○月○日
『感じますかぁ』
夜になると、役者のような名前の外科医が
白衣の胸ポケットに筆を一本立てて
暗い病室を廻る。
絵を描くのではない。
手術したばかりの患者の足の裏や脛を
こちょこちょくすぐるのだ。
そして・・・・〈 感じますかぁ 〉
なにしろ元陸軍病院のこと
術後の検査も原始的。
もちろんここにはCTもMRIもない。
感じなかったら一大事である。
センセは手術したその日は自宅に戻らず
病院に泊まる。
ぼくのひどい肩こりの為に発泡スチロールを削って
不思議な枕を作ってくれたこともある。
まるで50年前にタイムスリップしたような気分。
今の医療状況を鑑みても
新しいことが総て正しいとは限らない。
むかし風の方法が理にかなっているということもあるから
あながち筆を笑う事はできない。
コツコツ、今夜もセンセが廻ってきたが
ぼくのところは素通り、お隣りに入っていった。
そこは膝関節を手術したばかりの妙齢のご婦人。
例の筆を使って
こちょこちょ こちょこちょ
〈 感じますかぁ 〉
〈 ・・・・あっ!・・・はぃ・・・・ 〉
ぼくは闇の中で聞き耳を立て
はやくベッドから起きられるようになって
センセの手伝いがしたいと考えている。
つづく