6月16日(火)、曇りがち、時々陽光。
出来上がった「源兵衛清安」。もう一度、磨き直して撮影したのですが、今、アップしようとして、なぜか画像が見つかりません。
ということで、今日はアップを断念。
一方、今日の仕事は、もう一つの「源兵衛清安」と「空蝉」の砥ぎ出し。
先日、彫り終わり漆埋めをあらかた終えていた2組で、埋める作業をもう一工程、進めておけばよかったかと。
まあ、あれこれいろんなことを考えながらの仕事は、いつものパターンではあります。
ところで今日は「駒師」という言葉について触れます。
「駒師」という言葉は、そう古いものではないように思います。おそらくは昭和、それも戦後のことではないかと思うのです。
言葉自体は、駒づくりを生業にしている人という意味なんでしょうが、私の知る範囲では、プロアマを問わず、名刺などに「駒師」と刷り込んでいる人が結構多いのです。しかし、私は自分のことを自ら「駒師」と呼んだり、名乗ったりしたことは一度もありません。
なぜなら、あまり好きな言葉ではないからです。
例えば、平成8年に開催した「プロ宣言展」の記念扇子では、原田泰夫先生「玄妙」横の「自在」には「駒工人」としております。
(映像は、山田史生さんの「棋士と扇子」より)
駒師も駒工人も、ともに駒を作る人という同意語ではありますが、私は自由人だという思いで、限定的なイメージが強い駒師という言葉は使わず、単に「駒を作る人」として駒工人としたわけです。
(この思い、分かっていただけるかなあ・・)
駒の写真集
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