◎マ元帥は、ポケットからペンを五本取り出した
昨日の続きである。「前極東空軍司令官・大将/ジョージ・ケニー」が、降伏文書調印式の日のことを回想した文章を紹介している。本日は、その二回目(最後)。スクラップブックにあった新聞記事で、新聞名、掲載日時などは不明。
昨日、紹介した部分のあと、改行せずに、次のように続く。
その場の光景はまことに劇的ではあったが、息づまるという種類のものではなかった。元帥は判決を読みきかす裁判官なのだ。元帥は演説を終るや日本降伏使節に降伏文書の署名を命じた。天皇と日本政府に代って署名する重光は義足をひきずって歩み出てイスについた。彼は義足を低いテーブルの下へ入れるにはちょっと苦労したようだ。彼はありありとあがっていた。彼は目の前の降伏文書を見つめたが、どれから先きに目を通していいのかれた途方に暮れた面持ちであった。
「サザーランド」参謀長を呼ぶ元帥の声がピストルの音のようにわれわれを驚かせた。サザーランド参謀長は進み出た。「彼(重光)に署名するところを教えてやりたまえ」
ザーランド参謀長はテーブルに歩いて行って、署名の場所を示す点線を指し示した。重光はうなづいた。そしてペンを取上げるとろくに降伏文書の内容も読まないで署名した。彼は立上がるとマ元帥におじぎをして自分の席にもどった。次は参謀総長梅津美治郎大将の番だ。彼は日本大本営を代表して署名することとなったものだが彼の署名をもって日本に関する限り降伏文書署名の手続は完了するのだ。彼は苦虫をかみつぶしたような顔をしてテーブルに進みより、ペンを取上げて署名した。今度はわがほうの番だ。マ元帥は前バタアンおおよびコレヒドール方面軍司令官ウェンライト中将とシンガポール英軍司令官パーシヴァル中将をさし招き元帥のうしろに立つように命じた。元帥はイスについた。そして軍服のポケットからぺンを五本取出すとそれをきれいにテーブルの上に並べた。元帥は第一のペンを取上げ署名の文字を二、三字書込むと、そのペンをウェンライト中将に渡した。パーシヴァル将軍は第二のペンを使って署名した。元帥は第三のペンはウェスト・ポイントの陸軍士官学校、第四のぺンは海軍兵学校、第五のペンは元帥自身のそれぞれ調印式記念品として取りのけた。そして别のポケットから赤い軸のペンを取出すと署名を終りペンをポケットにおさめた。元帥の署名が終ると米太平洋艦隊司令官ニミッツ元帥がうしろに続くハルゼー第三艦隊司令長官、シャーマン空母機動部隊司令長官とともに米、中国、英、ソ連、仏、オーストラリア、カナダ、ニュージーランドの順で、これらの国々に代って署名した。マ元帥は簡単にあいさつを述べ調印式の終了を宣言した。調印式はちょうど十八分かかった。
この新聞記事には、一枚の写真が載っている。シルクハットをテーブルの右に置き、まさに今、署名しようとしている重光葵外相の姿を、後ろから撮影したものである。テーブルをはさんで、重光外相の目の前に立っているのは、ザーランド参謀長。さらに、その数歩うしろに、マッカーサー元帥が立っている。マッカーサー元帥の前には、五本のマイクを取り付けたマイクスタンドがある。マッカーサーは、左手に紙片を持ち、右手をズボンのポケットに入れているように見える。