夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

定年後の年金生活の中、何よりの健康の源は熟睡こそ肝要、と実感を深めて・・。

2014-09-06 17:21:56 | ☆夢幻のような安楽な60代☆
私は東京郊外の調布市に住む年金生活し、まもなく古希と称される70歳を迎える身である。
そして民間の中小業に35年近く勤め2004〈平成16〉年の秋に定年退職を迎え、
その後は多々の理由で、年金生活を始めた・・。

年金生活を始めた当初は、ダラケた日常生活を過ごすのは、何かと世間に恥ずかしく、
起床の時間は日の出前、と気合い一番で起床してしてきたが、
何かと私は読書好きで、ときには深夜まで読んだりしているので、
寝不足となり、ときには昼寝をして、補(おぎな)ったりした。

やがて3年が過ぎる63歳の頃から、日の出前の起床の必須事項のひとつは止めて、
目覚めた時に少しまどろんだ後、起きればよい、と改めて今日に至っている。

このような結果として、早朝の4時前後に起きることもあれば、7時頃になることもある。
          
そして私は年金生活をして丸10年が過ぎてしまったが、
風邪などで内科の病院に治療を受けたことはないなぁ、と思ったりした。

こうした私の秘かな対策のひとつとして、風邪気味の時は、
風邪薬も敬遠し、早めに布団にもぐり本を読み、そして睡眠時間を多めにしている。

もとよりこうしたグウダラなことは、年金生活の自在の身だからできることなので、
この世で一番贅沢なことかしら、と思いながら甘受している。

          
しかし働いて下さる現役の諸兄諸姉は、短期に成果を問われる昨今、
睡眠時間を削りながら奮闘されていると思われる。

そしてここ50年ぐらい大学受験に際して、『4当5落』という格言があった。
睡眠時間を4時間程度にし、5時間以上睡眠に貪(むさぼ)れば、
目指した受験校の合格には覚束ない、と長らく伝えられてきた・・。
          

私は若き18歳の時、大学入試の際は、目指していた第一志望の大学に合格する自信がなくなり、
安易に入学ができそうな大学を選定し、大学生となったりした。

その後、大学を中退し、契約社員、アルバイトをしながら映画、文学青年の真似事をした後、
あえなく敗退して、ある大手の民間会社に中途入社できたのは25歳の時であった。
          
もとより会社に勤めれば、多くのお方と同様に、
上司を見習いながら勤務に励み、ときには土日の休日出勤などもあったりした。

やがて情報畑でシステムの開発業務などの期間は、幾たびか徹夜となったり、奮戦したりした。
しかし開発の業務は、殆ど一年以内であるので、その後の勤務体制は10時間前後となったりし、
このようなサイクルを繰り返して、ひたすら奮闘してきた。

その後、定年退職の7年前より業界全般としてリストラ烈風の中、
やがて私は出向となり、少し遠方の勤務先となった。

朝は4時45分に起床し、帰宅は夜の9時半過ぎが圧倒的に多く、
消却法として睡眠時間は4時間程度となり、
こうした勤務体制を5年間続けて、定年退職時を迎え、サラリーマン生活は卒業した。

私は『4当5落』の言葉を聞いたりすると、安易に逃げた大学入試の受験期でなく、
社会人の最後のサラリーマン5年間の出向期間だった、と後(のち)に微苦笑する時もある。

          
私は年金生活を過ごす健康の源は、程ほどに歩き、薬などに頼らず、
熟睡こそ肝要である、と思っている。

そして生きがいのある言動をしていれば、
たとえ齢を重ね体力が衰えても、心も身も溌溂(はつらつ)と確信を深めたりしている。

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定年後の年金生活の中、高齢者の殆どは『高等遊民』かしら、と拙(つたな)い私でも感じて・・。

2014-09-06 07:48:42 | ☆夢幻のような安楽な60代☆
私は東京郊外の調布市に住む年金生活の身であるが、まもなく古希と称せられる70歳を迎える。
昨日の午前のひととき、自宅の近くに流れる野川の遊歩道を散策していたら、
70歳前後の男性の5人が高価な望遠レンズを付けたデシカメで、野鳥のカワセミを撮られていた。

野鳥にも無知な私でも、以前に何かしら携帯電話で、カワセミがこちらで見られる、
とお互いに小声で連絡し合っていたので、解ったりした。
そして男性の5人は高揚した少年のようなしぐさのを私は見たりすると、思わず微笑みながら好感したりした。

やがて私は歩道橋を渡り、対岸の遊歩道を歩けば、60代なかばの御夫婦が語り合いながら、散策したりしていて、
この人生の微笑みを感じたりした。

そして私は歩き続けて、小公園の片隅にある幾つかのベンチに於いては、
川風がさわやかに吹く中で、男性の6名が、それぞれ将棋を対局したりしていた。

この後、私は遊歩道から水辺の近くに降りたち、水の流れを見つめたりしているど、
昨今の高齢者の殆どは『高等遊民』かしら、と感じ深めたりした・・。
          

私が過ぎし2012年(平成24年)の晩春の頃、団塊世代が65歳を迎え、大量退職が始まる年、
と雑誌を読んで教えられ、思わず微笑んだりした。

私より少し若い世代の団塊世代の諸兄諸姉は、
多くは60歳で定年退職をされて、その後は年金完全支給年まで何らかの形で働かれ、
65歳になった今日、年金生活を迎えられた、と私は解釈した。

ふりかえれば、敗戦後からの一部の方を除き、誰しも貧乏な時代を知っている世代であり、
10歳以上齢上の人たちは、敗戦後の荒廃した日本を、
少なくとも世界の中でも有数な経済大国の礎(いしずえ)を努力と英知で築かれた人々であり、
そして後続する私たちの世代、そして団塊の世代も奮闘してきた。

こうした結果として、確かに日本は、世界の主要国の中に於いても、
社会インフラ基本基盤として、電気、ガス、電話、上水道、下水道も殆ど整備され、
学校、病院、公営住宅もあり、鉄道・バス路線、そして道路、高速道路もあり、港湾、橋梁なども、
整備されている稀な国家でもある。
そして年金、医療、介護などの社会保障制度も、多少の問題がありながらも存続している。

その上、経済は都心の一部は活性化しているが、地方は未(いま)だに低迷している現在さえも、
殆どの国民は飢えることなく飽食の時代となり、長寿化の時代を迎えている。
          

こうした中で、団塊世代の諸兄諸姉は、第一線を退かれ、年金生活を過ごされ、
今までの多忙な勤務の生活を終えて、それぞれお好きな趣味の時間で過ごされる、と思ったりした。
もとより60代はゴールデン・イヤーズと称される通り、身体も元気、
心は長年の勤務から解放感で満ち、心身共に第二の人生を満喫されている年代でもある。

そして70代も殆どの方は、体力の衰えは実感しながら、心は溌剌している.

このように感じていた私は、昨今の高齢者の殆どは『高等遊民』かしら、と少し飛躍した言葉であるが、
思いを重ねてしまったのである。

たまたま私は読書が好きであり、夏目漱石の『それから』の長井代助、『こゝろ』の先生、
或いは川端康成の『雪国』の主人公のように人を『高等遊民』と称されている。

もとより『高等遊民』は、なんら生産的な活動をせず、ただ日々を雅やかに過ごしたり、
学問の延長として己の興味のある分野(趣味の活動を含む)を追い求めて、
明治時代から昭和初期の近代戦前期にかけて多く使われた言葉である。
          

私は2004年〈平成16年〉の秋に定年退職後、その直後から年金生活をしているが、
私の半生は、何かと卑屈と劣等感にさいなまれ、悪戦苦闘の多かった歩みだったので、
せめて残された人生は、多少なりとも自在に過ごしたと思ったりしている。

そして私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我家は家内とたった2人だけの家庭であり、
雑木の多い小庭に古ぼけた一軒屋に住み、お互いの趣味を互いに尊重して、日常を過ごしている。

日常は定年後から自主的に平素の買物担当となり、
毎日のようにスーパー、専門店に行ったりし、ときおり本屋に寄ったりしている。
その後は、自宅の周辺にある遊歩道、小公園などを散策して、季節のうつろいを享受している。

ときおり、庭の手入れをしたり、友人と居酒屋など逢ったり、
家内との共通趣味の国内旅行をしたりしている。

日常の大半は、随筆、ノンフィクション、現代史、総合月刊雑誌などの読書が多く、
或いは居間にある映画棚から、20世紀の私の愛してやまい映画を自宅で鑑賞したり、
ときには音楽棚から、聴きたい曲を取りだして聴くこともある。

このような年金生活を過ごしているが、何かと身過ぎ世過ぎの日常であるので、
日々に感じたこと、思考したことなどあふれる思いを
心の発露の表現手段として、ブログの投稿文を綴ったりしている。
          

私の現役時代は、サラリーマンの身であったが、もとより生計の責務もあり奮闘する中、
30代の半(なか)ばに一軒家を建て、
この後3年ばかり家内はデパートなどに勤めて、強力な支援を受けたが、
家内は後方支援として家庭の多岐に及ぶ専業主婦として長らく努めてきた。

私たち夫婦の年金生活後も、家内は洗濯、掃除、料理などしているのが現状であり、
せめて日常の買物ぐらいは、私がすると自主的に実行している。
このことの背景には、私の現役時代の平日は会社で勤務し、
この間の日中は家内のペースで家事、趣味を過ごしてきた。

こうした家内の生活リズムをできる限り崩したくなかったので、
私は独りで買い物、散策をして樹木、野花などを見ながら、季節のうつろいを享受している。

年金生活の私たち夫婦の基本は、厚生年金、わずかな企業年金を頂き、
通常の生活費するのが原則としている。
しかし共通の趣味のひとつである国内旅行、或いは冠婚葬祭などの思いがけない出費などに関し、
程々の貯金を取り崩して生活している。

こうした中、毎年年始が過ぎた頃に、新たな年度の月別の概算表を作る際、
家内の要望などを織り込んで作成し、予算としている。
そして年金生活の身であるから、今年も赤字が120万円前後かしら、とお互いに確認し合っている。
          

こうして私たち夫婦は経済的に贅沢な生活は出来ないが、
働らなくても何とか生活ができるので助かるわ、と家内がときおり、
呟(つぶや)くように私に言ったりするので、私は苦笑しながら聞いたりしている。

そして日常生活で、昼下がりのひととき眠くなったら、
現役サラリーマン時代は、何かと睡眠不足も感じながら奮戦してきたので、
いつでも昼寝ができることは、年金生活の最大の恩恵かしら、と享受する時もある。

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