私は東京の調布市の片隅みに住む年金生活の71歳の身であるが、
今朝は4時過ぎに目覚めて、購読している読売新聞の朝刊は配達されていなかったので、
ぼんやりとネットでニュースを見たりした。
こうした中で、厚生労働省から過ぎし1月29日に、報道関係者各位に、
【平成28年度の年金額改定についてお知らせします】と題されて、
副題として【物価・賃金によるスライドは行われず、年金額は昨年度から据え置き】と記載されていた。
そして下段には、平成28年度の新規裁定者(67歳以下の方)の年金額の例が明示されていた。
国民年金
【老齢基礎年金(満期):一人分】
平成27年度(月額)65、008円==>平成28年度(月額)65、008円
厚生年金
【夫婦2人分の老齢基礎年金を含む標準的な年金額】
平成27年度(月額)221、507円==>平成28年度(月額)221、504円
このように明記されていたで、年金支給額は据え置きと知り、微苦笑をしたりした。
私は民間会社の中小業に35年近く勤め、2004年〈平成16年〉の秋に定年退職後、
その直後から多々の理由で年金生活をしている。
こうした中で、厚生年金は減ることがあっても増えることはなく、やむなく苦笑をしたりしてきた。
ここ数年、2013年には、10月分から年金の大幅カットが始まり、
年金受給額は2014年10月に1%、2015年にさらに1%引き下げられ、
この間、夫婦2人の平均モデルで少なくとも年間7万800円もの減額になる要旨が報じられ、
私は勘弁してょ、と苦笑を重ねてきた・・。
6時過ぎに読売新聞の朝刊は配達されたので、いつもように私は煎茶を飲みなから、読んだりした。
そして3ページにある【総合】の面にある『社説』を読んだ後、微苦笑させられた。
今回の『社説』のひとつには、【年金額改定】と題して、
見出しとして【給付抑制の遅れは放置できぬ】と明記されていた。
無断ながら転記させて頂く。
《・・少子高齢化に対応した年金の給付抑制が、一向に進まない。
将来世代にしっかりとした年金制度を引き継ぐ上で、放置できない問題だ。
2016年度の年金額は、据え置きとなることが決まった。
物価はやや上昇したが、現役世代の賃金が低下したため、改定ルールに基づき、物価・賃金の変動に伴う増減は行われない。
この結果、少子高齢化の進行に応じて自動的に給付水準を引き下げる「マクロ経済スライド」も実施要件が整わず、中止される。
マクロ経済スライドは、年金の改定率を物価や賃金の変動率より少し低くすることで、緩やかに給付水準を下げていく仕組みだ。
年金財政の安定化のため、04年の制度改正で導入された。
問題は、物価や賃金が下がるデフレ下や低成長時の適用を制限するルールがあることだ。
高齢者の生活を考慮して設けられた。
この制限により、導入後も実施されず、年金水準の高止まりを招いた。
15年度に初めて適用されたが、再び実施不能に陥った。
現行制度は、現役世代が負担する保険料を固定し、収入の範囲内で高齢者に年金を支払う方式だ。
今の高齢者の給付引き下げが遅れると、その分は将来世代の年金を減らして収支バランスを取る。
給付抑制が予定通り進んでも、将来の年金水準は2、3割下がる見込みだ。
さらに減額となれば、若年層の理解は得られまい。
マクロ経済スライドの適用制限を見直し、経済情勢にかかわらず完全実施することが不可欠だ。
だが、厚生労働省が今国会に提出する年金改革関連法案では、完全実施に踏み込まなかった。
参院選を控えて、高齢者の反発を恐れる与党に配慮したのだろう。
代わりに、適用制限ルールは残したまま、抑制できなかった分を次回以降に繰り越す方式を取り入れる。
物価などが大幅に上昇した際、まとめて差し引くという。
これでは、デフレや低成長が続けば、繰り越しが重なり、いつまでも解消されない。
今回の適用中止は、その懸念を一層強めた。
物価上昇時の大幅な抑制には、高齢者の強い抵抗も予想される。
法案では、高所得者の年金減額などの課題も先送りされる見通しだ。
早期の給付抑制が財政基盤を強化し、子や孫世代の安心につながる。
丁寧に説明すれば、高齢者も納得するはずだ。
「痛み」を伴う改革から逃げていては、社会保障制度の維持も財政再建も危うくなる。・・》
注)記事の原文にあえて改行を多くした。
敗戦後の荒廃した日本は、敗戦直後からの一部の裕福な家庭を除き、誰しも貧乏な時代を体験してきた世代である。
私より10歳以上の先代の諸兄諸姉の多くは、それぞれに奮戦し、
少なくとも世界の中でも、有数な経済大国の礎(いしずえ)を努力と英知で築かれた人々であり、
そして後続する私たちの世代は、諸先輩を見習い、そして少し齢下の団塊の世代も奮闘してきた。
こうした結果として、確かに日本は、世界の主要国の中に於いても、
社会インフラ基本基盤として、電気、ガス、電話、上水道、下水道も殆ど整備され、
学校、病院、公営住宅もあり、鉄道・バス路線、そして道路、高速道路もあり、港湾、橋梁なども、
整備されている稀な国家でもある。
そして年金、医療、介護などの社会保障制度も、多少の難題がありながらも存続している。
私たちが過ごしてきた昭和の時代は、日本の多くの人たちは一生懸命に働けば、年収も毎年増え、
そして家族で明日に希望が持て、実感できた総中流社会であった。
こうした中でバブルが終息し、そして平成元年(1989年)11月10日からベルリン市民に寄る『ベルリンの壁崩壊』した後、
やがてソ連が崩壊し、世界の諸国の政治はもとより、外交・軍事・経済、やがて社会が一変し、
世界の経済が自由主義経済の一色となり、やがて日本は失われた15年で、
主要各国や躍進してきた中国などに国際競争力に敗退し、かっての高度成長の総中流社会の再現は、
見果てぬ夢となった。
殆どの民間会社は、社員が一家を養(やしな)うだけの給与を支払う余裕もなく、低下してきた。
そして私は確か5年前の頃、働いて下さる現役世代の男性の民間会社に勤めている正社員の人たちが、
平成9年( 1997年〉の時点から、年収が横ばいと知り、無力な私は悲嘆した・・。
更に昨今、国税庁による「民間給与実態統計調査」に寄れば、
1人あたりの年間平均給与は、継続的に下がり続け、
平成16年には438.8万円だったのが、平成26年には415.0万円と知ったりした。
ここ10数年は、民間会社は短期に成果が問われる時代の中、常時リストラともいわれたりして過酷な時代になり、
多くの会社は正社員は6割、契約社員、アルバイトなどは4割、と知り、深く憂いたりしてきた。
私は何かと働いて下さる現役の諸兄諸姉に注視するのは、
もとより日本の社会保障制度の年金、医療、介護の基盤は、
高齢者が使う費用は、その時の現役世代が保険料や税で負担する財政方式(賦課方式)を取っているので、
働いて下さる現役世代の諸兄諸姉が、その時の高齢者を支えている現実からでもある。
こうした中で、少子高齢化が増す社会となり、年金、医療、介護などの社会保障費は膨張し、
やむなく年金の削減、医療、介護の見直し改定が実施されてきた。
そして過酷な現実として、年金、医療、介護なとで、毎年一兆円が増加している。
こうした状況が放置すれば、現役世代の諸兄諸姉からすれば、高齢者は過重負担する人たち、
と思いながら険悪し、粗末にする風潮も予測できるので、
私は働いて下さる諸兄諸姉に、ときおり感謝を重ねたりしてきた。
私たち夫婦は子供に恵まれず息子、娘もいなく、まして孫もいないが、
世代間の対立を解消する一歩は、やはり高齢者と働いて下さる現役の諸兄諸姉と
《痛み》を共有せざるを得ない時代の到来と思い深めたりしている。
こうした根底には、つたない人生航路を歩んできた私でも、
定年後の年金生活の中で、自由な時間を過ごしてきたことが多々あり、
自分が不利なことに目をつぶったり、無視することは、人として義務が欠落している思ったしている。
このように私は生活に余裕ない身でありながら、世代間の痛みの共有、
空元気のように私は言ったりしてきた。
そして無力ながら私は、経済の復興こそが肝要であり、景気回復を待ち望み、
やがて多くの人々が実感できる社会を夢想している。
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今朝は4時過ぎに目覚めて、購読している読売新聞の朝刊は配達されていなかったので、
ぼんやりとネットでニュースを見たりした。
こうした中で、厚生労働省から過ぎし1月29日に、報道関係者各位に、
【平成28年度の年金額改定についてお知らせします】と題されて、
副題として【物価・賃金によるスライドは行われず、年金額は昨年度から据え置き】と記載されていた。
そして下段には、平成28年度の新規裁定者(67歳以下の方)の年金額の例が明示されていた。
国民年金
【老齢基礎年金(満期):一人分】
平成27年度(月額)65、008円==>平成28年度(月額)65、008円
厚生年金
【夫婦2人分の老齢基礎年金を含む標準的な年金額】
平成27年度(月額)221、507円==>平成28年度(月額)221、504円
このように明記されていたで、年金支給額は据え置きと知り、微苦笑をしたりした。
私は民間会社の中小業に35年近く勤め、2004年〈平成16年〉の秋に定年退職後、
その直後から多々の理由で年金生活をしている。
こうした中で、厚生年金は減ることがあっても増えることはなく、やむなく苦笑をしたりしてきた。
ここ数年、2013年には、10月分から年金の大幅カットが始まり、
年金受給額は2014年10月に1%、2015年にさらに1%引き下げられ、
この間、夫婦2人の平均モデルで少なくとも年間7万800円もの減額になる要旨が報じられ、
私は勘弁してょ、と苦笑を重ねてきた・・。
6時過ぎに読売新聞の朝刊は配達されたので、いつもように私は煎茶を飲みなから、読んだりした。
そして3ページにある【総合】の面にある『社説』を読んだ後、微苦笑させられた。
今回の『社説』のひとつには、【年金額改定】と題して、
見出しとして【給付抑制の遅れは放置できぬ】と明記されていた。
無断ながら転記させて頂く。
《・・少子高齢化に対応した年金の給付抑制が、一向に進まない。
将来世代にしっかりとした年金制度を引き継ぐ上で、放置できない問題だ。
2016年度の年金額は、据え置きとなることが決まった。
物価はやや上昇したが、現役世代の賃金が低下したため、改定ルールに基づき、物価・賃金の変動に伴う増減は行われない。
この結果、少子高齢化の進行に応じて自動的に給付水準を引き下げる「マクロ経済スライド」も実施要件が整わず、中止される。
マクロ経済スライドは、年金の改定率を物価や賃金の変動率より少し低くすることで、緩やかに給付水準を下げていく仕組みだ。
年金財政の安定化のため、04年の制度改正で導入された。
問題は、物価や賃金が下がるデフレ下や低成長時の適用を制限するルールがあることだ。
高齢者の生活を考慮して設けられた。
この制限により、導入後も実施されず、年金水準の高止まりを招いた。
15年度に初めて適用されたが、再び実施不能に陥った。
現行制度は、現役世代が負担する保険料を固定し、収入の範囲内で高齢者に年金を支払う方式だ。
今の高齢者の給付引き下げが遅れると、その分は将来世代の年金を減らして収支バランスを取る。
給付抑制が予定通り進んでも、将来の年金水準は2、3割下がる見込みだ。
さらに減額となれば、若年層の理解は得られまい。
マクロ経済スライドの適用制限を見直し、経済情勢にかかわらず完全実施することが不可欠だ。
だが、厚生労働省が今国会に提出する年金改革関連法案では、完全実施に踏み込まなかった。
参院選を控えて、高齢者の反発を恐れる与党に配慮したのだろう。
代わりに、適用制限ルールは残したまま、抑制できなかった分を次回以降に繰り越す方式を取り入れる。
物価などが大幅に上昇した際、まとめて差し引くという。
これでは、デフレや低成長が続けば、繰り越しが重なり、いつまでも解消されない。
今回の適用中止は、その懸念を一層強めた。
物価上昇時の大幅な抑制には、高齢者の強い抵抗も予想される。
法案では、高所得者の年金減額などの課題も先送りされる見通しだ。
早期の給付抑制が財政基盤を強化し、子や孫世代の安心につながる。
丁寧に説明すれば、高齢者も納得するはずだ。
「痛み」を伴う改革から逃げていては、社会保障制度の維持も財政再建も危うくなる。・・》
注)記事の原文にあえて改行を多くした。
敗戦後の荒廃した日本は、敗戦直後からの一部の裕福な家庭を除き、誰しも貧乏な時代を体験してきた世代である。
私より10歳以上の先代の諸兄諸姉の多くは、それぞれに奮戦し、
少なくとも世界の中でも、有数な経済大国の礎(いしずえ)を努力と英知で築かれた人々であり、
そして後続する私たちの世代は、諸先輩を見習い、そして少し齢下の団塊の世代も奮闘してきた。
こうした結果として、確かに日本は、世界の主要国の中に於いても、
社会インフラ基本基盤として、電気、ガス、電話、上水道、下水道も殆ど整備され、
学校、病院、公営住宅もあり、鉄道・バス路線、そして道路、高速道路もあり、港湾、橋梁なども、
整備されている稀な国家でもある。
そして年金、医療、介護などの社会保障制度も、多少の難題がありながらも存続している。
私たちが過ごしてきた昭和の時代は、日本の多くの人たちは一生懸命に働けば、年収も毎年増え、
そして家族で明日に希望が持て、実感できた総中流社会であった。
こうした中でバブルが終息し、そして平成元年(1989年)11月10日からベルリン市民に寄る『ベルリンの壁崩壊』した後、
やがてソ連が崩壊し、世界の諸国の政治はもとより、外交・軍事・経済、やがて社会が一変し、
世界の経済が自由主義経済の一色となり、やがて日本は失われた15年で、
主要各国や躍進してきた中国などに国際競争力に敗退し、かっての高度成長の総中流社会の再現は、
見果てぬ夢となった。
殆どの民間会社は、社員が一家を養(やしな)うだけの給与を支払う余裕もなく、低下してきた。
そして私は確か5年前の頃、働いて下さる現役世代の男性の民間会社に勤めている正社員の人たちが、
平成9年( 1997年〉の時点から、年収が横ばいと知り、無力な私は悲嘆した・・。
更に昨今、国税庁による「民間給与実態統計調査」に寄れば、
1人あたりの年間平均給与は、継続的に下がり続け、
平成16年には438.8万円だったのが、平成26年には415.0万円と知ったりした。
ここ10数年は、民間会社は短期に成果が問われる時代の中、常時リストラともいわれたりして過酷な時代になり、
多くの会社は正社員は6割、契約社員、アルバイトなどは4割、と知り、深く憂いたりしてきた。
私は何かと働いて下さる現役の諸兄諸姉に注視するのは、
もとより日本の社会保障制度の年金、医療、介護の基盤は、
高齢者が使う費用は、その時の現役世代が保険料や税で負担する財政方式(賦課方式)を取っているので、
働いて下さる現役世代の諸兄諸姉が、その時の高齢者を支えている現実からでもある。
こうした中で、少子高齢化が増す社会となり、年金、医療、介護などの社会保障費は膨張し、
やむなく年金の削減、医療、介護の見直し改定が実施されてきた。
そして過酷な現実として、年金、医療、介護なとで、毎年一兆円が増加している。
こうした状況が放置すれば、現役世代の諸兄諸姉からすれば、高齢者は過重負担する人たち、
と思いながら険悪し、粗末にする風潮も予測できるので、
私は働いて下さる諸兄諸姉に、ときおり感謝を重ねたりしてきた。
私たち夫婦は子供に恵まれず息子、娘もいなく、まして孫もいないが、
世代間の対立を解消する一歩は、やはり高齢者と働いて下さる現役の諸兄諸姉と
《痛み》を共有せざるを得ない時代の到来と思い深めたりしている。
こうした根底には、つたない人生航路を歩んできた私でも、
定年後の年金生活の中で、自由な時間を過ごしてきたことが多々あり、
自分が不利なことに目をつぶったり、無視することは、人として義務が欠落している思ったしている。
このように私は生活に余裕ない身でありながら、世代間の痛みの共有、
空元気のように私は言ったりしてきた。
そして無力ながら私は、経済の復興こそが肝要であり、景気回復を待ち望み、
やがて多くの人々が実感できる社会を夢想している。
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