ミシュランで星を取った店でも、平気で無断キャンセルする客がいる。なぜ連絡してくれないのか、確認の電話に出てくれないのか―やるせない気持ちをぐっと堪えて働く料理人たちの本音を聞いた。
東京の西麻布や横浜に複数の店舗を構える、有名イタリアンレストラン「リストランテアルポルト」。そのオーナーシェフである片岡護氏が打ち明ける。
「予約当日になっても店に来ないし、連絡もない。いわゆる『無断キャンセル』は飲食店にとって一番頭を悩ませる問題です。
体調が悪くなったとか、用事ができたなどやむをえない場合もあるので、事前に連絡さえしてもらえれば、キャンセル自体は致し方ありません。むしろちゃんと連絡をしてくれるお客さんはありがたい。いつかまたお店に来てくれますからね。
一番やっかいなのは、当日になっても連絡がつかないお客さんです。もしかしたら遅れてくるかもしれないので、新しいお客さんを入れるわけにもいかないし、かといって何度もお客さんに電話するのも失礼でしょ。だからうちは、当日予約時間になってお客さんがみえなくても1時間は、そのまま席を用意してお待ちしています」
片岡氏は、NHKの『きょうの料理』などのテレビ番組に出演し、料理に関する著書も多数ある有名イタリアンシェフである。そんなイタリアンの巨匠が手がける有名店でも、マナー無視の無断キャンセルに頭を悩ませているというのだ。
片岡氏が続ける。
「それはどこのお店だって一緒ですよ。むしろ予約が多い人気店のほうが切実なんじゃないですか。
うちは今だいたい月に5~6件の無断キャンセルがありますが、これが10件になるとやっぱりしんどいですね。うちの場合、基本的にコース料理(8450円~)ですから、予約の人数分は食材を用意し、仕込みもしています。もちろん使えなかった食材は工夫して無駄にならないようにしますけど……全部捨てたら店が潰れちゃいますよ」
一昔前なら高級料理店は「一見さんお断り」で、会社の電話番号まで伝えなければ予約が取れなかった。しかし最近は、携帯電話一本で予約ができ、「ぐるなび」や「ホットペッパー」などのグルメサイトで店探しから予約まで、ボタン一つで誰でも簡単に有名店を予約できるようなった。
だが便利になり、高級店の敷居が低くなった反面、安易な直前キャンセルや無断キャンセルなどのトラブルが増えているのも事実である。
多くの有名店が利用している予約管理サイトを運営する「TORETA」の担当者が語る。
「最近、接待や会合の幹事役の人が複数の人気店を予約しておき、当日になって接待相手や会合のメンバーにどの店にするか選んでもらい、それ以外の店にキャンセルの連絡をし忘れるというケースをよく耳にします。
おそらく予約された方は、軽い気持ちでキャンセルされたのでしょうが、予定していた売り上げが無くなったお店にとっては、経営に関わる深刻な問題になりかねません」
席数の多い飲食店ならまだしも、席数の少ないこぢんまりとした店になると1組キャンセルが出るだけで死活問題となる。
'15年の『ミシュランガイド東京』で2つ星を獲得した銀座の高級鮨店「鮨 水谷」は、カウンター10席という隠れ家的な店だ。店主の水谷八郎氏は、かの有名な「すきやばし次郎」出身で日本屈指の寿司職人だが、気難しい職人タイプではなく、気さくに話しかけてくれる。大将の人柄に惹かれ来店する客も多い。
だが、有名店になってしまったからこそキャンセルも多いと、水谷氏が嘆く。
「うちの場合、席数が10と少なく予約が取りづらいので、2ヵ月先の予約を受けていますが、そのため予約したこと自体を忘れていたり、日付を間違えていたりする場合が多いんです。たいてい一日に1組のキャンセルが出ますね。実は、ついさっきも当日キャンセルがあったばかり。早い段階のキャンセルであれば、新たな予約を入れるなど対応できますが、当日に連絡してくる『ドタキャン』は本当に困ります。
うちは予約の際に最大4名までという人数制限を設けていますが、4席がキャンセルとなるとその日の売り上げが大幅に減るわけですから、経営的にも相当厳しくなります」
特に鮨やふぐ、高級ステーキなどは鮮度が命。予約した客が現れなければ、食材ロスのダメージも大きすぎる。
「鮨屋というのは、その日仕入れたものをその日のうちに食べてもらうのが原則です。だからドタキャンされてしまうと、極端な話、仕入れたものがすべて無駄になってしまう。それはうちに限ったことではありません。しかも、鮨の食材は基本的に原価が高く、うちの場合、席数も少ないので、店を維持する上で大きな影響が出てしまいます」(水谷氏)
無断キャンセルするのは、日本人だけではない。最近は外国人観光客の増加により、有名店ではさらにトラブルも増えている。「鮨 水谷」では、ミシュランの影響もあってか、今は5割強が外国人のお客だという。
「私は英語もろくにしゃべれないので、外国人の場合、宿泊しているホテルを通して予約を受けています。ところが、予約の時間になっても一向に姿を見せない。そこで、ホテルに連絡するわけですが、『彼らが今どこにいるか分からないので、どうすることもできない』と言うだけでほとんど対応してくれないのが現状です。
さらに外国人の場合、ドタキャンしたかと思いきや、閉店間近や閉店後に現れるケースもあります。こっちが営業を終え、食事をとっているときに現れて、『アイム、ベリーベリー、ハングリー』って言われても困りますよねぇ……」
水谷氏は、予約の時点で、ホテル側の担当者に「前日・当日のキャンセルはキャンセル料がかかります」と伝えているが、あまり効果はないという。
「ホテル側がキャンセル料を支払うケースはまれですね。こう言ってはなんですが、ホテルへの不信感も少なからずあります。彼らはとりあえず電話をかけてきて予約を押さえると、後のことは面倒見てくれない。同業者からも同じような話をよく聞きます。
外国人客が増えたため、常連さんからの予約も断らなければならない。でも現実には空席があるのです……。それが二重に悲しいですね」
最近、予約の一~二日前になると店から電話がかかってくることが増えたと感じている人も多いだろう。それだけ店側もキャンセル防止に必死だということだ。だが、それでも無断キャンセルはなかなか減らないという。
「携帯に何度電話やメールをしても返信がなく、悪質な場合は、そのまま着信拒否する人もいる。
そうした悪質な無断キャンセルを防止するため、有名レストランの中にはキャンセル料を設けたり、予約の際にデポジット(預かり金)を取ったりしている店もあります」(前出の「TORETA」担当者)
だが前出の片岡氏は「正直、前金やキャンセル料は取りたくない」と語る。
「うちではキャンセル料も前金も頂いていません。お店のイメージもありますし、お客さんあってこそのお店ですからね。
以前、ミシュランで星を取ったお店でこんなことがありました。有名になったことで予約が増えたのはいいのですが、あまりに無断キャンセルが多かったため、予約の際に前金を銀行振り込みにさせたんです。すると翌年にはミシュランから星を落とされました。
悔しい部分もありますが、経営者としては、ある程度キャンセルが出るのを織り込み済みで、店を運営するしかないんです」
飲食店問題に詳しい弁護士の石崎冬貴氏は「法律的に言えばお店の予約は『契約』と同じ。契約は口頭でも立派に成立するので、損害賠償を請求することはできます」と言うが、実際に訴訟を起こすケースはほぼありえない。
「理由は、おカネと時間がかかりすぎるから。裁判をやるとなったら、何十万というおカネがかかります。これでは結局ペイしないのです。
また、もし裁判を起こせば、無断キャンセルした客に非があるとはいえ、そのお店の印象が悪くなる可能性も否定できません。だからほとんどの経営者は諦めて、泣き寝入りしているのが実情です」
さらには、ミシュランで星を獲得するなど、メディアに取り上げられ有名店になることで、同業者から嫌がらせをされるケースもあると聞く。
「ある人気のステーキ店で、金曜日の夜に大人数で予約を入れ、その際に高額の肉を用意してほしいとリクエストした客がいたんです。ところが予約当日になっても客は現れず無断キャンセルに。店側はいつもより高い肉を仕入れているので、損害は大きく、週末という稼ぎ時も逃してしまった。
こういう悪質なキャンセルは、犯人が同業者である可能性が疑われます。なぜなら同業者は『どうすればお店が一番困るか』を熟知しているからです」(有名店に詳しいフードライター)
前出の水谷氏は無断キャンセルがあると、「カウンターに立つ気持ちにも影響がある」と言う。
「せっかく来ていただけるのですから、職人として最高のものをお客さんに提供したいと思い、私たちはできる限りの準備をします。
ところが、当のお客さんが現れないとなれば、『なんでもっと早く連絡してくれなかったのか……』と思ってしまい、目の前の料理に対して、集中しきれないことがあるんです」
恵比寿の有名和食店、なすび亭の吉岡英尋氏が語る。
「最近はキャンセルすることを、悪いと思わない人も増えている。これはモラルとか倫理の問題なんですよね。
ただこうやって飲食店側の声を聞いてもらうことで、お客さんがキャンセルを『申し訳ない』と思ってくれたら僕たちも嬉しい。キャンセルの対応に神経を使わなくてよくなれば、食材のロスもなく売り上げも上がって、材料費や人件費におカネをかけられるので、もっといいサービスが提供できると思います」
相次ぐ無断キャンセルは、日本の料理店の「質」をも左右しかねない大問題なのである。
「週刊現代」2016年5月28日号より
週刊現代
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160526-00048702-gendaibiz-bus_all&p=3