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【絵合(えあわせ)の巻】 その(10)
藤壺もいらっしゃるので、源氏はお心も優雅になられて、所々の判詞が不十分の折りには意見をお添えになるご様子など、まことに当を得ておいでで、勝負がつかないままに夜になってしまいました。
もう一番という、最後の時に須磨の巻が出て参りましたので、権中納言はお心が騒ぎます。
「(……)かかるいみじき物の上手の、心の限り思ひすまして静かに書き給へるは、たとふべきかたなし。親王よりはじめ奉りて、涙とどめ給はず。」
――(右の弘徴殿女御の方でも、最後の巻にはすぐれた御絵をご用意されていましたが)源氏のような類なき絵の名手が、心ゆくまで思い澄まして、静かにお描きになったものは、たとえようもない出来映えでいらっしゃいます。帥の宮をはじめ、どなたも皆、涙を留めることがお出来にならないのでした――
退居の折りに、人々がご同情申し上げていました時より、いっそう須磨での侘び住いのご様子やお心が、目の前にあるようでした。その地の風景、名も知らぬ浦々、磯までもはっきりと洩れなく書き表されて、草書に平仮名をところどころ書き混ぜられて、うたなども添えられております。誰もかれも見とれて他のことは忘れてしまい、全てはこの須磨の巻に圧倒されて、左方の勝ちと定まったのでした。
夜明け近くなる頃、なんとなくものあわれに、様々なことが偲ばれて、源氏は盃を傾けながら、昔の話を帥の宮になさいます。
「(……)才学といふもの、世にいと重くするものなればにやあらむ、いたう進みぬる人の、命幸いと並びぬるは、いと難きものになむ。(……)絵書くことのみなむ、あやしく、はかなきものから、いかにしてかは心行くばかり書きてみるべきと、思ふ折り折り侍りしを、(……)」
――(幼い頃から、学問に心を入れて参りましたが、いくらかものになりそうにご覧なさったのでしょうか、亡き父帝がおっしゃるのには、)『学識というものは、世の中で大層重んじられるためか、その道にぬきんでた人で、寿命も幸福も兼ね備えた人は滅多にいないものだ。(学問によらないでも、人に劣らずいられる者は、その道に深入りするな)』と、学問よりむしろ、芸道をお習わせくださいましたが、たしかに拙い程でもなく、しかし取り立てて誇れるほどのものもありませんでした。)
ただ、絵を描くことばかりは、不思議にも心から好きで、満足のいくまで描いて見たいと思っておりましたところ、(思いがけなく田舎に流離う身となりまして、四方の海の広く深い趣を見ましたので、今まで思い至らなかった隈まで会得することができました。こんな折りにお目に掛けることになりましたが、なんとなく物好きのようで、後々の評判もどうかと思いますが…。)――
◆絵合:荒井勝利画 新潮古典文学アルバム
ではまた。
【絵合(えあわせ)の巻】 その(10)
藤壺もいらっしゃるので、源氏はお心も優雅になられて、所々の判詞が不十分の折りには意見をお添えになるご様子など、まことに当を得ておいでで、勝負がつかないままに夜になってしまいました。
もう一番という、最後の時に須磨の巻が出て参りましたので、権中納言はお心が騒ぎます。
「(……)かかるいみじき物の上手の、心の限り思ひすまして静かに書き給へるは、たとふべきかたなし。親王よりはじめ奉りて、涙とどめ給はず。」
――(右の弘徴殿女御の方でも、最後の巻にはすぐれた御絵をご用意されていましたが)源氏のような類なき絵の名手が、心ゆくまで思い澄まして、静かにお描きになったものは、たとえようもない出来映えでいらっしゃいます。帥の宮をはじめ、どなたも皆、涙を留めることがお出来にならないのでした――
退居の折りに、人々がご同情申し上げていました時より、いっそう須磨での侘び住いのご様子やお心が、目の前にあるようでした。その地の風景、名も知らぬ浦々、磯までもはっきりと洩れなく書き表されて、草書に平仮名をところどころ書き混ぜられて、うたなども添えられております。誰もかれも見とれて他のことは忘れてしまい、全てはこの須磨の巻に圧倒されて、左方の勝ちと定まったのでした。
夜明け近くなる頃、なんとなくものあわれに、様々なことが偲ばれて、源氏は盃を傾けながら、昔の話を帥の宮になさいます。
「(……)才学といふもの、世にいと重くするものなればにやあらむ、いたう進みぬる人の、命幸いと並びぬるは、いと難きものになむ。(……)絵書くことのみなむ、あやしく、はかなきものから、いかにしてかは心行くばかり書きてみるべきと、思ふ折り折り侍りしを、(……)」
――(幼い頃から、学問に心を入れて参りましたが、いくらかものになりそうにご覧なさったのでしょうか、亡き父帝がおっしゃるのには、)『学識というものは、世の中で大層重んじられるためか、その道にぬきんでた人で、寿命も幸福も兼ね備えた人は滅多にいないものだ。(学問によらないでも、人に劣らずいられる者は、その道に深入りするな)』と、学問よりむしろ、芸道をお習わせくださいましたが、たしかに拙い程でもなく、しかし取り立てて誇れるほどのものもありませんでした。)
ただ、絵を描くことばかりは、不思議にも心から好きで、満足のいくまで描いて見たいと思っておりましたところ、(思いがけなく田舎に流離う身となりまして、四方の海の広く深い趣を見ましたので、今まで思い至らなかった隈まで会得することができました。こんな折りにお目に掛けることになりましたが、なんとなく物好きのようで、後々の評判もどうかと思いますが…。)――
◆絵合:荒井勝利画 新潮古典文学アルバム
ではまた。