9/11 157回
【松風(まつかぜ)の巻】 その(2)
明石入道から、邸ができあがったところで、
「しかじがの所をなむ思ひいでたると聞えさせける」
――こういう場所を思いつきまして、と申し上げます――
源氏は、明石の御方が人中に立ち交じるのを渋っていたのは、こういう考えがあってのことだったのかと、会得され、なかなかしっかりした考えだなと頷かれるのでした。
惟光の朝臣は、例により秘密の用事にはいつでも変わりなくお世話申す人なので、今度も差し向けられて、その邸のさまざまな用意をおさせになります。
源氏のご造営になっておられるお寺は、大覚寺の南にあって、明石の御方の邸は大堰川の辺の、海辺に似た風情のある、やや近しい場所のようです。
明石の御方は、京からのお迎えがあって、いよいよ逃れがたく、上京と思うと、
別れが辛く、入道も夜も昼も嘆き呆けて、これからは姫君にもお目にかかれなくなるのかと、繰り言を言っております。秋の頃、いよいよ出立の日となりました。
「思ふかたの風にて、限りける日違えず入り給ひぬ。人に見咎められじの心もあれば、道の程も軽らかにしなしたり」
――船は順風で、予定どおりに着きました。人に気づかれまいとの心遣いもあるので、陸路の旅もことさら目立たぬように簡素にしました――
大堰(おうい)に着きました明石の御方は、このように近くに参りましたのに、源氏がお出でになりませんので、物思いは増すばかりで、あのお形見の琴を取り出して掻き鳴らしては、辛い気持ちでいるのでした。
源氏は親しい家司にお言いつけになって、ご到着のお祝いをおさせになります。ご自身でお出でになることは、口実をお考えになって居られる内に何日もたってしまいました。
それにつけても、このことが外から紫の上のお耳に入ってはと、御自分ではっきりとお話しせねばと思うのでした。
◆写真:源氏物語「松風」尾形月耕画
明石の浦を懐かしみ、大堰川のほとりのお屋敷で、源氏のかたみの琴を掻き鳴らしている明石の御方と御母の尼君。
ではまた。
【松風(まつかぜ)の巻】 その(2)
明石入道から、邸ができあがったところで、
「しかじがの所をなむ思ひいでたると聞えさせける」
――こういう場所を思いつきまして、と申し上げます――
源氏は、明石の御方が人中に立ち交じるのを渋っていたのは、こういう考えがあってのことだったのかと、会得され、なかなかしっかりした考えだなと頷かれるのでした。
惟光の朝臣は、例により秘密の用事にはいつでも変わりなくお世話申す人なので、今度も差し向けられて、その邸のさまざまな用意をおさせになります。
源氏のご造営になっておられるお寺は、大覚寺の南にあって、明石の御方の邸は大堰川の辺の、海辺に似た風情のある、やや近しい場所のようです。
明石の御方は、京からのお迎えがあって、いよいよ逃れがたく、上京と思うと、
別れが辛く、入道も夜も昼も嘆き呆けて、これからは姫君にもお目にかかれなくなるのかと、繰り言を言っております。秋の頃、いよいよ出立の日となりました。
「思ふかたの風にて、限りける日違えず入り給ひぬ。人に見咎められじの心もあれば、道の程も軽らかにしなしたり」
――船は順風で、予定どおりに着きました。人に気づかれまいとの心遣いもあるので、陸路の旅もことさら目立たぬように簡素にしました――
大堰(おうい)に着きました明石の御方は、このように近くに参りましたのに、源氏がお出でになりませんので、物思いは増すばかりで、あのお形見の琴を取り出して掻き鳴らしては、辛い気持ちでいるのでした。
源氏は親しい家司にお言いつけになって、ご到着のお祝いをおさせになります。ご自身でお出でになることは、口実をお考えになって居られる内に何日もたってしまいました。
それにつけても、このことが外から紫の上のお耳に入ってはと、御自分ではっきりとお話しせねばと思うのでした。
◆写真:源氏物語「松風」尾形月耕画
明石の浦を懐かしみ、大堰川のほとりのお屋敷で、源氏のかたみの琴を掻き鳴らしている明石の御方と御母の尼君。
ではまた。