社会的包摂政策を進めるための
基本的考え方
社会的包摂政策を進めるための基本的考え方
(社会的包摂戦略(仮称)策定に向けた基本方針)
平成 23 年 5 月 31 日
「一人ひとりを包摂する社会」特命チーム
「孤立化」、「無縁社会」、「孤族」などと称されるように、地域や職場、家庭での「つながり」が薄れ、社会的に孤立し生活困難に陥る問題が、新たな社会的リスクとなっている。
こうした日本社会の構造的変化への対応に必要な「社会的包摂」を推進するための戦略(「社会的包摂戦略(仮称)」)策定を目的として、内閣総理大臣の指示に基づき、平成 23 年 1 月 18 日に「一人ひとりを包摂する社会」特命チームが設置された。
本特命チームではこれまで、主に現場で実践的な取組を行っている有識者の方々から、計 4 回ヒアリングを行うなど、課題の把握に努めるとともに、必要な社会的包摂政策について検討してきた。
東日本大震災の発生により、震災の直接の被害が引き起こす問題とともに、震災から波及する間接的な影響によって、全国的に社会的排除のリスクが高まることが懸念される。
こうした問題も念頭に置きつつ、今般、社会的包摂政策に関する基本認識及びそれに基づく今後の取組方針となる「基本方針」を以下のとおりとりまとめる。
今後、「社会的包摂戦略(仮称)」の策定に向けては、社会的排除のリスクについての実態を調査するとともに、リスクの連鎖や重なりをくい止める現場レベルでの実践を踏まえた検討が求められる。さらに、大震災による社会的排除のリスクの高まりも考慮すると早急な取組が求められる。このため、本基本方針に沿って検討を進め、今後 1 か月以内を目途に、緊急に着手することが必要な施策を中心に、「緊急政策提言」をとりまとめる予定である。
1 社会的包摂政策に関する基本認識
(1) 社会的包摂を戦略的に取り組む必要性
○ 経済のグローバル化、雇用の不安定化、地域・家族の紐帯の弱体化等の経済社会の
構造変化の中で、社会的に孤立し生活困難に陥るという新たな社会的なリスクが高ま
っている。
一方で、セーフティネットの基本的な構造は、安定した雇用とそれに支え
られ扶養やケアを引き受ける家族を前提として主に高齢期における所得や医療の保障
を中心に発展してきたこれまでの形を色濃く残し、見直しが不十分なままである。
この結果、誰もが無防備なまま、貧困や社会的な孤立、自殺などの様々なリスクと隣り
合わせになりつつある。このような不安は潜在的に多くの人々が抱くものとなってい
る。
○ ある社会的なリスクに晒され続けると、そのリスクが別のリスクに連鎖し、それが
また新たな生活困難を引き起こす(例えば、「学習機会の不足」→「不安定な雇用」
→「体調不良」→「退職/失業」→「住居の不安定/喪失」など)ということを、こ
れまで行われた様々な調査研究が明らかにしている。
このように、様々なリスクが連鎖し、複合的に重なった結果として、雇用、家族、コミュニティなどの社会のあらゆ
る関係性から切り離され、社会とのつながりが極めて希薄になってしまうという、いわゆる「社会的排除」の危険性が高まっている。
○ 先日発表された OECD の「より良い暮らし指標」(Your Better Life Index)においても
・ 過去1か月間で他人の手助けをしたことがあると答えた割合(23%)は、OECD諸国(平均 47%)の中で最も低い。
・ 社会的環境の中で友人や同僚などとともに時間を過ごすことが「ほとんど」若しくは「まったく」ないと答えた割合(15%)は、OECD 諸国(平均 7%)の中で最も高いことが指摘されている。
○ 社会的排除の動きの強まりは、人々を社会の周縁に追いやることで能力の発揮を困
難にし、社会全体のポテンシャルの低下につながるのみならず、貧困や排除の連鎖や
新たな家族形成・次世代育成の困難、世代を超えた格差の固定を通じて社会の持続可
能性を失わせることにもつながる。これは、今後の経済社会の発展と質の高い国民生
活の実現の大きな制約要因となるものである。
○ 今後、人口減少や急速な高齢化が進行する中で、経済や社会の機能を維持・発展さ
せ、質の高い国民生活を実現していくには、国民一人ひとりが社会のメンバーとして
「居場所と出番」を持って社会に参加し、それぞれの持つ潜在的な能力をでき
第22回社会保障審議会
平成23年8月29日 資料3-1-6
社会的包摂政策を進めるための
基本的考え方
- 1 -
社会的包摂政策を進めるための基本的考え方
(社会的包摂戦略(仮称)策定に向けた基本方針)
平成 23 年 5 月 31 日
「一人ひとりを包摂する社会」特命チーム
「孤立化」、「無縁社会」、「孤族」などと称されるように、地域や職場、家庭での
「つながり」が薄れ、社会的に孤立し生活困難に陥る問題が、新たな社会的リスクとなっ
ている。こうした日本社会の構造的変化への対応に必要な「社会的包摂」を推進するため
の戦略(「社会的包摂戦略(仮称)」)策定を目的として、内閣総理大臣の指示に基づき、
平成 23 年 1 月 18 日に「一人ひとりを包摂する社会」特命チームが設置された。本特命
チームではこれまで、主に現場で実践的な取組を行っている有識者の方々から、計 4 回ヒ
アリングを行うなど、課題の把握に努めるとともに、必要な社会的包摂政策について検討
を行ってきた。
東日本大震災の発生により、震災の直接の被害が引き起こす問題とともに、震災から波
及する間接的な影響によって、全国的に社会的排除のリスクが高まることが懸念される。
こうした問題も念頭に置きつつ、今般、社会的包摂政策に関する基本認識及びそれに基づ
く今後の取組方針となる「基本方針」を以下のとおりとりまとめる。
今後、「社会的包摂戦略(仮称)」の策定に向けては、社会的排除のリスクについての
実態を調査するとともに、リスクの連鎖や重なりをくい止める現場レベルでの実践を踏ま
えた検討が求められる。さらに、大震災による社会的排除のリスクの高まりも考慮すると
早急な取組が求められる。このため、本基本方針に沿って検討を進め、今後 1 か月以内を
目途に、緊急に着手することが必要な施策を中心に、「緊急政策提言」をとりまとめる予
定である。
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1 社会的包摂政策に関する基本認識
(1) 社会的包摂を戦略的に取り組む必要性
○ 経済のグローバル化、雇用の不安定化、地域・家族の紐帯の弱体化等の経済社会の
構造変化の中で、社会的に孤立し生活困難に陥るという新たな社会的なリスクが高ま
っている。一方で、セーフティネットの基本的な構造は、安定した雇用とそれに支え
られ扶養やケアを引き受ける家族を前提として主に高齢期における所得や医療の保障
を中心に発展してきたこれまでの形を色濃く残し、見直しが不十分なままである。こ
の結果、誰もが無防備なまま、貧困や社会的な孤立、自殺などの様々なリスクと隣り
合わせになりつつある。このような不安は潜在的に多くの人々が抱くものとなってい
る。
○ ある社会的なリスクに晒され続けると、そのリスクが別のリスクに連鎖し、それが
また新たな生活困難を引き起こす(例えば、「学習機会の不足」→「不安定な雇用」
→「体調不良」→「退職/失業」→「住居の不安定/喪失」など)ということを、こ
れまで行われた様々な調査研究が明らかにしている。このように、様々なリスクが連
鎖し、複合的に重なった結果として、雇用、家族、コミュニティなどの社会のあらゆ
る関係性から切り離され、社会とのつながりが極めて希薄になってしまうという、い
わゆる「社会的排除」の危険性が高まっている。
○ 先日発表された OECD の「より良い暮らし指標」(Your Better Life Index)におい
ても、
・ 過去1か月間で他人の手助けをしたことがあると答えた割合(23%)は、OECD
諸国(平均 47%)の中で最も低く、
・ 社会的環境の中で友人や同僚などとともに時間を過ごすことが「ほとんど」若し
くは「まったく」ないと答えた割合(15%)は、OECD 諸国(平均 7%)の中で最
も高い
ことが指摘されている。
○ 社会的排除の動きの強まりは、人々を社会の周縁に追いやることで能力の発揮を困
難にし、社会全体のポテンシャルの低下につながるのみならず、貧困や排除の連鎖や
新たな家族形成・次世代育成の困難、世代を超えた格差の固定を通じて社会の持続可
能性を失わせることにもつながる。これは、今後の経済社会の発展と質の高い国民生
活の実現の大きな制約要因となるものである。
○ 今後、人口減少や急速な高齢化が進行する中で、経済や社会の機能を維持・発展さ
せ、質の高い国民生活を実現していくには、国民一人ひとりが社会のメンバーとして
「居場所と出番」を持って社会に参加し、それぞれの持つ潜在的な能力をできる限り
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発揮できる環境整備が不可欠である。このような社会の実現に向けて、社会的排除の
構造と要因を克服する一連の政策的な対応を「社会的包摂」という。
○ 社会的包摂(Social Inclusion)とは、1980 年代から 90 年代にかけてヨーロッパで
普及した概念である。第二次大戦後、人々の生活保障は福祉国家の拡大によって追求
されてきたが、1970 年代以降の低成長期において、失業と不安定雇用の拡大に伴っ
て、若年者や移民などが福祉国家の基本的な諸制度(失業保険、健康保険等)から漏
れ落ち、様々な不利な条件が重なって生活の基礎的なニーズが欠如するとともに社会
的な参加やつながりも絶たれるという「新たな貧困」が拡大した。このように、問題
が複合的に重なり合い、社会の諸活動への参加が阻まれ社会の周縁部に押しやられて
いる状態あるいはその動態を社会的排除(Social Exclusion)と規定し、これに対応し
て、社会参加を促し、保障する諸政策を貫く理念として用いられるようになった。
○ わが国においては、「失われた 10 年」と呼ばれる 1990 年代前半以降、就職難やリ
ストラによる失業の増加と長期化、非正規雇用の増大など雇用の不安定化が進行し、
1980 年代のヨーロッパと同様の問題が生じていたと考えられるが、これを社会的排
除/包摂という概念でとらえる視点は、すぐには生まれなかった。
2000 年代に入り、社会的排除/包摂に関する議論が行われるようになり、政府の
検討会の報告(「社会的援護を要する人々に対する社会福祉のあり方に関する検討会
報告書」(厚生省、2000 年)など)でもその概念が紹介されるようになった。しか
し、実際にとられた政策としては、社会の諸活動への参加保障というよりは、就労促
進のみに絞られた取組が多かった。
2008 年のリーマンショック以降ようやく、雇用保険受給資格のない非正規雇用者
等に対して職業訓練機会の提供とその間の生活を支援する給付金を支給する事業の実
施(本年 10 月より「求職者支援制度」として恒久化)や、生活困窮者に対するワン
ストップ・サービスの試行、パーソナル・サポート・サービスのモデル・プロジェク
トの実施など複合的な問題に対しての包括的支援の実施といった政策展開がなされる
ようになったが、未だ社会的排除のリスクの高まりに十分対応できておらず、社会の
不安や閉塞感を払拭するには至っていないのが現状である。
○ 「新成長戦略」でも、経済社会が抱える課題の解決を新たな需要や雇用の創出のき
っかけとし、それを成長につなげようとする新しい成長の考え方を提示している。社
会的包摂はこの新しい成長を支える社会的な基盤となるものであり、新しい成長の達
成のためにも、社会的包摂を戦略的に取り組むことが不可欠である。
○ 以上のような認識に立って、「社会的包摂戦略(仮称)」を策定するとともに、そ
のもとで、官民含めた関係者が社会的排除を生む社会の構造や要因にしっかりと向き
合い、排除ではなく包摂の方向に社会の仕組みを組み替える取組を協働して進めてい
くことが求められる。
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(2) 大震災による社会的排除のリスクの高まりと予防的対策の重要性
○ 大震災により、多くの人々が、生活と生業の基盤を奪われ、家族や地域の人のつな
がりを引き裂かれた。避難所等での被災した人々の支え合い、助け合いには世界から
賞賛の声も寄せられているが、一方で阪神・淡路大震災の後に中高年者の孤独死が問
題となったように、これらの方々の社会的排除のリスクが大きく高まっていることか
ら目を背けてはいけない。
○ また、原発事故に伴う避難や生産活動の停止、電力供給の制約や部品調達の困難等
による経済活動の停滞、国内の企業・消費者のマインドの悪化や輸出・外国人観光の
減少等、直接の震災の被害を受けなかった地域の経済への影響も生じてきており、こ
れらに伴う雇用情勢が被災地だけでなく全国レベルで悪化することも懸念されている。
○ 非正規雇用はその不安定さゆえに、失業や病気などに脆弱で、その発生が引き金に
なって社会的排除状態に置かれてしまう可能性が高いことが指摘されている。同様に、
震災に伴う様々な影響は社会的排除のリスクを高め、リスクを抱えた人を直撃するこ
とが懸念される。
○ このように、震災の直接の被害が引き起こす問題とともに、震災から波及する間接
的な影響によって社会的排除のリスクが顕在化すること、あるいは、震災が引き金に
なって社会的排除のリスクの連鎖が引き起こされることの両面から、社会的排除のリ
スクの高まりをとらえることが重要である。
○ このようなリスクの高まり、連鎖については、そもそも震災以前からの私たちの社
会におけるリスクへの対応が十分であれば、防ぎうる問題も少なくない。震災は、社
会的排除のリスクを高めると同時に、私たちの社会のリスクに対する備えの不十分さ
も露わにしていることを十分に認識すべきである。十分な対応が取られなければ、今
後の復興プロセスの進展とともに、「復興格差」が拡大していくこととなろう。
○ 被災地の復興と被災者の生活再建に当たって、このような視点から包摂的
(inclusive)な施策展開が求められると同時に、今こそ、このような社会的排除の様
々なリスクの高まり、連鎖により生じる様々な生活困難を予測し、これにいかに予防
的に対応できるか、排除のリスクを抱えた人々をいかに社会的に包摂し、これらの人
々が有する潜在的な能力を引き出すことができるか、取組をより一層強力かつ迅速に
進めていかなくてはならない。震災により社会的排除のリスクがますます高まってい
るこの局面で必要な対応がとれるか否かは、今後わが国が直面するであろう、少子・
高齢化の進行や国際競争の激化に伴う急速かつ厳しさを増す社会経済の構造的な変化
に向けて、社会的包摂を進めていく上でも非常に重要なポイントである。
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2 社会的包摂戦略(仮称)策定に向けた取り組み
これまで述べてきた基本認識の下、「社会的包摂戦略(仮称)」の策定に向けて、
大震災による影響も含めて社会的排除のリスクについての実態調査を進めるとともに、
先導的なプロジェクトを実施し、リスクの連鎖や重なりをくい止める現場レベルでの
実践を踏まえた検討を進める。
(1) 社会的排除のリスクについての実態調査(大震災による影響を含めて)
○ 社会的排除の問題は、誰もが潜在的にそのリスクを感じながらも、なかなかそのリ
スクを直視し、向き合うことが難しい問題である。一方で、リスクが放置され、それ
に晒され続けると、そのリスクが別のリスクに連鎖し、さらに生活困難に追い込まれ
る。社会的包摂に向けての取組の必要性は、潜在的なリスクの広がりと、リスクの連
鎖についての実態を理解するところから始まる。
○ これまでに行われた調査研究で、社会的排除のリスクの実態、特に、リスクの連鎖
や重なりについて論じているものからは、
・ 教育・学習機会の不足が、不安定な就労につながりやすく、能力開発機会の不足
や低所得を通じて、貧困状態に陥るリスクを高めること
・ 親の失業や病気、多重債務、離婚などによる子ども期の貧困、DV や虐待を経験す
るなど不安定な家庭環境、発達障害がきっかけとなった不登校、いじめなどによる
ひきこもりなどが、学習・教育機会の不足のリスクを高めること
・ 非正規就労などの不安定な就労は、失業やリストラ、病気といった生活に大きな
影響を与える出来事(ライフイベント)に脆弱であり、その発生を契機に社会的排
除状態に陥るリスクを高めること
などが明らかとなっている。
○ また、震災の影響による社会的排除のリスクの高まりについては、過去の震災に関
連して行われた調査研究からは、
・ 被災地では、収入の減少などによる経済状況の悪化が、震災発生から 5 年以上経
過した後でも進んでいること
・ 健康面では、家族を失った高齢男性などにストレスによる障害が長期間増加し、
飲酒・喫煙の増加による健康被害やアルコール依存症の増加がみられたこと
・ 身体的・経済的に不利な状況にあり、顔を合わせる、すれちがうといった偶発的
な交流を通じてかろうじて周囲に認識されていた被災者が、大規模・高層の復興住
宅に入居することによってその機会すら失い、その存在さえも認知されない境遇へ
と導かれ、その帰結として「孤独死」が起きていたこと、これを見守り支援だけで
防止することは不可能であること
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・ 被災後県外に避難しそのまま県外に居住している人の多くが、被災前の社会との
つながりが全て絶たれた状態で、新しいつながりも築けず疎外されていること、ま
た、被災地で受けられる支援が県外で受けられない状況にあったこと
・ 避難所において、女性専用トイレや更衣室が設置されなかったことなどから、男
性の視線に恐怖や緊張を感じ、不眠やうつ症状を発症する場合があったこと
などが指摘されている。
○ これらの指摘を踏まえて、まず、社会的包摂戦略の策定に向けて、個人の積み重な
ったリスクを把握できるような調査を実施し、このような社会的排除のリスクが連鎖
していく経路について分析整理するとともに、これらの社会的排除が進行するプロセ
スにおいて、現在のセーフティネットがどのような点で対応できていないのかを明ら
かにする必要がある。加えて、生活困難という形で顕在化していない段階のものも含
めて、社会全体にこうしたリスクが潜在的にどの程度拡がっているのかを多面的に把
握することも重要である。
○ 加えて、今回の震災の影響は、地域的な広がりの面でも、また被災地以外を含めた
経済全体に影響を及ぼすという意味でも、広範囲に及ぶことが予想され、震災によっ
て社会的排除のリスクが高まるのは、直接の被災者にとどまらない。また、震災直後
の問題は報道もされ人々の注目も集めやすいが、徐々に生活が落ち着いて人々の関心
も薄れた頃に深刻化する問題も少なくない。その一方で、被災地以外の地域でも
「絆」の重要性の再確認や「連帯感」の高まりが生まれているとの指摘もある。
そのため、直接的かつ間接的な震災の影響によって社会的排除のリスクが国民全体
の間でどのように高まり、これに対してどのような対応ができているのか、できてい
ないのかを調査し把握することが重要である。
(2) 先導的なプロジェクトの実施
○ 高齢者、障害者、女性、外国人、子ども、若者などを対象に、これまでも、「包
括的」に「関係機関と連携」した支援を謳う事業が実施されてきた。しかしながら、
「包括的」と言いながら、特定の領域や制度に限定した支援しか行われていなかった
り、「連携」と言いながら、関係機関であるにもかかわらず、関心が低かったり、非
協力的であったりなど「形だけの『連携』」も散見される。さらには、社会的に排除
された人や各種制度から漏れた人は、その抱える問題について自ら声を上げにくい状
態であるにもかかわらず、通常は申請がなければ問題は存在しないという態度で臨む
ため、問題発見機能が弱く、対象者や問題について十分把握できていないという問題
も指摘されている。
○ 特に、いくつもの領域に重なって連携が難しい、あるいは、いずれの領域からも十
分なアプローチができていない典型的な例としては、高校中退等により居場所がなく
なった若者、家庭環境等によって学習や発達に遅れのみられる小中学生、既存の支援
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が十分届かない障害者などがあげられる。これらの対象に対しては、役割分担を強調
して対象者を分けて、それぞれ一つの領域のみで関わるのではなく、複数の領域を組
み合わせた、また、フォーマル(既存の制度の活用)、インフォーマル(制度化され
ていない支援や支えあい)両面からの適切な支援を行っていくことが必要である。
○ 同様の問題意識から、個別的、継続的、包括的支援としてパーソナル・サポート・
サービスのモデル・プロジェクトが実施されているが、これまでのモデル・プロジェ
クトの実践からは、次のような観点が重要であると指摘されている。
・ 社会的排除のリスクは、様々な複合的なリスクの連鎖・累積によって、悪化、深
刻化していくものであるため、社会的排除のリスクの連鎖・累積を途中で止めるた
めの包括的、予防的な対応が必要であること
・ 自ら声を上げることのできない対象者等の存在を把握し、働きかけるために、受
け身の相談機能だけでなくアウトリーチの手法が必要であり、また、居場所すらな
い状態の人もいるため、居場所づくりの機能が必要であること
・ 様々なリスクに対して、包括的に対応していくためには、関係機関や関係者、地
域住民を含めた真に実効性のある実質的な連携体制の構築が必要であること
・ 実効性のある事業の推進や、誰も排除しない地域コミュニティを築いていくため
に、コーディネイト役を担う専門家の育成や、地域住民の理解の促進のための学習
・研修機能が必要であること
○ 社会的包摂の推進に向けては、このような観点に立って、先導的なプロジェクトと
して、
・ 就労につながりうる者を対象として現在行われているパーソナル・サポート・サ
ービスのモデル・プロジェクトを継続発展させ、個別的、継続的、包括的支援とし
て求められる機能を実践活動から抽出整理して明らかにするなど、その制度化に向
けた検討を進めること
・ 稼働年齢ではない人、稼働能力を有しない人も含めて、前述したようないくつか
の領域を組み合わせた支援が求められる分野において、既存の制度等を補完する仕
組みや、実効性のある連携体制の構築、人材育成等に取り組むモデル事業を検討す
ること
を進め、こうした取組から得られた情報を戦略策定に活かすアプローチをとることが
重要である。
○ また、東日本大震災の被災地においては、住環境の欠如、生活の基本ニーズの未充
足、孤立化による社会関係の欠如、情報不足等による適切な制度利用の不能、職を失
ったことによる貧困など社会的排除の問題が凝縮されており、期せずして今後のわが
国の社会的包摂に向けた取組姿勢を問う試金石となっている。
被災者の生活再建と被災地域の復興をめぐる様々な課題に対して、被災者自身が主
体となって被災者の刻々と変化する多様なニーズに寄り添い、老若男女全ての者の社
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会参加の促進と潜在能力の発揮につなげていくという視点に立った、包括的な支援機
能の構築に取り組むことが求められる。
(3) 誰も排除しない社会の構築を目指した全国的な推進体制の構築
○ 社会的包摂に向けた全国各地の取組状況をみると、誰も排除しない地域社会の実現
を掲げて先駆的な取組を進めている地域もあるが、残念ながら地域による取組の格差
は否めない。また、生活困難の事象が多様化する中で、それぞれに対応して様々な機
関がそれぞれの可能な予算や態勢の範囲内で施策を構築してきた結果、施策の全体系
が複雑になり、また、対象や施策ごとの官民含めた縦割り意識もみられるようになっ
てきている。
○ 様々な支援の輪が拡がっている今日においても、このような取組の挟間で、様々な
支援にたどり着くことができず、生活困難が深刻化し、自ら命を絶つまでの事態に追
い込まれる人が後を絶たないことは、とても残念なことである。
○ その一方で、各分野で社会的排除の克服を目指して取り組む方々から行ったヒアリ
ングからは、それぞれの分野ごとの固有の要素はあるものの、対象者が抱える問題や
その問題解決へのアプローチには、かなり共通する要素があることがわかる。また、
リスクが連鎖していく過程で、同じ問題を抱えたまま対象者像が変化する(例えば、
低学歴→不安定就労→ホームレス、失業→多重債務→うつ→自殺)ことも、よくみら
れる。
○ 誰も排除しない社会の構築を追求していくためには、それぞれの分野や対象ごとに
発展してきた取組が、それぞれのミッションを大切にし、尊重しながらも、分野や対
象ごとの縦割りを克服し、社会的排除に関する調査分析や情報発信、人材育成、取組
が弱い地域へのフォローと働きかけなどを行っていくことが必要と考えられる。
○ 特命チーム発足時に総理より電話相談(コールセンター)事業の実施について検討
するよう指示があった。これまで述べてきたような文脈の中でとらえると、今回の電
話相談事業は、一人ひとりを包摂し誰も排除しない社会の構築を目指した全国的な推
進体制の構築の第一歩として位置づけられるものである。
こうした観点に立ち、単なる電話相談にとどまるのではなく、様々な分野で活動す
る全国の支援機関と連動して、心のケアを踏まえた傾聴の姿勢で当事者の現状を聞き
取りながら、各種支援策と実施機関を適切に紹介するとともに、その後のアフターフ
ォローも行う形での事業化に向けて、さらに検討を深める。
「一人ひとりを包摂する社会」特命チームの設置について
1.設置目的
・近年、新たな社会的リスクとして「孤立化」、「無縁社会」、「孤族」
などといった問題が生じている。地域や職場、家庭での「つなが
り」が薄れ、従来、家族や企業によって守られていた多くの人々
が、現在または将来への不安を抱えるに至っている。誰もが無防
備なままリスクと隣り合わせになっていく懸念を我々は持っている。
・そうした日本社会の構造的変化に対応するためには「社会的包摂」
という考え方が有効である。「社会的包摂」の考え方に立ち、お互
いに支え合う中で、地域や職場、家庭でのつながりを強め、さら
には新たな社会的絆を創造する。老若男女すべての者に「居場所
と出番」のある社会を作り出すことが、今日の重要課題である。
・こうした観点から、政府は、最小不幸社会の実現に向けて、地域
や民間の多様な知見を借りつつ、「孤立化」の実態を明らかにす
るとともに、セーフティネットの強化を含めた社会的包摂を推進
するための戦略(「社会的包摂戦略」)策定を目的とした特命チー
ムを設置する。
2.テーマ
(1)「社会的包摂戦略」の策定
①「社会的孤立」と社会資源の実態を明らかにする。
社会的に孤立し生活困難に陥るリスクと孤立に陥った人を包摂する
対策の両面の実態把握を行う必要がある。
ⅰ)社会的に孤立し生活困難に陥るリスクについての実態調査
<ねらい>
・社会的に孤立し生活上の困難を抱えた状況にある人々の社会的疎外や
孤立、生活困難の状況、家族状況、就労状況、フォーマル・インフォ
ーマル含めた支援とのつながりなどの現状把握とともに、生活困難の
状況等に陥ったリスクの連鎖を個人のライフヒストリーを振り返る
ことによって整理を図る。
・それらの潜在的リスクが社会全体でどの程度拡がっているのか、ま
た、どのような属性の人々にリスクが偏在しているのか、貧困などの
他のリスクとどのように重なり合っているか明らかにする。
・上記のように、社会的に孤立し生活困難に陥るリスクの実態を明ら
かにするため、2011 年度に予備調査、2012 年度に本調査を実施する。
また、効果的に実態把握を行うため、これらに先行して、既存調査・
研究のレビューを実施するとともに、新しい成長及び幸福度に関する
調査研究(内閣府)の成果も活用する。
ⅱ)孤立に陥った人を包摂する対策の実態調査
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