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【絵合(えあわせ)の巻】 その(8)
源氏は、このようなこともあろうかと、極上のものの中に、かの須磨、明石の二巻も思うところがあって、これらに加えてお上げになります。もとより権中納言とても、ひけをとるまいと、意気込んでいらっしゃいます。秘密の部屋を設けて、そこで描かせておいでらしい。
朱雀院もこのことをお聞きになって、梅壺女御に御絵をお贈りになります。
「年の内の節会どもの面白く興あるを、昔の上手どものとりどりに書けるに、延喜の御手づから、事心の書かせ給へるに、またわが御世の事も書かせ給へる巻に、かの斎宮の下りし日の大極殿の儀式、御心にしみて思しければ、書くべきやうくはしく仰せられて、公茂が仕うまつれるが、いといみじきを奉らせ給へり。」
――宮中の年中行事などの面白く趣深い場面を、昔の名人たちがそれぞれ趣向を凝らして書かれたものの上に、醍醐の帝が自らその絵の意味をお書きになったもの。また朱雀院ご自身の御代のこともお書かせになった絵巻の中に、かの斎宮が伊勢に下られる日の大極殿の儀式を、お心に沁みてお思いになっていましたので、構図なども詳しくお指図されて、巨勢公茂(こせのきんもち)がお描き申し上げ、大層見事にできていますのも、お届けになります。――
院から、梅壺の女御へのお便りは、左近の中将をお使いに立てての口上で、
朱雀院のうた
「身こそかくしめの外なれそのかみの心のうちをわすれしもせず」
――私の身はこうして内裏を離れていますが、あの当時の思いは、今も忘れてはいない――とだけ。
梅壺の女御は、お返事をなさらないのも、畏れ多いことですので、昔、斎宮としてお使いの、かんざしの端を少し折って、
「しめのうちは昔にあらぬ心地して神代のこともいまぞ恋しき」
――御所内も昔と変わったような心地がしますが、ご在位当時が今更懐かしく思われます――
「縹の唐の紙につつみて参らせ給ふ。御使いの禄などいとなまめかし」
――薄藍の唐の紙に包んでお上げになります。お使いの左近中将への賜り物などたいそう優美です――
朱雀院は女御の御返歌をご覧になるにつけても、限りもなくあわれにお心が動かれて、ご在位の頃をなつかしく、あの頃を取り返したいようにさえ思われるのでした。前斎宮を冷泉帝に進められた源氏をつれないとお思いになったことでしょう。これも昔、源氏を須磨へ左遷させた御報いでありましょうか。
ではまた。
【絵合(えあわせ)の巻】 その(8)
源氏は、このようなこともあろうかと、極上のものの中に、かの須磨、明石の二巻も思うところがあって、これらに加えてお上げになります。もとより権中納言とても、ひけをとるまいと、意気込んでいらっしゃいます。秘密の部屋を設けて、そこで描かせておいでらしい。
朱雀院もこのことをお聞きになって、梅壺女御に御絵をお贈りになります。
「年の内の節会どもの面白く興あるを、昔の上手どものとりどりに書けるに、延喜の御手づから、事心の書かせ給へるに、またわが御世の事も書かせ給へる巻に、かの斎宮の下りし日の大極殿の儀式、御心にしみて思しければ、書くべきやうくはしく仰せられて、公茂が仕うまつれるが、いといみじきを奉らせ給へり。」
――宮中の年中行事などの面白く趣深い場面を、昔の名人たちがそれぞれ趣向を凝らして書かれたものの上に、醍醐の帝が自らその絵の意味をお書きになったもの。また朱雀院ご自身の御代のこともお書かせになった絵巻の中に、かの斎宮が伊勢に下られる日の大極殿の儀式を、お心に沁みてお思いになっていましたので、構図なども詳しくお指図されて、巨勢公茂(こせのきんもち)がお描き申し上げ、大層見事にできていますのも、お届けになります。――
院から、梅壺の女御へのお便りは、左近の中将をお使いに立てての口上で、
朱雀院のうた
「身こそかくしめの外なれそのかみの心のうちをわすれしもせず」
――私の身はこうして内裏を離れていますが、あの当時の思いは、今も忘れてはいない――とだけ。
梅壺の女御は、お返事をなさらないのも、畏れ多いことですので、昔、斎宮としてお使いの、かんざしの端を少し折って、
「しめのうちは昔にあらぬ心地して神代のこともいまぞ恋しき」
――御所内も昔と変わったような心地がしますが、ご在位当時が今更懐かしく思われます――
「縹の唐の紙につつみて参らせ給ふ。御使いの禄などいとなまめかし」
――薄藍の唐の紙に包んでお上げになります。お使いの左近中将への賜り物などたいそう優美です――
朱雀院は女御の御返歌をご覧になるにつけても、限りもなくあわれにお心が動かれて、ご在位の頃をなつかしく、あの頃を取り返したいようにさえ思われるのでした。前斎宮を冷泉帝に進められた源氏をつれないとお思いになったことでしょう。これも昔、源氏を須磨へ左遷させた御報いでありましょうか。
ではまた。