『日本は凄い・日本人は凄い 2(剣岳の氷河と初登頂記録のこと)』
ーできるかと夢を抱きましたが『体力勝負』の『早月尾根ルート』単独行断念ー
山登り現役の頃、単独で登頂して山男として認められたかった『憧れの山』が『剣岳』です。 剱岳の尾根ルート登山には大きく2つのルート、別山尾根を登るルートと早月尾根を登るルートです。 どちらも鎖やはしごがあり、装備にヘルメットが必須です。 初心者には別山尾根のルートをおすすめとあり、早月尾根は技術的には別山尾根のルートよりも難易度が下がるかもしれませんが、距離のあるルートですので、体力勝負になります。
体力だけが取り柄の、自称ベテランの自分に残ったのは、この選択肢『体力勝負』の『早月尾根ルート』だけでしたが、当然、この単独行は実現できませんでした。
この剣岳について某局TVが次のように紹介していました。
① 今年認定されたばかりの立山の『内蔵助(くらのすけ)氷河』と、剱岳にある国内最大・全長1600mの 『三ノ窓(さんのまど)氷河』、と『小窓氷河』です。
登山・山歩きは、夏山でも雪渓に遭遇しますが、中には積雪が越年し、その雪渓が『万年雪、まんねんゆき・まんねんせつ』と呼ばれます。 万年雪の中には、ごく少ないが『氷河』がありました。 今までに、日本で発見されているのは、6ヶ所です。 万年雪が移動していれば氷河と呼ばれています。 GPSがない時代は、『氷河』の発見は難しかったようです。
② 剣岳の初登頂は、1,000年余前の平安時代初期の修行僧であった。 やはり信仰の力は凄いです。
ここでウェブ情報からです。
明治時代、国防や近代化の為、日本全土の地図を作製することが国策として進められていた。 陸軍の若き測量官、柴崎芳太郎は或る命令を課せられた。当時、人跡未踏とされ、日本地図最後の空白地点とされる剱岳の測量を行うことである。 苦難の末、明治40年、遂に柴崎は登頂を果たす。 自分達が初めて極めたと思ったその山頂で意外なものを発見する。 長さ13㎝の銅製の飾り、修行僧が使う杖、錫杖(しゃくじょう)の頭部である。デザインから平安時代初期と推定された。
今回の実地踏査結果、下記➁のルートであったろうとの結論に達した。
①
②
③
① 錫杖の頭部・・・これが山頂付近で見つかった。
② 今回試みた『高橋ルート』
馬場島 → 立山川 → ハゲマンザイという沢 → 早月尾根 → 山頂
③ 露営可能な岩屋・・・昔の人はこれを使ったのではないか。
初夏の剣岳の氷河、ほぼ中央が『三ノ窓氷河』、右が『小窓氷河』です。 日本にある6か所の氷河の内、二つがここ剣岳にあります。
3000m峰が連なる北アルプスには、谷筋などに夏でも雪が消えない“万年雪の雪渓”が見られます。 その中には分厚く積もった雪が、その重みで動き続ける「氷河」が存在していることが、富山県立山カルデラ砂防博物館の調査により明らかになってきました。 氷河は2012年に3つ、今年1月に新たに3つが認定され、現在は国内に存在する氷河は6つとなりました。 北アルプスは、世界で最も温暖な地域に氷河が存在する場所として、大きな注目を集めています。
折角ですので、夏の『逆さ剣岳』
(20181227纏め #044)