永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(170)

2008年09月24日 | Weblog
9/24  170回

【薄雲(うすくも)の巻】  その(9)

 源氏も、なぜこのように大切な方々が次々と続いてご病気になられたり、亡くなっていかれるのかと、深い嘆きの中に思うのでした。ここ数年、あの秘密のお心持ちを、一度も打ち明ける機会がなかったことが残念でしたので、思い切ってご几帳近くに寄って、藤壺の宮のご様子を、しかるべき女房にお尋ねになりますと、

「『月頃なやませ給へる御心地に、御おこなひを時の間もたゆませ給はず、(……)この頃は柑子などをだに、触れさせ給はずなりにたれば、頼み所なくならせ給ひにたること』と嘆く人々多かり」
――「この数ヶ月お具合悪くいらっしゃいましたのに、御佛のお勤めを片時も怠りなくなされました。(きっとご疲労が積もりまして、一段とひどくお弱りになってしまいました。)この頃は柑子のようなものまでもお口になさらなくなりましたので、ご回復の望みもなくなってしまいました。」と泣きき悲しむ人々が多いのでした。

藤壺の女院は、源氏へ
「『院の御遺言にかなひて、内裏の御後見仕うまつり給ふこと、年頃思ひ知り侍ること多かれど、(……)今なむあはれに口惜しく』と、ほのかに宣はあするも、ほのぼの聞ゆるに、御答も聞えやり給はず、泣き給ふさまいといみじ」
――「桐壺院のご遺言のとおり、あなたが若い帝の御後見をなさっておられることを、多年感じておりまして、(いつか感謝の程をお伝えしたいものと、それものんびりと構えていましたことが)今更ながらしみじみと口惜しくて」と、あるかなきかのお言葉も、苦しい息の中で申し上げますのに、源氏は何のお返事もお出来になれず、ただただお泣きになるばかりで、このようなご様子は見るに耐えないものです。――

 源氏は、帝へのお世話や、太政大臣の薨去につづき、その上あなた様のご病気を思いますと、私自身、生きていますのも、残り少ない気がします。と申し上げておりますうちに、
「燈火などの消え入るやうにて、はて給ひぬれば、いふかひなく悲しき事を思し嘆く」
――燈火(ともしび)が消え入るようにひっそりと、亡くなられましたので、源氏は言葉にできないほどの悲しみに嘆きつづけられるのでした。

◆柑子(こうじ)=日本原産と考えられ、古くから知られている柑橘。果実は小型で、甘いが酸味もある。

◆高貴な方の死は一貫して言葉を多く語らないようです。写真:燈火
 風俗博物館