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雨過天晴

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技術者の心意気

2012-07-23 | 

ホンダイズムを感じた記事発見。

 

こういう技術者の心意気を実現させてくれるホンダという企業もまた素晴らしい。

あっぱれ

 


 

外観は従来の「N BOX」と同じように見えるが、実は荷室の床が坂のように傾斜しているのが大きな特徴。

自転車やバイクの積み降ろしがしやすいだけでなく、シートを完全に倒せば、床下に荷物を置いたまま車中泊できる設計になっている。

N BOX+という車名は、「新しい可能性をプラスする」という製品コンセプトから名付けられた。

この車名からも、N BOXの通常モデルに遊び心を「プラス」し、アウトドアでの楽しさと利便性を強く訴求したモデルであるように見える。

 

だが、実は本来の意図は異なる。N BOX+の本来の狙いは、車いす仕様の“量産化”にあったのだ。

車いす仕様車は、通常の車両に車いすを載せたり固定したりするための改造を施してある。

需要が限られるので量産は難しく、価格は一般車両と比べて数十万円ほど高い。

仮に量産ベースに乗せることができれば、通常仕様との価格差を縮められる。

実はこれが、N BOXの開発における重要なテーマだった。

 

N BOXには元々、ダイハツ工業「タント」やスズキ「パレット」のような軽自動車のトールワゴンを持たないホンダが、この市場を本気で攻めるための“刺客”の役割があった。

同時に、ホンダの軽自動車「ゼスト」の車いす仕様の後継であることも求められた。

そこで、N BOXシリーズの開発責任者を務めることになった本田技術研究所の浅木泰昭主任研究員は、車いす仕様車のことを理解しようと、介護・福祉機器の展示会に足を運んだ。

会場には自動車各社が車いす仕様車を出展していたが、これらを見比べていくうちに浅木氏は言葉を失った。

ゼストは他社の軽自動車の車いす仕様と比べて割高で、しかも使い勝手が悪かったのだ。

雪の多い地方で必須の四輪駆動仕様もない。

「気付いた瞬間、怒りと恥ずかしさで顔が真っ赤になった」

と、浅木氏は振り返る。

脳裏をよぎったのは、創業者の本田宗一郎氏の言葉だった。

「人を幸せにできるなら、持てる技術を惜しみなく使え」

自分たちは、この言葉を実践できているのだろうか――。

浅木氏は疑問を抱くと同時に、「この状況を絶対に変えなければならない」との強い思いがこみ上げてきたのだという。

 

使い勝手に優れた車いす仕様車を、何とか今までより低価格で提供できないか。

浅木氏は必死で知恵を絞った。

そこから導き出した結論が、「車いす仕様にしない」という逆転の発想だった。

販売台数が少ない車いす仕様に求められる機能を、量産車に最初から盛り込んでおく。

そうすれば、「特別仕様だから高くて当たり前」という常識を変えられるというわけだ。

浅木氏は、真意をこう説明する。

「仮に自分の子供に車いすが必要になれば、親は車いす仕様車に買い換えたり、場合によっては買い足したりするはず。

だが、ユーザーが自分の親の介護のために特別な車を購入するのは、躊躇してしまうかもしれない。

普段使いと両立できる“兼用車”があれば、自分の親に不自由な思いをさせることがないし、購入する人たちも助かるはずだ」。

こうした強い思いを抱いたのは、実は浅木氏自身にも介護に携わった経験があったからだ。

 

かつて浅木氏の義理の父がくも膜下出血で倒れ、車いすを使う生活になった。

だが、親のために車いす仕様車に買い換えることは、当時は事情があって難しかったのだという。

その代わり、クルマでの移動が必要になる際は、車いすで利用できる介護タクシーを利用していた。

介護タクシーの利用料は、事業者や移動距離、利用時間などによるが、1回当たり数千円以上かかることが多い。

地方や郊外に住んでいれば移動距離が増える ので、さらに費用負担が増す。

医療費や介護費のことも考慮すれば、不急不要の利用には躊躇してしまうであろうことは、想像に難くない。

「父が好きだった寿司を家族一緒に食べに行ったり、花見に出かけたりする機会を増やしたかった」と、浅木氏は振り返るが、実際には難しかったようだ。

こうした経験があったからこそ、「介護」を意識させない、車いす仕様の兼用車の開発に、浅木氏は心血を注いだ。

それがN BOXシリーズだった。

「楽しいクルマのイメージのまま、車いすも使いたいというニーズに応える。それがN BOXを開発する際の重要なテーマだった」と、浅木氏は言う。

 

結果として、N BOXは当初から、荷室の床をスロープ状にすることを前提に開発された。

まず最初に、タントやパレットに対抗すべく広い室内空間を持つトールワゴンとし て、通常モデルのN BOXを投入。

その上で、斜めの床に「バイクや自転車などの荷物を積みやすい」「車中泊をしても床下に荷物を置ける」といった付加価値を与え、ホビーカー のN BOX+として世に送り出した。

N BOXのターゲット層が子育て世代であるのに対して、N BOX+の主要ターゲットは団塊世代だ。

気軽に車中泊できれば、退職後に釣りなどのアウトドアや旅行に出かけやすい。

そこで、オプションで「お泊まりパッケージ」として、窓を覆うシェードやカーテン、荷物を載せるソフトシェルフのセットも用意した。

さらに、斜めの床と地面との間にオプションのアルミ製スロープを取り付けられるようにしてある。

バイクや自転車を積み込みやすく、「趣味で畑仕事をするなら、耕うん機を積み込んだりもできる」(浅木氏)。

当初の目的であった車いす仕様も8月に発売予定で、価格は狙い通り、従来の車いす仕様より割安にできる見通しだ。

斜めの床を生かして、後付けで車いす仕 様に変更できるキットも発売する。

「団塊世代は親の年齢が70~80代になり、将来的に介護が必要になる可能性がある。

今すぐには必要なくても、後付けで きるという選択肢があればユーザーは安心できるはず」

と、浅木氏は言う。

こうして、浅木氏が目指していた「車いす兼用車」というコンセプトは、N BOX+で完成形に達した。

N BOX+は開発過程で、生活の豊かさや楽しさといった「ストーリー性」が徹底的に追求され、デザインや性能といった従来のクルマの価値観とは正反対にたど り着いたようにも見える。

その意味では、クルマに対するニーズが大きく変わり、メーカーがクルマ作りの発想転換を迫られている時代を象徴する一台でもある。