夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

数多くの皆様に本年も支えられて、改めて感謝を重ね、そして良いお年をお迎え下さい!

2020-12-31 08:29:25 | ささやかな古稀からの思い
私は東京の調布市に住む年金生活の76歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭である。
そして雑木の多い小庭の中で、古ぼけた一軒屋に住み、ささやかに日常を過ごしている。

こうした中、私たち夫婦はお互いに厚生年金、そしてわずかながらの企業年金を頂だいた上、
程ほどの貯金を取り崩して、ささやかな年金生活を過ごして、早や17年目となっている。


             

民間会社のある会社に35年近く勤めて、2004年(平成16年)の秋に定年退職し、
この間、幾たびのリストラの中、何とか障害レースを乗り越えたりしたが、
最後の5年半はリストラ烈風が加速され、あえなく出向となった。

こうした中で遠い勤務地に勤め、この期間も私なりに奮闘した結果、
身も心も疲れ果てて、疲労困憊となり、定年後はやむなく年金生活を始めたひとりである。
                          
そして年金生活は、サラリーマン航路は、何かと悪戦苦闘が多かった為か、
つたない半生を歩んだ私でも、予測した以上に安楽な生活を享受している。

過ぎし年金生活を始めた当時、ネットの世界は私は殆ど無知な癖に、
この当時にIBMなどからホームページ作成素材のソフトを買い求めて、
漠然としながら『ホームページ』を立ち上げようと思ったりした。

そして自身の日々の思い、そして過ぎ去った時代の思いのことなどを出来うる限り随筆風の散文を綴り、
公開しょうと思案したりしていた。

しかしながらホームページの開設までの技量に乏しく、無名の私が開設・運営した所で果たして、
と躊躇していた時に、
偶然に本屋の店頭で一冊の本にめぐり逢え、私は初めて『ブログ』の世界を知った・・。


この本は『はじめよう! みんなのブログ』(インプレス)と題された、
別冊インターネット・マガジンであった。


                         
           
ブログの世界は、多くは匿名制度であり、ある程度の良識を根底に於けば、
それぞれの御方が自由に、私生活の出来事から、政治、外交、軍事、経済、社会などの分野まで表現でき、
日本でも2002年(平成14年)の頃から急速に普及し、
誰でも発信できる人類史上初めての時代が到来してきた。

この少し前の時代は、もとより各専門知識のある有識者が、雑誌、新聞などに寄稿文を掲載することができる時代で、
私のように無名で素人の身は、せめて新聞・雑誌などの読者コーナーで、記事を投書できる範囲であり、
そして掲載の判断は、編集部の意向で決められていた。

こうした結果として、私は自在に私の生活のことから、政治、経済、社会などに専門知識がない私でも、
私なりの思いを発露できる上、何よりブログはホームページより手軽に開設、運営できると感じ、
ブログに加入しょうと決意した。

そして2004年(平成16年)11月12日にある大手のブログサービスに加入した後、
2つばかりの10万人ぐらい加入していた小さなブログサービスに彷徨(さまよ)った後、
この【gooブログ】に翌年の2005年(平成17年)1月19日に加入し、この日から5825日が過ぎている。

この間、まもなく他のブログサービスに加入して熱中して、2度ばかり中断したが、
やがて2008年(平成20年)の5月以来は継続し、今日に至っている。    
        
このような軌跡で、ブログの世界を知って丸16年が過ぎて、早や17年生となっている。
結果的には、パソコンの故障、国内旅行、入院などしない限り、日に少なくとも一通は投稿してきた。

              
                                              
こうした私の根底には、私の幼少時代から年金生活している現在までの生きてきた心の軌跡を発露して、
自己表現のひとつとして、心の証(あかし)として残したいからであった。

そして年金生活を過ごしている今、日々に感じたこと、思考したことなどあふれる思いを
心の発露の表現手段として、ブログの投稿文を綴ったりしている。
                    
私は綴る際は、自身のその時の心に素直に綴るようにし、
あとで振り返った時、あの時はこのような思いで過ごしていたのか、
何より自身に対して、その時の思いの心情を大切にしているひとりである。

恥ずかしながら数多くの駄文を綴ってきたが、
ひとえに自身の為の心の軌跡の発露、と言っても差し支えない。

こうした中で、60代の投稿文の内容は、やはり幼年期~現役サラリーマン時代の想いでが多く、
或いは年金生活を過ごす実情を脚色もせず、数多くの綴ってきたりした。

そして70代になると、自身の体力の衰えを実感した為か、
健康、病気、介護、葬儀、家計などを学んだことに私の思いを前後に加味した投稿文に変貌した内容となり、
まるで餡子(あんこ)の入った『お饅頭(まんじゅう)』のような投稿文となり、独り微苦笑する時もある。                                   
                                 

               
                                                  
こうした中で、私は投稿文の時に、多くの方に読んで頂きたい自己顕示欲もあり、
投稿文の中では、改行を多くし読みやすいようにしている。

或いは8年近く前の頃から、何とか写真を添付することが出来たので、
乏しい筆力を補(おぎ)いながら、カット代わりに写真を掲載したりしている。
         
私はブログを投稿する際、ひとつのテーマを決めて、真摯に、ときには楽しく綴ることもあるが、
不勉強の為に筆力が乏しいながら、最後までお読み頂けるように試行錯誤をしたりしている。

しかしながら私の投稿文の内容は、あふれた思いを伝わるように熱意ばかりで、
一気呵成に書き上げてしまい、ときには長き投稿文になったり、
投稿文を送信した後、読み返したする時、つたない綴りが多いので反省する時もある。
               
ここ9年、このサイトに綴ることが生きがいのひとつになり、
数多くの御方にお読み下さり、私がブログが継続できたこともあり、偏(ひとえ)に感謝の一言です。

             
                      

こうした中で、数多くの諸兄諸姉の投稿文を読ませて頂くと、
ここ10年ぐらい殆どの方が、心ある写真を添付されたりしてきた。

そして私は、いつまでも言霊(ことだま)を信愛し、散文のような文章だけでの表現は、
時流に残されてしまうかしら、と私なりに憂慮してきた。

特に旅行関係の投稿文に関しては、散文を綴りながら危惧してきたのが本音でもある。

過ぎし2012年(平成24年)の『文化の日』の翌日の4日から、
私は遅ればせながら写真添付を始めて、投稿文を重ねているが、
昨今、写真を添付しないと、何かしら寂しい心情となり、我ながら独り微苦笑したりしている。
               
                 
こうした中、私は特に数多くの50代以上の皆様の投稿文を読ませて頂きながら、
いつも感じられることは、日記として綴られている場合は、
その人なりの思いをその御方ご自身の言葉で、淡々と綴られているのに、
圧倒的に感動を覚(おぼ)えたりしてきた。

そして日々の日常生活の過ごした方、或いは人生の思いを学び、
こうしたお考えで、この人生を過ごされているのか、と教示されることが圧倒的に多く、
お住まいの地域、これまで綴られた人生航路の軌跡に思い馳せながら、
何よりも生きた人生の教科書、と確信を深めたりしている。

こうして読ませて頂きながら、つたない私は秘かに励ましを感じたり、微笑んだりして、
確かな人生の底知れぬ哀歓を学びながら、年金生活を過ごしたりしている。

             
               

こうした数多く投稿文を読ませて頂く中、たとえたった一行の綴りでも、
私は瞬時に心の中の琴線(きんせん)が静かに奏(かな)でり始めて、
やがてその御方のブログに魅了されて、愛読者のひとりになってきた・・。

或いはコメントを頂いたり、或いは私は数多くの方の投稿文を読ませて頂き、
感きわまってコメントをしたりしている。

何よりもこの広い空の下で、お逢いしたこともない御方に投稿文の上で、
めぐり逢えたことに秘かに感謝を深めたりしている。

             
                

今年も社会に於いては、余りにも卑劣で悲惨な出来事が多く、
無力な私は悲嘆したり、憂(うれ)いたりし、

更に新コロナウィルスの烈風に、動顛したり戸惑ったりしてきた次第です。

来年こそは、明るいニュースで数多くの御方と共に微笑んだりしたい、と祈願しています。

改めて皆様には感謝を重ね、良いお年をお迎え下さい。

                  2020年(令和2年)12月31日
                               『夢逢人』
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年の瀬を迎え、何かと社会に疎い私でも、ぼんやりと今年の出来事を思い馳せれば・・。

2020-12-30 11:07:05 | ささやかな古稀からの思い
私は東京の調布市に住む年金生活の76歳の身であるが、
先程、ぼんやりとカレンダーを見ると、明日で今年は終わりかょ・・と思ったりした。


やがて長らく年金生活をし、何かと社会の動きに疎(うと)くなった私でも、
今年の私が感じたことを思い馳せたりした・・。



今年の新春、世界の誰しもが予期できなかった新型コロナウイルスに伴い、
世界の多くの人が、生死の関わる難題に遭遇して、今日に至っている。

過ぎし日の2月上旬の頃から、新型コロナウイルスに伴い、テレビのニュースなどで、
感染した事態が日々報じられ、これ以来何かと重苦しい風潮の中、
私は戸惑いながら過ごしてる。 





こうした中で、せめて私ができることは、
政府から公布された、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐために、
やむなく「新しい生活様式」を遵守したりしてきた。

おひとりおひとりが、「相手と身体的距離を確保すること」、
「マスクの着用」、「 手洗いや咳エチケット」、
「三密(密集、密接、密閉)」を避けるといった、

 約束は国民のひとりとして、確かな責務、と実施したりしてきた。

そして世の中は、自粛から自衛の風潮に変貌し、
無力な私でも大切な社会経済の復興を願っているが、
新型コロナウイルスが沈静化するまで、自分の身は自分で守りながら、
程々に自粛生活の延長戦する、と受け止めたりしている。




この間、私はマスクが苦手で、
2月の中旬まで、これまでマスクをしたことはなかったが、
生まれて初めて極く一般の白いマスクを付けて、歩いたりしてきた。     

しかしながら、この後の3月になると、ドラッグストア、スーパー、コンビニなどで、
私たち夫婦のマスクを更に必要となり、買い求めようとしたが、
母を訪ねて三千里のように探し求めてきたが、
わずか6つばかり何とか入手できたが、マスク迷子の悲惨な時を過ごしたりした・・。
        
やがて4月23日、あるドラックストアーに寄った時、
たまたまマスクの入荷にめぐり逢えて、久々に買い求めることが出来たりした。

この後、ドラックストアーで買い求めることができたが、
私は我が家の平素の買物専任者、或いは散策と、毎日使い捨てのマスクをしてきたので、
我が家の家内の使用分を含めると、300ぐらい買い求めたかしら、と思ったりしている。




しかしながら、私が新型コロナウイルスの烈風で、
何よりも驚嘆した出来事が、心の片隅に残っている・・。


過ぎし2020年2月27日、新型コロナウイルス対策本部に於いて、
安倍晋三内閣総理大臣は3月2日から、
全国すべての小学校・中学校、高等学校について、
春休みに入るまで臨時休校とするよう要請する考えを示し、
文部科学省は全国の関係機関に要請を行った。

多くの子供たちや教員が、日常的に長時間集まることによる大規模な感染リスクに
あらかじめ備えるのが狙いであった。

そしてこれを受けて企業でも事業の中止や縮小が相次いだ。

教育産業である学習塾に留まらず、小売店やレジャー施設も休業や休園を表明した。




これに関連して、学校給食がなくなったことによる食材ロスや業者の損害が発生したりした。

そして児童、生徒への直接的な影響としては修学旅行の中止または延期などがあったした。

こうした中で、共働きあるいはシングルマザーの世帯において、
子供を職場に連れていくことが困難なために、仕事を休まざるを得ずの情況を学んだりした。


このような全国で3月から5月にかけて、
新型コロナウイルス感染症拡大予防のためにとでの一斉休校は、
多大な社会影響に及び、私なりに感じて、学べば学ぶ程、
震撼させられたりした・・。



私は平日の午前中に自宅の周辺を歩いたりする中、
小学校の登校時などで学童を見かけない情景・・、
或いは市内にある深大寺の境内で人影がなく、付近の多くの食事処が閉店となり、
閑散とした情景に私としては初めての視た実態に、溜息を重ねたりした。



このような今年の私の心に今でも残ったことを思い浮かべながら、
来年こそ政府、国民が心をひとつにして、新型コロナウイルスが終息を念願している。
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ピンピンコロリで逝った人がしていた5か条、私は真摯に学び、多々教示させられて・・。

2020-12-29 08:31:15 | ささやかな古稀からの思い
昨夜、ときおり愛読している公式サイトの【介護ポストセブン】を見ている中、
『 ピンピンコロリで逝った人がしていた5つのこと
         寝たきりにならず最期を迎えるには? 』、
と題された見出しを見たりした。


私は東京の調布市に住む年金生活の76歳の身であり、
家内は私より5歳ばかり若く71歳となる。

そして私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、
我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
雑木の多い小庭に築後40数年の古ぼけた一軒屋に住んでいる。


こうした中、過ぎし35年近くのサラリーマン航路は、何かと悪戦苦闘が多かった為か、
17年近く過ごしてきた年金生活は、予測した以上に安楽な生活を享受している。

しかしながら、誰しも70代の頃になれば、
いつの日か自身が亡くなる時を思い馳せる時があると思われ、
何かと単細胞の私でも、漠然としながらも思案する時がある。
          



私は年金生活を始めて、3年過ぎた頃から、
いつの日にか認知症、脳梗塞など、そして寝たきりになる前に、
ポックリとこの世と別れを告げたい、と思ったりしていた・・。 

                  
たとえば晩秋ある日、私の自宅の近くの川沿いの遊歩道を歩いていた時、
この遊歩道は片側が帯状に小公園となり700メートル前後あり、
樹木、草花が四季それぞれに彩(いろど)っている場所で、私の散策の好きなひとつのコースでもある。

そして、いつものように木のベンチに私は座り、ペットポドルの煎茶を飲みながら、少し休息をした・・。

この時に、どうした思いか解らないが、いつの日にか命が果てる時は、
晩秋の午前のやわらかな陽射しの中、ポックリと死を迎えられたら本望である、と脳裏をかすめたりした。

この遊歩道で、独りで歩き、好きな本を抱(かか)えて、突然に命が果てる、 といった状況を願ったりした・・。

          
                            
しかしながら、この5年を過ぎた頃、私は「ピンピンコロリ」は難しい、とネットの記事で学んだりした・・。

がん医療の権威で終末期医療に詳しい大野竜三医師(愛知県がんセンター名誉総長)は、
『・・ピン・ピン・コロリ。それは中高年なら、誰もが願う生き方でしょう。
でも、そう簡単なことでは、ありません。

現実的に60歳以上の日本人がコロリと逝くとしたら、
心筋梗塞か、脳出血か、脳血栓かと思いますが、 救急搬送されれば、救命措置が施されるでしょう・・』
と私は学び、苦笑したりした。

このような終末期を私は思いめぐらしてきた・・。 

                                
この後、親戚の叔父さん3名も、終末期に3年から5年も入院され、
こうした中、ふたりの叔父さんは御自身の意思はなく、多大な手厚い延命治療を受けて、
やがて病院で亡くなってきた。

こうした話を私は聞いたりしてきたが、 自分で食物を口に運び、食べられなかったら、
もとより延命治療は断り、 痛みだけを執(と)って下さる平穏死を選ぶょ、
と私は家内に幾たびも言ったりしてきた。

家内も胃ろうや人工呼吸器などの延命治療は、お断りですから・・ と私に言ったりしている。

このような話を私たち夫婦は、幾たびも話し合ってきた・・。



このような深情を秘めている私は、今回の《・・ピンピンコロリで逝った人がしていた5つのこと
寝たきりにならず最期を迎えるには? って、
どのような状況の事ですか、と思いながら記事を真摯に読んだりした・・。 

この記事の原文は、『女性セブン』の2021年1月1日号に掲載むされた記事のひとつで、
関連の【介護ポストセブン】に2020年12月27日に配信され、
無断であるが転載させて頂く。

《・・ 2020年9月に100歳を超える高齢者が初の8万人を超えた。
しかし実は、日本は世界有数の長寿国だが、
他国に比べて寝たきりで最期を迎える“ネンネンコロリ”が多いと、
専門家が指摘する。

理想の最期――ピンピンコロリを実現するためにどうすればいいのだろうか?



☆日本の寝たきりの人数はスウェーデンの10倍

2019年の日本人の平均寿命は、
女性が87.45歳、男性も81.41歳となり、ともに過去最高を更新した。

2020年9月には、100歳以上の高齢者が初めて8万人を超え、
“人生100年時代”が訪れようとしている。

だが、それは同時に“寝たきり”で過ごす高齢者が、
増加したことも指し示している。

東京都立大学名誉教授で健康長寿に関する研究の第一人者の星旦二さんが言う。
「日本は世界でトップクラスの長寿国ですが、
他国に比べて寝たきりで最期を迎える“ネンネンコロリ”が多いのが特徴です。
つまり、長寿だからといって幸せとは限らないのです」

日本における「寝たきり」の人数は、アメリカの5倍、
スウェーデンの10倍ともいわれている。

いくら長生きしたとしても、
自立した生活ができなければ幸せとは言いがたい。

誰もが理想とする死に方である「ピンピンコロリ」に近づく方法は、ないのだろうか・・・。

最新の研究から、「ピンピンコロリ」で旅立った人を
看取った医師のアドバイスまで徹底取材した結果、
彼らに共通する「絶対にやらないこと」と「毎日やっていること」が明らかになった。



☆要介護などで自立した生活ができない期間が10年もある現実

そもそも「ピンピンコロリ」とはどんな死に方なのか。
星さんが解説する。

「最期まで元気で、要介護状態にならずに、
寿命を全うできる状態のことを指します。

寿命には健康寿命と平均寿命がありますが、
この2つの差が少なければ少ないほど、ピンピンコロリだといえます」

補足すると、健康寿命とは、要介護などで日常生活が制限されずに、
 自立して生活できる期間のことを指す。

つまり、寿命が長くても健康寿命が短ければ、
その間は充実した生活が送れないということだ。

厚生労働白書によると、2013年の女性の平均寿命と健康寿命の差は12.4年、
男性は9.02年もある。

つまり、多くの人が、不健康な期間が平均して約10年はあるのだ。



☆ピンピンコロリに必要な5つのこと

1.歩く力を落とさない=自分の足で歩く
『“歩く力”を落とさない!「新しい足」のトリセツ』などの
著書がある足の専門医・久道勝也さんは
「人生には老齢期に入って亡くなるまでに、3つの“下りステップ”がある」と話す。

「人生最後の下り階段は、歩行・排泄・食事の順に段差が高く、
一度下りてしまえば、ふたたび上ることはほぼ不可能です。

このステップを下りるスピードをできるだけ遅くすることこそが、
“ピンピンコロリ”につながります。

その中で最も重要なのが、最初のステップである歩行。
これさえ維持できていれば、
下り階段を下りることそのものを遅らせることができる。

そのうえ、自分の思いどおりに動けない状態は、介護する方も大変だが、
本人がいちばんつらいことは言うまでもない。
歩行機能は、精神面にも大きな影響を与えるのです」(久道さん)

死を迎えるまでには、1.歩行、2.排泄、3.食事・・3つの段階がある

この「3つの階段」を下りる速度を遅らせれば遅らせるだけ、
「ピンピンコロリ」に近づくことができる。



2.最期まで自分の歯で噛んで食べる

在宅ケアを専門とする立川在宅ケアクリニック院長の荘司輝昭さんは、
これまで多くの人を看取ったが、
歯が丈夫な人は、最期まで元気だったと振り返る。

「元気で長生きするうえでベースになるのは、自分の歯で噛んで食べること。
噛むことは、脳への刺激につながるし、
何より自分の力で、栄養を摂ることができます」



3.家にひとりで引きももらず社会的つながりを維持

歯の健康と並んで、荘司さんが気づいた彼らの共通点は
「社会的なつながり」だった。

「スポーツジムや趣味の習い事に通うだけでもかまいません。
違う世代の人と話をすることも、
脳への刺激になり、認知症予防になります。

意外にも、もともと明るい性格かどうかは関係ない。
たとえ時間がかかったとしても、
自分なりに社会とのつながりを持てるように考えて行動している人は、
最期まで元気な人が多いのです」(荘司さん)

星さんはピンピンコロリの人は、家にひとりで引きこもらないと話す。
「ピンピンコロリを体現したいなら
『老後は、ゆっくりのんびり暮らしたい』というのは適切ではありません。
役割があり、何かと用事を作って忙しい人の方が元気で長生きです。

会社や趣味、地域活動をやめて社会とのネットワークが断絶されると、
6年間で男性が7割、女性で5割の人が死亡することが明確になっています。

いまは新型コロナウイルスの影響で人に会いづらいため、
コミュニケーションの手段は、
電話やZoomなどのオンラインでもかまいません。
人とのつながりを維持することは、ピンピンコロリの第一歩です」



4.部屋を温かくする・・18℃以下の家に住んではいけない

暖冬といわれた2020年も少しずつではあるが、
日ごとに寒さがつのるようになった。
朝起きて室内の寒さに、身震いする人も多いだろう。

しかし星さんは、
「ピンピンコロリを目指すならば、
18℃以下の家に住んではいけない」と断言する。

「日本では、暖かい居間ですら6割の住宅が、
冬の室内温度が18℃以下になりますが、
体が冷えると血圧が上がり、ヒートショックのリスクも高くなる。
喘息やアレルギーも寒い家から発症することが多いのです。

いまの時期なら、窓を二重にしたり厚手のカーテンを使ったりして、室温を一定に保つように工夫する。
結露は、カビとダニの原因にもなるので、気をつけましょう。

ダニは、エアコンにもたまります。
定期的に掃除することも健康長寿につながります」(星さん)

過ごしやすく居心地のいい住まいが完成すれば、
いつそこで“お迎え”がきても安らかに逝ける・・・
しかし荘司さんは、それに待ったをかける。



5.安らかな死への準備…エンディングノートを書く

「安らかな死への準備として、エンディングノートも忘れずに。
ご自宅で看取りをして、本人はピンピンコロリで気持ちよく逝ったけれど、
遺族が相続でもめるケースは珍しくありません。

自宅で亡くなった後、家族が警察に調べられたケースもあります。
急に先立たれた遺族の負担を軽くするために、
葬儀の方法や訃報の連絡先を含めてエンディングノートに書いておく、
遺言書を作るなど、準備が必要です。

そうしないと、平和なピンピンコロリになりません」(荘司さん)

幸せな最期を迎えるため、できることから始めよう。


→最も多くの医師が「安らかな死に方」のトップに挙げたのは?
眠るように穏やかに最期を迎えることはできるのか

教えてくれた人
東京都立大学名誉教授・星旦二さん、足の専門医・久道勝也さん、
立川在宅ケアクリニック院長・荘司輝昭さん    ‥》

注)記事の原文に、あえて改行を多くした。



今回、ピンピンコロリで逝った人がしていた5か条、
私は真摯に学び、多々教示させられたりした・・。


私たち夫婦の晩秋期の難題は、息子、娘もいないので、介護がひとつの課題である。

いつの日にか『要支援』までであったら、何とか自宅で過ごせると思われるが、
やはり『要介護』になってしまったら、やむなく介護施設に入居すると思案したりしてきた。

やがてどちらかが、国の支援を受けている費用が程ほどに適度な特別養護老人ホームに、
入居が叶(かな)わなくなってしまった時、困苦する。 
         
やむなく高価と称されている有料老人ホームに、断腸の思いで自宅の敷地を売却して、
介護施設に入居しなくてはならない場合もある。

もとより介護の難題は、いつまで介護を受ける必要な期間が判らず、
やがて永がられば本人の自己負担額が増し、貯金は切り崩しても資金不足となり、
当然ながら、退所が余儀なくされて、行き場がなく迷子のような介護難民になることである。

こうしたことに今から対処するためのひとつとして、
殆ど毎日のように自宅から3キロ以内の周辺にある遊歩道、小公園などを散策している。

こうした根底として、もとより健康でなければ、自身の日頃のささやかな願いも叶わないので、
いつの日にか認知症、或いは脳梗塞などの難病に遭遇したら、困窮するので、
ひたすら歩き、ときおり大股で歩いたり、或いは足早に歩くことが多くなっている。
     
こうした中で、私は亡き母の遺伝を純粋に受け継いだ為か、恥ずかしながら男の癖におしゃべりが好きで、
何かと家内と談笑したり、ご近所の奥様、ご主人など明るく微笑みながら談笑したりしている。

そして私は、遊歩道、公園などを散策していると、見知らぬ男性、
女性グループの御方たちと、話しかけられたり、或いは話しかけたりして、談笑し、
殆ど毎日過ごしている。

或いは、知人とか友人と時折お逢いする時は、しばらくねぇ・・、と私は笑いながら逢ったりして、
日中はコーヒー、夕暮れからはビールか水割りのウィスキーを飲みながら、談笑をしたりしている。

ときおり国内旅行は私たち夫婦の共通趣味のひとつで、幾たびか遊学を重ねてきたが、
旅先でも、私は食事処、ロビーなどて隣席した見知らぬ方でも、話しかけて談笑したりしている。
                          
こうした中で、好奇心をなくしたらこの世は終わりだ、と信条している私は、
体力の衰えを感じている私でも、その時に応じて溌剌とふるまったりしている。




そして今年のコロナの烈風に伴い不要不出の中、
私たちは本格的にエンディングノートの中の諸項目を話し合い、
書類に第一稿としてまとめたりしてきた・・。

このような身勝手な私は、果たして今回のピンピンコロリで逝ける人、
成れるように・・こっそりと祈願したりしている。


しかしながら長く生き健康寿命でいられるのは自助努力も肝要であるが、
やはり難病などをすべて乗り越える必要があるので、
仏様か神様が采配する世界かしら、と空を見上げたりしている。


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全国で新たに2953人の感染確認 日曜日として過去最多、重症者も最多に、無力な私は憂い・・。

2020-12-28 14:48:23 | ささやかな古稀からの思い

先程、MSN (マイクロソフト)JAPANより配信されたニュースの中で、
『 全国で新たに2953人の感染確認 日曜日として過去最多、

      重症者も最多 』、と題された見出しを見たりした。

私は東京の調布市に住む年金生活の76歳の身であり、
家内は私より5歳ばかり若く71歳となる。

そして私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、
我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
雑木の多い小庭に築後40数年の古ぼけた一軒屋に住んでいる。


こうした中で、体力の衰えた私は、殆ど毎日のように、
自宅の周辺にある公園、遊歩道、住宅街の歩道を散策している。



一昨日の26日の土曜日、昨日の27日の日曜日を遊歩道、
やがて住宅街にある小公園は家族連れの多くが、
日頃のコロナの烈風の閉塞感から、解放されたように陽射しの中で、
 歓声も上がったりしていた・・。

やがて住宅街の歩道を歩いていた時、ひとつの掲示板を見て、
私は微苦笑をしてしまった・・。



過ぎし一カ月前の頃、長らく感染に対応する医療関係者の重圧、疲労感が増し、
医療崩壊の危険が叫ばれる中、
西村康稔コロナ対策担当大臣が確か11月25日頃、勝負の3週間、と決意されたりした。

この後、都心の街並みは、人出が多く、
やはり『三密』のエチケットも無視される御方が多く、
無力な私は憂いたりした。

私は菅義偉首相が国民の命を守る為に、感染が沈静化するまで、
人の動きを止める為『GoTo』関係を中止、
宣言されることを待ちわびたりした・・。

やがて12月14日夜、、遅ればせながら菅義偉首相は、
首相官邸で開いた新型コロナウイルス感染症対策本部の会合で、
観光支援事業「GoToトラベル」について、
28日から来月11日までの間「全国一斉に一時停止する」と表明されたりした。

私は、西村康稔コロナ対策担当大臣が確か11月25日頃、勝負の3週間と公明され、
12月14日まで、菅内閣として感染の拡大を放置していたのか、
と余りにも遅い言動に不信を深めたりした。




このような憂いながら心痛の思いで過ごしてきた私は、
政府の要人のあきれ果てる言動、一貫性のない言動にあきれ果てて、
多くの国民は緊張感をなくし、つい気がゆるみ、
今回の『全国で新たに2953人の感染確認』の悲惨な実態となった、
と思ったりした。



先程、産経新聞社より配信されたニュースの中で、
政府、午後5時から新型コロナ対策本部を開催 対策議論』、
と題された記事を読んだりした。

《・・ 政府は28日、新型コロナウイルス感染症対策本部を
同日午後5時から首相官邸で開催すると発表した。

東京都で12月の感染者の合計が1万5千人を超えるなど、
感染が収束する兆しは見えていない。

さらに、感染力の強い新型コロナの変異種が国内でも確認され、
感染の拡大が懸念されている。

例年なら人の移動などが活発化する年末年始を前に、
対策本部では改めて感染防止に向けた対策などを協議するとみられる。

菅義偉首相は28日午前、官邸で記者団の取材に応じ、変異種について
「対策は従来のウイルスと一緒であり、国民の皆さんには、
手洗い、マスク(着用など)を徹底しておこなっていただきたい」と要請。

「静かな年末年始をお過ごしいただきたい」とも語った。・・》



このようなニュースを読み、新型コロナウイルス感染症対策本部に於いて、
菅義偉首相、そして西村康稔コロナ対策担当大臣らが、
総合対策を的確に迅速に提示し、
国民に分かりやすく声明して欲しい、と無力な私は願っている。

あやふやな希望的観測の対処の場合は、国民は戸惑い、
もとより現政権に失望が増す・・。

何よりも国民の命、健康が脅かせられるので、現政権は責務を果たして頂きたい・・。


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御節(おせち)料理、多彩な食べ物の意味合い、遅ればせながら私は学び、微苦笑をして・・。

2020-12-27 14:24:57 | ささやかな古稀からの思い
先程、MSN (マイクロソフト)JAPANより配信されたニュースの中で、
『 おせち料理でいただく数の子や黒豆ってどんな意味があるの?』、
と題された見出しを見たりした。


私は東京の調布市に住む年金生活の76歳の身であり、
家内は私より5歳ばかり若く71歳となる。

そして私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、
我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
雑木の多い小庭に築後40数年の古ぼけた一軒屋に住んでいる。




こうした中で、御節(おせち)料理に関しては、
私の母が亡くなる1998年〈平成16年〉の生前までは、
家内が奮闘して、世間並みに御節(おせち)料理を三段重として、
素材の購入から料理までを一週間ぐらい要して、ふたセットを作ったりしていた。

こうした中、もとより祝い肴三種として、「数の子」、「黒豆」、「田作り」も、備えていた。
何かしら「田作り」は、カタクチイワシの稚魚を干したのを、
お醤油であめ炊きにしてつくるのよ、と私は家内から教えられたりした。

やがて独り住まいの私の母に、大晦日の日に私は届けた後、
家内の両親を我が家に迎えて、『お年取り』をした後、宿泊して頂き、
翌日の元旦に家内の両親は帰宅されたりした。

この翌日の2日には、私は三男坊の身であり、私の実家で私の長兄宅で、
私の母を中核に、私の兄妹、親戚一同で、華やかに『新年会』を行ってきた。

こうした行事が、私の母が亡くなるまで20数年続いたりした。



この後は、私の長兄宅での『新年会』は消滅し、
家内の両親を我が家に迎えて、『お年取り』をした後、共に新年を迎えることも消え去り、
私たち夫婦は、年末年始に初めて国内の旅路し、その後も4年ばかり重ねてきた。

やがて私が定年退職する2004年(平成16年)の秋の直前に家内の父が死去し、
家内の母は独り住まいとなったので、年末年始には我が家に来て貰っている。

そして私たち夫婦は、この時節の年末年始を共に3人で過ごすのが、
14年間続いたりした。

簡略した御節(おせち)料理とした上、
それぞれが食べたい単品を揃えて、お互いに歓談しながら、頂いたりしてきた・・。 




このように私は御節(おせち)料理を漠然としながら頂いてきたが、
御節(おせち)料理、多彩な食べ物の意味合いは無知なこともあり、
遅ればせながら私は学ぼうと思い、記事を精読した。

この記事の原文は、初めて知る公式サイトの【 TABIZINE 】に於いて、
12月23日に配信され、無断であるが記事を転載させて頂く。




《・・師走を迎え、新しい年まであとわずか。

新年に向けての最大の準備といえば、
やっぱり「おせち料理」ではないでしょうか。

自宅で手作りしたものを食べる人や、
高級おせちをお取り寄せして楽しむ人などさまざまですが、
おせちの具材一つ一つにも意味があるのをご存じですか?

毎年何気なく食べているおせちですが、
具材一つ一つの意味を知ってよりおいしくいただきたいものですよね。

今回は、一の重に入っている具材の中で「祝い肴」からご紹介します。



© TABIZINE 提供 おせち料理

☆重箱に詰めるおせちの具材は決まっている



© TABIZINE 提供 おせち料理

おせち料理は、一般的に重箱に詰められています。

お重を重ねることは、「めでたさを重ねる」という意味があり、
重ねた時に1番上にくるのが「一の重」、
その下につづくのが、「二の重」、「三の重」と呼ばれています。

本来は四段重(五段重という説もあり)が正式なものでしたが、
現代は、三段重が多いようです。



一の重には、祝い肴と口取りを詰めます。
この祝い肴とは、関東では「数の子、黒豆、田作り」、
関西では「黒豆もしくは田作り・数の子・たたきごぼう」が一般的な祝い肴とされています。

「これら3つと餅があればお正月を迎えられる」
とすらいわれているほど、お正月に欠かせない食材です。

そして、口取りとは「口取り肴」の略語で、酒の肴になる料理のことを指します。

紅白のかまぼこやきんとんをはじめ、伊達巻き、昆布巻きなど、
甘みのある料理を詰めるのが主流となっています。


☆祝い肴は田作り・数の子・黒豆の三種類

お正月に欠かせない食材である祝い肴。
それぞれ、どのような意味が込められているのでしょうか?
ひとつずつ見ていきましょう。

◎数の子

© TABIZINE 提供 数の子

ニシンの卵である数の子は、二親(にしん)の子に通じ、
卵の数が多いことから「子孫繁栄」を願っています。


◎黒豆

© TABIZINE 提供 黒豆

「マメ(豆)に元気に働けるように」という願いが込められています。
また、豆は健康や丈夫という意味を表す言葉であったことから、
無病息災も願っています。



◎田作り

© TABIZINE 提供 田作りとくわい

田作りは、片口イワシの稚魚を干して飴炊きにしたもの。
片口イワシを肥料として使った田畑が豊作になったことにちなみ、
五穀豊穣を願っています。
「ごまめ」とも呼ばれます。



◎たたきごぼう

© TABIZINE 提供 たたきごぼう 他

関西では、たたきごぼうを祝い肴とする場合があります。
柔らかく煮たごぼうを、延べ棒で叩き調味料をしみ込ませた料理です。

ごぼうは、地中にまっすぐ根を張ることから縁起の良い食材と言われ、
たたきごぼうを入れることで家の基礎が堅固であることを願っているのです。

縁起の良い食材を使った祝い肴をいただき、健やかな新年のスタートをきりたいものですね。・・》

注)記事の原文に、あえて改行を多くした。



今回、御節(おせち)料理、多彩な食べ物の意味合い、
遅ればせながら私は学び、やがて微苦笑をしたりした・・。

何かと無知なことの多い私は、私の幼年期は農家の児として育てられ、
祖父、父が小学3年生まで亡くなるまで、
正月の時は、御節(おせち)料理とか御雑煮を頂きながら、
御節(おせち)料理の食材の意味合いを教えられてきた・・。




遠い昔、60年弱・・思い馳せたり、
或いは後年に、書物などから学んだしてきたので、
今回、無知だったのは、《・・ごぼうは、地中にまっすぐ根を張ることから縁起の良い食材・・》、
たたきごぼう』であったりした。
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今年「売れたもの」、「売れなかったもの」、こっそりと高齢者の私は学び、やがて微苦笑して・・。

2020-12-26 13:26:52 | ささやかな古稀からの思い
先程、ヤフーより配信されたニュースの中で、
『 「今年売れたもの」1位マスク・2位消毒剤、最も売れなかったのは・・ 』、
と題された見出しを見たりした。


私は東京の調布市に住む年金生活の76歳の身であり、
家内は私より5歳ばかり若く71歳となる。

そして私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、
我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
雑木の多い小庭に築後40数年の古ぼけた一軒屋に住んでいる。


このように無念ながら息子、娘もいなく、まして孫もいないので、
長らく年金生活をしていると、世間に疎(うと)くなり、
今回の《・・「今年売れたもの」・・「最も売れなかったもの」・・》って、
社会への好奇心に導かれて、こっそりと読んでしまった・・。



この記事の原文は、公式サイトの【 読売新聞オンライン 】に於いて、
2020年12月19日に配信され、無断であるが転載させて頂く。

《・・ 調査会社のインテージは、
食品・日用品の「今年売れたものランキング」をまとめた。

『マスク』や『殺菌消毒剤』など
新型コロナウイルスの感染防止に絡むものが上位を占める一方、
外出機会が減ったことから、『化粧品』が苦戦した。

今年最も売り上げが伸びた『マスク』

全国のスーパーやコンビニエンスストア、ドラッグストアなど4000店での
今年1~10月の販売データを集計。

推計を加えて、売れ行きを伸ばした商品をランキング化した。

1位の『マスク』は、前年比4・25倍、
2位の『殺菌消毒剤』は、3・02倍となった。
『殺菌消毒剤』は、手指消毒剤に限定すると、9倍以上の伸びだった。

大ヒット中のアニメ『鬼滅の刃(きめつのやいば)』の関連商品が後押しとなり、
玩具メーカー菓子が6位。

自宅で過ごす時間が増え、手軽に調理できる『冷凍魚介類』や、
『ホットケーキ』の材料などもよく売れた。



最も売れなかった商品は、『口紅』で56%減。
在宅勤務の拡大に加え、口元が隠れるマスクをする時間が増えたためとみられる。
『ほおべに』や『ファンデーション』なども振るわなかった。

感染拡大を防ぐために、移動や旅行が制限されたことから、
『酔い止めの薬』などが含まれる『鎮暈ちんうん剤』が2位に入った。

ゴールデンウィーク前後は、売り上げが前年の2割に満たない時期もあった。

3位の『強心剤』は、激減している訪日客に人気のある商品だ。‥》


注)記事の原文に、あえて改行を多くした。



今回、今年「売れたもの」、「売れなかったもの」を学びながら、
やはり新型コロナウイルスの烈風は、いかに私たちの生活に、
それぞれの御方に影響してきたか、改めて教示されたりした。

新型コロナウイルスの烈風は、
今年の初春、世界の誰しもが予期できなかった悲惨な出来事であり、
世界の多くの人々が、生死の関わる難題に遭遇して、社会経済は低迷し、
働いて下さる諸兄諸姉も困苦されている御方も多く、今日に至っている。




私も2月上旬の頃から、新型コロナウイルスに伴い、テレビのニュースなどで、
感染した事態が日々報じられ、これ以来何かと重苦しい風潮の中、
私は戸惑いながら過ごしてる。

たとえばマスクに関しては、私はマスクが苦手で、
2月の中旬まで、これまでマスクをしたことはなかったが、
生まれて初めて極く一般の白いマスクを付けて、歩いたりしてきた。     

しかしながら、この後の3月になると、ドラッグストア、スーパー、コンビニなどで、
私たち夫婦のマスクを更に必要となり、買い求めようとしたが、
母を訪ねて三千里のように探し求めてきたが、
わずか6つばかり何とか入手できたが、マスク迷子の悲惨な時を過ごしたりした・・。
        
やがて4月23日、あるドラックストアーに寄った時、
たまたまマスクの入荷にめぐり逢えて、久々に買い求めることが出来たりした。

この後、ドラックストアーで買い求めることができたが、
私は我が家の平素の買物専任者、或いは散策と、毎日使い捨てのマスクをしてきたので、
我が家の家内の使用分を含めると、程々の購入費となっている。




こうした中で、私たち夫婦は国内旅行が共通の趣味であるが、
昨年は家内の大病で、やむなく中止となり、
今年の新年三が日に、今年の春、そして秋に一週間ぐらい滞在旅行を思案したが、
新型コロナウイルスの感染、旅先の制約で幻(まぼろし)となってしまった。

或いは、私たち夫婦は食事処で外食に関して、
結婚以来、初めてゼロとなり、もっぱらスーパー、専門店で買い求めて、
我が家で頂く年となったりした。

このように何かと新型コロナウイルスの影響で、
戸惑ったりしている今年の日常生活となり、
来年こそは新型コロナウイルスの終息し、多くの御方と明るい話題で共有したい、
と祈願したりしている。
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Withコロナのお正月は、盛り付け自由な100円均一おせち、高齢者の私は学び、微笑みを重ねて・・。

2020-12-25 11:55:35 | ささやかな古稀からの思い
先程、ヤフーより配信されたニュースを見ている中、
『 Withコロナのお正月は 盛り付け自由な100円均一おせちはいかが? 』、
と題された見出しを見たりした。

私は東京の調布市に住む年金生活の76歳の身であり、
家内は私より5歳ばかり若く71歳となる。

そして私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、
我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
雑木の多い小庭に築後40数年の古ぼけた一軒屋に住んでいる。




こうした中で、御節(おせち)料理に関しては、
私の母が亡くなる1998年〈平成16年〉の生前までは、
家内が奮闘して、世間並みに御節(おせち)料理を三段重として、
素材の購入から料理までを一週間ぐらい要して、ふたセットを作ったりしていた。

こうした中、もとより祝い肴三種として、「数の子」、「黒豆」、「田作り」も、備えていた。
何かしら「田作り」は、カタクチイワシの稚魚を干したのを、
お醤油であめ炊きにしてつくるのよ、と私は家内から教えられたりした。

やがて独り住まいの私の母に、大晦日の日に私は届けた後、
家内の両親を我が家に迎えて、『お年取り』をした後、宿泊して頂き、
翌日の元旦に家内の両親は帰宅されたりした。

この翌日の2日には、私は三男坊の身であり、私の実家で私の長兄宅で、
私の母を中核に、私の兄妹、親戚一同で、華やかに『新年会』を行ってきた。

こうした行事が、私の母が亡くなるまで20数年続いたりした。



この後は、私の長兄宅での『新年会』は消滅し、
家内の両親を我が家に迎えて、『お年取り』をした後、共に新年を迎えることも消え去り、
私たち夫婦は、年末年始に初めて国内の旅路し、その後も4年ばかり重ねてきた。

やがて私が定年退職する2004年(平成16年)の秋の直前に家内の父が死去し、
家内の母は独り住まいとなったので、年末年始には我が家に来て貰っている。

そして私たち夫婦は、この時節の年末年始を共に3人で過ごすのが、
14年間続いたりした。


簡略した御節(おせち)料理とした上、
それぞれが食べたい単品を揃えて、お互いに歓談しながら、頂いたりしてきた・・。

やがて一昨年になると、介護・要となってしまった家内の母は、我が家に来るのも難儀となり、
私たち夫婦は15年ぶりに、ふたりだけの年末年始となったりした。

そして簡略した御節(おせち)料理とした上、

それぞれが食べたい単品を揃えて、お互いに談笑しながら、頂いたりしてきた・・。



このように私たち夫婦は過ごしてきたりし、
今回のWithコロナのお正月は 盛り付け自由な100円均一おせちはいかが?』、
どのような食べ物なの・・と好奇心に負けて、記事を読んでしまった・・。

この記事の原文は、初めて知る公式サイトの【 CREA WEB 】に於いて、
12月24日に配信され、無断であるが記事の殆どを転載させて頂く。

《・・「おうち時間の充実」&「ひとり用おせち」がキーワードに

2012年に販売開始され、累計683万個を突破した「100円おせち」をご存じですか?  



販売しているのは「ローソンストア100」。  

昆布巻き、栗きんとん、黒豆などの基本的アイテムはもちろん、
地方によってなくてはならない「数の子松前」や「棒鱈甘露煮」も盛り込んだ、
怒涛の全38種!   

盛り付けを担当した料理研究家の小林睦美さんによると、
 「重箱に詰める場合は、仕切りに小鉢を使うと
具材同士が混ざらなく、盛り付けやすいです。

同じ色味が隣り合わないように配置して、
赤・黄・ピンクの明るい色の具材が、
どの段にも入るようにすることがポイントです。
緑の葉や南天を添えるとさらにグッと華やかになります」とのこと。




★今年のニューフェイスは高級食材


今年新たに加わったニューフェイスは「のどぐろ蒲」、「味付け帆立」、
「魚卵のうま煮」などの6種。  

旬の時期に食材を調達したり、
新型コロナウイルスの影響で高級な食材が手に入りやすいという状況を逆手にとった、
ローソンさんの必死の努力によって、豪華食材の確保を実現。
100円という驚愕価格を実現しているのです。


(略)


販売当初の2012年において「100円おせち」は、
買い忘れ対策として開発された商品だったとか。  

だけど、今年は、もうこのおせちでいいのでは? 
いやこのおせちがいいのでは? と思わせる勢いと福々しさを感じます。

 「100円おせち」は、2020年12月25日(金)より、「ローソンストア100」で販売開始です。

 「100円おせち」サイト https://store100.lawson.co.jp/special/osechi/202012/  ・・》

注)記事の原文に、あえて改行を多くした。



今回、「ローソンストア100」より販売されている「100円おせち」、
公式サイトを開き、見ていたが、多彩な単品に驚き、
盛り付けられたサンプルの数々に瞬時に魅了され、微笑んだりした。

そして我が家も、スーパーなどで単品買いをしてきたが、
「ローソンストア100」に行き、この中の単品を買い求めようかしら、
と私は微笑んだりしている。
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コロナ患者、なぜ減らない? 受診すべき初期症状とは、遅ればせながら私は学び・・。

2020-12-25 08:14:11 | ささやかな古稀からの思い
私は東京の調布市に住む年金生活の76歳の身であるが、
昨夜、ときおり愛読している公式サイトの【 
日経Gooday 30+ 】の中で、

『 コロナ患者、なぜ減らない? 受診すべき初期症状とは 
と題された見出しを見たりしていた。

今年の新春、世界の誰しもが予期できなかった新型コロナウイルスに伴い、
世界の多くの人が、生死の関わる難題に遭遇して、今日に至っている。

過ぎし日の2月上旬の頃から、新型コロナウイルスに伴い、テレビのニュースなどで、
感染した事態が日々報じられ、これ以来何かと重苦しい風潮の中、
私は戸惑いながら過ごしてる。 





こうした中で、せめて私ができることは、
政府から公布された、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐために、
やむなく「新しい生活様式」を遵守したりしてきた。

おひとりおひとりが、「相手と身体的距離を確保すること」、
「マスクの着用」、「 手洗いや咳エチケット」、
「三密(密集、密接、密閉)」を避けるといった、

 約束は国民のひとりとして、確かな責務、と実施したりしてきた。

そして世の中は、自粛から自衛の風潮に変貌し、
無力な私でも大切な社会経済の復興を願っているが、
新型コロナウイルスが沈静化するまで、自分の身は自分で守りながら、
程々に自粛生活の延長戦する、と受け止めたりしている。


このような深情で過ごしている私は、無力ながら、
《・・コロナ患者、なぜ減らない? 受診すべき初期症状とは・・》、
遅ればせながら私は学びたく、記事を読んだりした・・。



この記事は、【 日経Gooday 30+ 】で12月24日に配信され、
無断であるが記事の殆どを転載させて頂く。

《・・ソーシャルディスタンス(社会的距離)に手指消毒・手洗い、マスク着用・・・。

こうした感染予防策を行っていても、
新型コロナウイルス感染症が<なかなか減らないのはなぜなのか。

例年であれば、多くの人が移動し交流が増える年末年始が近づく、
 新型コロナウイルス感染症の患者数と重症者数は減る兆しが見えない。

患者の治療に当たっている国立国際医療研究センター国際感染症センターの忽那賢志医長に話を聞いた。




「密集・密接・密閉」だと感染が広がりやすい

――新型コロナウイルス感染症と同じく飛沫感染するインフルエンザですが、
  今シーズンは例年に比べ大幅に少ない状況が続いています。

  インフルエンザがこれだけ抑えられているのに、
  新型コロナウイルス感染症の感染が抑えきれていないのは、
  それだけ感染力が強いということでしょうか。


国立国際医療研究センター国際感染症センターの忽那賢志医長

そうですね、感染力が強いというより、新型コロナウイルス感染症は、
「特徴的な環境」で、感染が広がりやすいということだと思います。

特徴的な環境とは、3密(密集、密接、密閉)のことです。
実際、感染の9割超が屋内で発生していたという論文があります。

あわせて読みたい本物のウイルスでマスクの効果試した結果は、
やはり・・・コロナ後遺症の実態 退院後も疲労感や呼吸困難

また、感染しても無症状の人が、
一定の割合でいるのも感染が広がりやすい理由の一つでしょう。

そうした人の割合は、まだはっきり分かっていませんが、
これまでの報告では、およそ3~8割の人が、
感染しても、無症状であったといわれています。

クルーズ船ダイヤモンド・プリンセスで、
PCR検査陽性だった人のうち、6割弱は無症状でした。

なお、新型コロナウイルス感染症に感染してから、
何らかの症状を発症するまでの潜伏期間は1~14日と幅がありますが、
多くの人がおよそ4~5日で発症します。

感染した人が、他人に感染させる期間は、
発症の3日前から発症後5~10日まであり得るとされています。




★インフルエンザやかぜと症状で区別するのは難しい


――どのような症状が出たら、新型コロナウイルス感染症を疑うべきでしょうか。
  インフルエンザやかぜと症状で区別できますか。


国立国際医療研究センター国際感染症センターの忽那賢志医長

新型コロナウイルス感染症の典型的な症状は、
発熱、咳(せき)、だるさ、食欲低下、息切れ、痰(たん)、筋肉痛、
嗅覚・味覚障害などといわれています。

まれですが、目の充血、嘔吐(おうと)、血痰(けったん)が起きたり、
血液が固まりやすくなったりすることが分かっています。

かぜやインフルエンザの症状も、新型コロナウイルス感染症に似ています。

かぜはゆっくりと発症し、微熱、鼻水、のどの痛み、咳などが数日続きます。

それに対し、インフルエンザは比較的急に発症し、
高熱と咳、のどの痛み、鼻水、頭痛、関節痛などが3~5日続きます。

かぜに比べると高熱が出やすく、
頭痛や全身の関節痛・筋肉痛を伴うことがあります。

このうち、息切れや嗅覚・味覚障害は、
かぜやインフルエンザでは、なかなか起こらない症状ですので、
新型コロナウイルス感染症を疑うきっかけになります。

しかし、新型コロナウイルス感染症の症状は、
かぜやインフルエンザの症状とよく似ているので、
ご自身で判断するのは非常に難しいと思います。

私も区別が付かないことがあるくらいです。
ですから、症状だけで「これはかぜだから、受診しなくても大丈夫だな」
などと判断しない方がいいでしょう。




――症状での区別は難しいということは、
  症状があればなるべく早めに受診した方がいいのでしょうか?


国立国際医療研究センター国際感染症センターの忽那賢志医長

第1波のころは混乱を防ぐため、
「かぜの症状や37.5度以上の発熱が4日以上続く」
という受診の目安がありました。

しかし、今は検査体制も整ってきています。
今のような流行状況であれば、
新型コロナウイルス感染症の可能性も低くありませんので、
症状が軽かったり、発熱がなかったりしても、相談・受診してよいと思います。

今は、まずかかりつけ医に相談することになっていますので、
一度問い合わせてみましょう。

かかりつけ医がいないという方は、
各自治体が設けている新型コロナウイルスに関する相談窓口に連絡しましょう。

かぜやインフルエンザは、新型コロナウイルス感染症のように、
咳や痰以外の症状が、1週間以上続くことは比較的まれです。

特に重症化する方は、発症から1週間前後で、
咳、痰、呼吸困難など肺炎の症状が強くなってくると分かっています。

流行早期の中国での4万人の感染者のデータによると、
発症してから1週間程度は、かぜのような軽微な症状が続き、
約8割の方は、そのまま治癒します。

重症化する2割弱の人は、そこから徐々に肺炎の症状が悪化して入院に至ります。

さらに約5%の患者は、そこから集中治療が必要になって集中治療室(ICU)に入室し、
約2%が命にかかわる重症になり得るとされています。


日本国内でも、新型コロナウイルス感染症と診断された方が、
自宅待機中に突然亡くなる事例が報告されています。

血栓症が関与している可能性もあるので、発症から1週間を待たず、 
胸痛や呼吸苦などの症状が急激に悪化すれば、
すぐに医療機関を受診しましょう。





★忘年会・新年会、帰省はオンラインで


――これから年末年始を迎えますが、今現場の医師として伝えたいことはありますか?


国立国際医療研究センター国際感染症センターの忽那賢志医長

まず、今シーズンは現地に集まってお酒を飲む忘・新年会は、
諦めてください。

オンラインに切り替えるなど、感染リスクのない形で楽しんでいただきたいと思います。

年末年始の帰省を検討している方もいらっしゃると思います。
移動そのものは、感染のリスクにならないという考えもあるようですが、
移動による感染リスクは、ゼロにはできません。

実際に、移動中の航空機や高速列車内で、感染したケースも報告されています。

さらに、帰省すれば家族・親戚や知人と食事する機会もあるでしょうし、
感染拡大につながります。

こちらもできれば「オンライン帰省」などを検討いただければと思います。
       取材、執筆・・ライター 増谷 彩 ・・》

注)記事の原文に、あえて改行を多くした。



今回、コロナ患者、なぜ減らない? 受診すべき初期症状、
国立国際医療研究センター国際感染症センターの忽那賢志医長の丁重な問診、
多々教示させられた。

そして私は、何かしら風邪の状態より差異を感じた場合、
《・・新型コロナウイルス感染症の可能性も低くありませんので、
症状が軽かったり、発熱がなかったりしても、相談・受診してよいと思います。

今は、まずかかりつけ医に相談することになっていますので、
一度問い合わせてみましょう。

かかりつけ医がいないという方は、
各自治体が設けている新型コロナウイルスに関する相談窓口に連絡しましょう。・・》

こうした行動で対処しょう、と思い深めたりしている。

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多彩なクリスマス・ソング、76歳の私が圧倒的に魅せられた名曲は・・。

2020-12-24 13:34:55 | ささやかな古稀からの思い
私は東京の調布市に住む年金生活の76歳の身であるが、
12月初旬の頃から、新聞の折り込みチラシのデパート、スーパーなどで、
クリスマスに関しての贈り物、或いは駅前の洋菓子専門店のケーキが広告チラシとして掲載されてきた。

生家は仏教の曹洞宗の中で育てられ、キリスト教には無縁であるが、
中学生の頃から何かとアメリカの文化を影響されてきた私は、
この時節を迎えると、クリスマスのシーズンかしら、と微苦笑したりしてきた。

過日、家内の依頼で駅ビルに近い洋菓子店に行った時、
店内にはクリスマス・ツリーが置かれて、思わず私は微笑んだりした・・。
そしてクリスマスの歌も流れて、高齢者の私でも少し高揚感となり、苦笑してしまった・・。

この帰路、数多くあるクリスマス・ソングの歌を思い浮かべたりし、
この中で私が圧倒的に魅せられた歌に思いを重ねたりした・・。



            
    
 ☆過ぎ去り2008年の12月下旬に『さっぽろホワイト・イルミネーション』を観に行った旅路で、
      『サッポロファクトリー』に入店し、喫茶店の外庭のテーブルに座っていた時、
      レンガの煙突にサンタさんが這い登る情景に魅せられ、たまたま雪が舞い降り始めた・・☆


確か1995〈平成7〉年のクリスマス・シーズンの前、
たまたまドナ・サマーのクリスマス関係の名曲の数々に惹かれて、一枚のCDアルバムを私は購入したりした。

ダンス・クィーンなどと称されていたドナ・サマーが、
1994年に名プロデューサーのマイケル・オマーティアンとの共作に寄る
『CHERISTMAS SPIRIT』と題されたアルバムである。


          



そして日本ではマーキュリー・レーベルから発売され、
アルバム・タイトルは、『ホワイト・クリスマス/ドナ・サマー』となっている。

①ホワイト・クリスマス
②クリスマス・ソング
③神の御子は今宵しも
④クリスマス・イズ・ヒア
⑤クリスマス・メドレー
  a.このみどり子は誰なるぞ
  b.ドゥ・ユー・ヒア・ホワット・アイ・ヒア
  c.もろびとこぞりて
⑥クリスマスはわが家で
⑦クリスマス・スピリット
⑧プレイス・オブ・ヘヴン
⑨オー・ホーリー・ナイト
⑩ラム・オブ・ゴット

私は初めて聴いた後、真の大人の歌手が圧倒的な歌唱力で唄い上げ、
オーケストラとゴスペラ・コーラスを背景にした作品であり、
黒人霊歌を根底に育ったドナ・サマーが、真摯に唄うクリスマス・ソングの一曲でも聴くと、
まさに使い古された言葉であるが、鳥肌が立ち、思わず襟を正された・・。

かといって、どなたでも親しみのある名曲ばかりであるので、
たとえ一流のホテル、街のお洒落な居酒屋でも聴きやすいアルバムでもある。

私はクリスマス関連のアルバムを10数枚を所有しているが、
このアルバムのドナ・サマーが、『クリスマス・ソングス』、『神の御子は今宵しも』
そして『もろびとこぞりて』等を聴いたりすると、
やはり日常生活でキリスト教に信愛し、親しみを持たれた類(たぐい)稀(まれ)な歌手に、
底知れぬ唄声に降参し、魅了される・・。

私はドナ・サマーに関しては、このたった一枚のアルバムしか知らないが、
毎年クリスマス・シーズンになると、
このアルバムを盛んに聴いたりして、早や25年は過ぎている。


私のサラリーマン現役時代の時、確か1983年のこの時節に初めて聴いて、
巧過(うます)ぎる歌だなぁ、と瞬時に感じた山下達郎さんの『クリスマス・イブ』である。

この後に、JR東海のCMに盛んにテレビで放映され、
離れ離れの若き男女で、待ちわびて、そしてやっと逢える、といった情景だったと思い浮かべている。

山下達郎さんのこの曲の唄声を背景に、
その後も毎年のように幾つかの若い男女のせつなく、もどかしい情景が映しだされ、
私は微笑みながら、秘かに若い男女に幸せあれ、と心の中で祈ったりしていた・・。

そして昨今は、携帯電話、スマートフォンなどを若い方たちは愛用しているので、
待ちわびる、と言った情感は死語になってしまい、愛惜感も増す名曲である。

そして私は、若き男女のおふたりに、冬の天の川のように心寄せながら、
ときめき、もどかしさ、せつなさの恋情を齢を重ねた私さえ、
感じられ、感銘させてくれる歌である。


クリスマス・ソングの中で、園児から高齢者まで高揚させてくれる歌は、『赤鼻のトナカイ』である。

2004年の秋より年金生活を始めて、
確か翌年のクリスマスの直前だった、と記憶している。

平素の買物専任者の私は、午前のひととき、私は二軒ばかりのスーパーに買物に行った。
数多くの人々が三連休の最終日、その上、クリスマス・イブなので、
何時もの平日と違い、込み合っていた・・。

ご家族の方たち、現役の40代のご夫婦等が見受けられ、私なりに微笑ましく、感じられた・・。

店内からは、

♪真っ赤なお鼻の トナカイさんは
 いつもみんなの 笑いもの

【 『赤鼻のトナカイ』 作詞・新田宣夫 作詞・MARKS JOHND 】

メロディが流れた・・。

私は何かしら追われるように、買物の選定をしたのであるが、
クリスマス・ソングの中で、誰しもが知っていて、親しまれ、心を高揚させる曲は、
『赤鼻のトナカイ』は、突出した最高の曲と思ったりした。

買物の客が、何かしら追われるようにクリスマス関係商品を数多くお買い上げ頂ければ、
と店長の発想であったならば、優秀な店長と私は誉(ほ)め讃(たた)える。

そして選曲を『ホワイト・クリスマス』などにした場合、
買い物客は、何かしらしっとりと聴きこんでしまい、お買い上げの向上に図れないと思う。

たかが、クリスマス・ソング、されど選定された曲は何かしらの向上に役立つ、
と私は微苦笑したのである。


この時節、元気のない人は、『赤鼻のトナカイ』の一曲を聴けば、
心身元気を取り戻す特効薬かしら、と微笑んでいる。
          


このように選曲していたが、私は読み返しながら、
歌の世界から、私の人生に於いて、最も影響を受けたひとりのお方を忘れていた・・。


古い表現で云うと、シンガー・ソングライターの中島みゆき・女史である。

私は40代の1989〈昭和64〉年に、偶然に中島みゆきさんの『エレーン』を聴き、
この当時の私は情報畑で、消費税実施が4月から実施されるのでシステム改定、
そして昭和天皇がご逝去となり、『昭和』から『平成』の年号改定に苦闘していた時で、
心身ボロボロのような時に聴き、人生の心のピンチを救われたりした。

その後、私は40代の半(なか)ばに、ギックリ腰が悪化して、
28日ばかり入院して、もとより業務から離脱し、社会から取り残されたように心情の時、
『永久欠番』で救われたり、
私が勤めていた会社がリストラ烈風の中、55歳から出向時代していた中で、
『ヘッドライト・テールライト』が支えのひとつとなったりした。

そして何よりも『HAFE』は少なくとも55年間で数多く音楽を聴いた中で、
最も影響を受けて感銘しさせられた作品である。

私にとっては、やはり中島みゆき女史は、たぐい稀な女神であり、
この思いは、ここ30数年に及び敬愛している。

このような私であるので、中島みゆき女史のクリスマス・ソングは知っているし、
秘かに心の中で唄ったりしている・・。

『歌麿』と題したコンサート(1986年)の中で、
この中の一曲として『クリスマスソングを唄うように』である。


          


この世に、珠玉、という言葉があったならば、
まぎれなく『クリスマスソングを唄うように』の歌は最もふさわしい、
と思いを重ね、私なりに最も愛すべきクリスマス・ソングである。


このように独断と偏見がある私が選定した歌である。

もとよりクリスマス・ソングは、松任谷由実さんの『恋人がサンタクロース』、
竹内まりやさんの『今夜はHearty Party』、マライア・キャリーの『恋人たちのクリスマス』、
ワム!の『ラスト・クリスマス』などが多々あるが、

私は上記の曲に圧倒的に魅了されている。
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一人きりの聖夜「クリぼっち」、今年は増える?、高齢者の私は学び、やがて過ぎし年を思い馳せれば・・。

2020-12-24 07:39:20 | ささやかな古稀からの思い
昨夜、ヤフーより配信されたニュースを見ている中、
『 一人きりの聖夜「クリぼっち」、今年は増える? 』、
と題された見出しを見たりした。

私は東京の調布市に住む年金生活の76歳の身であり、
家内は私より5歳ばかり若く71歳となる。

そして私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、
我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
雑木の多い小庭に築後40数年の古ぼけた一軒屋に住んでいる。




私は何かと昨今の社会状況に疎く、
今回の《・・一人きりの聖夜「クリぼっち」・・》って、
どのような情況で・・と思いながら記事を精読してしまった・・。

この記事の原文は、【 読売新聞オンライン 】に於いて、
12月23日に配信され、無断であるが記事の殆どを転載させて頂く。



《・・クリスマスだ。
「クリぼっち」は、クリスマスを一緒に過ごす彼氏、彼女がいない状態をさした言葉だが、
周囲を見回せば、ひとりでこの季節を楽しむ人はたくさんいる。

そしてまた、新型コロナウイルスが広がっている。
いつもより人に会いにくい冬に、クリぼっちの未来を考えた。



★「おひとり様」定着、年末の華やぎを楽しむ


12月の夜、東京都の会社員、岩松美千子さん(52歳)は、
仕事帰りに六本木に行き、イルミネーションの写真を撮った。

「暗い気持ちになることが多い一年でしたが、きれいなものを見ると心が躍ります」

この日は記者が合流させてもらったのだが、
岩松さんは、アクティブで周囲の視線をそれほど気にしない。
ふだんからひとり行動に慣れているんだな、と感じた。  

離婚して子供も巣立ち、今はひとり。
きらきら明るいクリスマスの雰囲気が大好きで、
ちょっと豪華な食事をしたり、とっておきのスイーツを買ったり、
ひとりで過ごす年が多い。

昨年は、大ファンの矢沢永吉さんのディナーショーへ。
美容院で髪をセットし、ドレスを着て華やいだ時間を過ごした。

今年は25日の仕事納めの後、新しくできたホテルに泊まり、
近くで食事をして、やっぱりイルミネーションを眺める・・・
予定だったのが、コロナでそれもキャンセル。

近所のイルミネーションを横目で見ながら帰宅して、
「何かクリスマスらしいものでも作って食べます」とのこと。

「誰かと過ごすことがないわけではないのですが、
ひとりが気楽だし、自分の好きなことができます」と話す。  

スターツ出版が運営する女性向けサイト「オズモール」の額奈緒子編集長は、
クリスマスにひとりで出かけることについて
「おひとり様という言葉が定着し、自分らしくいることが認められるようになって、
カップルに引け目を感じる必要がなくなったんだと思います」とみる。




★砂漠やジャングルに脱出、でも今年は・・・。

そこまでポジティブになれない人には、徹底して「目をそらす」という戦略もある。

東京農業大学非常勤講師でライターの地主恵亮さん(35歳)は、
ひとり暮らしをするようになってから、誰かとクリスマスを過ごした記憶がない。

「自然とクリスマス時期は、仕事を詰め込むようになりました」。
ここ数年は、あえて海外での仕事を入れていたという。

「クリスマスの雰囲気がない場所へ行くんです。
オマーンの砂漠とか、アマゾンとか」。
そう。半ば話のネタにしているわけだ。  

だが、今年は新型コロナウイルスの影響で、海外脱出は難しい。
しかも、街では感染を気にして友達同士で騒ぐ人が減り、
余計にカップルが目についてしまうのでは・・・というのが地主さんの予想だ。

「いつも以上に仕事しようと思います。
ベランダにイルミネーションを飾るのもいいですよね。
誰かが見て幸せな気持ちになってくれたらうれしい」




始まりはあの歌から?

ところで、イエス・キリストの誕生を祝う日が、いつから恋人と過ごす日になったのか。

博報堂買物研究所の山本泰士所長は、
「1980年代に、流行歌やトレンディードラマの影響で、
次第に恋人たちのものになっていったのではないでしょうか」と話す。

松任谷由実の「恋人がサンタクロース」(1980年)や、
山下達郎の「クリスマス・イブ」(1983年)
といったロマンチックな曲が流行。

バブル期には、恋人同士で高級ホテルに泊まり、ブランド物のプレゼントを贈る、
といった金のかかる過ごし方がメディアで紹介された。

みんながそうだったわけでは、もちろんない。
そしてバブルは遠くなった。




★過ごし方「自宅で」が最多

クリスマスの過ごし方についてのアンケート
LINEリサーチが2019年、10歳以上の男女に実施したクリスマスに関する調査がある。

過ごし方(複数回答)は「いつも通り自宅で過ごす」が54%で最多。
「ホームパーティーをする」(25%)、
「仕事やアルバイト」(20%)が続いた。

10代だけを見れば「勉強や部活」が、
20代では「仕事やアルバイト」がそれぞれ2位だ。
ハレの日、という感じではない。  

20歳代の独身者で、クリスマスに誰かと過ごす予定がない「クリぼっち」は
男性が41%、女性が35%だった。  

山本所長は「若い世代にとってクリスマスは、
恋人を作ったりプレゼントを買ったり、
お金や段取りが必要で面倒だと思われている傾向があり、特別感が下がっています。

さらに、新型コロナの感染が再び広がり、外出を控える雰囲気が強まっています。
友人や恋人に会いにくく、ひとりで過ごす人は増えるかもしれません」と話す。


そもそも誰かと過ごさなきゃというプレッシャーは気のせいだ

「クリぼっち」という言葉には寂しげな響きがあるけれど、
クリスマスはだれかと過ごさなければ、なんていうプレッシャーは、
 もはや気のせいだと言ってもいいだろう。  

一方で、取材で久しぶりにイルミネーションを眺めたら、少し気持ちが高揚した。
雰囲気は楽しみたいし、今年は特に、落ち込んだ消費も心配だ。

ひとりを極めれば3密は避けやすい。
ひとりで過ごす、安全なクリぼっちスタイルを、みんなで模索するというのはどうだろう。
                執筆者(加藤 亮)‥ 》

注)記事の原文に、あえて改行を多くした。




今回の『 一人きりの聖夜「クリぼっち」 』の社会情況など、
加藤 亮さんの綴られた記事に導かれて、多々教示されたりした・・。

この後、私たち夫婦は、過ぎし年に
クリスマスイブをどのように過ごしてきたか、
ぼんやりと思い馳せたりした・・。




私たち夫婦が結婚前の交際していた遥か遠い日の46年前の頃、
この当時は、銀座とか私が勤務していた所在地の六本木の喫茶店で待ち合わせをしたりしていた・・。


そして私は少し背伸びをして、高級な食事処を誘って、
ワインなどを呑みながら、イタリア料理かフランス料理、或いはインド料理などを頂いていた。

こうした中、クリスマス・イブの時は、銀座の4丁目に近い喫茶店で待ち合わせをしていた。

私は退社後、少し待ち合わせ時間に遅れそうになり、
日比谷線の『六本木』から『銀座』までの地下鉄の電車の中で、
この日には走行が特に遅く感じ、もどかしい心情となり、
下車後の地上までの階段を駆け上り、喫茶店に行ったりした・・。

この当時の1975年(昭和50年)の頃は、もとより携帯電話もない時代で、
待たされる方は、待ちわびる状態となり、駆け付ける方も何かと連絡する方法はない時代であったので、
お互いに信頼だけで結ばれていた時代でもあった・・。

          
       ☆☆ この写真、年金生活のクリスマスシーズン、旅先でたわむれに撮った ☆☆


その後、結婚してからは、私は退社後に付近の専門店で、
一週間前の頃から思案していたプレゼント品を購入し、
封筒状のクリスマス・カードにささやかな一文を認〈したた〉めたりした。

そして幾たびか待ち合わせをしていた洋菓子店の六本木『クローバー』の二階の喫茶店があるが、
この一階に魅了されていた『クローバー』でケーキを買い求めて、
新居の賃貸マンションに帰宅したりした。

この後は、一軒家を建てて、ローン返済で苦節していた時代が3年ばかり続き、
せめて愛用している『クローバー』でケーキだけ購入して、帰宅していた。

          
     
☆☆ この写真、年金生活のクリスマスシーズン、旅先でたわむれに撮った ☆☆


やがて私が40代の頃には、家内に何か欲しい品、とやんわりと訊(き)いたりしていたが、
必要な品は、デパートで買い求めているから必要はないわ、
できたら旅行に行って温泉にゆっくり・・と要望されたりした。

この当時は私は多忙であったのは、40代の後半の頃から、業務が幾分空〈す〉いた2月頃に、
冬の旅をして、家内の念願に応〈こた〉えたりしていた。

そして定年退職後の年金生活に於いても、我が家はプレゼントの品よりも、
観光ホテルに滞在して、ゆっくりと温泉を満喫することが多くなっている。

          
    
 ☆☆ この写真、年金生活のクリスマスシーズン、旅先でたわむれに撮った ☆☆


このように我が家はクリスマス・イブは、旅先以外の年は、
家内が居間などにささやかな室内飾りをして、平素より幾分多めの料理を頂いたりしている。


そして私はウィスキーをオンザロックと称した氷片を入れただけの濃いめを呑みながら、
家内はビールを呑みながら、いつものように談笑したりしたりしてきた。

もとより私たち夫婦が子供に恵まれたならば、クリスマス・イブの日も含めて、
大幅に変貌してきただろう、と思いながら、こればかりは叶わぬ夢となっている。

ここ5年は、家内は遠い地に住む家内の母の介護で、家内の妹と交代しながら、
家内が5泊6日前後で行っている時は、私は我が家で『おひとりさま』になるので、
独りぼっちのクリスマスイブも体験し、これも人生のひとつだょなぁ・・微苦笑する年
ある。



そして本年の今宵は、我が家の居間でささやかな酒宴としている。

買物メール老ボーイの私は、24日の本日、最寄りのスーバーに行き、
大きめの国産ロースト・チキンレッグをふたつ、そして赤ワインのボトル、
夕食の華にしょう、と買い求める予定としている。

このように年金生活の我が家でも、クリスマスイブの日、
変貌してきたりしている。

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高齢者は避けるべきお風呂の入り方の3か条、76歳の私は真摯に学び、多々教示され・・。

2020-12-23 07:20:10 | ささやかな古稀からの思い
昨夜、ときおり愛読している公式サイトの【 介護ポストセブン  】の『暮らし』を見ていたら、
『 
高齢者は避けるべきお風呂の入り方3つ・・・

         朝風呂、食後すぐの入浴、あと1つは? 』、
と題された見出しを見たりした。

私は東京の調布市に住む年金生活の76歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、
我が家は家内とたった2人だけの家庭である。

こうした中で、私のふたつ先輩が10年前に、お酒を呑んだ後に入浴中に意識がなくなり、
やがて気付いた奥様が救急車を依頼したが、
間に合わず亡くなった、と私は聴いて動顛したりした。

このようなことを学んだりし、
今回の《・・高齢者は避けるべきお風呂の入り方の3つ・・》、
真摯に学びたく、記事を精読した。

この記事の原文は、『女性セブン』の2020年12月10日号に掲載された記事のひとつで、
関連の【 介護ポストセブン  】に12月19日に配信され、
無断ながら記事を転載させて頂く。



《・・大阪市の入浴中死亡データによると、施設で介助を拒んで1人で入浴し、
不慮の事故が起きたケースが。

また、冬場に多い入浴中の事故だが、とくに危険なのが朝風呂だという。
入浴中の事故を防ぐためのお風呂の入り方を、専門家に聞いた。



介護施設で1人で入浴して不慮の事故も・・。

入浴は、毎日の習慣。
事故を起こしたくないから、風呂に入らないということは不可能だ。
ではどのようにしたら入浴時の事故を防げるだろうか。

千葉科学大学危機管理学部教授の黒木尚長さんは、
「家族のサポートも欠かせない。
5~10分ごとの声かけや、30分経っても出てこない場合など、
異変を感じたらドアを開けて覗いた方がいい」
と言う。

恥ずかしがらずに家族と入浴したり、介助を受けることも手だ。
と話す。

「大阪市の入浴中死亡データを5年分調べたところ、
施設でも介助を拒んで1人で入浴し、不慮の事故が起きたケースがありました。

自分の力で湯船の外に出られないと感じたら、
無理に立ち上がると、立ちくらみで転倒する恐れがあるので、
まず、湯船の栓を抜く。

可能なら水を浴びて、体温を冷やしましょう。

また、できれば半身浴にした方が、上半身が空気に触れているので、
 多少の長湯でも熱中症のリスクが下がります」(黒木さん)




★高齢者は控えたいお風呂の入り方3つの危険!

1.事故が発生しやすい”朝風呂”に注意

ヒートショックのリスクが高い「朝風呂」は、なるべく避けたいところだが、
どうしても入りたいという人は、短時間で済ませるようにしよう。

「朝風呂の場合は、しっかり脱衣所や浴室を暖めた上で、
ちょっと熱めのお湯に、さっとつかる。

そうすれば、副交感神経がリラックスモードになる前に上がれます。

シャワーは、服を脱がず、足だけ、頭だけといったふうに体の一部のみにとどめたい」(前田さん)




2.食後すぐの入浴で意識障害も・・。

食後すぐの入浴も、体に毒。
血液が消化管に集まっているため、脳に血液が行き届かず意識障害を起こしやすい。

「最低でも30分、なるべく1時間は空けるようにしましょう。
アルコールを飲んだ後は、血管が拡張して血圧が下がっているため、入浴は控えてください」(早坂さん)


3.サウナの後の水風呂は高齢者は厳禁!

銭湯や温泉は、脱衣所や浴室に暖房が完備され、人の目もあるため、自宅よりリスクが少ないという。

ただし、サウナ後の水風呂はやめておこう。 

高齢者は、サウナ後の「水風呂」は厳禁。
「サウナで熱くなった体を、水風呂で急激に冷やして、
 “ととのえる”ことが流行っていますが、
自らヒートショックを起こしにいっているようなもの。

高齢者にとっては、リスクでしかありません。
また、銭湯の帰りは、暑いからといって薄着は禁物。
体が冷えると血圧が上がります。

血行がいい状態を維持するためにも、しっかり体を拭いて、
暖かい格好で帰るようにしましょう」(早坂さん)

教えてくれた人
早坂信哉さん/東京都市大学教授・医学博士、
黒木尚長さん/千葉科学大学危機管理学部・教授   》

注)記事の原文に、あえて改行を多くした。



今回、高齢者は避けるべきお風呂の入り方の3か条、
多々学んだりした。

私は、お風呂が好きで、何かと心身とも、ほぐれて癒やれ、全身全霊に開放感が増すので、
原則として毎夕入っている。

私は我が家は古びた築後40数年の戸建てであり、お風呂場は洗面所と隣接し、近くにはトイレもある。

こうした中で、寒い時節に於いては、居間はエアコンで暖房しているが、ヒートショック対策として、
夕暮れから居間のドアを開けて、 洗面所とトイレまで温めている対策をしている。

そして夕食前に私は、入浴タイムとなり、
『お風呂に入ってくるょ・・』
と私は若き自衛官に負けないように、家内に大声で伝えている。




そして私は浴室にある湯船のフタを開け放ち、浴室を湯気で温めたりした後、
洗面所で服を脱いで、浴室に入り、シャワーの暖かな温質で身体を清めたりした後、
湯船に身も心をあづけて、何よりも倖せを享受している。

そして過ぎし年に、温度が急激に変化すると、血圧が大きく変動し、
失神したり浴槽内で、溺れやすくなります・・ ・・41度以下に・・と学び、
ゆったりと5分ぐらい湯船に入っている。

やがて私は、湯船から上がり、洗い場で石鹸を付けて、身体をくまなく洗い、
そして私は髪の毛は、日々貫徹のように毎回シャンプー、そしてリンスで洗い清めたりした後、
その後は髭(ヒゲ)を剃ったりしている。
まもなく再び湯船に浸かり、倖せを再び5分ぐらい享受し、やがて浴室を出ている。




そして洗面所で、高齢者は清潔感が大切ょ、と家内から日頃から叱咤されている私は、
髭(ヒゲ)剃り後のクリーム、そして髪の毛にはヘアートニック、わずかなヘアークリームで整髪した後、
下着そしてパジャマを着たりしている。

この後、私は『お先に・・』と居間にいる家内に大きな声で伝え、
 まもなく家内の入浴タイムとなるのが、ここ10数年の我が家の習(なら)わしとなっている。 
平素はこのような入浴を日々実践している。




こうした中、お酒を呑んだら、お風呂に入るな、教訓としている。

私が40代の時、ギックリ腰で入院している時、
ふたり部屋で同室となった御方は、わたしより6歳上の御方であった。

何かしら酒宴のような花見をして帰宅後、
浴室でシャワーを浴びている時、足を滑らせて、複雑骨折をしてしまった、
と教えて下さった。

私はお酒も大好きな当時、これ以来たとえ旅行中でも、
お酒を呑んだら入浴禁止・・している。

或いは旅先の宿泊処で、サウナがあっても、何かしら息苦しくって苦手であり、
代わりに露天風呂でゆったりと入浴している方が好きである。

私はお風呂が好きで、何かと心身とも、ほぐれて癒やれ、
全身全霊に開放感が増すが、
油断大敵、注意一秒、ケガ一生でもある、ときおり自身を戒めたりしている。
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年賀状、いつの日にか書けなくなる齢がくる、と76歳の私は思い馳せ・・。

2020-12-22 06:11:07 | ささやかな古稀からの思い
私は東京の調布市に住む年金生活の76歳の身であるが、
確か1951年(昭和26年)に小学校に入学して以来、

年賀状は友人、知人に書いてきた。

やがて25歳に民間会社に中途入社して、

会社の上司、同僚など、そして親戚の御方に出してきた。

この後、2004年(平成16年)の秋に定年退職となり、多々の理由で年金生活を始めて、
これまでの人生航路で、色々と御世話になった御方・・相変わらず出している。

たとえは会社時代の上司には、

何かと一般常識に欠けていた私を社会人として通用するように、
そして企業戦士になれるように鍛えて下さった感謝の念から、書いている。

或いは会社関係で知り合った知人には、同じ業界で共に時代を過ごし、
この後のお互いのセカンドライフの状況を報告するように、書いたりしてきた。

もとより兄妹、親戚の御方にも、

これまでの人生航路に感謝しながら、 毎年書いたりしてきた・・。

              

こうした中、確か平成30年の年賀状を頂いた中、
会社時代の上司の中のある御方より、 新年のあいさつ文の後半に
 《・・昨年後期高齢者のお仲間入りをしました

    人生の一区切りをつけたいと思います
   大変勝手ですが新年の賀状ご挨拶は
    来年から失礼させて頂きたくお許し下さい
   これまでのご厚誼を深く感謝申し上げます・・》

このように賀状を頂き、やはりこれからの御歳を召されることを配慮されて、
このような文面になった、と私は深く考えされられた。

このような深情を秘めてきた私は、
昨今は「終活年賀状」の風潮も広がっている、と学び、
こればかりのご当人をお考えがありから・・と微苦笑を重ねたりしいる。



そして私は従来通り、これまで人生航路にお世話になったお方に、
せめて年賀状で、平素は御無沙汰の御方を含め、
私の年金生活のささやかな状況の報告を兼ねて、
つたない文面を綴り、元旦に配達されるよう、
12月25日まで郵便ポストに投函しょう、と思い重ねたりしている。

しかしながら、いつの日にか介護・要になってしまった時は、
やむなく年賀状は断念して、電話連絡などに変貌するのかしら・・

と思い馳せたりしている。

そして私は、齢を重ねるたびに無念ながら友人、親しい知人が、
この世からお別れとなってしまい、
今や年賀状は、わずか34通となり、溜息をしたりしている。
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100円ショップ大手が高価格帯商品 広がる「脱100円」、買物メール老ボーイの私は学び、多々教示されて・・。

2020-12-21 08:33:30 | ささやかな古稀からの思い
私は東京の調布市に住む年金生活の76歳の身であるが、
昨夜、ヤフーより配信されているニュースを見ていたら、
『 100円ショップ大手が高価格帯商品 広がる「脱100円」、もろ刃の剣 』
と題された見出しを見たりしていた。


私は東京の調布市の住んでいる年金生活のまもなく76歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、たった2人だけ家庭であり、
お互いに厚生年金とわずかな企業年金を頂き、 程ほど貯金を取り崩しながら、 ささやかに過ごしている。

こうした中で、私は年金生活を始めた2004年(平成16年)の秋の当初から、
我が家の平素の買物に関して、自主的に買物専任者として、家内に宣言したりした。

そして家内から依頼された品を求めて、自動車も所有できない我が家は、
私は独りで歩いて最寄のスーパーか、ときには駅前のスーパー、専門店に行ったりしている
買物メール老ボーイとなっている。




こうした中で、私は家内のホディガード兼お供で、ときおり駅前に買物に行くが、
こうした時、家内は殆ど100円ショップに立ち寄ってきたので、 男性の私でも、
私は100円ショップで買い求めた品、日頃愛用している。

過ぎし私が年金生活を始めた当時の2004年(平成16年)の秋、
100円ショップは風の噂で知っていたが、 店頭販売価格は100円で買い求めることができる品は、
製造元の原価を推定すると、たいした物はないだろう、と思ったりしていた。

やがて多彩な数多く品を知り、よくぞ製造元の方達は、創意工夫、企業努力で開発されて、
そして100円ショップに納品しているなぁ、と私は驚いたりしてきた・・。

              

我が家は100円ショップで購入してきた品は、
収納用品(ケース・ボックス)として小物トレー、ポリ袋、ハンガー、S字のフックなど、
生活雑貨としては家具脚カバー、家具脚滑り止めなど、
 キッチン収納としては吸盤小物ホルダー、マグネットスポンジホルダーなど、
或いは掃除用品としては洗濯ばさみ、ほうき(ミニ)などを家内は買い求めてきた。

私は100円ショップを知って、まもなくクリアケースとクリアファイルがあることを知り、
廉(やす)くて驚きながら、書類整理に積極的に買い求めたりしている。

そして数年過ぎた頃、文房具屋さんで少し高価なカレンダーを長年購入してきたが、
100円ショップでメモ書き欄のあるカレンダーを見つけて、これ以来、私は毎年買い求めている。

或いは私は旅行などをする時、表紙が堅牢なA4サイズのノートを文房具屋さんより買い求めて持参してきたが、
100円ショップでA4サイズのレポート用紙を見つけて、
これ以来、A4サイズのクリアファイルの中に、レポート用紙を入れて活用している。

このように私たち夫婦が買物に行ったりすると、
家内は殆ど100円ショップに立ち寄ったりして、 早や16年が過ぎている。

このように100円ショップを愛用しているが、
今回の《・・100円ショップ大手が高価格帯商品 広がる「脱100円」・・》学びたく、
記事を精読してしまった・・。

この記事の原文は、『日経ビジネス』より12月20日に配信され、
無断であるが記事を転載させて頂く。




《・・デフレの象徴となってきた100円ショップの店頭で、
100円より高い商品が増え始めている。

コスト上昇が主な理由で、大手の一角を占めるワッツは、
「高額商品」を今後3割増やす。

すべての商品が同じ価格という分かりやすさを特徴にしてきた100円ショップは、
姿を消してしまうのだろうか。


「当社は100円を堅持する」。
業界2位、セリアの河合映治社長は11月上旬、決算説明会でこう宣言した。

100円均一の価格を維持するとわざわざ強調するのは、
「脱100円」の動きを鮮明にする競合企業が増えたからだ。

100円以外の商品を先行して扱ってきた首位のダイソーに加え、
4位のワッツが2018年から販売開始。

同社は「高額商品」と位置付ける200~1000円(税別、以下同)の商品について、
2021年8月末に現在より3割多い2000品目まで増やす。

さらに、いったん100円以外に進出し、
約7年前に100円均一に戻した3位のキャンドゥが2020年7月から、
200円、300円、400円、500円の商品を展開。

100円以外の商品は現在、フライパンや養生テープ、水タンクなど約200品目に増えた。

こうした動きは、100円だった商品を値上げするのでなく、
商品の仕様を見直す場合が多い。

「100円では、お客様のニーズに対応できない場合がある」
とワッツやキャンドゥは説明する。

「原料価格が高騰し、100円で提供できる延長コードは、
30cm程度になってしまった。

100円でなくても、2mのコードを用意する方がお客様にとってはよい」(ワッツ)。

キャンドゥは「樹脂の価格や輸送費が上がってきていた。
大型のジャンプ傘など、100円で販売できたものができなくなっていた」という。




★セリアは「均一」を維持


コロナ禍で各社の業績は、比較的堅調だ。
緊急事態宣言下で、一部店舗は休業したものの、
マスクや除菌グッズなどの感染対策商品の他、
巣ごもり需要で製菓や手芸用品などが売れている。  

非上場であるダイソー以外の3社の売上高は、
セリアが10.7%増(202020年4~9月期)、
キャンドゥが2.1%増(同年3~8月期)、
ワッツは4.1%増(同)となっている。

ワッツは「100円以外の価格帯の商品導入効果が表れてきた」
と受け止める。

ワッツやキャンドゥが価格帯を広げる理由であるコストの上昇は、100円を堅持する方針のセリアも直面している。

河合社長は、完成した商品を仕入れるスタイルの他社と違い
「メーカーなどと共同開発している商品が多い。
価格は100円と決めて、それを達成できる協業先を探している」と話す。

例えば、メルカリと協業して商品を送るための梱包材を開発、
11月から店頭に並べている。

他にも、大阪に商品開発の事務所を開くなど、価格維持のための手を打っている。

河合社長は「他社のシェアを奪えば、成長を続けられる」
と強気の姿勢を崩さない。 

 

100円以外の価格帯でも、ニーズを満たせるというが、もろ刃の剣だ。
低価格で分かりやすいという特徴が100円ショップ市場をつくってきた。

本来ないはずの「200円」、「500円」などの値札が増えると、
客足が遠のきかねない。  

集客力を期待される100円ショップは、商業施設への出店が多い。

セリアの河合社長は「他社が退店した後に、当社に声がかかる例もある」と明かし、
商業施設側にも「やっぱり100円均一が魅力」という流れはまだ根強くある。

ビジネスモデルの根幹である均一価格を壊した先に、
今まで通りの成長はあるのか。
100円ショップ業界は大きな岐路に立っている。
                 執筆者・庄司 容子・・》

注)記事の原文に、あえて改行を多くした。



今回、記事を執筆された庄司 容子さんに導かれて、
100円ショップ大手が高価格帯商品 広がる「脱100円」の実態、
多々学んだりした。

私の住む最寄駅は3つあるが、100円ショップが撤退されたり、
或いは従来の100円ショップが、違う他社の100円ショップとなり、
驚きながら、陳列棚が大幅に改定され、私は戸惑う時もある。

私は100円ショップに関しては、納品される製造元の会社は、
創意工夫、企業努力で開発されて、そして100円ショップに納品しているなぁ、
と私は驚いたりしてきた・・。

17年前に100円ショップを始めて知り、こうした中で原価を推定したりすると、
一部の品では、同じ品質を維持するならば、多少の値上げはやむえないよなぁ・・
と私は思ったりし、少し値上がった品を買い求めたりしている。
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国内コロナ感染20万人に迫る 前月比2倍、死者は4倍、無力な私は学び、悲嘆を重ねて・・。

2020-12-20 08:15:58 | ささやかな古稀からの思い
私は東京の調布市に住む年金生活の76歳の身であるが、
昨夜、ヤフーより配信されているニュースを見ていたら、

『 国内コロナ感染20万人に迫る 前月比2倍、死者は4倍 』
と題された見出しを見たりしていた。

今年の新春、世界の誰しもが予期できなかった新型コロナウイルスに伴い、
世界の多くの人が、生死の関わる難題に遭遇して、今日に至っている。

過ぎし日の2月上旬の頃から、新型コロナウイルスに伴い、テレビのニュースなどで、
感染した事態が日々報じられ、これ以来何かと重苦しい風潮の中、
私は戸惑いながら過ごしてる。 




ここ一カ月前の頃、長らく感染に対応する医療関係者の重圧、疲労感が増し、
医療崩壊の危険が叫ばれる中、
西村康稔コロナ対策担当大臣が確か11月25日頃、勝負の3週間、と決意されたりした。

この後、都心の街並みは、人出が多く、
やはり『三密』のエチケットも無視される御方が多く、
無力な私は憂いたりした。

私は菅義偉首相が国民の命を守る為に、感染が沈静化するまで、
人の動きを止める為『GoTo』関係を中止、
宣言されることを待ちわびたりした・・。

やがて12月14日夜、、遅ればせながら菅義偉首相は、
首相官邸で開いた新型コロナウイルス感染症対策本部の会合で、
観光支援事業「GoToトラベル」について、
28日から来月11日までの間「全国一斉に一時停止する」と表明されたりした。


私は、西村康稔コロナ対策担当大臣が確か11月25日頃、勝負の3週間と公明され、
12月14日まで、内閣として感染の拡大を放置していたのか、
と余りにも遅い言動に不信を深めたりした。



こうした深情を重ねてきた私は、せめて私ができることは、
政府から公布された、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐために、
やむなく「新しい生活様式」を遵守したりしてきた。

おひとりおひとりが、「相手と身体的距離を確保すること」、
「マスクの着用」、「 手洗いや咳エチケット」、
「三密(密集、密接、密閉)」を避けるといった、

3つの 約束は国民のひとりとして、確かな責務、と受け止めている。



そして世の中は、自粛から自衛の風潮に変貌し、
無力な私でも大切な社会経済の復興を願っているが、
新型コロナウイルスが沈静化するまで、自分の身は自分で守りながら、
程々に自粛生活の延長戦する、と受け止めたりしている。


このような深情で過ごしている私は、無力ながら、
《・・国内コロナ感染20万人に迫る 前月比2倍、死者は4倍・・》、
記事を読んだりした・・。

この記事は、共同通信が12月19日 18:42配信され、
無断であるが、転載させて頂く。



《・・ 国内の新型コロナウイルス感染者は19日、
政府が重点的対策を呼び掛けた「勝負の3週間」が過ぎた後も
増加傾向が止まらない地域があり、累計の感染者は20万人に迫った。

直近の1週間(12~18日)の新規感染者は、
1日当たりの平均が2653人となり、
「第3波」の流行が本格化した11月前半(11月7~13日)に比べ、
2倍に増えた。

死者は、平均41人で同期間の4倍になっており、
医療体制が急激に逼迫している状況を反映している。

医療機関が手薄になる年末年始を前に、減少の明瞭な兆しは見えない。

「Go To トラベル」一部停止など、
政府の小出しの対策は、効果が上がらなかった格好だ。

注)記事の原文に、あえて改行を多くした。




私は記事を読みながら、動顛したりしたが、
やがて無力な私は溜息をした後、悲嘆を重ねたりした。

そして新型コロナウイルスが沈静化するまで、自分の身は自分で守りながら、
程々に自粛生活の延長戦するしかないよなぁ、と心の中で呟いたりした。
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痛風、尿路結石、帯状疱疹の激痛、気弱な高齢者の私でも、こっそりと学びながら動顛し・・。

2020-12-19 07:30:40 | ささやかな古稀からの思い
私は東京の調布市に住む年金生活の76歳の身であるが、
昨夜、愛読している公式サイトの【 NEWSポストセブン 】を見たりしていた。

こうした中で、『
「死んだほうがマシ!」痛風、尿路結石、帯状疱疹の激痛とは 』
と題された見出しを見たりしていた。

私は現役サラリーマン時代の40代、ギックリ腰を悪化させ、

28泊29日を入院したりしてきた。

この入院する直前は、我が家で激痛を感じ、エビ状になって耐えたりし、
やがて救急車で病院に搬送されるまで、
このような激しい痛み・・あるのかょ、と思い深めたりした・・。

過ぎし20年前、私の先輩が足を引きずるように出社してきたので、
私は挨拶の時に事情を尋ねたら、
《・・痛風、なってみなければ判らない痛みだょ・・》と応えてくれたりした。

或いは私と同世代の知人が《・・尿路結石で3泊4日、入院していた
・・》、
と私は立ち話で教えて下さったりした。

このような深情を秘めている私は、
今回の《・・痛風、痛風、尿路結石、帯状疱疹の激痛、帯状疱疹の激痛・・》について、
何かと気弱な私でも学びたく、こっそりと記事を精読してしまった。



この記事は、『週刊ポスト』の2020年12月25日号に掲載された記事のひとつで、
関連の【 NEWSポストセブン 】に於いて12月18日に配信され、
無断であるが転載させて頂く。


《・・ 突然、七転八倒の激痛に襲われ、
長時間、苦しみにのたうち回る病気がある。

例えば、腹痛に激痛が走る急性上腸間膜動脈閉塞症や、
あまりの痛みに壁に頭をガンガン打ちつけたとの体験談もある急性膵炎、
食中毒のアニサキスや群発頭痛なども耐え難い痛みが生じる病気だ。


名前こそよく知られているが、本当の痛さを知られていないのが痛風だ。

新潟大学名誉教授の岡田正彦医師が解説する。
「血液中に大量に増えた尿酸が、関節にたまって結晶となり、
激しい関節炎が生じる病気です。

魚介類やビールなどに含まれるプリン体を多く摂取すると、
尿酸値が上がって発症しやすい」

商社勤務の40代男性は、就寝中に右足親指の付け根に、
激痛が走って飛び起きた。

男性が振り返る。
「慌てて痛む親指を触ると、これまで味わったことのない痛みが脳天を突き抜けた。

ズキズキというよりガンガンといった痛みで、
“トンカチで足を打たれたら、こんな感じか”
と想像するほどの激痛でした。

翌日さっそく受診すると痛風と診断されました」

痛風は一時的な発作が多く、鎮痛薬を飲めば、数日~1週間ほどで落ち着く。

だが食生活などを改善しないままだと、忘れた頃に激痛が戻ってくるので、
くれぐれも注意を。



病名を聞いただけで少なからぬ男性が顔をしかめるのが、尿路結石だ。
飯田橋中村クリニック院長の中村剛医師が指摘する。
「尿に含まれるカルシウムや尿酸などが結晶化し、尿路に結石が生じる病気で、
生活習慣や肥満などが原因です。

『結石は夜作られる』といわれ、
就寝前に食事したり深夜まで働く人がなりやすい。
発作が起こるのも、夜間や早朝が多いとされます」

尿路結石が激痛をもたらすことはよく知られる。
「突然、思い切り背中を殴られたような激痛に襲われて、
反射で吐き気が生じて、嘔吐することがよくあります。

出産経験のある女性は、『出産時の痛みより、はるかに痛い』と言います。
ある日突然症状が出るので、事前の心構えができない怖さもあります」(中村氏)

通院すると痛み止めを処方され、石が自然に排出されなければ、手術する。
再発が多いので、経験者は注意が必要だ。



「太い針で刺されているような痛み」、
「焼けた火箸をぐりぐり刺されるような感じ」
──経験者がそんな激痛を訴えるのは帯状疱疹。

シャルムクリニック院長の櫻井直樹医師が語る。
「幼少時に感染した水痘・帯状疱疹ウイルスが神経節内に潜伏し、
大人になって免疫が低下した時に、再活性して引き起こす病気です。

赤いブツブツした発疹や水疱が神経に沿って帯状に出現し、
激しい神経痛を併発するケースが多い」

発疹が出る前に、神経痛が先行するケースも多い。
「その際に治療が遅れると重症化し、さらなる激痛に襲われることがあります。

水ぶくれを伴い赤い発疹が出たら帯状疱疹を疑い、
3日以内に抗ウイルス剤治療を行なうことが望ましい」(櫻井氏)



いずれも読んでいるだけで、震えてしまう怖い病気ばかり。
激痛を経験したくなければ、
生活習慣の改善など地道な予防策を講じることが肝要だ。・・》

注)記事の原文に、あえて改行を多くした。




今回の『 痛風、尿路結石、帯状疱疹の激痛 』、
何かと気弱な高齢者の私でも、こっそりと学びながら、
動顛したり、震撼させられたりして、多々教示されたりした・・。

私は、昨年の新年そうそうの1月3日の夜10時過ぎ、
心臓の左胸が圧迫され、強く痛みを感じて、
やむなく救急車で循環器専門の『榊原記念病院』に搬送されたりした。

やがて『胸膜炎』(急性冠症候群)と病状とされ、
しばらく経過観察したく・・ と入院が余儀なくされて、
結果的に8泊9日の入院となったりした。

そしてタバコの喫煙に関して、自己節制の能力が欠けて、
やめられず、 56年ばかり自身に甘えてきたが、
 遅ればせながら禁煙を決意し、タバコに別れを告げ、今日に至っている。




こうした体験もしてきたので、今回の激痛が伴う痛風、尿路結石、帯状疱疹、
勘弁してください、と秘かに祈願したりしている。
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