農薬は危険と信じる無農薬栽培農家が農村で嫌われる理由

農薬を毛嫌いする無農薬主義に・・・
その昔、ある農業関係の勉強会に参加していました。
バスで移動していたのですが、バスの前の方から大きな声が聞こえます。
無農薬で作物を作っている方が、隣に座っていた植物病理が専門の大学の先生相手に相談をしているのです。
先生としてはその状況なら「農薬を使うしかないでしょう」と言うのですが、
無農薬農家さんとしては、それだけは認められない。
農薬以外の何か他の策はないのかと相談しているのですが、
「農薬使いなさい」「農薬以外のやり方を知りたい」の水かけ論になっています。
周囲も最初は興味深く聞いていたものの、すでに迷惑がっています。
そのとき、私の隣に座っていた方が、小声で吐き捨てるようにつぶやきました。
「さっさと農薬かけたらいいんだよ」
私はぎょっとしました。
なぜなら、横に座っていた方は、前で相談している農家の4倍もの期間、
無農薬農業を続けてきた筋金入りの無農薬農家さんだったからです。
そこで、私は聞いてみました。
「おっしゃるとおりだと思うんですけど、ずっと無農薬でやってこられたのに、どうして農薬をかけろと言われるのですか」
「農薬は安全だよ。無農薬はオレにとっては生き方であって、安全のための無農薬なんて馬鹿のすることだ」とおっしゃいます。
筆者の知る限り、無農薬農家には大きく分けて4種類あります。
(1)農薬を危険だと考え、安全な農作物を作ろうとする農家
(2)高収益を得る手段として無農薬を選択する農家
(3)自分の栽培スキルを高めようとする農家
(4)生き方、ライフスタイルとして無農薬を選ぶ農家
この4種類はあくまで便宜的な分類で、(1)と(4)とか、(2)と(3)を併せ持つような農家も少なくないのですが、
無農薬と聞いて一般に連想されるのは、(1)の無農薬農家でしょう。
しかし、農村では、この(1)の無農薬栽培農家は最も嫌われます。
なぜなら、たいていの場合、長続きしませんし、周囲に迷惑をまき散らしていることが多いからです。
25年ほど前、北海道でリンゴの無農薬農家が隣の農家から訴えられるという事件が発生しました。
訴えられた理由は、無農薬栽培を行うリンゴ農家が農薬をかけて防除をしないために
隣の自分の果樹園にも害虫がやってきて被害が出ているというものでした。
無農薬の是非をめぐって当時大きく報道され、社会の関心を集めました。
熱田千華子「病害虫駆除か無農薬栽培か
『農薬を使え』と隣家から訴えられたリンゴ農家」(http://chikako-atsuta.net/press_3.shtml)
当時は私も難しい問題だと思っていたのですが、今この事件を思い返すと、
いろんな意味で不幸が重なり合って発生した事件でした。
無農薬農家も、訴えた方の農家も、どちらも熱心な農家です。
普通の作物なら思想の違いはあっても、お互いを認め合えたかもしれません。
しかし争点になったのがリンゴということで、作物が悪すぎました。
リンゴは、昔も今も無農薬栽培の中で相当難度の高い作物です。
農薬を使う回数も他の作物の何倍も多いでしょう。
昔のまだ農薬の技術水準の低い時代に農薬を何回も散布するうちに農薬中毒になってしまった人が
無農薬栽培を志したのも無理はありません。
農薬も「安全で当たり前」の時代
ところが時代というものは残酷で、
現代は10年もすると常識自体が変わるのです。
20世紀のスポーツカーには、燃費を犠牲にしてクルマを速く走らせるために
ターボやスーパーチャージャーといった過給メカニズムがよく使われていました。
今のターボやスーパーチャージャーは、昔とは正反対の省燃費のメカニズムとして使われています。
農薬の開発もクルマに負けず劣らず進んでいます。
終戦直後、日本の食糧危機を救った農薬である「シュラーダン」や
「DEP」などの農薬(いずれも有機リン系殺虫剤)は、
害虫をよく殺すかわりに農薬散布者もよく殺しました。
当時は技術が未熟で、サリンよりは多少マシな安全性しかないものを使わざるを得なかったのです。
そのため多くの日本人を餓死から守りましたが、
安全な使い方に習熟していなかった少なくない農家を農薬中毒で殺したのです。
しかし、農薬開発の基幹技術である有機化学の進歩はすさまじく、
現代では使用説明書に書いてあるとおりに使えば人体への影響など無いに等しい農薬がほとんどになっています。
いまや人体に安全な農薬開発など、開発者にとっては常識以前の話で、
できて当たり前の事柄に過ぎません。
そのため今では開発競争の舞台は、人体の安全性から
環境保全(ターゲットとする害虫や病気に効く以外に、環境中の魚やミツバチなどに影響を及ぼさないこと)に移っています。
無農薬栽培も進化しています。
「奇跡のリンゴ」の生みの親として知られる木村秋則氏は、この裁判で無農薬栽培農家の側に与しておられたようですが、
かなり疑問をもちながらの支援でもあったようです。
そしてこの時の疑問が後の無農薬栽培リンゴの成功につながっていきます。
無農薬リンゴ裁判は、そうした時代が変化する端境期に発生した、
不幸な事件であったと今になったら分かります。
もちろん今では当然状況が違います。
ところで、消費者としては上記に挙げた4タイプの無農薬農家のうち、
多くの人が(1)のタイプの無農薬農家から作物を買いたいと思うことでしょう。
けれども、実際にはこの4つの中で一番危険な作物を作るのが、これもまた(1)のタイプの無農薬農家なのです。