本と映像の森38 中山七里さん『さよならドビュッシー』宝島社、
5月8日にN子さんがアメリカ・カナダの旅から帰ってきて2日後の、10日(月)にN子さんが「智彦くん、本屋へ行かない?」と言うので、ちょうど谷島屋三方原店から「ご注文の本が1冊入りました」と電話があったので、「いいよ。行こう」と、2人で車で行きました。
谷島屋三方原店はわが家から遠くて車でしか行けません。前は、有玉にあった谷島屋毎日ボール店を使っていたのですが、なくなったので、ここを使うようになりました。
浜松駅のメイワンビルの谷島屋を使えばとも思いますが、電車で、重い本を運ぶのがいやで、こういう時は車を使います。
とは言っても、客の入りはいつも少なくて、いつ使えなくなるか、ちょっと心配です。
注文した本を買って店内をぶらついていると、小説のコーナーで、ぼくを呼ぶ本が1冊ありました…。
本が大好きなぼくは、本屋さんや図書館でぶらついていると、視野の隅にちらついた本の背表紙や表紙が「雨宮さん、わたしはあなたが読みたい本ですよ」「ぼくはあなたが読むべき本ですよ」と語っているのです。
(N子さんに警告されそうですが。「智彦くん、そういうオカルト的な、観念論的な主張は誤解を呼ぶからやめてください」と。でも、これは観念論でも、オカルトでもなくて、ぼくのリアルな事実に基づいた強固な経験なんです。他人に強制しようとは思いませんが。)
もちろん、ぼくの側の勝手な主観ですが、そういう自分の主観さえもなくて、ただマスコミで売れている本や、新聞の書評欄で推薦している本だけを読んでいればいいという人は、自分の読むべき本とは巡り会えないと思います。
すみません、やっと本論に入ります。
小説は、こう始まります。
「鍵盤にそっと指を置く。
右足は軽くペダルに乗せる。
深呼吸を一つしてから指を走らせ始める。
低温から始まる序奏。そして和音からしなやかな三度の重音に」
主人公・16才の遙(はるか)が、従兄弟のルシアといっしょに鬼塚先生のレッスンを受けるシーンから始まります。
曲はショパンさんの「英雄ポロネーズ」です。
小説は、自宅の火事で、祖父と従兄弟が亡くなってしまい、自分だけが大火傷で生き残った少女が、ピアニストをめざします。
大火傷で運指もままなならい少女は、入学した高校の特待生の地位を維持するために、鬼塚先生の家で出会った若きピアニスト・岬洋介さんの、思いがけない申し出で、岬先生とのきびしいレッスンを始めます。
レッスンをしながら、少女の周りで起きる不可解な事件や、家族を巻き込んだ殺人事件とピアノのレッスンを、少女と岬先生が謎解きをして解決していく、音楽推理小説です。
全編でショパンやドビュッシーやベートーベンのピアノが鳴っています。
音楽マンガでいうと『のだめカンタービレ』や『ピアノの森』と同等以上の良質の音楽小説だと思います。
「音楽映画」というジャンルがありますが、映画なら実際に音楽をならせばいいので「小説」や「マンガ」は音を想像させるのにたいへんですね。
主人公がコンクールで弾いた「魂のドビュッシー」、実際の演奏として、聞きたいです。
最後のあたり、切なくて、哀しくて、啼けました。
自分たちは、どのあたりにいるのだろうか、N子さんとぼくは。
なぜかは、小説の最後の岬探偵による解明を読んでください。
審査委員長のことばが切実に響きます。
「私たちは今日改めて音楽は指先ではなく、魂で奏でるものだと教えられました…」
そうなんですよね。「魂」、みんな「魂」をどれくらい保持しているのでしょうか。
5月8日にN子さんがアメリカ・カナダの旅から帰ってきて2日後の、10日(月)にN子さんが「智彦くん、本屋へ行かない?」と言うので、ちょうど谷島屋三方原店から「ご注文の本が1冊入りました」と電話があったので、「いいよ。行こう」と、2人で車で行きました。
谷島屋三方原店はわが家から遠くて車でしか行けません。前は、有玉にあった谷島屋毎日ボール店を使っていたのですが、なくなったので、ここを使うようになりました。
浜松駅のメイワンビルの谷島屋を使えばとも思いますが、電車で、重い本を運ぶのがいやで、こういう時は車を使います。
とは言っても、客の入りはいつも少なくて、いつ使えなくなるか、ちょっと心配です。
注文した本を買って店内をぶらついていると、小説のコーナーで、ぼくを呼ぶ本が1冊ありました…。
本が大好きなぼくは、本屋さんや図書館でぶらついていると、視野の隅にちらついた本の背表紙や表紙が「雨宮さん、わたしはあなたが読みたい本ですよ」「ぼくはあなたが読むべき本ですよ」と語っているのです。
(N子さんに警告されそうですが。「智彦くん、そういうオカルト的な、観念論的な主張は誤解を呼ぶからやめてください」と。でも、これは観念論でも、オカルトでもなくて、ぼくのリアルな事実に基づいた強固な経験なんです。他人に強制しようとは思いませんが。)
もちろん、ぼくの側の勝手な主観ですが、そういう自分の主観さえもなくて、ただマスコミで売れている本や、新聞の書評欄で推薦している本だけを読んでいればいいという人は、自分の読むべき本とは巡り会えないと思います。
すみません、やっと本論に入ります。
小説は、こう始まります。
「鍵盤にそっと指を置く。
右足は軽くペダルに乗せる。
深呼吸を一つしてから指を走らせ始める。
低温から始まる序奏。そして和音からしなやかな三度の重音に」
主人公・16才の遙(はるか)が、従兄弟のルシアといっしょに鬼塚先生のレッスンを受けるシーンから始まります。
曲はショパンさんの「英雄ポロネーズ」です。
小説は、自宅の火事で、祖父と従兄弟が亡くなってしまい、自分だけが大火傷で生き残った少女が、ピアニストをめざします。
大火傷で運指もままなならい少女は、入学した高校の特待生の地位を維持するために、鬼塚先生の家で出会った若きピアニスト・岬洋介さんの、思いがけない申し出で、岬先生とのきびしいレッスンを始めます。
レッスンをしながら、少女の周りで起きる不可解な事件や、家族を巻き込んだ殺人事件とピアノのレッスンを、少女と岬先生が謎解きをして解決していく、音楽推理小説です。
全編でショパンやドビュッシーやベートーベンのピアノが鳴っています。
音楽マンガでいうと『のだめカンタービレ』や『ピアノの森』と同等以上の良質の音楽小説だと思います。
「音楽映画」というジャンルがありますが、映画なら実際に音楽をならせばいいので「小説」や「マンガ」は音を想像させるのにたいへんですね。
主人公がコンクールで弾いた「魂のドビュッシー」、実際の演奏として、聞きたいです。
最後のあたり、切なくて、哀しくて、啼けました。
自分たちは、どのあたりにいるのだろうか、N子さんとぼくは。
なぜかは、小説の最後の岬探偵による解明を読んでください。
審査委員長のことばが切実に響きます。
「私たちは今日改めて音楽は指先ではなく、魂で奏でるものだと教えられました…」
そうなんですよね。「魂」、みんな「魂」をどれくらい保持しているのでしょうか。