豚肉のしょうが焼。
ご飯のおかずにはこれがいちばん!
12歳のときから祖母に育てられ
祖母の得意料理がナマリの煮付としょうが焼であった。
その頃村には肉屋さんが無く
祖母は汽車で隣町まで買いに出る。
醤油と砂糖のこってりした味付け。
つまり豚肉のしょうが焼はばあちゃんの味である。
弁当にも入れてくれてお昼が待ち遠しかった。
ある日
体育の時間から教室に戻り弁当を開けたところ
なんと! 肉が無い。
ばあちゃんの入れ忘れではない
白いご飯にタレが沁みついているから。
教室が空っぽになったとき
誰かが食べたのだ。
しかし、ぼくは黙っていた。
そんなことで騒ぎにはしたくなかったし
肉など滅多に食べられない時代
贅沢している自分に後ろめたさもあって・・・・
昭和30年、高度経済成長期に入り
マンボズボン・トランジスターラジオがはやり
石原慎太郎の「太陽の季節」が芥川賞となり
歌謡曲の「別れの一本杉」がヒットしていたが
地方の暮らしぶりはまだまだ豊かとは言えなかった。
その後も
豚肉のしょうが焼きは弁当に入ったが
その日かぎりで無事であった。
沈黙を徹したことで彼の心に変化が生じたのかも。
ワルツよりタンゴは如何舞う粉雪