◎これより謹みて、玉音をお送り申します
半年ほど前、古書店で、篠田五郎著『天皇終戦秘史』(大陸書房、1980)という本を入手した。古書価は覚えていない。
この本が「改訂版」であること、発行日が「昭和五十五年八月十五日」であることは、カバー袖によって確認できる(奥付では確認できない)。ちなみに、国立国会図書館のデータによれば、この本の初版は、「昭和五十三年二月一日」に発行されている。
本日からしばらく、同書の冒頭部分を紹介してみたい。
嵐 の 章
太い骨
昭和三十七年八月十五日。一人の男が、逝った。その日は、終戦記念日だった。奇しくも、十七年前、この男が歴史の一齣【コマ】に登場する機会を生んだ日と、同じ日であった。
東京・築地に在る、聖路加病院の一室で、その六十年の生涯を閉じた男の名は、安藤明。胃癌が、彼の生命を奪ったのである。
死の枕頭に、見送る者は数少なかった。夏の明け方だった。病室のガラス窓を掩【おお】っているカーテンは、すでに明るい外光に染まっている。部屋の中には、花の色も見られなかった。彼がこの病院に担ぎ込まれて以来、看る者もほとんどいなかったためである。
【中略】
死の十七年前。
昭和二十年八月十五日。日本列島は北日本を除いて、各地とも朝から、強い陽射しに掩【おお】われていた。都会でも、農村でも、人びとは汗にまみれ、空腹を抱えながら、厳しい戦争の現実と戦っていた。そして、正午が訪れるのを待っていた。
その前夜九時、ラジオが最後のニュースの時間に、
「明日正午、重大な発表があります。昼間配電のない処も、この時間は配電されることになっております」
と放送していた。
内容については触れなかったが、「重大発表」を何度も繰り返したところをみると、余程、重要な発表のようだった。そして人びとは、そこからいろいろの連想を馳せたのである。
また、この日の放送は翌日午前三時まで続いた。放送の最後に、
「さて、皆さん。長い間、大変ご苦労さまでありました」
と放送員が付け加えるのを、人びとはしみじみと聞いた。
【中略】
正午が訪れた。
ラジオが余韻を残して時報を打ち終えた。
続いて和田信賢〈ノブカタ〉放送員(注。当時はアナウンサーを「放送員」と言った。尚、ニュースは「報道」と呼んだ)緊張した第一声が流れたのである。
「ただいまより、重大なる放送があります。全国の聴取者の皆棣、ご起立願います」
声は続いた。
「天皇陛下におかせられましては、全国民に対し、畏くもおんみずから大詔を宣らせ〈ノラセ〉給うことになりました。これより謹みて、玉音をお送り申します」
〝君が代〟のレコード演奏が流れた。〈1~8ページ〉【以下、次回】
『天皇終戦秘史』は、安藤明(あんどうあきら、1901~1962)という異色の実業家を主人公とする小説である。全篇がノンフィクションなのか、一部、フィクションが混ざっているのか、といったあたりは、よくわからない。