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【松風(まつかぜ)の巻】 その(1)
源氏(内の大臣、殿、) 31歳の秋
紫の上 23歳
明石御方 22歳
明石入道と尼君(明石御方の父母)
明石の姫君(源氏と明石御方の子) 3歳
夕霧(源氏と葵の上の子) 10歳
かねてから造っておられた二條院の東の院が出来上がりまして、まず、花散里が移り住まわれました。西の対から渡殿にかけてをお住いとし、政所、家司などもしかるべく定めてお置きになります。東の対には、明石の御方をとお考えになっておいでです。
源氏は、明石の御方には絶えずお便りをなさって、もうこの上は、早く上京するようにおすすめになりますが、
「女はなほわが身の程を思ひ知るに、こよなくやむごとなき際の人々だに、なかなかされかけ離れぬ御有様のつれなきを見つつ、物思ひ増さりぬべく聞くを、(……)人わらへに、はしたなき事いかにあらむ、と思ひみだれても」
――明石の御方は、やはりわが身の程をわきまえて、ごく高い身分の女がたでさえ、格別大切になさるでもなく、さりとて捨ててお仕舞いにもならない、源氏の君のつれないお仕打ちを見ては、かえって物思いも増すはず、と聞きますものを、(まして何ほどの自分が、ご寵愛を頼みに、そうした中に入っていかれましょう、たまには姫君を見にお出でになりますのをお待ちするだけでは)さぞかし物笑いの種にもされ、どんなに恥ずかしくもありましょうと、思い迷われますが――
「また、さりとてかかる所にて生い出でかずまへられ給はざらむも、いとあはれなれば、ひたすらにも、えうらみ背かず」
――また、そうかといって、このような田舎に生い立たれて、姫君が源氏の御子らしく扱われないのでは、まことにお可愛そうですので、一途にお恨み申して仰せに背くこともできません――
昔、母君の御祖父の中務の宮(なかつかさのみや)がお持ちになっていました所領で今は荒れたままのお住いを、明石の入道が修理をさせて立派な寝殿にしました。大堰川の近くで、全くの田舎でもなく、京のうちでもない、閑静な山里です。
源氏は、
「若君のさてつくづくとものし給ふを、後の世に人の言ひ伝へむ、今一際わろき疵にや、と思すに」
――姫君がああして淋しく暮らされるのを、人の口の端に上ったならば、母君が尊い身分ではない上に、田舎育ちという人聞きも悪く、姫君にとって大きな疵ともなろうとご心配でしたが、――
◆写真:秋から冬にかけての嵯峨大堰川、物語では、この辺りに明石の御方と3歳の明石の姫君が住んだとされる。
ではまた。
【松風(まつかぜ)の巻】 その(1)
源氏(内の大臣、殿、) 31歳の秋
紫の上 23歳
明石御方 22歳
明石入道と尼君(明石御方の父母)
明石の姫君(源氏と明石御方の子) 3歳
夕霧(源氏と葵の上の子) 10歳
かねてから造っておられた二條院の東の院が出来上がりまして、まず、花散里が移り住まわれました。西の対から渡殿にかけてをお住いとし、政所、家司などもしかるべく定めてお置きになります。東の対には、明石の御方をとお考えになっておいでです。
源氏は、明石の御方には絶えずお便りをなさって、もうこの上は、早く上京するようにおすすめになりますが、
「女はなほわが身の程を思ひ知るに、こよなくやむごとなき際の人々だに、なかなかされかけ離れぬ御有様のつれなきを見つつ、物思ひ増さりぬべく聞くを、(……)人わらへに、はしたなき事いかにあらむ、と思ひみだれても」
――明石の御方は、やはりわが身の程をわきまえて、ごく高い身分の女がたでさえ、格別大切になさるでもなく、さりとて捨ててお仕舞いにもならない、源氏の君のつれないお仕打ちを見ては、かえって物思いも増すはず、と聞きますものを、(まして何ほどの自分が、ご寵愛を頼みに、そうした中に入っていかれましょう、たまには姫君を見にお出でになりますのをお待ちするだけでは)さぞかし物笑いの種にもされ、どんなに恥ずかしくもありましょうと、思い迷われますが――
「また、さりとてかかる所にて生い出でかずまへられ給はざらむも、いとあはれなれば、ひたすらにも、えうらみ背かず」
――また、そうかといって、このような田舎に生い立たれて、姫君が源氏の御子らしく扱われないのでは、まことにお可愛そうですので、一途にお恨み申して仰せに背くこともできません――
昔、母君の御祖父の中務の宮(なかつかさのみや)がお持ちになっていました所領で今は荒れたままのお住いを、明石の入道が修理をさせて立派な寝殿にしました。大堰川の近くで、全くの田舎でもなく、京のうちでもない、閑静な山里です。
源氏は、
「若君のさてつくづくとものし給ふを、後の世に人の言ひ伝へむ、今一際わろき疵にや、と思すに」
――姫君がああして淋しく暮らされるのを、人の口の端に上ったならば、母君が尊い身分ではない上に、田舎育ちという人聞きも悪く、姫君にとって大きな疵ともなろうとご心配でしたが、――
◆写真:秋から冬にかけての嵯峨大堰川、物語では、この辺りに明石の御方と3歳の明石の姫君が住んだとされる。
ではまた。