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篠田 英朗
タリバンと治安部隊の戦闘で破壊された住居跡に立つ子どもたち=2018年5月29日、アフガニスタン南部ヘルマンド州【EPA=時事】
2001年の9.11テロの後に米国が侵攻したアフガニスタンは、対テロ戦争の時代の幕開けを告げた国である。2001年にタリバン政権は一気に崩壊した。だが、その後のアフガニスタンはどうなっているのか。日本のメディアでは、ほとんど報じられていないのではないだろうか。
2001年以降最大規模となった「タリバン」
実は2001年以降も、戦争はずっと続いている。主要な構図は、アフガニスタン政府と米国及びNATO(北大西洋条約機構)軍と、タリバン勢力の間の戦いだが、現在、タリバンが2001年以降では最大の規模にまで勢力を拡大させ、さらに戦況は悪化の一途をたどっているのだ。
バラク・オバマ政権時代の2014年、米軍は予定された撤収を完遂させた。実際には、訓練などの名目で8500人ほどの兵士を残したのだが、それでも米軍撤収は、タリバンや「イスラーム国」(IS)などが勢力を拡大する機会とするには十分な状況を生み出した。
今や政府が実効統治しているのは、全国407地区のうち220地区にとどまるという報告が、公式になされている。つまりタリバンが、国土の半分近くを掌握しているということである。しかも、今この瞬間も、タリバンはいくつかの主要都市に大規模な攻撃を仕掛けている。州都レベルで7つもの州都が、陥落の危機に瀕しているとも報じられている。
実は2014年から、IS-K(Khorasan Province)と呼ばれるIS勢力がアフガニスタンで台頭し、一時期はタリバンを駆逐し続けた。ところがIS勢力を強く警戒するロシア、イランなどが、ISに対抗するタリバンに軍事支援などを行い始めたと言われる。そこから一気にタリバンが盛り返した。現在では、IS-Kに対して、タリバンが圧倒的に優勢である。ただしIS勢力も根絶されたとまでは言えないため、政府軍、さらには外国軍と合わさって、複雑な紛争の構図が展開してきている。
無人機の空爆で炎上した車の周囲に集まる住人ら。タリバンの最高指導者マンスール師を乗せていた=2016年5月、パキスタン南西部アフマドワル【AFP=時事】
無人機の空爆で炎上した車の周囲に集まる住人ら。タリバンの最高指導者マンスール師を乗せていた=2016年5月、パキスタン南西部アフマドワル【AFP=時事】
空爆によって連日のように、タリバン勢力の数十人が死亡した、IS勢力の指導者層が死亡した、アル・カイダ勢力の戦闘員が数名死亡した、政府軍側に被害者が多数出た、米兵に死亡者が出た――といったニュースが、地名や人数だけを変えて、飛び交い続けている。ある都市が、タリバンによって占拠された、その後に政府軍が取り返したが戦闘継続中だ、といった内容のニュースが、数多く頻繁に飛び交っている。アフガニスタンの東部で、南部で、西部で、北部で、タリバンは攻撃を仕掛けている。そして首都カブール近郊でも、爆弾テロなどが相次いでいる。警察署が武装した者たちの攻撃の標的になっている。
地方部では、政治家層の殺害も相次いでいる。4月末には、ジャーナリストを狙った大規模攻撃がカブールで発生し、ジャーナリスト9人が同時に殺害され、さらに多数の市民が巻き添えになった。
アフガニスタン国防省によれば、アフガニスタン治安部隊(ANDSF)は、現在、アフガニスタン国内で、68もの戦線を持っているという。満身創痍というような状況だが、急ごしらえの様相から抜けきっていないアフガン軍の能力は、決して高くないのが実態だと言われる。そもそも33万人以上の定員に対して、実際の兵力は29万人ほどで、1割以上の定員不足である。割があわない仕事であるため、刑務所から駆り出されている兵士もいるとされる。
アフガニスタンの民間人被害から、目を背けるべきではない、といったアフガン国内人権機関からのアピールも出ているが、援助疲れの先進主要国の人々には、あまり響いていないように思える。2018年は最初の3カ月だけで1500人の市民が犠牲になっているという。治安状況の悪化から、アフガニスタンでは1000以上の学校が閉鎖に追い込まれている。
国際刑事裁判所(International Criminal Court: ICC)検察官は2017年11月、アフガニスタンにおける戦争犯罪の捜査を開始する権限の付与を判事部に求めた、という発表を行った。ただし2018年5月現在、正式な捜査開始の決定は出ていない。一部にはICC検察官の動きを歓迎する動きも高まった。しかしアフガニスタンの状況を考えると、現実には捜査をすること自体が不可能である、といった醒めた見方も数多く見られ、ICCの捜査がどういう形で始まるかも不透明だ。
混乱と不安定の国内政治
アフガニスタンのガニ大統領【EPA=時事】
アフガニスタンのガニ大統領【EPA=時事】
戦争で兵士が戦死し続けているのに、政府の役人は関係ないことばかりをやっている、といった政治家の発言なども飛び交う。アシュラフ・ガニ大統領や、アブドラ・アブドラCEO(最高執行官)に対する批判も高まる。兵士が戦争している最中、開発プロジェクトの式典に出て演説などをしている場合か、といった批判である。
国家保安局(NDS)長官が、国会の不信任決議にかけられた。弾劾理由は、治安対策を十分に行っていない、というものだった。さすがにこの不信任決議は否決されたのだが、ほとんどスケープゴート探しのような状況が生まれてしまっているのだ。州都などが陥落しようとしているのに、なぜ外国軍はもっと激しく空爆を強化しないのか、と叫ぶ国会議員たちもいる。事態の改善に役立たないなら、外国軍は不要だ、と叫ぶ国会議員たちもいる。
米軍の司令官や、NATOの「確固たる支援(Resolute Support)」司令官は、アフガン政府の兵士は、人類のために、テロリスト組織と戦う勇敢な人々だ、といった発言を繰り返している。裏を返せば、国際部隊の存在が、事態の打開に役立っていないという見方の反映だ。
現在、国連アフガニスタン支援ミッション(UNAMA)という政治ミッションの長は、日本人の山本忠通国連事務総長特別代表である。だが残念ながら、事件が起こるたびにそれを非難し、民間人の被害を拡大しないように呼び掛ける、といった活動以外に、何をしているのかが見えてこない。
ペンス米副大統領(左)を迎えるアフガニスタンのアブドラ氏(中央)とガニ大統領=2017年12月、カブールの大統領府【AFP=時事】
ペンス米副大統領(左)を迎えるアフガニスタンのアブドラ氏(中央)とガニ大統領=2017年12月、カブールの大統領府【AFP=時事】
中央政府は存在しており、国際社会の期待も政府に集まっている。しかしガニ大統領の威信が高いとまでは言えない。ガニ大統領と、政府内の旧北部同盟系の勢力との関係も不安定である。自らが選んだウズベク人系のラシッド・ドスタム副大統領は、犯罪捜査対象になるや否やトルコに逃げてしまい、1年にわたって戻ってきていない。元軍閥と言うべきアタ・モハマド・ノール州知事(バルフ州)をガニ大統領が罷免した際には、アタ知事がそれを拒絶して、知事職に居座ろうとするという事件がしばらく続いた。
2014年大統領選挙では、最大民族であるパシュトゥーンのガニと、タジクのアブドラ・アブドラは、第1回投票の得票率では、ガニが31%にすぎず、アブドラ・アブドラのほうが約45%を獲得していた。ところが決選投票でガニが上回ったとされたため、騒然となった。米国の調停で危機を乗り越えて、「国民統一政府(NUG)」が形成されたが、いまだにガニ大統領とアブドラ・アブドラCEOの間では、緊張関係が残っている。アフガニスタンが、2018年に予定されている議会選挙と、2019年に予定されている大統領選挙を無事に乗り越えらえるかは、相当に懸念されているところである。
ガニ大統領は、タリバンに選挙に参加するように呼びかけたが、タリバン側は即座にこれを拒絶している。急速に勢力を拡大させているタリバンが、今この状況で和平合意に応じる見込みは乏しい。戦争か和平か、といった選択肢は、実際には、アフガニスタンには存在していない。政府は領土の一部をタリバンに譲渡して和平合意をまとめようとしているといった噂も流れているが、タリバンが自らに有利な状況を拡張させている中で、仮に何らかの譲歩を行っても、なお和平を導き出すのは、至難の業だ。
取り巻く諸国の反目と新たな介入
アフガニスタンへの米軍関与について演説するトランプ米大統領=2017年8月【AFP=時事】
アフガニスタンへの米軍関与について演説するトランプ米大統領=2017年8月【AFP=時事】
米国では昨年8月、新しいアフガニスタン戦略に関するドナルド・トランプ大統領の演説が行われた。これによって5000人とも言われる規模の米軍の増派が行われた。実際その後、米軍によるISISやタリバン勢力に対する空爆は激しくなっている。タリバンの資金源になっているとされる麻薬工場に対する空爆なども行われた。麻薬生産が増加しているのは、政府職員が汚職でからんでいるからだ、といった糾弾もなされている。しかし、事態の打開にはつながっていない。
NATOも、2001年から継続してアフガニスタンに関わり続けている。今もそうであり、深刻な事態の認識も共有している。ドイツは今年の3月に増派を発表し、1000人程度から1300人に派兵規模を引き上げて、アフガニスタンに展開させることとなった。イギリスも5月になってから、600人の派兵部隊を1000人に増派する、という決定を発表した。しかし事態の大幅な改善にはつながらないだろう。
アフガニスタンをめぐる各国の非難合戦も、泥仕合の様相を呈し始めている。イランは、米国がISやアル・カイダを支援していると糾弾する発言を行った。すると米国大使が、そんなことは笑い話だと一蹴し、マイク・ポンペオ米国務長官が、イランこそがタリバンを支援してアフガニスタンを混乱させている元凶だ、と非難した。米国とイランの間の緊張関係が、アフガニスタンをめぐっても高まっている現状である。
昨年8月の新アフガニスタン戦略の演説の中で、トランプ米大統領は、パキスタンはテロリスト勢力の掃討に協力をしていない、という理由で、強い言葉でパキスタンを非難した。パキスタン政府は、当然、トランプ演説に強く反発した。
タリバンによる自爆テロ現場で警戒する駐留米軍=2017年8月、アフガニスタン・カンダハル【AFP=時事】
タリバンによる自爆テロ現場で警戒する駐留米軍=2017年8月、アフガニスタン・カンダハル【AFP=時事】
さらにトランプ演説が論争を呼んだのは、パキスタンを非難する一方で、インドの役割に対する強い期待を表明した点である。これまでもインドはアフガニスタンに少なからぬ支援や関与を果たしてきた。しかし伝統的なパキスタンのアフガニスタン情勢への深い関わりのため、インドはなるべく目立たないように行動してきた。実はアフガニスタン国民は、そのことをよく知っており、世論調査をすると、近隣国の中ではずば抜けてインドの好感度が高いという結果が出る。インドは、昨年、116の開発援助プロジェクトを実施する「新開発パートナーシップ」をアフガニスタンに提供したが、実は政府軍に武器供与なども行っている。
こうした事態が、パキスタンにとって面白いものであるはずはない。今年になってから、パキスタン政府軍が、「ドュランド・ライン」として知られる国境紛争が存在する地域で、越境してアフガニスタン側に武装攻撃を仕掛けるといった事件が相次いでいる。
事態を憂慮し、自国も入って3者協議の枠組みの促進などの外交努力をしているのは中国であり、トルコである。従来の関与国が泥仕合に陥っていく中、新たにアフガニスタンに対する影響力の確保を狙う勢力が、存在感を見せ始めてもいるわけである。
今年4月、モスクワで開催された国際安全保障会議で、ハミド・カルザイ前大統領は、米国がアフガニスタンで成功する見込みはない、と発言した。そして米国は、多くのアフガン人の悲劇に対する責任を負っている、とも述べた。さらにカルザイはロシアのテレビ番組に出演し、ロシアだけがアフガニスタンを助けることができる、などと発言した。このカルザイの行動は、アフガニスタン国内で大きな反発を呼んだ。今やカルザイは、国内政治においてガニ大統領の最大の批判者でもある。ガニ大統領が米国に対して毅然とした態度をとっていない、という理由で、非難し続けているのである。
「危機」が広がる可能性も
アフガニスタンは、これからどうなっていくのか。
米国がアフガニスタンを見捨てる、という事態が、そう簡単に起こるわけではない。NATO諸国についても同じだ。だが、各国の援助疲れは顕著で、今以上の支援で関与を強める余力を持つ支援国は、ほとんど存在していない。軍事的な状況の打開は起こりそうになく、タリバンとの和解などといったことは、もっと起こる確率が低い。したがってアフガニスタンは、仮に首都カブールが陥落、といった事態が起こることはなさそうだとしても、これ以上の危機がまだまだ広がる、といったことは、十分にありうる。その場合には、世界的規模の「対テロ戦争」の行方にも、大きく影響していくだろう。