みつとみ俊郎のダイアリー

音楽家みつとみ俊郎の日記です。伊豆高原の自宅で、脳出血で半身麻痺の妻の介護をしながら暮らしています。

食べものが人類を救う

2005-10-20 23:03:48 | Weblog
 以前から漠然と感じていたことだが、自分で野菜を作るようになってからよくわかったことがある。それは、自分で作る野菜とスーパーや八百屋さんで買う野菜のどこが違うかということ。
 味が違うのもちろんだが(どちらが美味しいかマズイかといったレベルのことではない)、野菜の持ちが根本的に違う。ふつう、買ってくるキュウリは2、3日もすれば少ししなびてきて、一週間もすればスカスカになってしまう。要するに水分が抜けてしまうのだが、手作りのキュウリは一週間たっても水々しいママ。そう簡単に水分は抜けていかない。
 そして、もう一つの違いは匂い。
 野菜というのは、どの野菜も独特の匂いを持っている。トマトにしても、ピーマンにしてもキュウリにしてもそうだ。しかし、最近の野菜はほとんど匂わない。子供が野菜ギライな理由は昔はこの匂いに大半の原因があったのだが、最近の野菜はほとんど匂わないにもかかわらずこれだけ野菜ギライな子供が多いのは別のところに理由がある。それは食品添加物。
 小さい頃からファーストフードに慣らされた舌(というよりも親の代からそういう食生活をしているのだから当然なのだが)は、本来、生では味のしない野菜を味わうようにはできていない。ドレッシングやマヨネーズをたっぷりかけて初めて食べようという気になるのだろうが、野菜を調理する術を知らない親が子供に野菜の味を理解させられるはずもない。
 コンビニ弁当とファーストフードだけで育っている(それは言い過ぎ?ということもないのだろうナ?)今の若い世代が果たして健康なまま老後まで人生を全うできるのだろうか?
 人ごとながら本気で心配になってくる。というよりは、今生きているすべての人たちの食生活そのものが絶対にオカシイと思う。
 その人の育ち方や環境、考え方はその人の食生活、食事の仕方にもろ現れる。ハシの持ち方(スプーン、フォークの使い方)、お皿の持ち方使い方、そして、食べる時の姿勢など一つ一つにその人の性格も育ち方が如実に見えてくる。
 子供たちの食べ方を見ていると相当あまやかされて育っているのが一目瞭然。別にテーブルマナーが正しいとか正しくないという問題ではない。箸や洋食器の使い方があまりに自分勝手。きっと家庭の中でも大勢と一緒に食卓を囲む機会が少ないのだろう。一人で食べる習慣が知らず知らずのうちに習い性になってしまったのかもしれない。食べ物に対するいたわりの心も愛情もまったく感じられない。だから、食べることを楽しんでいるようにも見えない。人間が一番大切にしなければならない日常的な作業は、寝ることと食べること。寝なければ身体が休まらず、明日の生活が困難になる。それと同じように、今日きちんと食べなければ、明日の生活はきっと困難になるだろう。どころか、今日の生活も困難になってくる。
 同時に、食べ物は身体を作るだけでなく、心も作っている。朝食を食べない、いい加減な食生活を送る、無理なダイエットをすることは、私たちの心を完全に蝕む。朝食を抜けば血糖値があがらない。血糖値が上がらないということは脳に栄養が行かないということ。だから、イライラしてキレやすくなる。人間が朝食をキチンと食べれば、犯罪もガタンと減るのでは?と真面目に考える人は多い。私もその一人だ。ある意味、食べ物が人類を救う。
 ということは、食べ物は人類を滅ぼすこともできる。今、人間の食生活は明らかに滅亡への道を辿ろうとしているのでは?

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