『銘酒居酒屋・赤鬼』赤鬼だより

東京三軒茶屋にある『銘酒居酒屋・赤鬼』のスタッフが、お酒周り、お店周り、そして旬のよしなしごとをトツトツと綴ります。

調理場という戦場

2007-09-14 18:01:53 | おいしい本のはなし
今日は「おいしい本」の紹介、第二弾を綴ってみようと思います。
「調理場という戦場」斉須政雄
です。


サブタイトルに「仕事論」とあります。

「料理人とグルメだけが読むのは、もったいない本です。
熱くて深くて、火が出るような言葉が盛りつけられます。
どんな年齢の人が、どんな職業の人が読んでも、
身体の奥底から、勇気が沸きおこってくるでしょう。」

糸井重里氏のこのコピーは本当に言い得て妙。
シェフ斉須政雄さんの、経験と気概、ひいては生き方そのものがほとばしり出た一冊です。23歳で単身フランスへ渡り、いろいろな店で修行しながら思ったこと、やってきたこと、そして今のこと、どこから読んでも、まっすぐな、血の通った言葉に出逢います。言葉に厚い肉がついていて、うまみも噛みごたえもあり、私は読むたびに自分の仕事のしかたが恥ずかしくなり、背筋を正されます。心に残る言葉に線を引きたいのを我慢して、かわりにそのページの端を少し折りながら読んでいったら、あっという間に全編が折り目だらけになってしまいました。その言葉たちをここに引用しようとしたのですが、それではその言葉についている骨肉や枝葉のゆたかさが伝わらないことに気づきました。読みにくい本ではありませんので、是非、通しで読んでください。この清冽さ、迫力、素晴らしさを分かち合いたい!心からそう思える一冊です。真剣に仕事と向き合い、いい仕事をしていこうという心ある人なら誰でも、深いところで頷けて、気持ちがシャキッとすると思います。
一緒に働くすべての人に読んでほしくて、赤鬼のRIE'S LIBRARYの棚に入れましたが、興味を持っていただけるのでしたら、どうぞ遠慮なく借り出してください。先日、やはり料理の世界で素晴らしいお仕事をされていて、私がひそかに尊敬しているあるお客さまが、パッと目にとめて借りていってくださいました。とても嬉しかったのでした。

三田の「コート・ドール」に私は行った事がありませんが、いつか、きっと、と強く思います。「五省」がさりげなく貼ってある、鈍く灰色に光るステンレスの「軍艦のような」厨房写真。ここからどんな料理がうまれてくるのでしょう。
ドキドキしながらその時を大切に迎えたいと思います。


至誠に悖るなかりしか
言動に恥ずるなかりしか
気力に欠くるなかりしか
努力に憾みなかりしか
不精に亘るなかりしか


そして、このなかで紹介されている木沢武男さんの「料理人と仕事」も読んでみようと思います。

/R



「おいしい本のはなし」、次回は幸田文「台所のおと」について書きます。




赤鬼では現在、調理補助スタッフを募集中です!
 勤務地・三軒茶屋
 勤務時間・15:00~1:30の中で5H以上(18:00~22:00必須)
 勤務日・週4日以上で応相談
 時給・1000~1300円
経験者優遇、未経験者でも日本酒と酒肴に興味ある方なら大丈夫です。
食事あり、制服貸与あり、交通費支給、バイク&自転車通勤可。
電話連絡後、履歴書ご持参ください(受付15:00~、担当仲村)。
世田谷区三軒茶屋2-15-3  03-3410-9918



おいしい本その1 武田百合子「富士日記」ほか

2007-07-31 15:13:12 | おいしい本のはなし
梅雨が明けましたね。
青空を入道雲がふちどって、いよいよ、夏、本番です。
今日ははじめての試みで、「おいしい本」をご紹介したいとおもいます。

筆者はいわゆる「読書家」ではありませんが、本が好きで、小説を読んでいる時間が無上の楽しみ=愉しみ、喜び=歓びです。せっかくここになにかを書かせて頂くのだから、お酒や料理に関する「これは!」と思う本や写真集を紹介したいと思い、「おいしい本のはなし」というカテゴリをつくってみました。

その、一回目に、何をとりあげるか。
実は、前々から、心に決めていたものがあります。
決して料理の本でもレシピの本でもありませんが、私は迷わずにこれを挙げます。
「武田百合子全作品集」。

私が最も尊敬し大好きな四人の女性、マザーテレサ、キャサリン・ヘップバーン、レラ・サン、そして武田百合子。
百合子さんは、作家武田泰淳夫人、天衣無縫にして魅力的な人柄が溢れ出る文章をのこした人です。でも、泰淳氏が生きている間はそのサポートに徹し、富士山をのぞむ山荘にて暮らした日々に、家計簿のようにつけた日記しか、書いていないのです。氏の亡くなったあとにいくつかエッセイを書かれましたが、わずか67歳で亡くなられました。ほんとうに惜しいと思います。
率直でざっくばらん、自分の欲もずるさも隠さず、面白い発想とゆたかな感性がちりばめられた、どれも素晴らしい作品集です。「富士日記」は、日常のさりげないできごとをつづりながら、その文章の情感ととても冷静な外からの眼でもって、「いち主婦の日記」を文学へ昇華しています。あとにつづく、泰淳氏とのロシア旅行記である「犬が星見た」もすばらしいし、食にまつわる思い出を綴った「ことばの食卓」も、あちこちを見てあるく独特の視点がたゆたう「遊覧日記」も、娘さんの花さん(写真家)や市井の人々が生き生きと絡んでくる「日々雑記」も、本当に本当に面白いのです。
「富士日記」のなかである日、百合子さんは唐突に
「心がざわざわする。私の食欲と金銭欲と性欲。」
と日記をしめくくっていますが、「たべること」の記述は、全作品中まことに頻々と出てきます。それがいちいち印象深い描写なのです。
山小屋作りの作業に来る地元の人たちのぎっしりごはんが詰まったお弁当。
浅草で鼻血が出て食べられなくなった海老天丼。
ロシアの河畔でりんご水を飲みながら「今度ここに来ることがあったら瓜をたべたい」と書く。
貝屋をやっていたおばあさんがもてなしのために震える手で卓袱台にぶちまけてくれるお煎餅。
戦後、水飴にコーティングして売り歩いたチョコ玉のつまみ食い。
お弁当の魚フライのしみじみしたおいしさ。
歯のない夫にせっせと切ってたべさせた枇杷はしかし、泰淳氏が2個たべるあいだに百合子さんは8個たべたと綴ってあって。
「たべること」は百合子さんにとって「生きていること」そのものでした(私にとってもそうかもしれません)。そういう時代だったと言えばそれまでですが、食べものについての蘊蓄でない自然な興味と関心を、これほど生き生きと綴った人がいるでしょうか。人生に起こる他のことと同様に、食べものとして身体に入ってくるものを、百合子さんはその全的感性でとうとうと受け入れていったのです。

そして、圧巻なのは、「富士日記」、泰淳氏が脳血栓で倒れ、いっとき元気になり、再び倒れて肝臓がんで亡くなる、最後の日々の日記です。
…………………
歯が治ったのでうれしくて、固いお煎餅をバリバリ食べていた泰淳氏。
「それもお米だからカロリーがあるよ」と百合子さんが言うと、パッと食べるのをやめます。
「え?これ、米でできてるのかあ。ちっとも知らなかった。」そしてポツリ。
「あれが悪い、これは悪いから食べてはいけない、と医者は言うがな。生きているということが体に悪いんだからなあ」
聞いていた百合子さんは「むらむらとして、べそをかきそうに」なります。

「体に悪いものはおいしいねえ」。どさくさにまぎれて鰻を取って食べてしまおうとしている泰淳氏に百合子さんが言う、そのひとことのなんという重さ。

「かんビールをください。怪しい者ではございません」と言って缶を開けるまねをする、入院前夜の泰淳氏、それでもビールをあげられない百合子さんと花さんは、笑うしかない、そんな夜。
…………………
挙げて行ったら、きりがありません。その食いしん坊ぶりにあきれたり、笑ったり、食べることの重さを思って切なくなったり…。食にまつわる喜怒哀楽のすべてが、このたった5つの作品の中に詰まっています。食べて笑って怒って泣いてあちこち動きながらしっかり生きた、そんな百合子さんの言葉は、文字通り五臓六腑に染み渡ります。

縁あってこれを読んでくださった方すべてに心からお勧めしたい、そんな本たちです。私の読み古したのでよければ、いつでもお貸ししますね。百合子さんのチャーミングさに惚れてしまうこと、請け合いですよ。

「富士日記」「犬が星見た」「ことばの食卓」「遊覧日記」「日々雑記」
武田百合子著 全集は中央公論社 文庫版でも出ています。

    ★次回は「調理場という戦場」(斉須政雄)を紹介する予定です★

/R