『野球だけが、フィールド・マネジャー(監督・管理者と)呼ぶ』
―他は、コーチ、ディレクター、トレーナー(指揮官、指導者)と呼ぶなぜ?―
野球の歴史は、12世紀が起源とされています。野球の歴史の発祥の国はイギリスとされていて、現在の野球の形はアメリカで誕生しました。 日本やアメリカにプロ野球チームができたことでルールは徐々に改正されていき、野球の道具も進化し現在の野球の形へと近づいていきます。
予てから、思っていました。 野球とソフトボールには、団体競技の中にかなりの個人対決の要素が含まれているように思っています。 もちろん保守の配球の読みも入りますが、やはり打者と投手の対決は、個人対決の要素も入っています。 これからの、過去の名勝負伝の調査が楽しみですと、同時に、表題『野球だけが、フィールド・マネジャー(監督・管理者と)呼ぶ』―他は、コーチ、ディレクター、トレーナー(指揮官、指導者と)呼ぶなぜ?―の今後の調査を頑張ります。
ウキペデイアから引用
1866年にエリシアン・フィールズで行われたミューチュアル・クラブ対アトランティック・クラブの試合を描いたリトグラフ"The American National Game of Baseball"。
アメリカでの誕生と発展が、野球の監督・管理者を、『フィールド・マネジャー』と呼ぶようになったと思います。 日経新聞の文化欄にスポーツ文化評論家の玉木正之氏がアート・オブ・ベースボールの中にこう書いています。
『子供のように無心になってボールを投げ、ボールを打ち、ボールを追う。 そんな選手たちを、ひとつの野球チームにまとめるには、監督の存在が不可欠。 数あるスポーツのなかで、勝利を目指してチームをまとめ、けん引する存在をフィールド・マネジャー(監督・管理者と)と呼ぶのは野球の特徴だ。 他はスポーツでは、コーチ、ディレクター、トレーナー(指揮官、指導者)などと呼ばれている。
更にこう続けている(子供の野球と古き良き時代の野球でしょうか)、
が、他の球技やスポーツと違って野球の選手たちは指揮官や指導者の命じるままには動かない。 必死にプレイする「子供」たちが伸び伸びプレイできるように見守って(管理監督して)やる必要がある。
そこで野球の監督は、子供のような選手たちを率いる、父親的存在となる。 その典型がヤンキースを率いてワールドシリーズ優勝七回を残したケーシー・ステンゲルだ。 「まだ疲れてません」と交代を拒否するマウンドの投手に向かってステンゲルは言った「見ている俺が付かれたから変わってくれ」。
日本でも三原、水原、鶴岡、川上…と、プロ野球の名監督はすべて父親的だった。 が、そんな監督は野村克也で最後になった。
”野球の神様”と称されたニューヨーク・ヤンキ-スの名監督であり、選手時代はそれほど注目を集めたプレイヤーではなかったものの、監督になってからは、ヤンキースをリーグ優勝10回、ワールドシリーズ制覇7回に導き、その優れた戦術は、現在の野球界に大きな影響を与えた。また、監督時代に付けていた背番号「37」は12年間監督を務めたヤンキースと、新設から4年間、初代監督を務めたニューヨーク・メッツで「永久欠番」に指定されていることのこと。1966年にアメリカ野球殿堂入り。(参考文献:ウィキペディア+Amazon.co.jp)
ウエブ情報から引用
やはり凄い『ケーシー・ステンゲルの名言、ふたつ』
『みんな、そんな事、無理だと言う。 でも、いつも無理だとは限らない・』
『運なんてものは、練習をたくさんやった奴のおまけなんだ。』
ウエブ情報によると日本のプロ野球監督の総合ランキング
1位 「川上哲治」 32.9%
2位 「野村克也」 32.4%
3位 「仰木彬」 22.5%
4位 「広岡達朗」 18.6%
5位 「星野仙一」 17.5%
6位 「森祇晶」 15.3%
7位 「古葉竹識」 14.9%
8位 「王貞治」 14.5%
9位 「西本幸雄」 14.1%
10位 「長嶋茂雄」 9.0%
一位と二位は拮抗していますが、野村伝説はまだまだ進化するでしょう…。
アメリカと野球は、いろいろ世界を豊かにします。
(20210223纏め、♯291)