『大ピラミッドのこと 1.1(石材230万個を、接着剤なしで、傾斜52度で積上げ)』
『「不揃いの石材積上げ」理論は経験からか、化粧石が剥落したので、見えるのは今』
『内部の複雑な傾斜通路と謎の構造と使用目的に関する疑問』
『大ピラミッドの王の間の上部の「五層の重量軽減の間」の技術で建っている』
今回(2024/04/04)のアップデートは『大ピラミッドは(石材230万個を、接着剤なしで、傾斜52度で積上げ)てあるが、地震もあるエジプトで、約4500年も崩壊していないのは、「石材230万個の寸法が不揃いであること」』も一要因であると言われています。 ピラミッド建設時代は約1000年続いて、そのあとの時代は、『神殿建設時代』から『地下墓所建設時代』と続きます。
この約1000年間に100基余のピラミッドは建設され、約1000年間の中ごろに、国力が最も充実した時代に、最も完成度の高い大ピラミッドが建設されています。 この『不揃いの石材積上げの理論』は、長いピラミッド建設時代の経験で培われたものでしょうか。 約4500年前に不揃いの石材の階段状を、白色の石灰石の化粧石で、真っ平の面の、四角錐にした古代エジプト人にはただ驚くばかりです。 四面の中央が凹んでおり、正確には四角推ではありません。これも崩壊防止のためともいわれています。 経験から来た技術とは言え、想像を絶するレベルです。
大ピラミッドのトップビュー『不揃いの石材積上げ』が見える写真』
ウエブ情報から引用
前回(2023/08/08)のアップデートは、石材の傾斜路引き上げ方法、『3年前の情報⇒❶建設時の指揮官の日記と、❷椰子の皮製ロープで使える木製滑車代わりに、丸太柱を滑車として石材を引き上げたこと、が判明』、詳細は、別ブログ『大ピラミッドのこと 7(遂に「ピラミッドの石材運搬方法が完全解明)』 参照願います。
『世界の七不思議』で唯一現存するピラミッド。 『世界の七不思議』の
ほとんどが、地震によって破壊されたが、大ピラミッドの『王の間』の上部
『五層の重量軽減の間』の技術で大ピラミッドは、4,500年立ち続けている。
この仕組みがなければ、中央部分が地盤に沈み、崩壊したと言われている。
『時はすべてのものを嘲るが、ピラミッドは時を嘲る』と言われる。
4,500年以上も立ち続ける大ピラミッドを敬った昔のアラブ人の諺。
『4,500年で満期を迎えた人類史上最大最長の財形貯蓄』であるピラミッドの
おかげで、エジプトの観光収入は、年間40億ドル。 これでも、パリの
エッフェル塔には及ばないとか・・・・・。
ピラミッド学上の不幸は、アレキサンドリア大図書館の関連書物がローマ時代
のカエサル帝とテオドシウス帝の時代に焼失したこと。
ヘロドトスの著書『歴史・ヒストリアイ』、歴史の語源になったが、これは
動詞『調査する・ヒストリオ』等の派生である。
このヘロドトスが、10万人の奴隷を動員、20年の歳月をかけたと言った。
これが定説になっていたが、これが3カ月交代であれば、後述のハーバード大のレーナー博士の立証と合う。
ピラミッド研究に、最大の貢献は、ロゼッタ・ストーンの解読でした。
これには、『ヒエログリフ』象形文字、それを簡略化した『デモティク』民衆
文字と古代ギリシャ語の3種類の言語(トリリンガル)で布告が書かれていた。
『ヒエログリフ』は表音文字、表意文字の混合でした。 これは最も進化したと言われるハイブリッド言語です。
日本語は現在、唯一のハイブリッド言語です。 それが今では『ハンデキャップ』。 韓国も、ベトナムも、インドネシアでも、現在はハイブリッド言語ではない。
それでは、ピラミッドの『Why』& 『How』の整理を試みます。
このトリガーは、グラハム・ハンコックのベストセラー『神々の指紋』に
ある『ピラミッドは1万2000年前に超古代文明人が造った!?』という
歪められたピラミッド学でした。 1万2000年前オリオン座の三つ星が
ピラミッドの配置と同様であったとの理由だけで。 1万2000年前は、
地球は第6氷河期の終り頃で、旧人ネアンデルタール人が滅んだ時代でした。
1) ピラミッドは何のために
『目的』は、一つではない。直説・間説目的の相乗効果がピークに達した、
時期に大ピラミッドが造られた。その後は直接目的が薄れた。
『直接目的と背景』は、王の魂の甦る・復活の場所、王を神に変えるための
仕組みと、国民の太陽神への信仰心からくるモチベーション。
王の間(奥行き10.5m、巾5.2m、高さ5.8m)の空の石棺は、従って、
魂の休息所では。(要調査)
『間接目的』は、ナイル氾濫期の失業対策と国威発揚
奴隷ではない労働者は、飯場でビールとパンで生活。
『王墓』説、ヘロドトスは、エジプトの神官から『これは王の墓だ』と聞いた
だけで、現在まで立証されていない。
今まで盗掘されず無傷で発見された古王国の王家の墓は、スネフェル王の
妃の ヘテプヘルスの墓だけ、宝飾類、家具、ミイラ化処理された内蔵
だけで、ミイラ本体は発見されていない。
ツタンカーメンの墓は、ピラミッドではない。
しかし、一部のピラミッドで地下深くに、墓が発見されている。
『ピラミッドテキスト』には、王が死して鳥となり地下より地上に飛び立つ。
そして西の空に向かっていくとある。 地下室が墓で、上は神殿。
太陽の船、二艘目も発見され、太陽の船は二艘、一艘には、マストと帆と
ロープ、この船には、
太陽神ラーが、もう一艘には、ロープだけで、これに神になる王の遺骸が
乗って太陽神ラーに、引っ張られて西へ・・・・。
『石棺』になぜ蓋がない。 石棺ではなく太陽神ラーの合体儀式の用具では。
日の出に始まり、日没に終わる儀式。
2) ピラミッドの造り方
重い石を運ぶことに、エジプト人は熟練していた。 大ピラミッドが
建設された2,000年後(2,500年前)には、250トンのオベリスクを
運んで直立させている。
基本的な知識
『計測輪』で距離を測ったので、当然、円周率(π、パイ)は経験的に判る。
『北方角の決定』は、恒星が東から昇る方角と西に沈む方角の、2等分点。
『コロ使用説』は非現実的『テコと橇と逆レール』で直線型傾斜路を引き揚げ。
エジプト人が、機械や、滑車や、車輪を使った証拠はないとの説も
あるが、滑車使用の傾斜路引き揚げでないと、大回廊と王の間は
構築できない(要紙上調査)。 大回廊の下部にその痕跡がある。
他に、『らせん状傾斜路』仮説、 『ジグザグ型傾斜路』仮説、
『封筒型傾斜路』仮説、 『複合型傾斜路』仮説、
『渦巻型傾斜路』仮説、
もあるが非現実的。
『内部トンネル傾斜路』仮説は、
最近のドイツの建築技術者のもの。
内部傾斜路での直角方向に転換を、滑車で吊り揚げ。
高さ3分の1までは直線傾斜路、上部は内部トンネル傾斜路説。
目下、最有力説。 重力分布測定でトンネル空洞は観測された。
『橇』は逆レールに、水又は油を潤滑剤として使用。
『逆レール』は二本の溝に角材木を敷いたもの。
『水平』は岩石大地に碁盤の目の溝を切り、水を張り、水平に削る。
『バットレス構造』の石積みは、重力エネルギーを上下に吸収で長寿命。
この大ピラミッドのバットレス構造(要調査)
『正四角錐の真正ピラミッド』は太陽信仰の絶頂期に、太陽の光をイメージ。
『真正ピラミッド設計』は、ヘムオン、ピラミッドの中興の祖、これ対し
『階段ピラミッド設計』は、イムヘテプはピラミッドの開祖
前述の『バットレス構造』も、ヘムオンが考え出した。
『肥沃な土地』40平米で一人の人間を一年間養えたと記録もある。
高官や支配階級は10,000平米も持っていた。
『妻』や『ミセス』と同じ意味合いの言葉や肩書あったが結婚の概念なかった。
『住環境』は劣悪だが、床屋で石の刃で髭は剃った。
『クフの石切り場』と言われる石材の豊富な場所は、キザの南方3km。
230万個の殆どの石材は、ここから運ばれた。
『労働力』大ピラミッドには平均1立米、2トン半のブロックが、およそ
230万個使われ、『トリノ・パピリス』によれば約23年かかった。
一日10時間労働で、約2分に一個積み上げた。
(参考情報: 江戸城の石垣の石材は数百万個と推定される)
ハーバード大学のレーナー博士の立証では、
直接労働
『石の切り出し』 1,212人
『石の運搬』: 34チーム・20人・2交代=1,360人。
『石の積み上げ』:680人、 その他748人 小計約4,000人
補助的支援労働: 約20,000人 合計24,000人
チームには、組頭の兵隊が1名入っていた。 人足の給料はすべて食料と衣類で支払われた。
クフ王の間に使われた赤みかげ石は、40トンもありアスワンから平底船で
運ばれた。
石材運搬用傾斜路
王の間の構造に使用された巨大石材(一本60トン、43本)は、ナイル川
を平底船で運搬され、陸揚げ後は、橇と逆レールで引き上げられた。
この巨大回廊(高さ8.5m、巾2.0m、長さ47.0m)が巨大石材の運搬用で、もあったのでは。
滑車とナツメヤシのロープとレバノン杉の橇で、更に吊り合い重りを使用。
(要調査)
従来の『西向き直線型傾斜路』仮説には弱点、
河岸からサイトまで、東西で長くなり、緩傾斜では、高さ147mまで
の距離がとれず、揚げられない。
最近の最有力説は、『南向き直線型傾斜路』仮説
ナイル川西岸からキザ台地には西向き『直線型』では距離不足で傾斜が
きつくなるので非実際的との説であったが、最近、大ピラミッドの南側に
涸れ谷が発見され、ナイル川氾濫期には船が着けられ南向き傾斜路も長く
とれるとされる。
朗報、最近南側で、南向き傾斜路遺跡の一部が発見された。
現在は階段状に積み上げられた石がむき出しだが、もともと『化粧石』(磨きこまれた石灰石)で
コーティングされていた。
この『化粧石』はトップから貼り付けたか、下部から貼り付けたか(要紙上調査)
大ピラミッド、キャップストーンのトップへの乗せ方は、前述のドイツの建築
技術者の建築方法が実際的。
ピラミッドの工期
今までは、雨期(夏)に造られたと言われたが。 春にも造られた、
つまり一年中作業できた説が有力。
何年で完成したか。 従来は27年と言われていた。
石材には切り出された年と季節の記録あり、傾斜路の取り外された後の
太陽の船の納める穴の蓋石の記録から、工期は20年以内と証明された。
(記事投稿日:2013/03/24 、最終更新日:2023/08/08、#073)