松静自然 -太極拳導引が教えてくれるもの-

松静自然とは落ち着いた精神情緒とリラックスした身体の状態をいい、太極拳導引の基本要求でもあります。これがまた奥深く…

憧れの人、あらわる

2010-01-28 | 行雲流水-日日是太極拳導引-
2月の大会に向けて練習が進んでいます。
ちょっと前にちらっと書きましたけど
これまでも練習の中身はふだんと変わらないと
口では言ってましたが、
練習環境がそれなりに変わってくれば
意識だって不変というわけにはいきません。
また私なんぞは、それを集中しているんだと
思っていた時期もあったくらいで。

自分に限定していえば
大会や大会前の練習にも
慣れてきてしまっているような、
特別なことではなくなりつつある感も
なきにしもあらず。
集体表演の要所やポイント(キモ?)と
些末なことの判別も
少しずつわかってきたような気もしますし。
とりあえずはそうやって
少しずつ進化していくものなのかなぁと
わかったような顔をしていたんだと思うんです。
そうしたら、はるか先をゆく人が
目の前で黙々と練習してたんですよね。



マダムKさん。

彼女の導引はすばらしいです。
松、静、自然のバランスが絶妙です。

彼女とはたぶん7、8年は
一緒に練習してきてるんではないかと。
3年くらい前だったと思いますが
彼女は体調を崩して教室を休むことになりました。
1年後に復帰した彼女は基本科に籍を移し、
コツコツと練習を続けてきたのです。

そして彼女は今年の大会に向けて
1年かけて24式太極拳を練習してきた成果を
形にしてみたいと、集体部門の他に
個人部門へのエントリーも果たしました。

これまで二の足を踏んでいた自主練も
年末年始休暇から自宅の庭で
続けているのだそうです。

たしか去年の秋頃までは、
教わったこともすぐ忘れてしまうとか
動作の流れをなかなか覚えられないとか
言ってたんじゃなかったかなぁ。

そんな彼女がいま、最前列に立って
ひとりで表演しています。
集体の真ん中は自分の指定席と
いつも言ってた人が、ですよ。
楽曲に合わせて動くのが楽しいと笑っています。
笑顔、動き、情緒と、そのどれをとっても
ほどよく和んでみえます。

うらやましくないと言ったらウソになります。
正直、憧れちゃいます。


集体演目の24式の方では
おそらく彼女が正面最前列に立つのでは
ないかと思います。
彼女の背中をみながら表演するのが
いまから楽しみです。


彼女には内緒でこっそりアップしています。
いまの彼女、ほんとにいい感じなんで
このままそっと見守っていたいとも思ったのですが、
書かずにはいられないほど感動したのも事実。
見つかったら怒られちゃうかなぁ




リニューアル!?

2010-01-21 | からだの風景-みる・さわる・かんじる-
今月5日にテニスボールを使って
お尻の硬い部位をほぐしていたところ
急にグニャ~ンとゆるみました。

いつもと同じように立っているはずなのに
なんとなく景色が違って見える感じがしました。
いつも硬くて気になっていた
左足外側の筋肉達の張りもゆるんでますし、
背中も左右で比べてみると左側がゆるんでます。
ついでに噛み合わせまで変わってしまったみたい。


ゆるみましたねぇ。
でも、今回のボール転がしで
一気にゆるんだというわけではないと思います。
これまで少しずつゆるんできていたのが
たまたまこのタイミングでゆるんだだけかと。
何せ、わたしの筋肉たちは
そう簡単にゆるむような状態ではないですから。


立ったときの変化などから
お尻の筋肉がゆるんだことで
まずは骨盤に変化があらわれて
さらには骨盤帯に乗っている脊椎(背骨)が
影響を受けているのではないかと考えられます。
実際のところ、前を向いて立つだけでも
いままでとは微妙に違った感覚です。

こうした感覚差があるうちは、
ちょっと煩わしく思ってしまいますが
この感覚があるおかげで
これまでの体の使い方を認識できるのですから。
それは今までとは違うやり方を覚える
チャンスでもあるわけです。
同じことをするにしても
選ぶことができるようになるんですから
これは確実に世界が広がります。

やり方が違う=視点を変える=意識が変わる
意識のバリエーションが増えると
思考にも柔軟性や幅が出てくるような気がします。

「現在、リニューアル中につき
しばらくは何かと不便をかけますが、ヨロシク」
そんな体からのメッセージが聞こえるような気がしてます。



求めるものをやっと自覚できたみたい

2010-01-17 | 行雲流水-日日是太極拳導引-
来月の交流競技会に向けて
練習内容が少しずつ変わってきています。

と、これまでは思っていたんですけど
少し印象が変わってきているような気もします。




今回は集体・個人ともに楊式太極拳で出場します。
先日も、表演套路について
同じ内容にするのか違う内容にするのかと
先生から尋ねられたのですが、
そのときはまだ迷っていると伝えました。



ですが、
ホントは迷ってなんかいなかったんです。

既に「どっちでもいい」という答えを持っていました。
でも、先生からの問いに対して
どちらかに決めなきゃいけないと思った時点で
「どっちでもいい」を自分でボツにしちゃったんです。

なぜ「どっちでもいい」だったのか。
套路は楊式であることを伝えるための手段
と捉えていたからかなと思います。

“恋する陳式”では荷が重過ぎるとして
楊式を選んだのですから、その時点で
今回のテーマ(楊式で何を練習してきたのか)
既に出ていたのです。

それなのに先生から質問されたら
ちらりと色気(欲)が出たっ!ということです。
それだけの話ですね。
過分な意欲は欲でしかない。如封似閉で封印ですっ!
表演套路にはこだわっていないことでもあるし
だったら同じでもいいんじゃないかな。


新たな形に挑戦するのもひとつの方法。
一(いつ)のものを
二つ三つと新しい視点で捉えていくのも
またひとつの方法。

今回は後者でやってみます。