9/14 160回
【松風(まつかぜ)の巻】 その(5)
紫の上はいつものように機嫌が悪いご様子ですが、源氏は気がつかぬ風に、
「なずらひならぬ程を、おぼしくらぶるも、わろきわざなめり。われはわれと思ひなし給へ、と教へ聞え給ふ。」
――比較にもならぬ人を無理に比べて、気になさるのは悪いお癖ですよ。私は私、と思うようになさい、とお教えになります。――
夕暮れるころ、源氏は参内される前に、なにやら物陰に引き寄せて急いで書かれるお手紙は、明石の御方の所へなのでしょうか。たいそうねんごろにお書きのようです。使いの者にこっそりと耳打ちをして出されますのを、女房たちは御簾の中で、目を見合わせて憎らしがっております。
源氏は、参内して今夜は宿直の筈でしたが、紫の上のお心が解けず、ご機嫌が悪いので夜更けてから急ぎお帰りになりました。丁度、明石の御方からのお返事が来たところで、引き隠すこともできずご覧になって、紫の上が気を悪くされるような内容でもないので、
「『これ破り隠し給へ。むつかしや。かかるものの散らむも、今はつきなき程になりにけり』とて、(……)ことに物も宣はず」
――「これは捨ててしまってください。ああ煩わしい。こうしたものが人目に触れるのも、今はもう不似合いな年齢になってしまった」と仰って、(御心では明石の御方を不憫に思われてか)あとは、何も仰らない――
御文は広がったままで、紫の上はご覧になりません。源氏は
「せめて見隠し給ふ御まじりこそ、わづらはしけれ」
――無理に見ないようになさるその目つきが気になりますね――
と、少しお笑いになりながら、紫の上の側に寄っていらして、
「まことは、らうたげなるものを見しかば、契り浅くも見えぬを、さりとて、ものめかさむ程もはばかり多かるに、思ひなむわづらひぬる。……」
――本当はね、可愛い姫を見てきたのです。浅い縁とも思われませんが、そうかといって、このまま一通りのお扱いをしますのも憚られて、思い悩んでいるのです。……」
◆らうたし=可愛らしい
◆袴着
幼児の成長を祝い、初めて袴を着ける儀式。漢語風に「着袴(ちゃっこ)」とも言いました。
平安初期には男児に指貫、女児に裳を着せる同趣旨の儀式があったとされますが、平安中期には男女とも3歳~7歳位で、袴を着ける形になりました。
現代の七五三の原型のひとつとなった通過儀礼です。
ではまた。
【松風(まつかぜ)の巻】 その(5)
紫の上はいつものように機嫌が悪いご様子ですが、源氏は気がつかぬ風に、
「なずらひならぬ程を、おぼしくらぶるも、わろきわざなめり。われはわれと思ひなし給へ、と教へ聞え給ふ。」
――比較にもならぬ人を無理に比べて、気になさるのは悪いお癖ですよ。私は私、と思うようになさい、とお教えになります。――
夕暮れるころ、源氏は参内される前に、なにやら物陰に引き寄せて急いで書かれるお手紙は、明石の御方の所へなのでしょうか。たいそうねんごろにお書きのようです。使いの者にこっそりと耳打ちをして出されますのを、女房たちは御簾の中で、目を見合わせて憎らしがっております。
源氏は、参内して今夜は宿直の筈でしたが、紫の上のお心が解けず、ご機嫌が悪いので夜更けてから急ぎお帰りになりました。丁度、明石の御方からのお返事が来たところで、引き隠すこともできずご覧になって、紫の上が気を悪くされるような内容でもないので、
「『これ破り隠し給へ。むつかしや。かかるものの散らむも、今はつきなき程になりにけり』とて、(……)ことに物も宣はず」
――「これは捨ててしまってください。ああ煩わしい。こうしたものが人目に触れるのも、今はもう不似合いな年齢になってしまった」と仰って、(御心では明石の御方を不憫に思われてか)あとは、何も仰らない――
御文は広がったままで、紫の上はご覧になりません。源氏は
「せめて見隠し給ふ御まじりこそ、わづらはしけれ」
――無理に見ないようになさるその目つきが気になりますね――
と、少しお笑いになりながら、紫の上の側に寄っていらして、
「まことは、らうたげなるものを見しかば、契り浅くも見えぬを、さりとて、ものめかさむ程もはばかり多かるに、思ひなむわづらひぬる。……」
――本当はね、可愛い姫を見てきたのです。浅い縁とも思われませんが、そうかといって、このまま一通りのお扱いをしますのも憚られて、思い悩んでいるのです。……」
◆らうたし=可愛らしい
◆袴着
幼児の成長を祝い、初めて袴を着ける儀式。漢語風に「着袴(ちゃっこ)」とも言いました。
平安初期には男児に指貫、女児に裳を着せる同趣旨の儀式があったとされますが、平安中期には男女とも3歳~7歳位で、袴を着ける形になりました。
現代の七五三の原型のひとつとなった通過儀礼です。
ではまた。