編集委員・大久保真紀 2019年3月25日朝日新聞社
虐待による死亡事件が後を絶ちません。児童相談所で働く児童福祉司の数が不足し、その質も問われています。児相の専門性を向上させるために、子どもと家庭福祉に特化した新しい国家資格「子ども家庭福祉士」(仮称)を創設するべきだとの意見が専門家から出ています。どんな専門性が必要で、なぜ国家資格が必要なのか。みなさんと考えます。
「子どもへの知見 不可欠」
父親から虐待を受けていた千葉県野田市の栗原心愛(みあ)さん(10)が亡くなってから約2カ月がたちます。
こうした虐待死事件が起きるたびに児童相談所の専門性が問題にされます。今回も、千葉県柏児相が強圧的な父親の要求に屈して心愛さんの一時保護を解除して自宅に帰し、その後は家庭訪問もしていなかったことが明らかになっています。その対応は、問題があったと言わざるを得ません。
ただ、千葉県では虐待の対応にあたる児相の児童福祉司は全員が福祉職など専門職として採用されています。全国では約24%が一般行政職からです。
また、柏児相にいる児童福祉司43人のうち半数以上の22人が、国家資格である社会福祉士資格をもっています。社会福祉士資格をもつ児童福祉司の割合は全国では約4割なので、柏児相の態勢は比較的整っていたと言えます。児童福祉司1人当たりの担当ケースも平均約44件で、20件前後の欧米の2倍以上ではありますが、他の児相と比べて特段多いわけではありません。ですが、心愛さんを守ることはできませんでした。
こうした状況に、専門家からはいまの児童福祉司の養成システムを抜本的に変える必要があるとの声が上がっています。鈴木秀洋・日本大危機管理学部准教授(行政法、児童福祉行政)もそのひとりです。
東京都文京区子ども家庭支援センター所長の経験もある鈴木さんは「野田市の事件を見ると、自分の仕事が子どもを守る仕事だという意識がどれだけあったのかと疑問に思う。子どもの心の声を拾おうともせずに親元に帰すなど、プロ意識に欠ける」と指摘します。「悲劇を繰り返さないためには、発達やDV理解など子どもに向き合う専門的知見を有する職員配置は不可欠だ。過渡期の手当ては必要だが、国家資格化の道が求められる」と主張しています。
保護と親支援 相反する機能
そもそも児相の虐待対応とは、どのようなものなのでしょうか。
虐待通告があれば、48時間以内に児童福祉司らが子どもに会って安全を確認し、危険だと判断した場合は、親の意に反しても子どもを保護します。原則として一時保護は2カ月までで、その間に、子どもや親との面会を重ね、子どもの心身の状況、生活環境、家族内の人間関係、親の成育歴などさまざまなことを調べ、親によっては指導や支援をしながら、子どもの生活環境を整えます。その上で、親元に帰せるのか、施設などに入所させて親子を分離するかを決めます。親が施設などへの入所に反対した場合には、家庭裁判所に申し立てます。
また、保護までは必要ないケースや一時保護を解除したケースについても、地域や学校などと連携して家庭訪問をするなど、子どもが心身ともに安全に安心して生活できているかを確認しなければなりません。
児相は、子どもを守るためには親と対立しても一時保護をする一方で、親の抱える問題を理解し、支援もしなくてはなりません。その相反する機能を果たすには、高度な専門性が必要なのです。
しかし、児童福祉司の任用要件は必ずしも高い専門性を求める内容にはなっていません。児童福祉法によって①知事の指定する養成学校を卒業または指定講習を修了②大学で心理学か教育学もしくは社会学を専攻し、保健所や児相などの指定施設で1年以上の相談援助業務に従事③医師④社会福祉士⑤大学で社会福祉関連の3科目以上を履修するなどすればなれる社会福祉主事として2年以上児童福祉事業に従事し、指定講習会を修了⑥前各号と同等以上の能力を有すると認められる者――などとなっています。全国に約3200人いる児童福祉司の内訳は①8%②32%③0%④41%⑤8%⑥11%です。
現行の任用要件は不十分として、児童福祉司のあり方を抜本的に見直し、子どもと家庭福祉についての専門職を児童福祉司に任用するべきだという意見が、専門家たちから出ています。
虐待に特化 国家資格を
これに対して、日本社会福祉士会や日本医療社会福祉協会など関連5団体は新たな国家資格創設に反対を表明しています。日本社会福祉士会の西島善久会長は「児童福祉司(の任用要件)について、いまある国家資格の社会福祉士か精神保健福祉士を必須にすれば対応できる。その方が効果的・効率的で、即効性がある」と話し、専門的知識や技術の向上に必要な研修の充実を訴えています。
一方、長年虐待問題に取り組んできた西澤哲・山梨県立大教授(臨床福祉)は「この10年で社会福祉士が児童福祉司に占める割合は増えてきたが、児相の機能が改善したという話は聞いたことがない。研修の上乗せで本当に専門職が育つのか」と疑問を呈します。現行のカリキュラムでは、社会福祉士の国家試験受験に必要な22科目1200時間のうち、子どもや家庭福祉制度に関するものは1科目30時間だそうです。西澤さんが教える学科では、学生が子どもや家庭についてはその4倍の4科目120時間を学びますが、それでも児童福祉司が務まるレベルにはならないと西澤さんは話します。
西澤さんは、児童相談所の中で監督・指導する立場のスーパーバイザーと呼ばれる児童福祉司の研修を2年間担当した経験からこう言います。「研修は否定しないが、研修以前の問題がある。たとえば県立病院の医師は、『公務員』より『医師』という意識をもっていると思うが、児童福祉司の場合は多くが『公務員』意識の方が強く、専門職としての意識が低い。これは研修では変えられない」と話します。
さらに、いまの社会福祉士は、制度運用についての専門家であって、子どもや家庭福祉の専門家ではないと言います。米国の児相などでは虐待に特化したソーシャルワーカーが働いています。
西澤さんは「精神の問題に特化した精神保健福祉士の国家資格があるように、虐待の問題も、子どもや家庭福祉に特化した資格をもつ、専門性のある人材が必要だ。大学などでの教育カリキュラムから変え、児童福祉司の質のスタートラインを上げる必要がある」と国家資格化の必要性を唱えています。「時間がかかるとの意見はあるが、いま始めなければ、第2、第3の心愛さんが出てくることを手をこまぬいて見ていることになる。社会として腹をくくる時だと思う」と語っています。
相次ぐ死亡事案、構造的問題(才村純・東京通信大教授)
私はもともとは大阪府児相の児童福祉司で、旧厚生省の専門官を経て研究者になりました。
自分の経験を言うと、万引きを繰り返す小学生がいて、警察から山のような通告書が送られてきたことがありました。超こわもての父親は児相の呼び出しに全く応じません。家庭訪問すると「何しに来たんや」と反発するだけでした。他の職員から大丈夫かと心配されながらも、2週間に1回訪問を続けると、父親は少しずつ心を開き、1年後には子どもを心理判定に連れて来てくれました。
一時保護もそうですが、児童福祉司の揺るぎのない姿勢に、親は諦めとともに信頼感を抱くようになることが往々にして起こります。児童福祉司に必要なのは「専門的人格」とも言うべきもので、単なる知識や技術ではなく、経験の中で人格を磨いていかなくてはなりません。研修で身につくものではありません。
児童福祉司は最低でも社会福祉士資格をもっているべきだと考えますが、それでは不十分です。社会福祉士の専門性をなす原理は、当事者との信頼関係を基盤として、彼らの自己決定を側面支援することです。しかし、虐待対応は全く異なります。
虐待は、当事者の意図とは無関係に通告などをきっかけに介入しなくてはなりません。時には、保護者の意に反しての調査や一時保護などの強制的介入が必要になります。さらに、虐待のリスクなど客観的なアセスメント力が必要です。こうしたことは社会福祉士の包括的なソーシャルワークにはない要素です。
しかも、そのような対応をしつつも、常に子どもや保護者の悩みを理解し、それに寄り添おうとする姿勢と態度が極めて重要になります。
豊かな専門性をもつ児童福祉司は介入をしつつも、結局保護者の心をつかみ、信頼関係を築ける人が多い。やみくもに強制的に介入したり親子分離したりすることは結局親の反発を買うだけです。「最近、児童相談所は福祉警察化しつつある」と言われますが、これは児相の専門性のなさを物語るもので、憂慮すべきことです。強制的介入機能と受容的な支援機能の統合が虐待ソーシャルワークの専門性の本質であり、それは社会福祉士の専門性とは異なる高度なものです。
さらに、保護者は争う手段をもちますが、子どもは重大な権利侵害にあっても自らを救済することはできません。子どもの最善の利益を保証するには、子どもとの信頼関係を築き、意見を十分にくみ取り、代弁する高度な専門性も求められます。従前の社会福祉士以上の子どもに特化された専門性が必要なことは言うまでもありません。
今回の柏児相のケースも含め、関係機関の連携不足や見立ての悪さなど、同じような原因での死亡事案が全国で続いています。構造的な問題としてとらえるべきです。国家資格の創設が必要です。
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子ども虐待の問題を取材し始めて20年以上になります。当初から児相の専門性は課題だと感じ、「所長と児童福祉司を社会福祉士の国家資格をもった人にするだけでも対応が相当違ってくる」という専門家の意見を紹介して指摘してきました。
その後、2000年の児童虐待防止法制定にともなって児童福祉法が改正され、社会福祉士は児童福祉司の任用要件のひとつになりました。現在は4割がその資格をもつまでになりましたが、虐待相談は増え続け、虐待死事件も後を絶ちません。政府は22年度までに児童福祉司を約2千人増やすとしています。人数を増やしたからといって専門性が向上するわけではありません。
19日に閣議決定された児童福祉法等の改正案では、資格のあり方については施行後1年をめどに検討するなどとなっているだけです。人材の育成には時間がかかるからこそ、早急に取り組まなければなりません。あと何年待てば社会は本気で動くのだろうか。そう思わずにはいられません。(編集委員・大久保真紀)
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