1996年
糸満市摩文仁にある平和の礎には
23万6095人の沖縄戦戦没者名が刻まれていた。
沖縄戦戦没者数の正確な数はいまだに不明で、
毎年追加刻銘がなされ、
1996年から14年たった今年は
24万931人。
1996年時点での、23万6095という数字は、
今でもそらではっきりと言える。
それは、
ワタシ自身が23万6095という数字を体感したから。
単なる知識としての数字はすぐに忘れても、
身を持って体感したことは忘れない。
23万6095の体感。
それは、
「石の声」
14年前の6月。
宜野湾市普天間基地に隣接する
佐喜眞美術館前広場にて行われた表現活動。
石、ひとつひとつに
1から23万6095まで番号を打つという
ただ、それだけの作業。
最初、2日間だけの予定で始めたこの取り組みは、
半分にも満たないまま予定の2日間を終えた。
23万という数字を、
いかに甘く認識していたかが身にしみた。
話合いのすえ、
さらに2日間の作業日を追加した。
この取り組みは、県内外に広く報道され、
一般からも多くの参加者が詰め掛けた。
のべ、600名が参加。
14年前の6月23日。
慰霊の日。
23万6095個の小さな石は、
積み重なって山となった。
刺すような日差しと、
どしゃ降りの大雨。
滝のように流れる汗と、
しびれてゆく脳。
疲れて重くなる手足。
セミの声。
空を飛ぶ軍用機の爆音。
日が暮れ、そよぐ風の心地よさと、
闇夜に赤々と光る、目の前の普天間基地。
高校生だったワタシが、
身をもって体感した23万6095の記憶。
絶対に忘れない。
平和の礎刻銘者数詳細(平成22年6月23日現在)
写真は14年前にワタシが撮った写真をスキャンしたものです。