風吹く豆腐屋

内容はいろいろ。不定期更新中。

シシャモが食べたい

2007-07-20 23:37:20 | Weblog
うなぎが食べたい、は「ごんぎつね」(新見南吉)に出てくる台詞です。
この用法の「が」の説明にはうってつけですよね。


さて、タイトルにもあるシシャモ、皆さんは食べたことありますか?


多分、なかなか居ないんじゃないでしょうかねぇ・・・
「シシャモ」を食べたことがある人は。


え、じゃあ、スーパーなどでよく見かけるあのシシャモは何?


よく見てください。
全て「子持ちシシャモ」になっていませんか?
実はわざわざ「子持ち」とつけるのは、たいていの場合別種だからなんです。
出回っているものは全て海外産のカラフトシシャモだと思っていいみたいです。


シシャモは現在漁獲高が非常に少なく、なかなかお目にかかれなくなっているとか。
子持ちシシャモを悪者扱いするつもりではありませんが、
その話を聞けば、シシャモ、食べてみたいと思いません?


このトリビア的情報は、数年前、ナイルパーチがスズキ、白スズキという名で市場に出回っているのが問題視されたときに知りました。
それ以後、スーパーなどに行く機会があれば「シシャモ」がないかなぁと思って見てみることがありますが、未だに出会ったことありません。
(まぁ、魚介類コーナーにあまり行かないせいかもしれませんが…)





さて、話が飛びますが、酒税回避のために開発された発泡酒。
価格が安いことを最大の武器に、市民権を得てビールに取って代わりつつあります。

が、人によってはそれをよしとしないようですね。
いつぞや新聞の声欄に、発泡酒について言及し、「本物離れが進むのが嘆かわしい」という意見がありました。



代用品は本物に代わっていいものかどうか。


実地に調べてみることにしました。
というのも、昨日発泡酒を飲んでみたので、
その味を忘れないうちにビールも飲んでみようと思ったんです。


用意したのはキリンのGOLDというビール。
確かに発泡酒より高いです。
(ちなみに昨日はAsahiの

・・・では、肝心の味はどうか?

確かに美味しい。
まろやかな優しい味だし、発泡酒で感じた水っぽいという感覚はあまりない。

やっぱり安い発泡酒には無い貫禄がありました。



・・・でもまぁ、別にビールがそれほど好きじゃない僕にはどっちでもいいんですけどね(ぉ

ハイフェッツ、缶詰を空ける

2007-07-20 00:36:42 | Weblog
まぁ、言わなくても分かるけれど、本人の話じゃありません。

BOXに住み着いている猫のことです、ハイフェッツって。
なんでそういう名前になったのか詳しくは知らないけれど、
ナタリーさんがそう呼んでいるのを聞いて、なんかツボにはまりました。

なんで野良猫の名前が、あの有名な巨匠と同じなんだ(笑)

磯野(フグ田?)サザエが、サザエと呼ばれようと、姉さんと呼ばれようと、ママと呼ばれようと、サザエさんと呼ばれようとも、
磯野サザエが磯野サザエであるのと同様に、
あの猫が、ギンと呼ばれようと、太郎と呼ばれようと、イワシと呼ばれようと、ワタナベ・ノボルと呼ばれようと、ハイフェッツと呼ばれようとも、
あの猫があの猫であることに変わりは無いわけで。

しかし、野良猫の身分で、キャットフードの缶詰を食べているとは贅沢な。



・・・今度なんか美味しいものもっていこうかな。






解剖は今日で終わりました。
明日納棺です。

前回の納棺では、泣きそうになりました。
故人が着用していた服、櫛、愛読していたパズル雑誌まで一緒に納棺したんです。
生前、この服を着、この櫛で髪をくしけずり、クロスワードを解いていたのかと思うと、急に命の重みを感じて。

解剖し始めたときからずっと「人を切っている」という感覚はあるつもりだったのに、いつの間にかそれが希薄になっていることに気がつかされました。

正直、満足の行く実習が出来たとは到底思えません。
かなり乱雑に行ってしまったし、自分の頭の中に残せた知識というのもかなり少ない…。


遺族は二度泣く。


献体組織の運営をしている理事長のオバサンに言われました。

一度は亡くなって間もないとき、二度目は解剖後の骨が返って来たとき。
正中から切断されている骨を見て涙がこぼれるのも無理ありません。
本人の意思とはいえ、亡くなって悲しみの淵にいるまさにそのときに大学に行って遺体を預ける、あげく返って来たお骨は様々な箇所で切断されている。

身を切られるような思いだと思います。


果たしてそれだけの思いを無駄にすることなく、最大限に生かせたのか?


正直なところ、そうとはいえません。


時間に追われていたとはいえ、かなり乱暴な作業に終始したこと、
自分の集中力も維持させられなかったこと、
反省点は多々あります・・・。


今できることは、最大限の供養をすることのみ。
その稀有な志に心から敬意を示し、感謝します。



僕は、若いうちに死ぬか脳死状態になれば臓器提供に使ってもらって、
年齢を重ねてから死ぬなら献体しようかと思っています。
・・・家族を説得するのが大変ですが。
もし僕が死んだときに遺族に会う機会があれば、僕がそう望んでいたことを伝えてください。

医療従事者は解剖の実体を知っているから献体しないと言われるそうですが、
自分の中に忸怩たる思いがある以上、何らかの形で社会に還元しなければならないと思うんです。







ぁ、ぺタに倣って、ありあわせ材料でビールのつまみを作ったことを書くつもりだったのに忘れた…。
面倒なのでその話はまたいつか。