バカ社員の井下(仮名)がまた大チョンボをやらかしてくれた。
私の会社では担当社員の井下が毎月バイトの出勤シフトを組む事になっているのだが、私が「8月31日と9月14日は休ませて欲しい」と事前に連絡していたにも関わらず、どちらも出勤にしてしまっていたのだ。8月19日に9月度(8/21~9/20日)のシフト表を渡されて、初めてこの事を知った。
もちろん、いくら事前に公休の希望を出していても、業務の都合で出勤になる場合はある。でも、私には前述のこの日は必ず休まなければならない理由があり、その理由も事前に会社に連絡し了承もいただいていた。
休まなければならない理由は、鍼灸治療の受診の為だ。私は隔週の日曜日ごとに腰痛の治療に通っている。もう、今の職場に就職するはるか以前から、その完全予約制の治療院に通っている。そこは今でも予約で一杯で、そう簡単に治療日を他の日に変更はできないのだ。治療日を変更してもらうには、他の患者さんの日程も変えてもらわなければならなくなるので、「よっぽどの事がない限り、なるべく変更しないように」と治療院からも言われている。値段も決して安くはない。それでも、腕は確かで、時間もみっちりかけてくれ、日曜日も診察してくれるというので、もうかれこれ10年以上も通っているのだ。
だから、この鍼灸治療については、受診日程が隔週日曜日とあらかじめ決まっているので、毎年12月には、翌年1年間の治療日を公休希望日として、わざわざ理由も明記した上で、リストにしてシフト作成の担当社員に提出して来たのだ(上記参照)。そして、シフト作成者が井下に変わった時も、一抹の不安を覚えながらも、「隔週日曜日を休みにして欲しい事は、理由も含めて井下にはちゃんと引き継いでいる」との前任者からの言葉を信じ、これまでやって来たのだ。
そして私の方も、特別に1年分の公休希望を一括で提出させてもらっている以上は、他の日は急に休む事が極力ないように、体調管理には気を付けてきたつもりだ。実際、若い頃は急に休む事はまずなかった。但し、最近はもう歳のせいか、腰痛で急に休まなければならない日もたまに発生するようになってしまったが。
ところが、それがこのザマだ。上記の表にもとづいて、この間の経過を順に説明する。
※職場のブログ読者の方へ――上記の表ですが、ブラウザ(パソコン画面)でははっきり読めるものの、印刷プレビューでは用紙幅の関係で縮小表示となり、非常に読みづらくなってしまっています。その為、この表の原寸大の原版も、職場新聞(記事のコピー)に折り込みましたので、もし分かりにくい場合は、そちらを参照して下さい。
8月19日に、バイト・社員(一般職)全員34名分の9月度出勤シフトが1枚の表にまとめられて業務連絡板に貼り出された。その中から私の分だけを抜き書きしたのが、上記表の一番左端の「8/19日の当初版」だ。
それを見ても分かる様に、公休日が月・火・木・月・木・月・金…と曜日がバラバラな上、1日出勤したらまた休みの時があれば、逆に4日連続出勤の時もある等、休みの間隔もバラバラ。こんなシフトを組んでおいて、「健康管理は自己管理」なぞと良くも言えたものだ。うちの会社では休みは「定休日」と言っているが、これを見る限り、とても「定休」なぞとは言えないだろう。だから、ここでは敢えて「定休」ではなく「公休」と呼ばせてもらう。
そして、リストにして早くから公休申請していたにも関わらず、8月31日の日曜日も、9月14日の日曜日も、どちらも鍼灸治療の予約日であるにも関わらず、平気で出勤扱いにされてしまっている。
私はそれを19日の当日に、その日は井下が公休だったので、代わりに朝礼を行った社員に、シフトを組み直してほしい旨を苦情として上げた。
そして、翌20日の私の公休日を挟んで、21日の発表されたのが、同じく上の真ん中の「21日朝の不完全な修正版」シフトだ。
そこでは、「修正版」であるにも関わらず、8月31日は出勤扱いのまま修正もされずに放置され、9月14日の方は休みにはなったが勝手に有休扱いにされてしまっていた。しかも、この不完全な「修正版」が、21日の朝礼時には既に業務連絡板に掲示されていたのだが、呆れた事に「修正」した事の連絡も一切行われなかった。普通なら、少なくとも私を含めた当事者には口頭でもきちんと連絡するものだろう。連絡不徹底で休まれて困るのは会社なのだから。
実はこの時既に、バイト仲間のT君に頼んで、休みを振り替えてもらう形で、8月31日の休みについては確保していたのだ。そうしないと、8月31日も9月14日も有休で休みにしてしまうと、月間の出勤日数が20日を割り込んでしまい、規定支給の交通費(上限1万円)も出なくなるから。そうして、8月31日は有休ではなく誰かと交替で休みを取る(出勤日数は減らさない)形にした上で、9月14日だけを有休で取る段取りでいたのだ。そうすれば、出勤日数はギリギリ20日をクリアでき、交通費も確保できるから。
でも、その後で「修正版」が既に出され、勝手に有休が使われていた事を知り、9月14日の有休(下記参照)は公休(定休)に振り替えてもらうようにした。本来、有休(有給休暇)とは労働者の方から権利として行使すべきものなのに、使用者の方で勝手に使われたものを、わざわざ私の方からアリバイ作りに協力してやるような真似なぞしたくはなかったので。それが、上記の表の下段にある※印の但し書きの内容だ。
そして、最終的に上記の表右端の「8/21日の確定版」シフトの内容に落ち着いた。
私の9月度の休みは、8月25日(月)、26日(火)、28日(木)、31日(日、鍼灸治療日)、9月4日(木)、8日(月)、12日(金)、14日(日、鍼灸治療日)、19日(金)となり、休みの曜日も間隔もバラバラながらも、鍼灸治療を無事受けられるようになり、無駄に有休を使わずに済んだ。
しかし、いくら結果オーライで終わったとは言え、事前に、それも大分以前から、わざわざリストにして公休希望日を提出していたにも関わらず、それをことごとく無視された上に、労働者の権利である有給休暇まで勝手に使用された事については、絶対にウヤムヤには出来ない。
今までも、出した有休届けをダブりでカウントされ、翌週の同じ曜日も有休にされかけた事はあったが、提出もしていない有休届を捏造され、勝手に有休を使用されたのは、いくら何でも今回が初めてだ。どちらもあってはならない事だが、前者ならまだ過失と解釈も出来ようが、後者に至っては、もはや故意で(ワザと)嫌がらせでやっているとしか思えない。正に「有休泥棒!」としか言えない所業ではないか。こんなムチャクチャな事が平気で出来るのも、普段からバイトを人間扱いしていないからだろう。
この井下については、たとえば下記の私の過去の記事にもある様に、これまでも色々と問題があった。
(以下、当該記事より引用)
(1)まだレーン(昔のシステム)で商品の仕分けしていた時に、床が傾いていてカゴ車にもストッパーが付いていなかったので、何度カゴ車を奥に収納しても手前に転がってきてしまうので、もうそのままにしていたら(それでも仕方ないと当時の所長からも了解を取っていたにも関わらず)、井下がいきなり私の所にやって来て「ちゃんと奥まで入れろ」と偉そうに言ってきた事があった。それに対して私が「そんな事を言うなら床の傾きを先に直せ」と言い返すと、「この床の傾きは排水の為だ」と見え透いた嘘までついて言い逃れをしようとした。排水口のマンホールの蓋は人力では到底開けられない程重く、周囲に排水溝もなく、牛乳をこぼしても誰も拭き取らず何日もそのままになっていた事が何度もあるにも関わらず。仮にも食品を扱っている職場で、そんないつ食中毒が起こっても不思議ではない状態を放置しながら、よくもそんな事が言えたものだ。
(2)やがて今の新しいシステムに変わり、今年2月の節分の季節に、014店の周辺が祭礼の交通規制の為に午前中の配送が中止になった時も、朝礼では理由も言わず「上からのお達しで配送中止になった」の一語で済ましてしまった。「節分祭の交通規制の為に午前中の配送が中止になった」と一言説明すればそれで済むのに。別に隠し立てするような事じゃなし。しかも、この節分の交通規制については、何も今に始まった事ではなく、例年恒例の年中行事なのに。「上からのお達し」とさえ言えば相手が黙るとでも思っているのか。江戸時代の殿様と町人の関係ならいざ知らず、曲がりなりにも民主主義のこの世の中で、いまだにそんな封建的な感覚で仕事をされては堪ったものではない。俺らは奴隷ではないぞ!
(3)井下は、朝礼でもそういう必要な連絡は全然せずに、「商品を誤積みするな、破損するな、出し忘れするな」といった一般的・抽象的な注意ばかりでお茶を濁してきた。「誤積みを防ぐ為にはどこに注意すれば良いか」といった個別・具体的な指示なぞ一切なく。これでは、「お前ら、たるんどる!」と言って、非科学的な精神論・根性論を振り回し、生徒に暴力をふるうしか能のない大阪市立桜宮高校体育科の体罰教師のやり方とも何ら変わらないではないか。
(4)その他、自分で朝礼開始の号令をかけておきながら、いつまで経っても朝礼が始まらず中止の連絡もしない事も何度かあった。この場には私だけでなく他のバイトも大勢いた。証言を集めようと思えばいくらでも集める事が出来る。他人には偉そうに言うクセに自分のやっている事は一体何だ。無責任、不誠実の極みではないか!
これがまだ一度や二度の「言い忘れ」だけなら、誰にでもある「うっかりミス」で私も済ましていただろう。しかし、こうも同じようなミスばかり繰り返されるだけでなく、(2)(3)のような「人を小バカにしたような対応」や、(4)のような「意図的な怠慢、不作為」としか思えないような行為を何度もされると、もはや単なる井下個人の業務力量だけの問題だけで済ます事はできない。もはや、この井下という男は、バイトを家畜か奴隷のようにしか思っていないのではないか。そうとでも思わなけれな、到底とれないような対応ばかりではないか。
ここまで来たら、もう単に「仕事が出来ない」とか、そんなレベルでは済まされない。バイトに対する明白な人権侵害、パワー・ハラスメントではないか。こんな社員の下で働いていたのでは、いつ何時、大事故に巻き込まれるかも知れない。若しそんな事になっても、今まで述べたこの男の普段の様子だと、自分の保身の為には平気で労災事故ももみ消しにかかっても一向におかしくはない。
(以上、引用終わり)
その上にさらに今回の件だ。「もういい加減にせえ!」と言いたい。少なくとも今回の件については、「何故この様な結果になってしまったのか?」という原因と、「二度とこの様な事を起こさない様にする」手立て(対策)を、文書で明らかにするよう、井下と会社に断固要求していくつもりだ。
結論から言うと、井下は今回の事で懲りてもう二度と同じ様なミスはしない、という事には絶対になりません。今の調子では、また何度も同じ轍を踏むのは確実です。
その中で、下手に日程変更に応じ、例えば鍼灸治療の受診日を隔週日曜日から月曜日に変更したとしても、次また別の曜日に変更を強いられる事になるのは確実です。そうなれば、もうキリがなくなります。だから、絶対に今の日程は死守しなければならないのです。
実際、これまでのシフトも、私には言って来ませんでしたが、別のバイトにはシフト確定後も休みの日程を変えてくれと何度も要請(強要)しているのを見てきましたから。「それでは一体何の為にシフトを組むのか?組んでも組まなくても同じ様なシフトなら、別に組む必要ないじゃないか」と思った事も、一度や二度ではありません。
そもそも今のシフト編成にしても、30数人からのバイト全員のシフトを一人で組んでいる訳ではありません。そのうちの約半分の部門では、バイト・チーフにシフト編成が任せられ、社員はそれを全体のシフト表に転記するだけで済むのです。社員が実際にシフトを組まなければならないバイト人数はせいぜい15人位です。
その残りの15人を、事前に有休届が出されている分を休みにし、残りの人数を、日々の物量増減とこれまでの休みのパターンに当てはめ、特売などで物量が跳ね上がる日や週だけ微調整すれば、それでシフトが作成できる筈です。慣れればそんなに難しい仕事ではありません。
その定石を踏まえておれば、こんなバラバラな休みにはならない筈です。どうしたらこんな無茶苦茶なシフト編成になるのか?むしろその方が不思議です。
おそらく、奴は、出勤簿やパソコンの勤怠記録もまともに取っていないのではないでしょうか。私の「有休届捏造」疑惑も、後で冷静に考えれば、おそらく他のバイトの有休届を間違えて私のデータに放り込んだのが原因ではないかと思います。個人別の勤怠記録をまともに取っていたら、こんな事は絶対に起こりえないのですが。
実際、今回のシフトにしても、他のバイトからも苦情が殺到したようで、シフト表が赤ペンであちこち訂正されていましたw。
その後、奴は21日の終わりになって、ようやく私の所に謝罪に来ましたが、その謝罪も鍼灸治療日を休みにしなかった事を謝っただけで、「修正版」の内容が不完全だった事や、届け出てもいない有休を勝手に放り込まれていた件については、私が指摘するまで気が付かなかった様でした。
そして、このシフト編成ミスが完全に明るみに出た8月21日の当日も、奴は、朝礼で必要な連絡を怠り、作業を大混乱に陥れる様な事をやってのけました。
この一事で以てしても、奴が全然反省していないのは明らかです。また何度も同じ様なミスをやらかすのは、ほぼ100%確実です。
奴も奴なら会社も会社です。「奴を鍛え直す」と言うのであれば、会社も責任を持ってそれを全うすべきです。それが出来ないのであれば、とっとと他に異動させれば良いものを、他も受け入れ先が無いものだから、ずっとここで飼い殺しにしているのです。無責任なのは奴も会社も同罪です。
私など一生懸命やって会社にも迷惑をかけなかったのに何度会社を追われた事か!
とくにひどかったのが郵便局を追放された時のこと。
私契約社員だったのですが、相手方の過失が断然多い事故にあったことをマイナス点とされ契約更新がかないませんでした。
また、仕事の邪魔な子どもを叱り飛ばしたら後で郵便局に親から文句の電話をもらいそれもマイナスになったそうです。
なんて世の中だ早く死にたいがどうせ死ぬならこのような凶悪な穀潰しと心中するのがいい。
私は、「飼い殺し」も「リストラ」も、人権侵害という点では同じだと思います。
確かに、生計の道を絶たれてしまう「リストラ」に比べ、まだどうにか給与だけは支払われる「飼い殺し」の方が、金銭的にはいくぶんマシかも知れませんが、一思いに殺してくれる前者と、じわじわと真綿で絞め殺される後者との間に、一体どれほどの本質的差異があるというのでしょう?
そういう意味では、一人前の社員に育ててもらえなかった井下も、ある意味では無責任経営の犠牲者なのかも知れません。だからと言って、私は奴を免罪する気は毛頭ありませんが。