)の著書があるジャーナリストの阿部芳郎さんは、こう語ります。
「経営の数字さえ上がれば優れた経営者だとして改革の中身を検証せずに政治家やマスコミがほめちぎった。リストラと非正規雇用の増大で政府の全面的なバックアップがあり、ゴーン氏に権力を集中して何でもできるようにした。改革の中身をよく見ないでゴーン氏を天までもちあげた結果だ」
安倍首相 ゴーン流を絶賛 06年
安倍晋三首相は内閣官房長官当時の2006年1月1日に産経新聞で、金融商品取引法違反で逮捕された日産自動車取締役会長のカルロス・ゴーン容疑者と対談し、次のように述べてゴーン容疑者の経営手法を絶賛していました。
「ゴーンさんが果たされた役割は大変大きいと思いますよ。日産はルノーと提携し、ゴーンさんが来て、その結果、会社は活性化し、存続し、雇用も守られた。世界中から能力のある人が日本に集まってきて、その能力を発揮するということが日本の豊かさにつながっていく。ゴーンさんの出現によりわれわれの認識は変わったように感じます」
ゴーン容疑者は、1999年に「日産リバイバルプラン」を掲げ、2万人以上の大規模なリストラをはじめとする経費削減を実施しました。安倍首相は「雇用も守られた」と全く逆の評価をしました。
日産ゴーン逮捕、不正報酬分の50億円あれば社員8千人の解雇は不要だっ た
2009年2月10日 17時36分
日産自動車は2009年2月9日、09年3月期の連結業績予想を下方修正し、純損益は2650億円の赤字になる見通しを発表した。
経費削減の一環として、国内外で正社員を含む2万人の従業員を削減するほか、野球部を含むすべての企業スポーツ活動を休止することも決めた。
神奈川と福岡に本拠地を置く同社の硬式野球部2部(計65人)は09年末に、卓球部(10人)と陸上部(17人)は09年3月末で休部になる。休部後、各部の選手は販売や生産現場に配置転換されるという。
神奈川の硬式野球部は59年に設立。これまで都市対抗野球に計28回出場し、2度の優勝経験を持つ名門チームだ。
年収も200万円に満たない中、非常につらい毎日を過ごしてきた。
NHK
日産 雇い止めの男性会見 「多くの労働者犠牲に違法行為」
2018年11月26日 21時37分ゴーン前会長 逮捕
記者会見を開いたのは、日産自動車や子会社の日産車体で働いていて、10年前のリーマンショックのあと雇い止めにあったという男性2人です。
日産自動車の神奈川県厚木市にあるテクニカルセンターで5年余り派遣社員として車のデザインの仕事をしていたという55歳の男性は今回の事件について「役員報酬は雇い止めをされた多くの労働者が犠牲になったお金だと思う。違法な行為があったというのは残念な思いだ」と現在の心境を語りました。
そのうえで「働いていた当時もゴーン前会長がひと言言えばそれに逆らえない状況があった。日産ではまだ多くの人が働いていて、ここで本当にまともな会社になってほしい」と話していました。
日産車体の平塚市にある工場で期間従業員として組み立ての仕事をしていたという41歳の男性は「雇い止めをされたあと、この10年間アルバイトで働き、年収も200万円に満たない中、非常につらい毎日を過ごしてきた。その生活をよそにゴーン容疑者が逮捕されるような行為をしていたことに強い憤りを感じている」と怒りをあらわにしていました。